――そしていよいよ、出棺の時間が迫ってきた。
弔問客は故人との最後のお別れの後、このまま帰ってしまう人と、火葬場まで一緒に行く人とに分かれる。里歩さんは葬儀が終わると、絢乃さんに声をかけて帰ってしまった。絢乃さんは引き留めようとされたようだったが、最後には納得のうえで親友を送り出された。
会社やグループの関係者もほとんどが帰路につき、火葬場へ同行することになったのは篠沢家の親族と、会社からは僕たち総務課の人間を除けば村上社長と小川先輩だけとなった。……村上社長は奥さまとお嬢さんもご一緒だったが。
「――桐島くん、私は社長のご一家と一緒の車に乗っていくことになったから」
先輩が僕にそう言った。彼女はこの少し前、一足先に社長秘書へ配置換えになったばかりだった。
「そうですか。じゃあお帰りも社長ご一家とご一緒に?」
「ううん、社長はご家族と一緒に先にお帰りになるって。私は奥さまと絢乃さんにちょっと話があるから残る。でも最後まではいないと思う」
一体どんな話が? と勘繰りたくなったが、やっぱり女性には色々あるようだ。僕はそれ以上の詮索をやめた。
「……というわけで、今日はここでお疲れさまだね。絢乃さんたちのことはあなたに任せたよ!」
「はい」
棺が霊柩車に乗せられ、出棺の時が来た。斎場の駐車場に停められた一番立派な黒塗りの社用車の前で、僕は絢乃さんと加奈子さんに宣言した。
「――奥さま、絢乃さん。運転は僕が担当します」
「桐島くん! っていうか、私はもう〝奥さま〟じゃないわ」
すると、加奈子さんが肩をすくめて悲しげにそうおっしゃった。この時の彼女はもうすでに、〝未亡人〟という立場だったのだ。
「そうですね、すみません。ですが、他にどうお呼びしたらいいのか……。では、こうしましょう」
僕は気を取り直し、少し言い方を変えた。
「――絢乃さん、加奈子さん。火葬場までは、僕が責任をもって送迎いたします」
僕が義母のことを〝加奈子さん〟とお名前で呼ばせて頂いたのは、多分この時が初めてだったと思う。……今となっては僕の姑に当たるので、この呼び方をしたら怒られそうだが。
「桐島さん……。よろしくお願いします」
絢乃さんの、僕への縋るような表情はきっと、僕の思い過ごしなんかじゃなかった。今ならそう断言できるが、この当時の僕は気のせいだと思っていた。
二人を社用車の後部座席に乗せた僕は、同じく黒塗りの車が列をなすという物々しい光景の中、霊柩車のすぐ後ろについてハンドルを握っていた。
弔問客は故人との最後のお別れの後、このまま帰ってしまう人と、火葬場まで一緒に行く人とに分かれる。里歩さんは葬儀が終わると、絢乃さんに声をかけて帰ってしまった。絢乃さんは引き留めようとされたようだったが、最後には納得のうえで親友を送り出された。
会社やグループの関係者もほとんどが帰路につき、火葬場へ同行することになったのは篠沢家の親族と、会社からは僕たち総務課の人間を除けば村上社長と小川先輩だけとなった。……村上社長は奥さまとお嬢さんもご一緒だったが。
「――桐島くん、私は社長のご一家と一緒の車に乗っていくことになったから」
先輩が僕にそう言った。彼女はこの少し前、一足先に社長秘書へ配置換えになったばかりだった。
「そうですか。じゃあお帰りも社長ご一家とご一緒に?」
「ううん、社長はご家族と一緒に先にお帰りになるって。私は奥さまと絢乃さんにちょっと話があるから残る。でも最後まではいないと思う」
一体どんな話が? と勘繰りたくなったが、やっぱり女性には色々あるようだ。僕はそれ以上の詮索をやめた。
「……というわけで、今日はここでお疲れさまだね。絢乃さんたちのことはあなたに任せたよ!」
「はい」
棺が霊柩車に乗せられ、出棺の時が来た。斎場の駐車場に停められた一番立派な黒塗りの社用車の前で、僕は絢乃さんと加奈子さんに宣言した。
「――奥さま、絢乃さん。運転は僕が担当します」
「桐島くん! っていうか、私はもう〝奥さま〟じゃないわ」
すると、加奈子さんが肩をすくめて悲しげにそうおっしゃった。この時の彼女はもうすでに、〝未亡人〟という立場だったのだ。
「そうですね、すみません。ですが、他にどうお呼びしたらいいのか……。では、こうしましょう」
僕は気を取り直し、少し言い方を変えた。
「――絢乃さん、加奈子さん。火葬場までは、僕が責任をもって送迎いたします」
僕が義母のことを〝加奈子さん〟とお名前で呼ばせて頂いたのは、多分この時が初めてだったと思う。……今となっては僕の姑に当たるので、この呼び方をしたら怒られそうだが。
「桐島さん……。よろしくお願いします」
絢乃さんの、僕への縋るような表情はきっと、僕の思い過ごしなんかじゃなかった。今ならそう断言できるが、この当時の僕は気のせいだと思っていた。
二人を社用車の後部座席に乗せた僕は、同じく黒塗りの車が列をなすという物々しい光景の中、霊柩車のすぐ後ろについてハンドルを握っていた。