「えいむさん、いえ、ほしくないですか?」
私はよろず屋の椅子に座って、冬でもよく育つという薬草を見ていた。
だから聞きちがいかと思った。
「いま、家って言った?」
「はい」
「家はあるよ」
「えいむさん、せんようのいえですよ」
「私の?」
「はい!」
「そんなのむりだよ。あ、スライムさん、また高価なものを使おうとしてるんでしょ」
「ふっふっふ。えいむさんが、こうかなものをすきじゃないことは、ぼくはしってますよ」
そのわりには、何度も高価なものをタダでくれようとするけれども。
「だったらどうするの?」
「こうするんです」
「スライムさん、寒いよ」
私たちは外に出た。
人が通っていないところはたくさん雪が積もっている。
「ゆきがありますね?」
「うん」
「ゆきのいえを、つくりましょう」
「雪の家?」
「そうです! れいの、なんとか、というやつです」
「なんとか?」
「なまえなんて、かざりですよ! なまえこそがだいじです!」
「どっち!」
私は、スライムさんに、しっかりした上着と手ぶくろを借りた。
「つめたいですか?」
「ううん、平気」
雪玉をつくってみても、全然冷たくない。
「これを使ったら、雪合戦に負けないかも」
「えいむさん? まだやるきですか!」
スライムさんはぷるぷる震えた。
「それで、雪の家って、どうやってつくるの?」
「ゆきを、つみます!」
「やってみよう!」
私は、スライムさんに借りたスコップで雪を掘り始めた。
「……スライムさん。はあ、はあ」
私はスコップを雪にさした。
「大変じゃない?」
「そう、ですね」
スライムさんも、ぜいぜいしている感じだった。
でもなんとか、私の身長のちょっと下、くらいまでの高さの、雪の山ができた。
「これを、掘ればいいんだよね?」
「はい!」
私はスコップで、入り口をつくっていく。
「あ」
と思ったら、上から雪がくずれてきて、いまできた入り口が消えてしまった。
残ったのは、変な形の小さな雪山だ。
「くずれちゃった」
「うまくいきませんでしたねえ」
「どうすればいいのかな」
「しっかりかためたら、どうですか?」
「うーん。穴を掘るのが大変だよ?」
「そうですねえ」
「雪をしっかりかためて、それを積み上げていくのがいいのかな」
「それは、れんがをつみあげるような、ことですか?」
「うん」
「たいへんそうですよ」
「大変そうだね」
「うーん」
「うーん」
私はくずれてしまった雪山を見た。
中をつくろうとすると、くずれてしまう。
しっかりしようとすると、掘れない。
うーん。
「最初から、中が空洞になってればいいんだけどね」
「それですよえいむさん!」
「え?」
というわけで、スライムさんが用意した箱を、雪の上に置いた。
私の胸までくらいの高さだ。
そこに雪をのせていく。
「よいしょ、よいしょ」
「よいしょ、よいしょ」
スライムさんも、口に入れた雪を飛ばして手伝ってくれる。
中が空洞なので、さっきよりかんたんにできあがった。
それを上から、横からぐいぐい押して、しっかりかためる。
そして雪をたして、ぐいぐいやって。
最後に箱を抜く。
抜く。
抜く……?
「抜けないね」
「そうですね」
しっかりかためてしまったので箱が抜けない。
「こわれやすいはこにしますか?」
「壊れやすい箱?」
というわけで、スライムさんが用意した、薄い板の箱でつくってみた。
「よいしょ、よいしょ」
雪をしっかりかためたら、箱を、中から、クギのようなものを抜いていく。
すると、箱がバラバラに壊れた。
「できました!」
「できたね!」
さっきまで箱だった板を中から出して、完成!
