ガタガタガタガタ。
木でできた車輪が舗装されていない土の道を走る。
すると、中に乗っている乗客達の乗り心地は最悪なのである。
後から尻の痛みを訴える客も少なくはない。
私もその被害者なのである。

私は、一昨日の夜。
あの街から抜け出した。
方法は至って簡単である。
地方に行く商業用の馬車の荷物に紛れさせてもらった。
そしてそこから半日かけて港町に付きそこで一休みしたあと、船に乗って大陸を超え、また馬車に乗った。
今回乗った馬車は、高級なもので乗り場の他に食事処がセットでついているものだ。
普通は馬の力だけでは動かないのだが、馬車に魔法をかけて質量を減らし動きやすくしているらしい。
その分乗車料も上がるのだが。
殆どを移動に費やしている。
たまにはいいだろうと、自分にご褒美をあげたかった。
ただ、ここまでの座り続けたおかげで、尻が二つに割れそうだ。
いや二つにはもう既に割れているが、四等分になりそうだという意味で。
外の綺麗な湖が、気を紛らわしてくれているのがせめてもの救いだ。


「お前さん、どこに行くんだい?ここから田舎しかないが…」


「私はお尋ね者でして、安泰にすごせる地を探しているのです。」


声をかけてきたのは、同乗者のおじいさん。
ちなみに船から一緒に行動している。
意外に物知りで昔はバリバリと色々な場所で働いていたらしい。
しかし、歳で引退し今は世界一周の旅をしているのだとか。
乗客の反応でわかったのだが、このおじいさんはかなりの金持ちで有名だという。
見た目は襤褸を纏っているため、みすぼらしい老人にしか見えない。
人は見た目によらずとはまさにこの事か。


「お前さんは、お尋ね者なのか。最近の若者は凄いヤツが多いみたいじゃな。かく言う儂も昔はここらでブイブイ言わせてたんだがな…」


この流れは五回目。
流石にキツい。
私は愛想笑いを返すだけで、特に返事をしなかった。
最初は相槌を打っていたのだが、ここまで来るとどうリアクションすればいいのか分からない。


「そういえば知っとるか?今から行く地で、"新しい勇者”が産まれたらしい。」


時が止まったような感覚がした。
"新しい勇者”がついに誕生してしまったのか。
「とは言っても、まだまだひよっこらしいがの。推薦を受けるかもしれないらしい。」とおじいさんが続けたことで私は安堵した。
ただの尾ひれのついた噂話であることを願うばかりだ。
と平和な時間が流れていたが、ここでよくある定番のお話が起きた。


「お前!この俺が誰かわかっているのか!」



「す、すみません!」

隣の食事処の車両から怒声と必死に謝罪する声。
どうやらウェイトレスがお客様にワインをこぼしてしまったようだ。
これだけ揺れる馬車だと仕方ない気がする。
そのワインが服にかかり客は激昂し、ウェイトレスの手は割れたワイングラスで切れたのか血が出ている。
それにもかかわらず客の男は怒鳴り散らしている。
まずは心配するべきでは無いのか。
周りの客も騒ぎに巻き込まれたくないのか傍観者気取りである。
まあ、気持ちは分からなくもない。
関係ないことに頭を突っ込みたくないのだろう。
私も傍観者気取りでいようと思ったのだが、隣のおじいさんが動いた。


「まあ、お前さん落ち着きなさい。服なら私が買ってやるから。どうだい、お前さんが今着ているのよりも高品質で高価なブランドでも買ってやるぞ。」


おじいさんの言葉につられたのか男が、おじいさんに近づいた。
誰もが、男が落ち着いたものだと思い込んでいた。
しかし、男は、「だから、やめなされ。」と続けたおじいさんのことを怒鳴りつけた。


「じいさん。俺への当てつけで、俺よりも金持ちのアピールかよ!偽善者ぶるのもやめるこったな!醜い老人の癖に!」


周りの傍観者たちは言葉を失った。
「流石にとめた方がいいよな」とヒソヒソと話す傍観者もいた。
一方で言われた本人は、襤褸の隙間から見える白い髭をシワシワの手で触って「確かに老人じゃし、言い返す言葉もないな。」と言った。
本人は至って冷静だった。


「でも、お前さん。年上には敬うことも必要だ。ちなみにそこのお嬢ちゃんはできていた。お前さんよりも幼いだろうに。」


おじいさんは何を考えたのか煽った。
私はいつの間にか巻き込まれている。
男は、私にちらっと目線をおくり、すぐにおじいさんに目を戻した。
そして、おじいさんの首根っこを掴み湖に投げ捨てた。
私の口からは「は?」と短い言葉が出る。
その場の全員が、最初は理解できなかった。
誰が人を湖に投げ捨てると予想できただろう。
おじいさんは簡単に投げ捨てられ、湖の中に姿を消してしまった。
男は、おじいさんの姿がないことを確認すると「見せもんじゃねえぞ!」と怒鳴って馬車の奥の方にどかりと座りこんだ。
この男は、何事も無かったかのようにしているがこれは立派な殺人だ。
周りの客も怯えて、男のそばに近寄らない。
当たり前だ。
おじいさんのことは残念だが、起こってしまった後だ。
馬車を止めることはできないし、もうどうしようもない。
私はおじいさんが投げ捨てられた湖の水面を見つめ!手を合わせた。
そのとき、体の底から響くような地鳴りがした。
乗客たちが悲鳴をあげる。
馬車も止まらずにはいられなかった。
さっきまで怒っていた男も、人が変わったように不安げに辺りを見回している。


「言ったじゃろう。年上は敬えと。」


聞き覚えのある声がした。
私は辺りを見回すと、ユラユラと蠢くような湖の影に気がついた。
影は水面に近づくにつれてドンドン大きくなっていき、ついには一国の城と同じぐらいの大きさになってしまった。
周りも影に気付いたのか、目を見開き次々に馬車から転ぶように降りていく。
何が出てくるのか。
その場の全員が、緊張感で包まれた。