でも。
結納した後に、彼は結婚前にと一度だけ元カノと一夜を共にしたらしい。
それが結婚式前に私にばれてしまい、私に着信拒否され、花屋のおじいちゃんに杖で殴られ追い出された。
最初は純粋な気持ちじゃなかったけれど、不器用なりにも仕事を頑張ってるあの人を私はちゃんと好きだった。
不貞が分かってから、自分の気持ちを知ってしまった。
私はきっと彼に不誠実じゃなかった。どこかで計算していた。
私の打算が生んだ亀裂だった。
いくら好きでも、私たちの好きは純粋じゃなくて、真っすぐじゃなくて歪で。
省吾は、そんな結婚のせいで生まれた可哀そうな子どもだったのだから私を全力で止めるのは分かる。
分かるし痛いし苦しかった。
「好きだけで結婚したら、苦しいのかな」
「俺は好きだけで、ちーちゃんと結婚したかった。幸せじゃないなら結婚してほしくない」
「でも好きだけで結婚したかった。純粋な気持ちで結婚したかった」
嫌いになれないから苦しい。発狂したい。
苗字が変わるんだなって思ってもピンと来なかったんだ。
あと一週間で、こんな気持ちで結婚しちゃうのかなってポカンと大きな穴が開いていたんだ。
「浚ってくれてありがとう、省吾」
苦しい私を、悪者になってでも助けようとしてくれたね。
自分みたいな子どもが生まれてしまうって危惧して、私に子ども扱いされて傷つけられても、浚いに来てくれたね。
「電話して。身代金を要求するから」
「どうぞ」
携帯を差し出した。
都会の騒音なんて一切ない、静かな田舎で。聞こえてくるのは、遠くで眠っているおじいちゃんの鼾ぐらい。
そんな静かな夜に、携帯から発信音が響く。
私も省吾も泣きながら、発信音を聞いていた。
『ちとせ!?』
携帯の向こうで焦る彼の声を聞いたら、悲しくて胸が焦がれた。
『どこにいるんだ? 電話だって繋がらないし仕事場には、オヤジが会わせてくれなかったし、ちゃんと話を聞いてくれないか』
「山形ちとせは、俺が預かった」
鼻をすすりながら省吾が震えた声で言う。
「欲しければ、全てを捨てて探しに来い。愛する人を返してほしければ、お前は全て捨てろ、クソ野郎」
「ぷっ」
『ちとせ? そこにちとせもいるのか』
「ふふ。ふふふ。ごめんね。さようなら、かもしれない。ごめんね」
笑いながら涙が零れ落ちる。さよならでいいのかもしれない。
その方が苦しくないのかもしれない。そうすることで、私は省吾を守れる。
「……愛してる。お願いだから私を」
そのあとに続く言葉は、『探して』なのか『忘れて』なのか分からない。
省吾と私を繋ぐ感情は、恋とか愛じゃなくて、そんな生易しいものではなくて。
ズタズタの心で、省吾は私の代わりに止めてくれた。それだけ。
キスしない。触れてこない。それじゃ満たされない。そばに居たい。好き。傷つかないで。幸せになって。
私たちの間にある複雑な感情に、名前は付けられなかった。
携帯の電源を切って、二人で外の満月を見上げて、答え合わせをした。
結納した後に、彼は結婚前にと一度だけ元カノと一夜を共にしたらしい。
それが結婚式前に私にばれてしまい、私に着信拒否され、花屋のおじいちゃんに杖で殴られ追い出された。
最初は純粋な気持ちじゃなかったけれど、不器用なりにも仕事を頑張ってるあの人を私はちゃんと好きだった。
不貞が分かってから、自分の気持ちを知ってしまった。
私はきっと彼に不誠実じゃなかった。どこかで計算していた。
私の打算が生んだ亀裂だった。
いくら好きでも、私たちの好きは純粋じゃなくて、真っすぐじゃなくて歪で。
省吾は、そんな結婚のせいで生まれた可哀そうな子どもだったのだから私を全力で止めるのは分かる。
分かるし痛いし苦しかった。
「好きだけで結婚したら、苦しいのかな」
「俺は好きだけで、ちーちゃんと結婚したかった。幸せじゃないなら結婚してほしくない」
「でも好きだけで結婚したかった。純粋な気持ちで結婚したかった」
嫌いになれないから苦しい。発狂したい。
苗字が変わるんだなって思ってもピンと来なかったんだ。
あと一週間で、こんな気持ちで結婚しちゃうのかなってポカンと大きな穴が開いていたんだ。
「浚ってくれてありがとう、省吾」
苦しい私を、悪者になってでも助けようとしてくれたね。
自分みたいな子どもが生まれてしまうって危惧して、私に子ども扱いされて傷つけられても、浚いに来てくれたね。
「電話して。身代金を要求するから」
「どうぞ」
携帯を差し出した。
都会の騒音なんて一切ない、静かな田舎で。聞こえてくるのは、遠くで眠っているおじいちゃんの鼾ぐらい。
そんな静かな夜に、携帯から発信音が響く。
私も省吾も泣きながら、発信音を聞いていた。
『ちとせ!?』
携帯の向こうで焦る彼の声を聞いたら、悲しくて胸が焦がれた。
『どこにいるんだ? 電話だって繋がらないし仕事場には、オヤジが会わせてくれなかったし、ちゃんと話を聞いてくれないか』
「山形ちとせは、俺が預かった」
鼻をすすりながら省吾が震えた声で言う。
「欲しければ、全てを捨てて探しに来い。愛する人を返してほしければ、お前は全て捨てろ、クソ野郎」
「ぷっ」
『ちとせ? そこにちとせもいるのか』
「ふふ。ふふふ。ごめんね。さようなら、かもしれない。ごめんね」
笑いながら涙が零れ落ちる。さよならでいいのかもしれない。
その方が苦しくないのかもしれない。そうすることで、私は省吾を守れる。
「……愛してる。お願いだから私を」
そのあとに続く言葉は、『探して』なのか『忘れて』なのか分からない。
省吾と私を繋ぐ感情は、恋とか愛じゃなくて、そんな生易しいものではなくて。
ズタズタの心で、省吾は私の代わりに止めてくれた。それだけ。
キスしない。触れてこない。それじゃ満たされない。そばに居たい。好き。傷つかないで。幸せになって。
私たちの間にある複雑な感情に、名前は付けられなかった。
携帯の電源を切って、二人で外の満月を見上げて、答え合わせをした。