「さっそくはいってみましょうよ!」
スライムさんが、ぴょんぴょん、と中に入っていく。
「どう?」
「かぜがきません!」
「私も入っていい?」
「どうぞどうぞ」
と思ったけど、なかなかせまい。
しっかりした上着を脱いで、それでもせまい。
体をちぢこまらせて、なんとか入れた。
「あ、本当だ」
下はやっぱり雪だから冷たい。
でも、風は来ない。
室内、という感じがした。
「すごい!」
と私はつい興奮して、立ち上がろうとしてしまった。
「わ!」
「わわわ!」
思いっきりぶつかった雪がくずれてきて、私たちは埋まってしまった。
「わわわ!」
「ははは!」
今日はよく晴れていた。
最近は雪の日もへってきて、太陽があたるところはほとんど土や草木がしっかりと見えていた。
ふつうの靴で歩くのが、なんだかうれしい。
「こんにちは」
よろず屋に入ると、スライムさんがいない。
「いらっしゃいませ!」
「うわっ」
ものかげから、スライムさんが笑いながら私を見ていた。
「スライムさん、おどかしたな」
「ふっふっふ、しりませんでしたか? ぼくは、おどかすたいぷの、すらいむですよ!」
「なにそれ、もう!」
スライムさんは、ぴょん、とカウンターの上に逃げた。
「それで、どんなごようですか!」
「ええと、今日は、薬草を」
私はカウンターの中の薬草を見た。
その横。
「なにこれ」
「まめです」
「そうだよね」
お皿に積まれた豆があった。
おうどいろで、うすい皮がやぶれて中が見えているものもあった。
「料理に使う豆?」
「このままでも、たべられます! もう、ねつがくわえられていますので、ぽりぽりと! たべてください」
「どんな効果がある豆なの?」
「おいしいです!」
「えっと、そうじゃなくて、動きが速くなったりはしないの?」
「えいむさん? まめをたべて、そんなことがあるわけないじゃないですか!」
スライムさんが笑う。
でも、このお店にあるものは、そんなのばっかりだと思うんだけど。
「ですが、たべるだけじゃないんです! たいせつなこうかがあります」
「どんな?」
「まものを、おいはらうこうかがあります!」
スライムさんはぴょん、とその場でとんだ。
「まめをまくと、まものをおいはらう、という、いいつたえがあるそうです」
「知らなかった」
「まめをまきながら、あることをいうと、まものがこなくなります」
「なんていうの?」
「それは、みんなのじゆうです!」
「自由なの?」
「そうです。じゆうにいいながら、まめをまきます」
「へえ」
「やってみますか?」
「いいの?」
「はい!」
私は、小皿にのった豆をわたされた。
スライムさんは、頭をちょっとだけへこませて、上に豆をのせている。
「どこにまくの?」
「どこでもいいんです」
「自由な風習だね」
「そうです!」
「えっと、じゃあ……」
私は豆をつまんだ。
そこで考える。
「スライムさん、これ、食べられるんだよね?」
「そうですよ」
「でも、そのへんにまいちゃったら、食べられないよね?」
「そうですねえ……。えいせいてきな、かんてんでは、そうですね」
「別の観点では?」
「すごくおなかがすいたら、こまかいことは、いっていられません!」
「なるほど」
私たちは、大きなお盆を用意した。
その上に、とびはねないよう、そうっ、と豆をまく。
「まものー、くるなー」
スライムさんが言う。
「まものー、くるなー」
私もまねして言う。
「えいむさん。これは、じゆうなふうしゅうです。まねは、いけません」
「はい、すみません。スライム先生」
「よろしい」
「まものー、くるなー」
「えっと、じゃあ……。へいわー、こいー」
「お、いいですね、えいむさん!」
「そう?」
「いいです! まもの、くるな、というだけでなく、へいわ、こい、というはっそうが、すばらしいです!」
「ありがとうございます、スライム先生」
「よろしい」
「まものー、くるなー」
「へいわー、こいー」
「まものー、くるなー」
「へいわー、こいー」
私はふと思った。
「スライムさん」
「なんですか?」
「魔物が来るなって言ってるけど、スライムさんはだいじょうぶなの?」
「……そうですねえ、ぼくも、まものの、はしくれですね」
スライムさんは、しばらく考えて、言った。
「だいじょうぶです!」
「そっか!」
そんな気がしたよ!
あまい香りにさそわれるように私はよろず屋に入っていった。
店内では、あまい香りはいっそう強く感じられた。
「こんにちは」
声をかけてもスライムさんの返事はなかった。
またよろず屋の裏でなにかしてるんだろうか。
それよりも私はあまい香りの方が気になった。
カウンターの上に、白いお皿があり、黒いものが何枚も重なって置いてあった。
四角くて、うすい、板状のものだった。
顔を近づけてみると、どうやら香りの元はこれのようだった。
私は、顔を離せずにいた。
あまい香りをいっぱいに吸い込んでも、まだ満足できない。
それくらい、いい香りだった。
これはお菓子だろうか。
口に入れたら、さぞかしあまいのだろう。
味を想像したら止まらなくなってしまった。
手をのばし。
かけて、止めた。
勝手に食べたりしたら泥棒だ。
それは、スライムさんと私の関係であってもいけないことだ。
二人の関係だからこそ、いけないかもしれない。
私は近くの椅子に座った。
目をつぶってみる。
すると、あまい香りに包まれていることが強調された。
なんだかわからない、あの黒い板の上に座って、休んでいるような気になってきた。
