姉ちゃんは桜の木なんてどうでもいいらしく、玉子に辛子をつけながら淡々と言う。
「儂は最後まで反対したんだがな~ 街のマドンナだった校長先生が悲しむのは見たくないからな」
「父さん、酒零れてるよ」
 酔っ払ったじいちゃんから、父さんは酒を奪いとった。
「桜が散ったら切るみたいだよ」
「あら、だいぶ先なのね」
 他人事のように言うと、見たいテレビにチャンネルを変える。
母さんも、姉さんも、じいちゃんも父さんも、普段通りだ。皆、ずっとずっとあの桜の木を見て生活してきたくせに。無くなる事に何も疑問も持たない。無くなってから寂しいと思っても遅いんだからな。
 街のどこにいても、丘の上の桜の色は見えていた。生活の一部だったはずだよ。

 今日もまた、児童クラブでサッカーしてたら校長先生が来ていた。木の下で、僕達に手を降ってくれている。それが何だか、無性に抱きついて泣きたくなるぐらい、胸を締めつけられた。その理由を僕はまだ知らない。その気持ちを振り切りたくて、僕は園長先生の元へ走って行く。
「校長先生、ショメイカツドウしようよ」
「あら、難しい言葉知ってるのね」
 先生が僕の身長まで屈んで、にこにこ笑って言う。
「友達に聞いたんだ。ショメイカツドウで沢山の人数を集めたら、反対の声も聞いてくれるって」
「君はこの桜の木が切られる事を反対してくれてるのね」
 先生が言うから僕は頷いた。先生は目を細めて、僕をずっと見つめてくる。
「ありがとう。けどね、先生も切られる事は寂しくて悲しいけれど、反対じゃないのよ」
 立ち上がって、愛しげに桜の木を見つめて言った。
「この木は大きいし目立つから、どこからでも見えて素敵だったけれど、今年は沢山毛虫の被害にあったでしょ」
 毛虫の毛に触れただけで、体中にブツブツができた人が沢山いた。プールも3日間中止になったっけな。
「大好きな桜の木のせいで、大好きな子どもが被害に合うのは嫌なのよ。それに、桜の木も嫌われたら悲しいわ」
「じゃあ、毛虫が悪いじゃないか。毛虫を取り除けばいいじゃないか」
僕がサッカーボールをゴールに蹴飛ばして、そう言うと、先生は悲しそうに首を振った。
「桜の木に集まってくれた毛虫は悪くないのよ」
 と、そう言って黙ってしまった。


「今日、工事の人と校長先生が話してたよ」