次の日、私はなんの用もなかったけれど、スライムさんが気になってよろず屋に出かけた。
 昨日はそのまま帰ったものの、あとから、もしかしてスライムさんが病気になったり、ひょっとして死んでしまったのではないかと不安になったのだ。

 入り口にはちゃんと、よろずや、という看板が出ていてほっとした。
 それから、どうしようかと思ったけれども、あいさつだけして帰ることにした。

 今日もお客さんはいない。
「こんにちは」
 返事がない。

「こんにちは」
 やっぱり返事がない。
 てっきりすぐ、カウンターの上に現れると思っていたので、どうしたらいいかわからなくなってしまった。

「スライムさん?」
 呼びかけてみるけれど、返事はない。
 小さな店内がいつもよりも広く感じた。
 
 誰もいないとわかると、ここにいてはいけない気がした。他人の家に勝手に上がりこんでいるようなもの、ではないだろうか。
 また戸を閉めておいてあげよう。

 そう思って出入り口に歩いていくと、靴に変なものがあたった。
 最初は、布切れかと思ったけれど、ちょっとちがう。
 手にとってみる。

 薄くて、ペラペラしていて、軽い。テーブルクロスよりはちょっと小さいか。青っぽい、透き通った色をしていた。まんなかあたりに、目のようなものと、口のようなものがある。
 スライムさんにちょっと似ていた。

 スライムさんが、自分でつくったものだろうか。自分に似せたものを売って、このお店を宣伝する。そういうものかもしれない。
 つるっとしていたので、私はうっかりそれを落とした。
 ひらりと空中で一回転して床に。

「ぎゅ」
 変な声がした。
 床に落ちた、それ、から聞こえたように思えた。

 私はしゃがんで、指で強く押してみる。
「ぎゅ」
「わ」
 私はびっくりして尻もちをついた。
 なんの声だろうか。

 そのとき、キラリ、と床でなにかが光を反射した。
 スライムさんに似た、それ、が落ちていたあたりだ。
 私は目をこらした。

 すると、そこにはきれいな茶色い石が落ちていた。表面がつるつるで、きれいに磨いた金属のようだった。お店の商品だろうか。
 カウンターの上に置いておこうと思ってそれをさわると、変な感触に思わず手を引いた。
 石が、砂のように崩れてしまったように感じられた。

 でも、石はそのまま変わらず、つるつるとした表面を見せていた。
 おかしいな、と思って手を見ると、私は驚いた。

 指先がカサカサにかわいていた。人さし指、中指、親指の一部が、古い紙のようにカサカサになっている。そして、砂がついているのかと思って指先をこすり合わせると、指がサラサラと砂のようにくずれた。三つの指の、第一関節部分が削れてしまった。まったく痛みはない。
 私はとてもびっくりして、すぐには動けなかった。
 
 それから私は、スライムさんに似た、それ、を見た。

 もしかして。

 私は店を出て、裏にまわった。水場と桶があったので、水を入れて店内に持っていった。指が短くなっていたのでちょっと難しかった。

 そして、スライムさんに似た、それ、を桶の中に入れてみた。
 しばらく、それ、は水の中でゆらゆらしながら、ブクブクと泡を出していたけれど、だんだんふくらんできた。一度ふくらみ始めるとすぐ大きくなっていく。
 
 じゃばっ、と水から、丸いかたまりが飛び出した。

 私の前に着地したのは、スライムさんだ。

 スライムさんはちょっとぼんやりしてから、私を見た。
「あれ、まりあさん、どうしたんですか」
「エイムです。スライムさんが乾いてたみたいなので、水に入れてみました」
 
 指先がくずれてしまったのは、乾燥が原因ではないか、と考えた。そうすると、ペラペラになってしまったものは、本物のスライムさんなのではないかという気がしてきたのだ。

 スライムさんはすこしぼうっとして、それから気づいたのか、目をとても大きく開いた。
「はっ! そうです! かわいてました!」
「その石のせい?」
 私が指した茶色い石を見て、スライムさんは飛び退いてカウンターの上に乗った。
「わ、わ、きけんですよ! それはかわきのいしといって、いきものがさわると、どんどんかわいてしまうのです! ぜったいにさわらないでください!」
「スライムさんがさわったんじゃないですか?」
「ぼくはさわりませんよ! さわったら、ぺらぺらのかみのようになってしまいますから!」

 やっぱりさわったみたいだ。

「あれ、ぼくはさわりましたよね? えいむさんがみずにいれてくれたんですね! ありがとうございます!」
「私もさわっちゃったけど」
 私は短くなった指を見せた。

「うわわうわわ、もうしわけありません! こここれをどうぞ!」
 スライムさんはカウンターに飛びこんで、薬草を出してくれた。
 よく見る薬草よりも、緑の色が濃い。
「色が濃いね」
「これでゆびをこすってみてください!」

 私は、スライムさんにわたされた薬草を指にこすりつけた。
「わ」
 するとあっという間に、私の指が元通りになっていた。

「すごい! どうなってるの」
「すごいでしょう」
 スライムさんが満足そうにしていた。

「これは、あの、すごいやくそうで、すごいのです」
「なんていう名前?」
「それは、その、すごいやくそうですので、ひみつです」
「忘れちゃったの?」
「どうでしょうねー」
 スライムさんは、口笛を吹いてとぼけた顔をした。魔物にもそういう文化があるらしい。

「では、このすごいやくそうをどうぞ」
「え?」
「これがあれば、いえをかうこともできる、ねうちのあるやくそうですよ!」
「そんなのわるいよ。そんなにすごいもの、かんたんにあげたらだめだよ」
「いいんですよ。ぼくはいのちをすくわれたので!」
「でも……、そんなのなくしちゃったら怖いし」
「そうですか。では、ぼくがあずかっておきましょう!」
 スライムさんは何度もうなずくように、体を折り曲げた。

「では、きょうのおかいものをただにします!」
「今日はなにも買うものないよ」
「ないのにきたんですか?」
 スライムさんが体をかしげる。
「うん。迷惑だった?」
「とんでもない! いつでもきてください!」
「ありがとう。でも、ちゃんと整理整頓しておかないとだめだよ」
「むぐ」