でも、本当にあまいのだろうか。
そう考えると、急にあまい香りがいやなものに感じられた。
母がお菓子をつくっているときだった。
香りだけはあまいのに、なめてみるととても苦い。
香り付けに使う材料だと言っていたけれど、その苦さを思い出しては、しばらくあの香りが嫌いになっていた。
この黒い板も、あれの仲間なのかもしれない。
スライムさんのお店にある、ということもあやしい。
なにが起きてもおかしくないようなお店に、こんなにあまくておいしそうな香りのするもの。
そうだ。
色がまっくろ。
これはあやしい。
さすがに、食べてしまったら死んでしまうようなものは、スライムさんが置きっぱなしにするとは思え……。
なんともいえない。
死んでしまわないとしても、かなりおかしなことになるかもしれない。
私は椅子を立って、またカウンターの上のものの、香りをかいだ。
あまくておいしそうな香りだった。
気づけば、また顔を近づけていた。
いけないいけない。
私はいったんお店の外に出ることにした。
外に出ると、まだ冷たい空気で頭がしゃきっとした。
でも頭の中にはまだ黒い板があった。
「あ、えいむさん、いらっしゃいませ!」
スライムさんがやってきた。
「こんにちは。どこに行ってたの?」
「どこというほどのことでもない、やくそうのようすをみてきました! そうだ!」
「どうしたの?」
「こちらへどうぞ!」
スライムさんがお店の中に入っていく。
ついていくと、また、あのあまい香りに包まれた。
「ちょこがあります」
「ちょこ?」
「あまくて、にがいたべものです」
「苦いの?」
やっぱり。
「にがいより、あまいです。にがあまあまです」
「にがあまあま」
「たべてみてください!」
「うん」
私は板状のちょこを、小さく割って、口に入れてみた。
するとたしかに、苦くてあまかった。
でも、あまさを助ける苦味だったので、むしろ、口の中に広がるあまさが、もっとあまく感じられたような気がした。
「どうですか?」
「おいしい」
食べ物で、黒くておいしいというのは、私の生活の中ではなかなかない。
「それはよかった! あ、わすれてました!」
「わすれもの?」
「ちょこ、にも、ふうしゅうがあります!」
「風習?」
「そうです! それは、ええと……」
スライムさんは一時停止して、考えこんでいた。
「豆のときは、投げたよね」
なにか手助けになればと思って言ってみたら、スライムさんは、ぴょんっ、とはねた。
「それです!」
「それ?」
「なげます!」
「これを?」
「まもの、くるな! といいながらなげます!」
「それ、本当に思い出したの?」
「ほぼまちがいないです!」
スライムさんは確信に満ちた目だった。
しょうがないので、私たちはまた、落ちてもよごれないよう、おぼんを用意して、その上にちょこを投げた。
「まものー、くるなー」
「へいわー、こいー」
「まものー、くるなー」
「へいわー、こいー」
きっとまちがっていると思ったけど、私はちょこが食べられるならなんでもいいや、とひそかに考えながらちょこを投げた。
「スライムさん、ここにある薬草、なんだか小さくない?」
カウンターにならんでいる薬草は、いつもよりも小ぶりに見えた。
気のせいだろうか。
でも、7ゴールド、という値札の大きさと比べると、やっぱり小さい。
「そうですね、ちいさいですね」
「どうして小さいの?」
「さむいからですね」
「そっか。雪の下でも薬草って生えるの?」
「はい! いつでも!」
「へえー」
私は納得したけれども、あたらしい疑問がうかんだ。
「それなのに同じ値段なの?」
スライムさんは不思議そうに私を見た。
「薬草は、いつもの大きさが7ゴールドで、小さくなっても7ゴールドだと、なんだか、変かな、と思って」
「へんですか?」
「だって、いつもよりすくないわけでしょ? それなのに同じ値段だから」
「!! なるほど! じゃあ、ただにします!」
「それはだめ!」
「どうしてですか!」
「お店だから! お仕事だから!」
「むむむ……!」
スライムさんはぷくーっ、とふくらんで、まだ不満そうだった。
「まあ、小さい薬草しかできないっていうことは、同じ値段でもしょうがないよね」
「それはいけませんよ!」
スライムさんがぴょん、とはねた。
「おおきさがちがうのに、おなじはよくない! とえいむさんがいったんじゃないですか!」
スライムさんは、びしっ、と言った。
「あ、でも、そんなに変わらないし……」
「いえ! ぼくは、きょうから、ねだんをやすくします! ただです!」
「それは安いって言わないから!」
「これはえいむさんのせきにんですよ!」
「私の!?」
「しってますか! こういうのは、りーだーしっぷ、っていうんです!」
「……? えっと……? ……もしかして、言い出しっぺ?」
「それです!」
合ってた。
スライムさんは薬草をカウンターの中から取り出して、カウンターの上に持ってきた。
「これはもうだめです。7ごーるどのしかくがありません。だめなやくそうです」
「だめではないよ」
「もう、このやくそうは、やくそ、くらいです」
「やくそ?」
う、がなくなった、と言いたいみたいだ。
「ねだんがおなじなのに、うりものがいつのまにかちいさくなっている。これはさぎです!」
「そこまでは言ってないよ!」
「きょうから、6・5ごーるどです!」
「なにそれ」
「ちょっとちいさいので、ちょっと、やすくします!」
考え方はわかるけど。
「お金はどうするの?」
「0・5ごーるどの、おつりです」
