*
軽トラは、ギリギリ省吾の誕生日の時間内にお爺ちゃんと暮らす家に辿り着いた。
五キロぐらい手前に、トラックが沢山並ぶ大きな駐車場のコンビニがあったのみ。
あとは何百メートルもお隣と離れた、田舎のおうちがそこにあった。
「遅かったなー、省吾」
「ああ。誘拐してたら時間たった」
「お前、ほんとうに嫁さん強奪してきたんか。賠償金用意しとかなあかんなー」
誕生日にかぶるような三角の帽子にクラッカーを持ったおじいさんが、私の顔を見て驚いていた。
省吾の誕生日だから起きていて待っていてくれたらしい。
このおじいちゃんが居たから、省吾は救われたにちがいない。
「あれまー、ちーちゃんやないか。ごめんなー、孫の我儘に付き合わされて」
「いえ。久しぶりにおじいちゃんにも会えたので。あ、これうちの花屋の花束です」
「それ、俺のやん」
「うるさい、お前はばあさんの部屋を片付けてこい」
パンっとクラッカーを鳴らしながら省吾を遠ざけるお爺ちゃんに爆笑してしまった。
お爺ちゃんには、省吾がここに引っ越すときに軽トラに荷物を運ぶお手伝いと、お正月にお野菜と共に挨拶に来てくれる時しか交流がないので会えてうれしい。
「ちーちゃん、結婚するんかえ?」
居間に座っていると、お洒落に珈琲を持って来てくれたおじいちゃんが寂しそうに言う。
「ちーちゃんなら、石油王か内閣総理大臣ぐらいじゃなきゃお爺ちゃん反対しちゃう」
「あはは。無理です。そんな息が詰まるそうな相手、結婚したくないです」
海苔が巻かれたおせんべいを手に取り、クスクス笑う。
「……結婚、わかんないです」
「え……っ」
「結婚、わけわからないですよ」
あははは、と乾いた笑い声を出すと、おじいさんは目を輝かせた。
「それって、省吾にワンチャンありかい?」
「ぷぷぷ。やだー。省吾は十八ですよ。私、二十八です」
「十歳ぐらい何なん。そんなん、煎餅に巻いて食べて忘れてしまえ」
「無理ですって。十八ってまだ未成年ですよー。彼を今、惑わすのは大人として正しい行為ではありません」
駄目ですよ、ともう一度釘をさすように言うと、おじいちゃんは寂しそうだった。
「……なんかちーちゃん、無理して嫁ぐみたい。なんか、あったん? あれか、政略結婚? 借金の形に? 脅されちょる?」
「くくく。やだなー。恋愛結婚ですよ。多分」
心配しすぎですってから元気で微笑むと、お爺ちゃんは少しだけ寂しそうだった。
「爺ちゃん、風呂掃除もしといたで」
「お前、人質ほったらかして何しとんのか。ここ座っとけ」
「爺ちゃんが部屋を片づけろって言ったろ」
「うるさい、爺ちゃんは三歩進んだら過去は振り返らん」
「痴呆かよ」
再びおじいちゃんは省吾にクラッカーを鳴らすと、台所へと消えていく。
そしてすぐに鼻眼鏡を装着しつつ、大きなケーキをもって現れた。
「ぱんぱかぱーん。ハッピバーズディー、誘拐犯」
「あははは、やば、もうだめ」
「蝋燭、多いな。十八本刺して、表面が見えねえ」
省吾も私も、ご飯を食べてお腹いっぱいだったのに、一言もそのことは言わず、三人でお爺ちゃんが用意したケーキを平らげたのだった。
お爺ちゃんは、0時ちょうどになると『誕生日終わったからお前にもう優しくはしませーん』とおしりを叩いて、あっかんべーをしてさっさと自室へ入ってしまった。
一緒に居て退屈しなさそうな、とても素敵なお爺ちゃんだ。
「寝るだろ。ばあちゃんの部屋のベット使っていいから。一回も使わないまま置いてあんだって」
「……誘拐犯のくせに別々の部屋で寝るんだね?」
挑発的に笑うと、省吾は傷ついた風に眉を下げた。
私でも分かる。今、省吾の心に深くナイフが刺さった。
