『ガオカ』に住んでいる人ならみんなこの前を通るし、中に入ったことはなくても、森の中に宝満農園があることを知っている。
 そして、あんまりよく思っていない。
 その昔、あたしが小学校低学年のとき、農園の北と南にある丘を切り開いて、『星降が丘』っていう新しい町ができるって聞いた。
 あたしたち古い町の人たちは、みんな大反対したって。
 新しい道と区画が整理される関係で、一部の古い町の人が引っ越さないといけなかったんだけど、町長さんが、この古くて暗い町を、明るくて素敵な町にするために頑張っているんだって、そうみんなに話して、すこしずつ諦める人が増えたらしい。
 そんな中、うちのお父さんだけはずっと諦めなかった。
『宝満農園は絶対に立ち退かない』
 そう言って、古い町の人たちの先頭に立って、開発反対を訴えた。
 本当は、南と北のふたつの丘に、『星降が丘南』と『星降が丘北』のふたつの新しい町ができるはずだった。
 そして、そのふたつの町を結ぶメインストリートが走るはずだったのが、ちょうど我が家の母屋のあたり。
 我が家が立ち退かなかったから、『星降が丘』は未完成。
 本当は、ここにもっとずっと都会的で素敵な町が生まれるはずだった。
 だから、我が宝満農園は『ガオカ』の人たちから、あまり良く思われていない。
「小夜、この自販機は現役だ。元養鶏場だから卵も旨い。新鮮でお買い得だぞ? どうだ? ひとネット」
「いやよっ。こんな雨ざらしの機械の中に置いてある卵なんて不衛生じゃないっ! ハッ? もしかして聖弥くん、鶏小屋で卵集めまでやらされてるんじゃないでしょうね?」
「やらされてない。自分でやってる。たまにだけどな」