悲恋一
この運命を作った、始まりの話。
時代を思い出すのは、香りだと思う。
雨は香りを流してしまうから。その香りは、六種の薫物の中でも一番夏を感じさせる荷葉(かよう)の薫りだった。蓮の香りをイメージでき、彼女の涼しげな笑顔を強く思い出す。
その香りをかき消したのは、海の泡だった。キスして、抱きしめて、自分のものにしてしまいたかった。安っぽい愛の言葉を囁いたとしても、君は僕を拒絶するから。
僕は射貫く、 君は笑う。
「昔昔、私は衰退しつつはあるが、栄華を極めた名家の美しいお姫様だった」
千姫の話しに耳を傾ける。その香りが脳裏に浮かんできて、僕は『彼』になりきっていた。自分は、君の一門に戦で負けた弱い一門の、大した位のない武将だ。そんなキミと僕は恋人同士だった。今とは考えられないぐらいだが僕がキミに毎日毎日毎日、キミがうんざりするまでアプローチしたからなんだけど。
長く艶やかな髪が、絹音と共にするすると流れて行くのを僕は恋い焦がれた。美しい文で、僕を労わりつつもキミは優しく僕の好意を受け取ってくれた。
繁栄する君の一族に、流浪に近い、身を隠し生活する主に仕える僕。恥ずかしくなるぐらい僕とキミには、壁があった。
けれど、僕はキミに相応しくなりたいから頑張って、せめて武将として強くありたいと、弓の修行を毎日した。キミのおかげさ。いつの間にか、主に認めてもらえる程に素晴らしい弓の名人になっていたんだ。
そして、僕は正式にキミにプロポーズした。けれど、身分違いに、二人の一門は憎みあっていたんだよ。日本版のロミオとジュリエットみたいだよね。
屋敷中の灯りを消して、僕はキミに会いに行った。屋敷の一番奥の部屋だ。灯りは月明かりを頼るだけ。それでも僕はキミの薫りですぐに見つけた。キミもすぐに僕の匂いを気づいてくれたよね。
「貴方の白檀の薫りは、私の胸を染めてしまいます」
健気にそう僕に寄りそうキミと僕は、その月明かりも雲で隠れてしまった夜、結ばれた。雨がしとしとと降りだして、僕と貴方の甘く痛む声をかき消してくれた。着物を割ると、キミの薫りはより一層濃く僕の鼻を掠めて、甘く僕を捉えて離さなかった。