なので此処で式を挙げると、永遠の愛が誓えるらしい。
うちの姉も予約が一杯だったので婚約してから今日の日が来るまで、一年以上待たされた。それぐらい思い入れのあるこの場所で、なぜ姉は今、不服を訴えているのだろうか。馬鹿馬鹿しくて笑いが込み上げてくる。たった一瞬で思い出すのならば、僕の何年のも間我慢してきた思いが水の泡になっていくのだから。
踊り場も、応接間の食事の用意も、姉の希望通りだ。踊り場へ上がると、大きな鏡が壁に貼られていて、目の前に広がる屋敷全体の様子が映りだされ、触ると吸いこまれてしまいそうだ。
「弟様、急いで下さい」
「あ、ああ。すいません」
 ぼうっと鏡を見ていた僕に、焦った荒々しい言葉をぶつける。なのに俺はもう既に諦めていた。よく知った姉だから言える。
 この結婚はきっと白紙になるだろう。
鏡に映った情けない顔の僕も言っていた。元から垂れ目で、やる気のなさそうな顔立ちで、運動しても筋肉が付きにくく細身のせいか、スーツを着てもやる気が感じられず、義兄以上に頼りがいがなかった。鏡の中で、その僕も情けない、泣き出しそうな顔で笑う。「惜しくなったか」と。
「松坂さま、松坂さま」
 開かないクローゼットを必死で叩きながらスタッフの沈痛な声が聞こえてくる。
部屋に入ると、大きな化粧台と、お色直し用のピンクの薔薇が散りばめられたマーメイドドレス、大きな窓、そして困惑した二人のスタッフがお通夜のように静まり返った部屋に居た。
「姉さん?」
「名前で呼んで!」
 ヒステリックに叫ぶ姉をややうんざりげに溜息を吐きながら、ゆっくりと名前を呼ぶ。
「千姫(ちあき)、出てこいよ」
「嫌よ、嫌。もう十分でしょう? お願いだから皆出て行って」
 クローゼットの扉の下からは、白いウエディングドレスが見える。そんなに広いクローゼットではないらしい。多分だけど、着ている服とカバンやらしか入れない程度だろう。一度も入ったことが無い部屋なのに、何故かそれはすぐに理解出来た。
「急になんです。先ほどまではにこにこと笑っておいででした」
「雨が少しだけ窓に垂れて――それからいきなり立ち上がってクローゼットの中へ」
「すいません。いつも雨が降ると機嫌が悪くなるんです。後は僕が話します」
 スタッフの二人は、時計を何度も気にしながら、部屋から出て行く。