「こんにちは」
 次の日、よろず屋に入ると、また瞬時にスライムさんがあらわれた。
「いらっしゃいませ!」
 カウンターの上で、ぷるんと弾んだ。

「あ、じぇにふぁーさんですね? いらっしゃいませ!」
「エイムです!」
「はい、そうでした」
 スライムさんはカウンターから降りると、紫色の草をくわえてカウンターの上にもどってきた。いちいち、ぷるぷると体がふるえるのが、見ていて楽しい。

「どうぞ! どくけしそうです!」
「え?」
「どくけしそうです!」
 スライムさんは自信満々だった。

「あの、今日は薬草が欲しいんだけど」
「きのうは、どくけしそうがほしいっていってました!」
「ええと、毒消し草は昨日、道具屋さんで買ったからだいじょうぶ」
「そうなんですか」
 スライムさんは、ちょっとがっかりしたように、体の張りが減った。

「でも昨日お母さんに、ここで薬草を買ったら安かったって言ったら、買ってきてって言われて、今日来たの」
「そうなんですか」
 スライムさんは力をとりもどして、体をふくらませた。

「やくそうがやすいです! ここは、すごいよろずやですので!」
 スライムさんはすっかり、堂々と自信満々だった。
「まとめ買いしてきてって言われたんだけど」
「いくつほしいですか」
「十個。まとめ買いしたら昨日より安くなる?」
「なります! まとめがいは、とくべつですから!」
「いくら?」
「2000ごーるどです」
「だから高いよ!」
「まとめがいですから」
「じゃあいらない」
「え……。じゃああげます」
「だからどうしてそうなるの! ちゃんとお金をもらわないと商売にならないでしょ!」

 落ちこむかと思ったら、スライムさんはなんだか、変な顔でにこにこした。
「えいむさんはちいさいのにしっかりしてますね。えらいですね」
「スライムさんの方が小さいと思うよ」
「ひとは、からだのおおきさできまるわけでは、ないのです」
 私はその言葉に納得しそうになったけれど、そもそもスライムさんはスライムだ。

「ほら、タダであげちゃったら、よろず屋のお金がなくなっちゃうでしょ?」
「へいきですよ」
「薬草はどこかから買ってきてるんじゃないの?」
「じぶんでつんで、あつめてます」
「へえー」
 お店では、商品は仕入れてくると聞いたことがあったけれども、自分で取りに行くお店もあるのか。知らなかった。

「おみせのうらにはえてますので」
「薬草って、森じゃないの??」
「ちゃんとたがやして、タネをうえて、そだててますので!」
「へえー」
「すごいです?」
「すごい」
「すごい!」
 スライムさんは、カウンターをぴょんぴょん飛びまわった。
 だんだん加速していって、店中をぽんぽん弾むように走り始める。

「え、ちょっと、あの、スライムさん」
「ぼくのすごさは、まだまだですよ!」

 そこらじゅうをはねまわり、やっとカウンターの上にもどってきた。
 そのままくるくる回って、スライムさんは、目を回して倒れてしまった。

「だいじょうぶ?」
 私は、カウンターで、重力に押しつぶされるように広がっていくスライムさんに声をかけた。
「だいじょうぶです」
「そうは見えないんだけど」
 まんまるだったスライムさんが、私の手のひらよりも薄くなってしまった。カウンターに、目や口の絵が描いてある、透明な布がかかっているようにも見える。

「それでは、きょうはつかれたのでへいてんします」
「えっ?」
「じぇにふぁーさん。すみませんが、いりぐちのとをしめてから、かえってもらえますか。へいてんなので」
「私、ジェニファーじゃないけど」
「よろしくおねがいします」
「スライムさんはだいじょうぶ? 薬草使う?」
「すらいむはがんじょうですので」
 そう言うけれども、スライムは一番弱い魔物だと聞いたことがある。

「あと、これあげます」
 スライムさんは、平べったくのびた体の端で、カウンターの上の毒消し草をさわった。
「え?」
「おてつだいだいです」
 お手伝い代、ということだろうか。

「でも、毒消し草は薬草の倍くらいするよ。悪いよ」
「ではおやすみなさい」
 スライムさんは、平べったくのびきった状態で、目を閉じた。
「え、ちょっと」
「すー、すー」
 寝息を立てている。スライムとは思えない。
 
 私は、悪い気がしたので、毒消し草はそのままにして、入り口の戸を閉めた。
 よろずや、という看板を裏返すと、おやすみ、となっていたので、戸の前にそれを置いて帰った。