「0・5ゴールドって?」
「……おかねをはんぶんに、きります!」
「切っちゃダメだよ!」
「どうしてですか?」
「お金を半分にしても、半額としては使えないよ!」
「じゃあどうやって0・5ごーるどにすればいいんですか!」
スライムさんは、ぴょんぴょんぴょんぴょんはねた。
「だから、それはもうやめて、いつもどおり……」
「ぼくに、さぎしになれっていうんですか! 6・5ごーるどのものを、7ごーるどでうって、たがくのもうけをだして、ぼうりをむさぼり、まちのひとたちを、びんぼうにしろっていうんですか!」
「ぼうり?」
「ぼくはもう、よろずやをする、しかくがありません!」
「ちょっとちょっと!」
「もうやめます!」
「ちょっと待ってよ!」
「このままやくそうをうっていたら、ぼくは、ぼくは、うらしゃかいのていおうです!」
スライムさんはカウンターの上でブルブル震えていた。
「スライムさん、だいじょうぶだよ、薬草の値上げでみんなが貧乏になったりしないから」
「なります! ならないなら、します!」
「しないで!」
このよろず屋にあるものすべてを投入したら、そういうこともできてしまいそうだ。
いったいどうしたら……。
……そうだ。
「スライムさん」
「えいむさんのことばは、もう、ぼくにはとどきません……」
「薬草って、あったかい季節で、大きく育つときもあるよね?」
「……」
返事がない。
「あるよね?」
「……とくべつにこたえます。あります」
スライムさんは特別に答えてくれた。
「大きい薬草を、7ゴールドで売ってたこともあったよね?」
「……あります」
「でもそのときは、スライムさんは、高くして売らなかったよね?」
「はい」
「ということは、そのぶん、スライムさんは損をしてたよね?」
「……?」
スライムさんは首をかしげるようにした。
「大きいときにも同じ値段で売ってたんだから、小さいときに同じ値段で売ってもいいと思うんだけど」
小さいときに得をしているのだとしたら、大きいときには損をしていた。
だったら、ちょうどいいんじゃないだろうか。
「それに、お客さんはちゃんと見て買ってたんだから、スライムさんがだまして売ってたわけでもないでしょ? なにも悪くないよ」
「……ぼくは、ぼうりをむさぼってませんか?」
「ないない」
「それなら、ぼくは、いままでどおりでいいんですか……?」
「いいよ!」
「はい!」
スライムさんは元気にぴょん、とはねた。
これで安心だ。
「おっと」
力が抜けたら、ちょっと近くにあったものにさわってしまった。
いけないいけない。
あれ?
「この、はがねの剣って、ちょっと大きさがちがうのに、同じ値段なんだね……。あ」
「え?」
スライムさんはぴょんぴょんはねるのをやめて、こっちを見た。
しまった。
「えいむさん、あたらしいやくそうですよ!」
お店に入るとスライムさんが、緑色でまっすぐの葉っぱを見せてくれた。
「なにこれ」
「やくそうです! すごくさむいところで、みずをあげなかったら、こうなりました!」
「ふうん?」
栄養があまりいきわたらなかったことで、不十分な薬草になった、ということなんだろうか。
「これはどういう薬草なの?」
「けがにも、びょうきにも、こうかがないでしょう!」
「え?」
「やくそうは、はっぱにこうかがありますからね!」
「これは、どう使うの?」
「みためをたのしむものです」
「なるほど……」
私にはまだわからない薬草の世界があったようだ。
そのとき、カウンターにある、白いものが気になった。
「それ、なに」
「これですか?」
スライムさんが出してくれたお皿にのっていた白いものは、丸っこくて、親指と人さし指でつくった輪っかくらいの大きさで、五個あった。
球体かと思ったけどよく見たら太い円柱形をしている。
「なにこれ」
「なんだとおもいますか?」
「わからないけど。ヒントは?」
「まずは、えいむさんのおもうままに、おこたえください」
「えー?」
五個もあるんだから、一個あたりの値段が安いものだろうか。
とはかぎらないのが、スライムさんのよろず屋だ。
これ一個で、たいへんな価値を持っているかもしれない。
スライムさんのお店にあるんだから、きっと、裏をかいたほうがいい。
「あ、もしかして、ふつうは黒いものかなあ」
「なんですか?」
「火をつけやすくする、黒いかたまりかと思って」
親が、火をつけるとすぐ燃える、これくらいのかたまりを使っていることがあった。
小さな火をかんたんに大きくすることができるので、印象的だった。
急いで火をつけたいときに便利だという。
「なるほど……。では、やってみましょうか」
「え?」
スライムさんは、魔法の石がついているという、枝みたいなものを持ってきた。
「これは、ひの、まほうせきがついています」
「うん」
「これをつかって、あつあつに、しましょう! おねがいします」
私は白いものの上に、杖の宝石部分をかざそうとして、止まった。
「ところでスライムさん」
「なんですか?」
「答えは、これで合ってるんだよね?」
「しりませんよ」
「知らないの?」
「はい!」
そうだったのか。
「えっと、じゃあ、どうなるかわからないんだよね?」
「いわれてみれば、そうですね」
「火をつけていいの?」
「はい!」
力いっぱい言われた。
「爆発したりとか、しない?」
「ふふふ。えいむさんは、しんぱいしょうですねえ!」
スライムさんは、くすくす笑っていた。
でも、なにかのときに爆発したのは覚えてるぞ?
