洋館のすぐ隣にある教会では、幸せの鐘が響き渡り今日の主役たちを出迎えている。教会には既に親戚に友人達、仕事場の上司たちと100人近い縁者が二人の登場を今か今かと、瞳を輝かせて待ち望んでいた。
「新婦の弟様、弟様は居られますか?」
 教会で、カメラマンとして走りまわっていた僕に、洋館から走って来たスーツの女性が声をかけてきた。
 慌てた様子で、僕が弟だと顔を見て気付いたのか、すぐに扉の後ろへ引っ張って行く。スタッフの対応としては、些か乱暴な扱いだった。
一眼レフのカメラで、客を撮るように頼まれて朝から走りまわって疲れていたのでその扱いはとても不服だった。
「どうしたんですか?」
「新婦様が」
 スタッフの女性は、辺りを見渡しながら慎重に、小さな声で言う。
「ウエディングドレスのままクローゼットに立て篭もってしまわれて」
「姉がですか!?」
 思わず数メートル飛び上がってしまいそうになって、両足に力を込める。なんとか踏ん張ったが、よろめいてしまった。
「あんなに、式に拘ってドレスもオーダーメイドして、もう皆が教会で待っているのに?」
「はい。ただただ、弟を連れて来て欲しいとクローゼットから叫ぶだけでして、私たちではもう対応が出来ません」
「わ、わかりました。すぐに向かいます。あの新郎の義兄は?」
「ショックでソファに倒れ込んで居ります」
 優しくて熊のように大きな図体のくせに、小心者で頼りがいがない。姉の趣味は良く分からないが、それでも二人が幸せならば、僕はそれで良かった。心から応援していたのに。
古い洋館は、明治の初めに作られた曰くつきの建物だ。
 この地の華族が住んでいた屋敷で、煉瓦作りの趣のある大きな建物で、庭には川が流れ、数歩程度の小さなアーチ型の橋がいくつも掛っている。門を入ってすぐの噴水は、天使が持った壺から水が溢れ、煉瓦作りの壁に蔓を伸ばして所々に花が咲いている。
 入ってすぐの広場から、目の前の階段を登り、二階へ上がる。壁にはいくつもの肖像画が飾られており、袴姿の少女と軍服を着た若い少年の将校の二人の肖像画はよく見える位置に飾っている。
この階段の20段上がってすぐの踊り場で、この家の娘であった少女が、戦争へ行くと報告した婚約者に縋りつき止めたと言われている。戦争へ行く彼を思い、彼は残していく彼女を思い、その気持ちは永遠に語り継がれる。