よろず屋に入ったとたん、頭の上になにか落ちてきた。
 それは、ぽふ、と頭にのって、床に落ちた。

 手にとってみると、板の片面に、分厚い布がはりつけてある。
 板よりも布のほうが厚いくらいだ。

「ふっふっふ。ひっかかりましたね、えいむさん!」
 カウンターの上に現れたスライムさんが言った。
「スライムさん、なにこれ」
「これは、こくばんけし、といわれるものに、ひじょうにちかいものです」
「黒板? を消すもの? に近いもの?」
 黒板もわからないのに、それを消すもので、さらに近いものと言われても。

「こくばんけし、しりませんか?」
「知らない」
「それは、いりぐちにしかける、わなのことです」
「ワナなの?」
「はい。いえのなかに、こっそりはいってくるひとに、きづかれないようにしかけて、げきたい、するものです」
「ワナのわりには、痛くもなんともなかったよ」

 ぽふ、だった。

「そのぬの、のぶぶんには、いろいろな、こなを、しかけられるのです!」
「粉」
「しびれぐすりのこな、ねむりぐすりのこな。もしかしたら、どくやくのこな、もつかわれていたかもしれませんね!」
「おそろしい」
「ぼくもそうおもいます。とおい、やばんなことをかんがえるくにでは、こういうどうぐも、あるのです……。ですが、こっそり、たにんのいえにはいるひとも、いけないのですが……」
 スライムさんは、深くうなずくような動きをした。

「ぼくは、えいむさんをころしたくはないので、なにもつけずに、ちょっとどっきりさせるだけに、にしてみました! どっきりしましたか!」
「うん」
「やりました! どっきり、だいせいこう!」
 スライムさんはぴょんぴょんはねた。

「それはいいんだけど、どうして侵入者を追い払うのに、黒板消し、って言うの?」
「わかりません」
「わからないの?」
「えいむさん……。もののなまえというのは、あんがい、りゆうなんて、ないものなのです……」
 スライムさんは遠くを見ながら言った。

 私はカウンターの中の薬草を見た。
「薬の草だから、薬草……。わかりやすい……」
「えいむさん! いみがあるものだって、ありますよ! わかりやすいものだって、それは、ありますよ!」
 私はカウンターの中の毒消し草を見た。
「毒を消す草だから、毒消し草……」
「えいむさん! いますぐ、くさから、はなれてください!」

 私は三歩進んだ。
「鋼でできている剣だから、鋼の剣……」
「えいむさん! ぶきは、ぶきはあぶないです!」
「革でできているから、革の鎧……」
「えいむさん!」
「羽根の飾りだから、羽飾り……。わかりやすい……」
「……えいむさん? もしかして、おこってますか?」

 私はゆっくり振り返って、スライムさんを見た。
「どうしてそう思うの?」
「ぼくが、こくばんけしをぶつけてしまって……。いたかったですか?」
「別にー」
「えいむさん、なんだかいつもとちがいますよ! おこってますよね?」
「べっつにー」
「えいむさん! ゆるしてください!」

 私は、スライムさんに、にやりと笑った。
「どっきりした?」
「え?」
「おこったふり。どっきりの、おかえしー」
 えへへ、と笑ったら、スライムさんがはっとしたようになって、それから私をにらんだ。

「……え、えいむさん! どっきりさせるなんて、いけませんよ!」
「スライムさんが先にやったよ」
「ぼ、ぼくはいいんです!」
「なにそれずるい」
「……どっきりしましたか?」
「え?」
「ぼくだけはいい、ってきいて、どっきりしましたよね!」
 スライムさんは、どうだ、という顔をした。

「どっきりはしないけど」
「なんでですか! ぼくだけどっきりして、ずるいです!」
「あ、あれ? 黒板消しをぶつけられたところが、たんこぶになっちゃったかもしれないなー」
「え……? ご、ごめんなさい!」
「どっきりした?」
「……!! えいむさん! またどっきりさせましたね!」
「これでおあいこでしょ」
「ぼくのほうが、おおくどっきりしてます! えいむさん! ずるいですよ!」

 スライムさんはカウンターからおりて、私のまわりをぴょんぴょんとびはねた。
「どうですか! どっきりしましたか! どうですか!」
「ははは、ははは、どっきりしたー」
「ほんとですか? うそじゃないですか?」
「どっちかなー」
「えいむさん!」
「はははー」