「ぼくがやってみましょうか?」
そう言って、スライムさんは、さっさと杖を私からとっていくと、杖の先を白いものに近づけた。
「え、スライムさん、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶです!」
スライムさんは、自信はたっぷりある。
スライムさんが近づけた杖の先は、白いものを熱していった。
白いものの表面が、オレンジ色になっていく。
香ばしく、あまいにおいがする。
さらにスライムさんが熱すると、ちょっとこげてきた。
「スライムさん、離したほうが」
「そうですね」
スライムさんは杖を引いた。
「これは、なんだろう……」
においだけでいうと、あまくて、おいしそうだ。
「たべてみたいですか?」
「食べてみたくなる」
ちょっと、熱で溶けて、やわらかそうだった。
でも、とんでもないものかもしれない、という思いが、私に最後の一線をこえさせなかった。
「たべてみますか?」
「うーん」
おいしそうなにおいに、私は最後の一線をこえてしまいそうになっていた。
「わかりました! おまかせください!」
「なにを?」
「なにかあったら、とくべつなやくそうで、えいむさんをいきかえらせてあげますので!」
「私、死ぬの?」
「どうぞどうぞ!」
食べたくなくなってきた。
でもまだ興味がある。
指先でつっついてみると、溶けそうなほどやわらかだったのが、冷めてきていた。
でもやわらかい。
ひとつ持ってみた。
ふわふわしていて、軽い。
私は、あまい味が口の中に広がるのを想像した。
「ましゅまろです!」
スライムさんが急に大きな声で言った。
「なに、急に」
「それのなまえを、おもいだしました! ましゅまろです!」
「ましゅまろ?」
「はい! まちがいありません!」
スライムさんは、自信ありげだった。
「ましゅまろってなに?」
「わかりません」
スライムさんは、自信なさげだった。
私は、ちょっと焦げた、ましゅまろ、をお皿にもどした。
「あれ、たべないんですか?」
「ましゅまろって、なんだか、食べ物の名前じゃないみたいじゃない?」
「なるほど?」
「なんか……。なんだろう。ましゅまろ。なんの名前だろう。スライムさんは、なんだと思う?」
「ましゅまろですか……。むずかしいおはなしですね……」
私は、遠くの景色を想像した。
「鳥の名前かな?」
「とりですか?」
「丸くて、ふわふわしてる鳥」
「なるほど! そういうとりも、いそうですね!」
「でしょう?」
「なら、たべられそうですね!」
「うん……?」
鳥は食べられるものもいる。
でもそういうことではないような。
「そういえば、綿って、植物なんだよね。だからこれも、植物かもしれない。糸をつくったりするような」
私は、ましゅまろを手にとって、ふにふにしてみた。
それに植物だったら、口に入れてみてもいいような気がしてくる。
苦かったら口から出して、毒消し草をもらえばいいし。
「わかりました!」
スライムさんが、ぴょん、ととびあがった。
「なに?」
「ましゅまろというのは、きっと、むし、ですね!」
「虫?」
「なかに、むしがはいっているんです! みのむしみたいなやつが! ましゅまろは、むしの、すです!」
「虫の巣」
「えいむさんの、わた、をひんとにしました! きぬは、むしがつくったいとを、つかってますよね! だから、むしです!」
私は、この白いものの中から、にゅっ、とイモムシみたいなやつが出てくるのを想像してしまった。
私は持っていた、ましゅまろを、お皿に置いた。
「えいむさん、どうしたんですか?」
「なんでもない」
「そうだえいむさん、ましゅまろを、ふたつにきってみませんか! なかになにがはいってるか、しりたくないですか?」
「知りたくない」
「え?」
「全然知りたくない」
「そ、そうですか?」
スライムさんは、ちょっと困ったように私を見ていた。
「えいむさん、ぼくのうしろ、だれかいますか!」
よろず屋に入るなり、スライムさんがカウンターの上から大きな声で言った。
「どうしたのスライムさん」
「いますか!」
「いないけど」
「よかった……」
スライムさんは、体から力を抜いて、くにゃり、となった。
「どうしたの?」
「めりーさん、ってしってますか?」
「だれ?」
「めりーさんです。だんだんちかづいてくる、おばけです」
「だんだん近づいてくるオバケ?」
だんだんよりも、一気に近づいてくるオバケのほうがこわそうだけど。
「ぼくはそのはなしをきいてから、じぶんのうしろが、きになって、きになって……」
「どういうオバケなの?」
「それは……。こほん。まず、めりーさんから、れんらくがきます」
「ふむふむ」
「すると、めりーさんは、いまどこにいるのか、おしえてくれます。さいしょは、とおかったのに、れんらくがくるたび、ちかづいてきます。そしてさいごには、あなたのうしろにいるよ、というんです!」
スライムさんは震えあがっていた。
「ふうん」
スライムさんは、ふしぎそうに私を見た。
「えいむさん、こわくないんですか?」
「ちょっと、よくわからなくて」
「なにがですか?」
「連絡って、どういう連絡? メリーさんから手紙がくるの?」
そのあたりがよくわからなかった。
「毎日手紙が来て、だんだん近づいてくるってことなの?」
「そういわれると……」
スライムさんもよくわからないようだった。
「じゃあ、そうです!」
