「はぁ?」
 うわ、小夜ちゃんがドン引きしてる。
 三条くんには言ったのよ? そんなことしなくていいって。
 そしたら、「なにごとも経験だ」って言って、翔太と晃にいろいろ教わって、いつの間にかやってくれるようになって。
「家はこっちだ」
 なぜか我が家を案内する三条くん。
 キョロキョロと周りを見回しながら、肩をすくめて歩く小夜ちゃん。
 初めて来る人は、この先に家と農園があるなんて思わないよね。
 雑木林のトンネルをくぐって庭へ抜けると、見慣れた我が家が姿を見せた。
 右を見ると、庭の向こうに鶏小屋と温室。
 そして、その先の石垣の上には、山家さんと三条くんのアパート。
 もうずいぶん日が傾いて、アパートは山家さんの部屋にだけ灯りが点いていた。
 どうも話からすると、小夜ちゃんはあのアパートで三条くんが独り暮らししていることを、まだ知らないらしい。
 面倒くさくなりそうなので黙っておこうかな。
「日向、温室を見せてもらっていいか?」
「うん」
 庭を横切って、温室の前へと向かう。
 ローファーが砂を踏む音が、静かな庭に、ザッ、ザッと響いた。
 見上げると、アパートの向こうの柔らかな藍色の空に、姿を現したばかりの一番星。
 温室のドアに手を掛ける。
 ドアのガラスに、あたしの後ろに立っている三条くんの顔が映った。
 そのさらに後ろに、まだキョロキョロとしている小夜ちゃんも映っている。
 ドアを開けた。
 もわっとほっぺを包む湿気。
 入口のすぐ脇にあるスイッチに触れて、通路の上にぶら下がっている照明を点ける。
 温室の中がふわりと黄色い灯りに包まれて、中央の奥に長い通路が幻想的に浮かび上がった。