目を細めて僕が言うと、君も蕩けるように甘く微笑んだ。
――貴方が諦めた夢を私が叶えてみせるわ。
――……ありがとう。
――貴方が教えてくれるなら。
 無邪気に、笑う。
長い手足、長い指、美しい歌声、優しく奏でる音。
キミならば、できる。僕が全力で教えるから。
沢山沢山、沢山、キミが望んだ曲は全て教えるよ。
 逢う時間は全てそれに注ぎ込もう。キミが望んだ夢を叶える為ならば、犠牲は仕方ないからさ。
 キミが欲しいと言った楽譜は、全て与えたじゃないか。なのに、キミにはもう全て要らないんだね。僕が、夢を諦めて、一人で絶望した日に、キミは、僕に諦めないでと叫んだ。叫んで、泣いて、何度も何度も僕の名前を呼んだ。
 けれど、ごめんね。煩わしかったんだ。僕にはもう、スポットライトは当たらない。
けれど、キミにはこれからも当たり続ける
――僕が教えたその指先で。それが悔しかった。
キミに分かるものか。
 僕の腕はもう動かないんだ。それがどれだけ絶望的か、分かるわけない。簡単に諦めたわけじゃないのに、諦めないで、と叫んでも、煩わしいだけなんだ。
そしてキミは、捨てるんだ。
――分からない。理解できないよ。
キミは僕には諦めないでと叫んだのに、キミは簡単に諦めるんだね。
その程度のものだったの?僕が命をすり減らしてでも叶えたかった夢を、キミはいとも簡単に捨てられるんだね。
 キミが言葉にすればする程に、僕の体温が下がっていくのを感じてた。
沢山、沢山考えたよ。沢山、沢山悩んだよ。けれど、結果は変わらないんだ……
ヒラヒラ、ヒラと、舞い降りる紙飛行機。
僕は無表情で彼女が落とした紙飛行機を壊す。中から見えた楽譜は、彼女と共に過ごした証。
カノンから始まり、雨の庭……、木枯らしのエチュード……、エオリアンのハープ……。
 皺や折れ線を伸ばしても、もう二度と綺麗にはならない。
キミの繊細な指が奏でる優雅なメロディ。キミが落とした最後の楽譜は、紙飛行機じゃないね……。
僕が綺麗だと言った、雪だ。
「愛の夢」第3番
――愛しうる限り愛せ
今の僕達には、極端に反対でつい笑ってしまった。キミを見上げたけれど、キミは一度も僕を見なかった。
先に心を閉ざしたのは僕。
先に心を冷ましたのはキミ。
先に心を傷つけたのは僕。
先に心を踏みにじったのはキミ。
なんだか僕達はお似合いなのかもしれないね。