道具屋におつかいに行く途中、見慣れない看板を見かけて私は足を止めた。
 よろずや。
 あまりきれいとは言えない字で書かれた看板が、知らないお店の前に立てかけてあった。

 最初は通りすぎるつもりだったけれど、なにかひかれて、私は入ってみることにした。

 入り口からのぞいてみる。
 店はせまい。
 商品が中に陳列できるカウンターがあって、その中にはちらほらと品物が置いてある。カウンターの前に、縦に人がならぶのは難しいくらいの広さだ。
 壁にそって、武器や防具と思われるものも置いてあるので、さらにせまく感じる。

「こんにちは……」
 そっと声を出すと、しゅんっ! といきなりカウンターの上になにかが姿を見せた。

「いらっしゃいませ!」
 それは、丸くて、透き通った青色をして、ぷるぷるとゆれるものだった。大きさは私の頭くらいだろうか。そこに、目や口がある。気持ち悪いというよりは、かわいらしい、かもしれない。

「えっと……」
「ここはよろずやです!」
「あなたは?」
「すらいむです!」
「え? スライム?」
「はい! すらいむさん、とよんでいいですよ!」

 スライムさんと名乗ったそれは、ぷるん! と大きく体をゆらした。堂々としていたので、もしかしたら胸を張っているのかもしれない。
「おじょうさん、あなたはだれですか!」
「えっと、私はエイムです」
「おそろいですね!」
「なにが!」
 意味のわからないことを言われて、つい大きな声が出てしまった。
 私はせきばらいをした。

「スライムって、魔物でしょ?」
 私はこっそり出入り口に近づいた。
「はい! でもぼくはすごいので、おはなしもできるのです! すごいので!」
「でも魔物でしょ? 人を襲うんでしょ?」
「まさか!」
 スライムさんは体を大きく振った。首を振っているつもりなのかもしれない。

「ぼくは、ちょうちょうさんにも、ここに、おみせをだしていいといわれています! しゅってんきょか、です! ひとあじちがう、すらいむなのですよ!」
「そうなんだ」

 私は、もうすこし話をしてみることにした。

「えいむさんは、きょうは、どんなごようですか!」
「ええと、毒消し草って売ってる?」
「どくけしそうですか?」
「うん。うちで常備してる分が減ってきちゃったから、おつかいなの」
「ちいさいおじょうさんなのに、えらいですね!」
「どうも」
「ありますよ!」
 スライムさんは言って、一度カウンターから降りた。
 陳列されていた緑色の草をくわえてカウンターの上にもどる。

「どうぞ!」
 私はその草をよく見た。
「これ、薬草でしょ?」
「はい!」
「毒消し草がほしいんだけど」
「やくそうでもだいじょうぶですよ!」
「だめでしょ」
 私が言うと、スライムさんはぽかんとした顔をした。

 それから丸い体がゆっくりと重力につぶされ、平べったくなっていった。
「ぼくはだめなひとです……」
「え、あ、ええと」
 人ではないけれども。
「つぶれておわびします……」
 スライムさんはますます平べったくなっていく。

「あ、じゃあ、毒消し草は道具屋で買うから、ここでは薬草もらおうかな……」
 私が小声で言うと、スライムさんは瞬時に球体にもどった。

「やくそうですね! 2000ごーるどいただきます!」
「高いよ!」
「ごめんなさい。さしあげます」
「お金払うから!」
「いくらがいいですか?」
「決めてないの?」
 スライムさんはまばたきをして、体をななめにした。

「どうぐやさんでは、やくそうは、おいくらですか?」
「8ゴールドかな」
「じゃあ7ごーるどです! おやすいですね!」
「まあ、それなら買おうかな」

 私はカウンターに10ゴールド硬貨を置いた。
「まいどありがとうございました」
 スライムさんが硬貨の上に乗ると、体の中に入っていった。
 透明な体に、硬貨が浮いているように見える。

「えっと、おつりは?」
「おつり?」
 スライムさんはカウンターから降りて、あちこちぴょんぴょんとびまわっていたけれど、もどってきて、体が平らになっていく。
「おつり、ありません……」

「じゃあ、また明日買いに来るね」
 私はカウンターに薬草を返した。
「そうはいきません!」
 スライムさんは元にもどると、カウンターから別の薬草を持ってきて、置いた。

「これをどうぞ!」
「え? でも、そんなに薬草を買うお金ないよ」
「おつりのかわりです!」
「でもおつりは3ゴールドだよ」
「えっと……、しょかいさーびすです!」

「またきてくださいね!」
 スライムさんは出入り口まで見送りをしてくれた。
 手を振る代わりに体がぷるんぷるんぷるん震えていた。