「メリーさんから、毎日、今日はあの山にいるよ、とか、今日はよろず屋の前にいるよ、とか手紙がくるってこと?」
「きっとそうです!」
「そういうオバケなの?」
「そうです!」
「ていねいなオバケだね」
私が言ったら、スライムさんは、ぴょんぴょんはねた。
楽しそうではなく、もどかしそうだった。
「そうじゃないんです! さいごには、あなたのうしろにいるよ! ってくるんです! こわいですよ!」
「知らない人に毎日手紙をもらうって、たしかにこわいよね」
「そういうこわさじゃないんです! おばけがうしろにいるんですよ!」
「うーん。でも、手紙を出してくるってことは、私の家を知ってるんだろうし、オバケだったら家の中にも入ってこられるだろうし……。うしろにいるかもしれないよね。いまだって、ほら! スライムさんのうしろに!」
「ひいっ!」
スライムさんはカウンターからとびあがって、そのまま落ちて、ぽよんぽよんとはずんで、お店のなかを転がっていた。
「だ、だいじょうぶ? スライムさん、そんなにおどろくとは思わなくて。ごめんね」
「へいきです!」
スライムさんは、シャキン! と止まった。
「あ、えいむさん! うしろにめりーさんがいますよ!」
「え?」
うしろを見ると、誰もいなかった。
「いないよ」
「うそです! もう! えいむさんは、どうしてそんなに、こわがらないんですか!」
「手紙であいさつをしてから来るんでしょう? 話が通じそうだな、と思って」
私の印象では、オバケというのは、勝手にやってきて、ひどいことをしたり、おどろかしたりする、というものだった。
だから、ちゃんと連絡をくれるなんて、オバケの中ではいいオバケ、という気がした。
スライムさんに話していると、スライムさんも、だんだん落ち着いてきたみたいだった。
「たしかに、はなしがわかりそうですね」
「だから、来てほしくなかったら、来ないで、って張り紙しておいたら、来ないでくれそうじゃない?」
「そうですね! じゃあ、ぼくもそうします!」
「連絡来たの?」
「まだです! ぼくは、よういしゅうとうな、すらいむですから! じぜんじゅんびも、ばっちりです!」
「ならだいじょうぶだね」
「なんだか、えいむさんとはなしていたら、どうでもよくなってきました!」
「よかった」
「じゃあ、きょうはもう、おみせはおわりです」
「え?」
「ずっと、こわがりすぎて、くたくたなので!」
「あ、えっと、薬草ひとつ……」
「おしまいです!」
そう言うと、にこにこしながら、スライムさんはお店を閉めてしまった。
よろず屋に入った私は、足を止めた。
カウンターにあったのは、白いかたまりだった。
丸っこくて、どこか、ましゅまろ、に似ているけれど、私の頭くらいの大きさがある。
スライムさんが持ってきたんだろうか。
スライムさんはどこだろう。
「スライムさん?」
「むむむ」
白いかたまりが言って、ぐらぐらと動いた。
私は心のなかで1、2、3、と数えてから、もう一度よびかけた。
「スライムさん?」
「むむむ」
白いかたまりは言って、ぐらぐらと動いた。
「スライムさんなの?」
私はカウンターの上にある白いかたまりをさわってみた。
ふわふわとやわらかく、表面はかわいていた。
スライムさんの表面はぷるぷるしていて、しっとりしている。
ではこれはなんだろう。
「ん?」
白いかたまりが、ぷるぷると、ふるえ始めた。
すると、いきなりはじけた。
「わっ」
白いものが飛び散って、中からスライムさんが現れた。
「いらっしゃいませ、えいむさん!」
「もう、スライムさん!」
「どうしましたか?」
「どうしたじゃないよ! ああ、こんなに散らかして」
カウンターや、床に、白いものが飛び散っている。
「とくべつな、とうじょうをしようとおもいまして」
「しなくていいよ! これ、なに?」
「ましゅまろです」
「あ、やっぱり」
「ましゅまろは、なかもずっとまっしろで、あまくて、ふわふわでした」
「え? 虫の巣なんじゃないの?」
「ちがいました。おかしです」
「なーんだ」
「ぼくは、おおきいましゅまろをてにいれたので、こう、なかにはいって、たべて、かくにんしましたので!」
「それはすごい」
お菓子の家、というのは考えたことがあったけれども、自分の体と同じくらいのお菓子の中に、食べながら入ってしまうなんて、考えたこともなかった。
「ぼくはすごいすらいむなので、それくらいのすごさは、すごいのです!」
スライムさんは得意げだった。
よく見ると、スライムさんの中は、白いものがぎっしり詰まっているようだ。
いま食べた、ましゅまろが。
虫はいないみたいだ。
「それなら、私も食べてみようかなあ」
「どうぞどうぞ!」
スライムさんが出してくれたましゅまろを、口に入れてみた。
「ん!」
弾力があって、でも口の中ですこしずつ溶けていくような、不思議な食感だった。
そしてなにより、あまくておいしい。
「砂糖がたっぷり使ってありそう」
「そうですね! さいこうです!」
「スライムさん、よっぽどましゅまろが気に入ったんだね」
「あ、そうだえいむさん。ましゅまろを、ください」
「え?」
急に言われて、私はましゅまろを落としそうになってしまった。
「このまえ、ぼくは、ちょこをあげましたね?」
「うん」
「ちょこをくれたひとには、ましゅまろをおかえしする。それがしゃかいの、るーるらしいのです」
「社会のルール」
「ください」
