「笑い話にはするつもりはないけど、そうね、今まで一緒に死んだ事はなかったわよね。じゃあ一緒に死んであげたら貴方は満足して、その不変的で面白味のない時間から抜け出してくれるのかしら」
 しまったと心の中で舌打ちをした。ヒステリックにクローゼットに閉じ籠ったのも、逃げられない状況で時間が迫る中、切り札を取り出したのも。
もしかしたら、この洋館に決めた一年以上前から、この作戦は既に始まっていたのかもしれない。
僕が気づかないように、結婚準備の慌ただしさの中に上手に隠して。
「勘違いしないでよね。狂った運命から解放されているのは私のほう。貴方が未練たらたらに運命を繰り返して悲劇ごっこに身を置いているの」
 今日の日を夢に見ていたのか、姉さんは生き生きとそう話し出す。それが真実であるかのように。運命から逃げられなくて足掻いているくせに。
「私から殺されるなら悲恋だもの。満足だよね」
 いつもの姉さんの凄みではない。聞いてしまったのだからもう後にも引けないと感じた。
「何度でも思い出させるだけ。悲恋で終わらせようと、貴方が隠れているのよ。私がぶつかっても、貴方は思い出させただけで満足して私の気持ちなんて後回し。悲恋の輪廻にくるくる狂わされているのは、貴方よ」
 もう、うんざりよ。ぷっくりした肉付きの良い唇が、僕を拒絶した。
 価値観が違う。
考え方も、見ている風景も、置いていかれるモノと見捨てられるモノ、立場も違う。
僕は、僕だけが、狂った時間の中を彷徨っても、何度でもキミを探していたのは、
逃げて行くキミに、何度も何度も僕を刻みつけて満足したかっただけだったのか。
「前に聞いたことがあるの。男は名前を付けて保存。女は上書き保存。ばかよねぇ。生まれ変わる度に貴方は、自分の悲恋に酔っているだけよ。酔いしれて、私を見てはいなかったわ」
「終わりにするわ。もう、終わらせましょう」
 妖艶に笑う。キミが僕に向けたナイフは、暖かくそして冷たい。
そのナイフが夜空を刺すから破けた部分から、星が見える。月が見える。
「上書きするものですか。全て削除してあげるわ」
雨が降る。
 雨が降る。
雨が降る。
 雨が降る。
「貴方の気持ち、受け止めて見つけてあげたわ」