悲恋五

まだ気づかない。まだ見つからない。かくれんぼ。

――
長い石の階段を登ると、大きな桜の木があった。
戦前からある、桜木。
桜の花びら、フワリと風に舞う。
吹かれて吹かれて、舞って舞って、幸せを街に。
――

「この桜の木って切られちゃうの?」
 僕が、校長先生にそう尋ねると先生は静かに頷いた。
「児童クラブのサッカーに入っているのかしら?」
「うん! 校長先生、この木どうなっちゃうの?」
 サッカーボールを、僕は頭に乗せてバランスをとって遊びながら何気に聞いた。
「そうね…花びらが全て舞ったら斬られちゃうの。斬られた木はどうなってしまうのかしらね……」
 上品に微笑み、桜の木を見つめていた。
 僕のおじいちゃんと校長先生は同い年らしいけれど、おじいちゃんより若々しく上品で、
とても優しい優しい校長先生。いつも、ブラウスに黒のスカート、短く整えられたショートカットで深い皺には優しさが刻まれている。僕はそんな優しくて、温かい校長先生が大好きだった。
 僕の学校は、長い長い石の階段を登った坂の上にある。街全体を見渡せる、丘の上。そこに咲く大木の桜。
校長先生が学校を作る前から生えている、神々しい桜の木。
校長先生が、その桜の木を大切にしてるのは知ってたよ。毎日毎日、眺めて影で涼んで、眠るように目を閉じて、とても気持ち良さそうだった。その時の校長先生の表情は優しくて、僕は好きだった。だから、校長先生は否定してくれるって思ってたのに。
 長い階段を、桜の木目掛けて登って、桜を優しく見つめる先生を見つめてたのに、全部無くならないって否定して欲しかったのに。

 「あの桜の木って大きいし、通り抜ける度に不気味だったのよ。でも校舎に入るには必ず通る場所にあるでしょ?」
 ぐつぐつ煮込んだおでんを食べながら、母さんが箸を指のように自由自在に動かし話す。
「不気味じゃないよ。夏は涼しいし冬は手入れしてるよ」
 大根を割りながら怒りを抑えて言った。
「アンタじゃなくて大人の意見が一致したんでしょ。前々から毛虫が多くて毎年刺されて問題になってたじゃない」