エピローグ

現世は煙草と終焉の香りがする。
「あーあ。煙草を全て吸ってしまった。もう空だ」
 煙草のケースをくしゃくしゃに潰すと、化粧ボックスに最後の煙草を押し付けて、僕は静かに笑った。
「もう昔話はいいだろう? 姉さんの望むような御伽話を並べてみたけど分かったろ? 姉さんが望む未来は叶えられない。夢を見るには、時間が経ち過ぎているんじゃないかな」
 僕たちももう馬鹿ではない。経験してきた思いや時間があるはずだ。
「僕は、そんな夢物語に付き合って今日という日を無駄にしたくない。そう思わないか? 姉さん」
 隣の教会では、新郎新婦が来るのを今か今かと待っている。新郎の親戚、会社関係の上司や社長、姉さんの勤め先の学校の同僚に生徒。人気の洋館だから、キャンセル料だって馬鹿にならないはずだ。いや、当日だから今キャンセルしたって全額奪われる。金も地位も、信頼も、何もか失ってまで、クローゼットに引きこめる意味が僕には分からない。
 ただの弟の僕には、ね。
「ね、姉さん。もう出てきてよ。――良い人じゃないか、義兄さんは」
「卑怯者! もう沢山よ、もういや、もういやよ」
 雨が降れば、雷鳴の様にキミは叫ぶ。これはもう、仕方が無いことだと僕は諦めているというのに。
「僕には、姉さんが何を言っているのかよく分からないよ」
「貴方が逃げるからよ。貴方が逃げて、運命が狂いだしたのよ。ずっと恋人としてまた巡り会えていたのに、貴方が逃げた。だから、私たちの運命は狂いだして、兄弟や、老人と子供、そうね、子猫と船乗りってときはこんな世界部壊れればいいと思ったわ」
「姉さん、雨が止んできたよ。今行けば、皆もきっと喜んで祝福してくれるよ」
 化粧ボックスは、まあ僕が煙草の吸い殻でちょっと焦がしちゃったけど、そんなに被害はない。
この永遠を誓える洋館で、新しい運命を切り裂いていけばいい。
「それには、貴方が邪魔なのよ」