「え、でも、私ましゅまろ持ってないよ」
「それがあるじゃないですか」
スライムさんは私が持っているましゅまろを見た。
「これでいいの?」
「はい!」
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
スライムさんは、ましゅまろをおいしそうにほおばった。
と思ったら、動きが止まった。
目を見開いている。
「どうしたの?」
「う、うう」
「あ、おいしすぎて動けない、とか言うんでしょう」
「たべすぎて、うごけません……」
スライムさんのぷるぷるの体が、ましゅまろのふわふわに支配されてしまったようだった。
私は外に行って、バケツに水をくんできた。
その水をかけてあげるとスライムさんの体積が増えて、動けるようになった。
「これで安心だね」
「はい! もっとたべられます!」
「やめなさい!」
よろず屋の前に行くと、中に入っていく男の人たちの姿があった。
武器を持った人たちで、見たことがない。
めずらしいなと思いながら、私も入っていった。
「こんにちは」
お店に入ると、もうお客さんが三人いて、ぎゅうぎゅうだった。
男の人が私をじろりと見たのでドキッとしたけれども、すぐその人たちはカウンターの向こうに話しかけていた。
「なんだこりゃ、ごちゃごちゃしてせめえ店だな。おーい。店主はいねえのか!」
ひげの人の声は、よろず屋がふるえるような、大きな声だった。
「はいはい、いらっしゃいませ!」
スライムさんが、いつものように、ぴょん、とカウンターにのった。
「お、お? なんだ、スライムか?」
「そうです、スライムです!」
ひげの人は、顔を近づけてスライムさんをしげしげと見た。
「おい見ろよ、スライムがしゃべってやがる」
「はい! ぼくはすごいスライムですので!」
「こいつはおどろいた」
「へえ」
「おどろきでやんす」
「どんなものをおもとめですか!」
「まあ、値打ちもんを探してんだがな。たとえば、ある剣だ。まあ、こんなおかしな店にはねえだろうが」
「それ、あります!」
「まだなにも言ってねえだろうが!」
私がつい、くすくす笑っていたら、ひげの人がこっちを見たので、私はぴしっ、とした。
「それで、なにをおさがしですか!」
「なにって、お前に言ってもしょうがねえんだよ! たとえばそうだな、こういう剣で、柄のところに頭に矢が刺さった人間の彫刻が」
ひげの人は、入り口近くに置いてあった剣を手にとって、スライムさんに説明を始めた。
その説明する声がだんだん小さくなって、ひげの人は、じっと剣を見ていた。
「これは……」
「それは、えいゆうのけんです!」
「ちげえ! 愚者の剣だ!」
「そうです!」
「そうですじゃねえ! お前、これいくらだ! いくらで売る!」
「おかいあげですか?」
「そうだ!」
「だったら、そうですねえ……。ええと……」
「いくらだ!」
「ええと、ちょっとおまちください」
スライムさんはカウンターをおりて、お店の奥に行ってしまった。
たぶん、値段を確認しにいったんだろう。
するとスライムさんが行った先を見ていた男の人たちが、なにか小声で話をしていた。
「おかしら。これ、買うならいくらなんです?」
「そうだな。まあ、30万はするだろうな」
「30!」
「30だったら買いだ。40でも、買ったほうがいいかもしれん。あのスライム、価値をわかってないかもしれねえからな。とりあえず買い叩くつもりで、1万から話を振って、まとめていくぞ」
「……なあおかしら。あいつがもどってくる前に、持ってっちゃいましょうよ」
「なに?」
「いまのうちに持ってちまえば、逃げ切れますぜ」
「……たしかにな」
ひげの人は、剣を抱えるようにした。
「他にも、めぼしいもの、持っていっちまいましょうよ」
「そうでやんすそうでやんす」
本当に持っていってしまうんだろうか。
「あの」
私がおそるおそる言うと、私がびっくりするくらい、彼らはびくっ、としていた。
「ななななんだ!」
「それ、どうするんですか」
「どどどどうもしねえよ、なあ?」
「へ、へい!」
「そそそそうでやんす」
「ちょっとこう、なんだ。店の外で素振りっていうか、なあ?」
「へい!」
「そうでやんす!」
「スライムさんに言ってからのほうが」
「まあ、かたいこと言うなよお嬢ちゃん。じゃ、ちょっくら外へ、と」
ひげの人はそのままお店を出ていこうとした。
けれども、つるっとすべて転んだ。
「ってー」
「おかしら、しっかりしてくださいよ」
「剣は無事ですかい?」
「おおよ」
ひげの人は、大事そうに剣を抱えて立ち上がった。
「ちょっと足がすべることくらい、あるだろうがよっ、と、おわっ!」
また転んだ。
するとその衝撃で、壁に立てかけてあった斧が倒れてきて、転んだひげの人の、頭の横に刺さった。
「うおおおお!」
ひげの人があわてて立ち上がるけれども、また足がすべって転んで、かべにぶつかった。
壁がゆれたせいで他の剣が倒れてきて、ひげの人がはいつくばって、なんとかかわした。
「なんだ、どうなってやがる!」
そう言ったひげの人の前に、天井のところに飾ってあったヤリが落ちてきそうになったのを見て、急いで離れた。
「はあ、はあ、はあ、おいてめえら、逃げるぞ!」
「他のものは持っていかないんですかい?」
「バカ野郎! まだ気づかねえのか! ここは魔導師の店だ!」
「なんですって?」
