「桜の木を目印に帰ってきてくれると、ずっとずっと願って生きてきた長い年月……」
そろそろ、校長先生もゆっくりしたいかもしれないなぁ、と僕の頭を撫でながら言う。
優しく笑う上品な雰囲気の校長先生。じいちゃんの話の中の校長先生とは別人で、僕はなんだか信じられなかった。
僕は勇気を持って、放課後校長室に入った。児童クラブをさぼるのは始めてでとても緊張してしまった。
「あら、今日はサッカーはお休み?」
僕は無言で頷いた。校長先生は、眼鏡からチラリと僕を見るとニコニコ笑って手招きする。
「匂いがする」
校長先生の匂いがした。風に舞う、桜の香りがした。空を旅した風の匂いがした。時代が匂いを連れてくる。
「君は鼻が良いのかしら?今日、美味しいクッキーを頂いたのよ」
校長先生が、缶の箱の綺麗に並べられたクッキーを差し出して来た。
「ありがとうございます」
フカフカのお客様用のソファに座り、御礼もそこそこに、僕はランドセルから例の紙を差し出した。
「ショメイしてもらったんだ。次の職員会議で皆に見せて下さい」
お父さんとサッカークラブの友達、じいちゃんとじいちゃんのグランドゴルフ仲間もいる。
「……ありがとう」
「……先生?」
先生は口元を押さえて黙り込んでいた。
「フフフ、本当に嬉しいわ」
涙声で、そう呟く。僕は泣かせたくなくて、黙り込んだ。
先生の机に、白黒の写真が飾られているのを見つけて、そっちを見た。
「あれ、先生だよね」
白黒の写真に、椅子に座っている男の人の後ろに、綺麗な女の人が立っていた。
男の人は優しそうに笑って杖を持っている。女の人はそれを支えるように、佇む。
「えぇ。先生と夫よ」
「桜を一緒に植えた人じゃないよね?」
僕は何故か苛立って言うと、先生は目を見開いた。けれど、すぐに穏やかな目に戻った。
「お爺さまに聞いたのね、……そうよ」
「何で!? 先生の為に植えた桜なのに、先生は学校を選ぶの?」
「……違うわ。ずっと彼を思って泣くよりも一緒に歩んだ夫を大切にしたかったのよ」
「…………」
僕は難しい事はわからないけれど、確かに先生が泣くよりも笑ってくれた方が好きだけど、否定、して欲しかった。全部嘘で、先生は好きな人と結婚して、仲良くて、孫までいて欲しかった。
先生には、幸せに包まれて生きて欲しかったんだ。そして、傍らに桜を置いて欲しかった。
そろそろ、校長先生もゆっくりしたいかもしれないなぁ、と僕の頭を撫でながら言う。
優しく笑う上品な雰囲気の校長先生。じいちゃんの話の中の校長先生とは別人で、僕はなんだか信じられなかった。
僕は勇気を持って、放課後校長室に入った。児童クラブをさぼるのは始めてでとても緊張してしまった。
「あら、今日はサッカーはお休み?」
僕は無言で頷いた。校長先生は、眼鏡からチラリと僕を見るとニコニコ笑って手招きする。
「匂いがする」
校長先生の匂いがした。風に舞う、桜の香りがした。空を旅した風の匂いがした。時代が匂いを連れてくる。
「君は鼻が良いのかしら?今日、美味しいクッキーを頂いたのよ」
校長先生が、缶の箱の綺麗に並べられたクッキーを差し出して来た。
「ありがとうございます」
フカフカのお客様用のソファに座り、御礼もそこそこに、僕はランドセルから例の紙を差し出した。
「ショメイしてもらったんだ。次の職員会議で皆に見せて下さい」
お父さんとサッカークラブの友達、じいちゃんとじいちゃんのグランドゴルフ仲間もいる。
「……ありがとう」
「……先生?」
先生は口元を押さえて黙り込んでいた。
「フフフ、本当に嬉しいわ」
涙声で、そう呟く。僕は泣かせたくなくて、黙り込んだ。
先生の机に、白黒の写真が飾られているのを見つけて、そっちを見た。
「あれ、先生だよね」
白黒の写真に、椅子に座っている男の人の後ろに、綺麗な女の人が立っていた。
男の人は優しそうに笑って杖を持っている。女の人はそれを支えるように、佇む。
「えぇ。先生と夫よ」
「桜を一緒に植えた人じゃないよね?」
僕は何故か苛立って言うと、先生は目を見開いた。けれど、すぐに穏やかな目に戻った。
「お爺さまに聞いたのね、……そうよ」
「何で!? 先生の為に植えた桜なのに、先生は学校を選ぶの?」
「……違うわ。ずっと彼を思って泣くよりも一緒に歩んだ夫を大切にしたかったのよ」
「…………」
僕は難しい事はわからないけれど、確かに先生が泣くよりも笑ってくれた方が好きだけど、否定、して欲しかった。全部嘘で、先生は好きな人と結婚して、仲良くて、孫までいて欲しかった。
先生には、幸せに包まれて生きて欲しかったんだ。そして、傍らに桜を置いて欲しかった。



