でも、男ひとりでデザートビュッフェに並ぶのには勇気がいる。他に並んでいたのは同伴者の女性ばかりだった。
 彼女をダシに使わせてもらうのは忍びなかったが、デザートタイムに付き合ってもらうくらいならバチは当たらないだろう。

 僕は勇気を出して、彼女のテーブルへ向かい、彼女に話しかけた。

「――失礼ですけど、絢乃お嬢さん……ですよね?」

 オレンジジュースを飲みながらスマホを気にしていた彼女は、ハッと顔を上げた。そして、声の主が僕だと分かると、すぐに警戒を解いてくれた。

「えっ? ……ええ、そうだけど。――貴方(あなた)はさっきの……」

 僕と目が合い、お互いに会釈を交わしたことを、彼女は覚えていてくれた。僕は嬉しくて表情が緩みそうになるのをどうにかこらえ、礼儀正しく自己紹介をした。
 ……どうでもいいが、年下のはずの彼女がため口で、年上の僕が敬語なのはどういうことだろうか? まあ、特別疑問には思わなかったが。

「はい。僕は〈篠沢商事〉本社総務課の、桐島貢っていいます。……あの、向かい、座ってもよろしいですか?」

 おそるおそる伺いを立ててみると、彼女は「どうぞ」と快く許可してくれた。

「失礼します」

 僕が座るのを待ってから、どうして自分の名前を知っているのか訊ねた彼女に、加奈子さんから聞いたこと、彼女の学校名と学年まで教えてもらったことを打ち明けた。

「あそこって名門の女子校ですよね」と僕が言うと、彼女はそのことを大して気にしていないらしく、「そうらしいわね」と返してきた。
 僕だって、学校名のブランドなんかに興味はない。大事なのはどこの学校に通っていたかではなく、その人がどういう人間かだと思う。
 彼女は家柄や学校名に捉われなければ、ごく普通の女子高生だった。初めは一目惚れだったが、僕が彼女に惹かれた理由もそういう気取らないところからだったのだ。

 僕は小・中・高校と公立校に通い、大学も一流ではなかった。それから平凡に就職して、平凡なイチ社員として平和にサラリーマン生活を送ることができればそれだけで幸せだった。……あのパワハラさえなければ。
 
「――ねえ。貴方、総務課って言ってたよね? 今日、総務課の課長さんは?」

 ちょうど島谷課長のことを忌々(いまいま)しく思っていたところへ、彼女からの鋭い質問が飛んできた。
 招待客ではない僕がこの会場に来ている理由を、彼女に話さないわけにはいかない。でも、パワハラのことまで話してしまえば、心優しい彼女はきっと心を痛めてしまうだろう。ただでさえ、父親が倒れてメンタル的に参っている時だというのに……。

 さて、どこまで彼女に話したものかと悩んだ末、僕は「課長に急用ができて出られなくなったので、自分がピンチヒッターで」という事実だけ打ち明けることにした。