「本当にスライムが店主なわけあるか! あれは使い魔だ! 俺たちが盗もうとしてるのをどっかで監視して、笑いながら攻撃をしかけてきてんだよ!」
「で、でも、いまのは偶然じゃあ?」
「そう見えるようにしてるんだよ! そこのお嬢さんみたいな客にも、そう見えるように! おかしいと思ったぜ、こんな店にたまたま愚者の剣があるわけねえんだからな! 他にも、そのへんにあるもんも、べらぼうに高いもんばっかりだ! やられたぜ。 このままじゃ殺されちまう! 逃げるぞ!」
「へ、へい!」
「わかったでやんす!」
ひげの人は、剣を放り出すと、転びながら店を出ていった。
外を見ると、ひげの人は何度も転んで、一緒に来ていた男の人に肩を貸してもらいながら逃げていった。
男の人たちが見えなくなってから、やっとスライムさんがもどってきた。
「ええと、ねだんは、それなりです! ……あれ? おきゃくさんはどうしたんですか?」
「かえったよ」
「あれ、なんだかちらかってますね! いけないおきゃくさんだ!」
スライムさんがカウンターから降りて、片づけを始めた。
「手伝うよ」
「くろうをかけますね、えいむさん」
「ねえ、スライムさんって、使い魔じゃないよね?」
「つかいま? ちがいますよ」
「このお店に、魔導師とか、いないよね?」
「いませんよ」
「そうだよね」
「へんなことをいう、えいむさんですねえ。あ!」
スライムさんは、最初にひげの人が転んだあたりに、顔を近づけた。
「どうしたの?」
「ここにさっき、つるつるぬるぬるになるものを、こぼしてしまったんです! あれを、くつでふんだら、しばらくとれなくて、たいへんです! ぼくは、おきゃくさまにひどいことをしてしまいました!」
うわー! うわー! とスライムさんが、体をグネグネさせて後悔していいた。
「こんどきたら、たっぷりと、おもてなしをします!」
「そうだね」
しなくていいと思ったけど、おもてなしをしておいたほうが、悪いことにはならないような気がした。
よろず屋に入ると、スライムさんはもうカウンターの上にいた。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちはー」
コホコホ、とちょっとセキをしたら、スライムさんがふしぎそうに私を見た。
「どうしましたか?」
「うん、ちょっと昨日の夜からセキが」
「それはいけませんね!」
「でもちょっとだから」
「そのちょっとが、そこそこになり、いっぱいになるかもしれません! いけませんよ!」
スライムさんがぴょんぴょんしながら言う。
「ちょうどいいものがあります!」
「なに?」
「これです!」
スライムさんがカウンターの上に出してきたのは、薬草だった。
「薬草?」
「はい!」
「食べるの?」
「ちがいます! これは、おゆにいれるのです!」
スライムさんによると、これをお湯に入れて、その中でゆったりあたたまると、薬草の成分が体にじわじわとしみていき、ちょっとしたカゼなんてすぐに治ってしまうらしい。
「お湯の中に入るの? ちょっと手間がかかるね」
「あしだけでもいいですよ!」
「足だけで?」
たらいを用意してくれたスライムさん。
わかしたお湯を用意して、そこに入れる。
ちょっと熱すぎたので、外の水をやかんに入れてきて、ちょっとずつお湯の温度を下げた。
手で確認する。
「ちょうど、あったかいよ」
「いいですね!」
スライムさんは、カウンターの上に置いてあった薬草を、たらいの中に入れた。
「あ」
葉っぱがほどけるように、お湯の中をただよいはじめた。
すこしずつ、薬草からしみ出た色で、お湯が緑色になっていく。
「おおー」
「どうですか」
「なんだか、ちょっと、とろっとしてるね」
お湯をさわってみると、ぬるっとするというほどではないけれども、手にまとわりつくような感触があった。
「それが、れいのあれです!」
「例のあれ」
「はいってみてください!」
私はスライムさんが持ってきてくれた椅子に座り、素足をたらいの中に入れた。
「おおー」
「どうですか」
「あったかいよ。足だけでも」
「そうですか!」
あったかいのは足だけなのに、みるみる全身があったまっていくのを感じる。
「ぽかぽかしてきた」
「いいですねいいですね!」
「もうちょっと入ってていい?」
「いいですよ! そうだ、ぼくもはいっていいですか!」
「え?」
やめたほうが、と言おうとしたら、もうスライムさんは、ちゃぷん、と中に入っていた。
「おお、あったかい!」
「スライムさんは入らないほうがいいんじゃ」
「どうしてですか! ひとりじめですか!」
「そうじゃなくて、スライムさんは水分を吸っちゃうから、薬草の色が移ったりするかも」
「なるほど!」
スライムさんはたらいから出た。
「あ、色、変わってるね」
スライムさんは、いつもの透きとおった青でなく、黄色になっていた。
「あおに、みどりをまぜると、きいろになるんですよ!」
「そうなんだね。……そうだっけ?」
「でもそのうちもどりますから、きにしなくてもだいじょうぶです!」
「そっか、よかった。で、青に緑をまぜると」
「それよりえいむさん! もうすっかりげんきですか!」
「うん。セキも出なくなった気がする」
「よかったですね!」
「それはいいんだけど、青に黄色をまぜたら緑じゃなかったっけ?」
「いやあよかったですねえ!」
スライムさんは、ちょっと大きくなった黄色い体をぷよぷよと、うなずくように動かした。