「こんにちは」
 よろず屋に入っていくと、もうスライムさんは私を見つけていた。
 でもいつもとちょっとちがっていた。

「いらっしゃいませ……」
 スライムさんは静かに言った。
「今日は薬草ください」
「どうぞ……。いくつですか……」
 そう言って、変な笑顔をうかべる。

「二つ、おねがいします」
 私は14ゴールドをカウンターに置いた。

「そのきんがくで、いいんですか……?」
「あれ? ひとつ7ゴールドじゃなかったっけ?」
「あってますよ……。でも、むりょうで、てにいれたくないですか……?」
 変な笑顔。

「有料でいいよ」
「え……。でも……、むりょうがいいでしょう……?」
「有料でいいよ」
 私が言うと、スライムさんはいつもの顔にもどった。

「むりょうがいいっていってください!」
「ええ?」
「むりょうがいい、それにおかねがほしいっていってください!」
「……無料がいいな、それにお金がほしいな」
「ふっふっふ。えいむさんも、わるいひとですねえ……」
 スライムさんが変な笑い方にもどった。
 なにを言っているんだろう。

「これをどうぞ……」
 スライムさんが出してきたのは、コインだった。

「これは?」
「うらかおもてか、あてっこをしましょう……」
 スライムさんは言った。

「あてられたら、えいむさんの、やくそうのだいきんは、なしにします……。でも、はずれたら、2ばい、はらってください……。いちかばちかの、かけごとですよ……」
 スライムさんは変な笑い方をした。
「え、やだよ」
「……ど、どうしてですか?」
「だって倍も払えないもん。それに、ちゃんとお金を払いに来たんだよ」
「でも、せっかく、むりょうになるかもしれないのに……」
「払うよ」
「うーん……」

 スライムさんは、だんだん平らになっていった。
「わかりました。だったら、あたったらむりょう、はずれてもそのままでいいです……」
「それじゃスライムさんが損するだけでしょ」
「そうです……」
「だめだよ」
 スライムさんは、ちょっとスキを見せるといいかげんな経営をしようとする。

「じゃあわかった。1ゴールドで遊ぼう。それならいい?」
「1ごーるどをかけて、うらか、おもてか、あてるわけですか……」
「うん」
「しょうがない、わかりました……。えいむさんとは、しらないなかではありませんので……」
「どうも」
 なんだか私がお願いしたみたいになっている。

「では」
 スライムさんは、どこからか出したメガネをかけた。
 レンズが黒い。
「それ見えるの?」
「はい。そのみちのひとに、みえるでしょう……?」
 スライムさんは自慢げにしていた。

「さて、では」
 スライムさんは、コインをカウンターに落とす。
 音を立ててはねたコインはカウンターの上でくるくる回った。
 そのとき、スライムさんが横にあった布を、コインの上からかける。

「さあおねえちゃん、うらかな? おもてかな?」
 スライムさんが、さっきまでとはまたちょっとちがう感じの、変な笑い方をする。
「じゃあ、表」
「ほんとうにいいのかい?」
「いいよ」
「そうかい……。じゃあ、これだ!」
 スライムさんは布をくわえて、ぱっ、とめくった。

 コインは表だった。

「やるじゃないかおねえちゃん。ふふ。どうだい、もうひとしょうぶ、していかないかい?」
「もういい」
「ん? どうだい、もうひとしょうぶ、していかないかい?」
「もういいって」
「どうだい、もうひとしょうぶ、していかないかい?」
 スライムさんは悲しそうに言った。

「……はい」

 スライムさんはもう一回コインを回転させ、布をかけた。
「さあさあ、うらかな? おもてかな?」
「じゃあ裏」
「ふっふっふ。ほんとうに」
「いいよ」
「そうかい……。はいっ!」
 スライムさんがコインをめくる。

 裏だった。

「くー、つよいね、おねえちゃん!」
「はあ」
「どうだい、もうひとしょうぶ、していかないかい?」
「もういいよ」
「どうだい、もうひとしょうぶ」
「わかりました!」



「……じゃあ、表」
 スライムさんが布をめくる。
 表だった。

「や、や、やるじゃないか……」
 スライムさんはフラフラしていた。
 もう私は二十回も勝ち続けていた。  
「もうやめようよ」
「ど、どうだい……、もうひとしょうぶ……、していかないかい……?」
 スライムさんは息も絶え絶えだった。

「じゃあ、表」
「いくよ……」
 また表だった。
 もう十回連続で表が出ている。
 こういう勝負だから、わざと負けようにも負けられない。

「あの、一回、うちに薬草置いてきたいんだけど」
「おねえちゃん、かちにげかい? そいつはよくねえなあ……」
 スライムさんのこの口調は、いったい誰なんだろう。
「あとでまた来るから」
「おねえちゃん、かちにげかい? そいつは……」
 スライムさんが私をじっと見てくる。
「もう、わかったわかった」

 また当たった。
 それでもスライムさんは、まだまだやる気まんまんだった。

 私は、もうかってしまった20ゴールドを、どうやってうまく返すか、そればかり考えていた。