軽トラは、ギリギリ省吾の誕生日の時間内にお爺ちゃんと暮らす家に辿り着いた。
五キロぐらい手前に、トラックが沢山並ぶ大きな駐車場のコンビニがあったのみ。
あとは何百メートルもお隣と離れた、田舎のおうちがそこにあった。
「遅かったなー、省吾」
「ああ。誘拐してたら時間たった」
「お前、ほんとうに嫁さん強奪してきたんか。賠償金用意しとかなあかんなー」
誕生日にかぶるような三角の帽子にクラッカーを持ったおじいさんが、私の顔を見て驚いていた。
省吾の誕生日だから起きていて待っていてくれたらしい。
このおじいちゃんが居たから、省吾は救われたにちがいない。
「あれまー、ちーちゃんやないか。ごめんなー、孫の我儘に付き合わされて」
「いえ。久しぶりにおじいちゃんにも会えたので。あ、これうちの花屋の花束です」
「それ、俺のやん」
「うるさい、お前はばあさんの部屋を片付けてこい」
パンっとクラッカーを鳴らしながら省吾を遠ざけるお爺ちゃんに爆笑してしまった。
お爺ちゃんには、省吾がここに引っ越すときに軽トラに荷物を運ぶお手伝いと、お正月にお野菜と共に挨拶に来てくれる時しか交流がないので会えてうれしい。
「ちーちゃん、結婚するんかえ?」
居間に座っていると、お洒落に珈琲を持って来てくれたおじいちゃんが寂しそうに言う。
「ちーちゃんなら、石油王か内閣総理大臣ぐらいじゃなきゃお爺ちゃん反対しちゃう」
「あはは。無理です。そんな息が詰まるそうな相手、結婚したくないです」
海苔が巻かれたおせんべいを手に取り、クスクス笑う。
「……結婚、わかんないです」
「え……っ」
「結婚、わけわからないですよ」
あははは、と乾いた笑い声を出すと、おじいさんは目を輝かせた。
「それって、省吾にワンチャンありかい?」
「ぷぷぷ。やだー。省吾は十八ですよ。私、二十八です」
「十歳ぐらい何なん。そんなん、煎餅に巻いて食べて忘れてしまえ」
「無理ですって。十八ってまだ未成年ですよー。彼を今、惑わすのは大人として正しい行為ではありません」
駄目ですよ、ともう一度釘をさすように言うと、おじいちゃんは寂しそうだった。
「……なんかちーちゃん、無理して嫁ぐみたい。なんか、あったん? あれか、政略結婚? 借金の形に? 脅されちょる?」
「くくく。やだなー。恋愛結婚ですよ。多分」
心配しすぎですってから元気で微笑むと、お爺ちゃんは少しだけ寂しそうだった。
「爺ちゃん、風呂掃除もしといたで」
「お前、人質ほったらかして何しとんのか。ここ座っとけ」
「爺ちゃんが部屋を片づけろって言ったろ」
「うるさい、爺ちゃんは三歩進んだら過去は振り返らん」
「痴呆かよ」
再びおじいちゃんは省吾にクラッカーを鳴らすと、台所へと消えていく。
そしてすぐに鼻眼鏡を装着しつつ、大きなケーキをもって現れた。
「ぱんぱかぱーん。ハッピバーズディー、誘拐犯」
「あははは、やば、もうだめ」
「蝋燭、多いな。十八本刺して、表面が見えねえ」
省吾も私も、ご飯を食べてお腹いっぱいだったのに、一言もそのことは言わず、三人でお爺ちゃんが用意したケーキを平らげたのだった。
お爺ちゃんは、0時ちょうどになると『誕生日終わったからお前にもう優しくはしませーん』とおしりを叩いて、あっかんべーをしてさっさと自室へ入ってしまった。
一緒に居て退屈しなさそうな、とても素敵なお爺ちゃんだ。
「寝るだろ。ばあちゃんの部屋のベット使っていいから。一回も使わないまま置いてあんだって」
「……誘拐犯のくせに別々の部屋で寝るんだね?」
挑発的に笑うと、省吾は傷ついた風に眉を下げた。
私でも分かる。今、省吾の心に深くナイフが刺さった。