昨日の昼間は相当な大雨だったが、本日はその反動とでも言うべきか、雲一つない青空が広がっていた。
今は私の中にある不死の呪いのことをリザが皆に話したり、フィリアや皆がそれと向き合う決意を固めたり……とにもかくにも、あんなことやそんなことがあった翌日も、変わらず日常は続いている。
「ではリームザードさん、今日からご指導よろしくお願いいたします!」
「ふん、やる気だけは一人前だね。先に言っておくけど、ハロを超えると宣言した以上、修行に手心を加えるつもりはないよ。評価だって他の凡百の魔術師じゃなく、当時同じ修行をしたハロと比較したうえで下してやる」
「はい……! 望むところです!」
「その気概がどこまで続くか、見ものだね。さて、それじゃあまずは――」
庭の中央では、熱心なフィリアにリザが魔法の修行をつけてあげている。
わからなかったことについて真面目に考えて、質問と試行錯誤を繰り返すフィリア。敢えて答えを教えず、ヒントを与えて導いていくリザ。
普段は意見が食い違うことが多い二人だが、魔法については案外気が合うのか、鍛錬中は案外仲良しに見える。
ちなみに私は今回フィリアの修行には参加せず、近くのベンチに座って二人を眺めている。
これについてはいろいろと三人で相談したのだが、私は冒険者の仕事などもあって時間を取れないことも多いので、今後はリザが中心になってフィリアに魔法を教えることになったのだ。
もちろん私も時間を見つけてちょくちょく修行を見てあげるつもりだけど……今後に慣れていくために、今日はひとまずリザ一人でフィリアの修行を見ることになったのだった。
それに元々、教えることに関しては私よりリザの方が断然上手い。
フィリアの努力家な気質とかみ合えば、見る見るうちに成長していくかもしれない。
「私も、もう少し先に進めるように頑張らないとね」
リザの不死の呪いに干渉し、それを譲渡させる魔法を完成させてから、私の魔法の進歩は止まってしまっていた。
いやまあ、単純な魔力操作のような技術なら成長はしているんだけど……より正確に言うなら、魔法の段階の成長とでも呼ぶべきだろうか。
魔法はその規模や難易度によって、下級、中級、上級と分かれている。そして上級の上には使用者や周囲に多大なリスクを強要する古代の魔法があって、私が開発した不死の呪いに干渉する魔法は、さらにその上の異次元の魔法とでも呼ぶべきものである。
異次元だなんて大層な呼び名かもしれないが、実際問題、別の世界からやってきた魂である私が初めて到達した位階なのだから、そう名付けるのが無難だろう。
フィリアは現在上級魔法まで扱うことができて、リザは古代魔法を網羅し、私は異次元の位にいる。
不死の呪いそのものに干渉することは、異次元の魔法でも可能だ。だけど完全に消し去るとなると、さらに位階を一つ上げなければ無理だろう。
名づけるなら、未だ誰も到達したことがない『新次元』の魔法。
霞のように捉えどころがないけど……それが確かに存在していることだけは、異次元の位にいる私にはなんとなく理解できる。
フィリアにばかり任せてはいられない。フィリアは私のために頑張ってくれてるんだ。
リザと一緒に生きたいと願ったあの頃のように、また本気で魔法の研究を進めてみるのも悪くないだろう。
「アモル、ちゃ……おわった、よ(アモルちゃん、こっちのお花さんたちはお水あげ終わったよ!)」
「うん! 手伝ってくれてありがとう、シィナさん」
「どう……いたし、まして(どういたしまして!)」
つらつらと考えていると、不意にシィナとアモルの二人の声が聞こえてきて、私は顔を上げた。
見れば、花壇への水やりを終えた二人が花壇の前にしゃがみ込み、仲睦まじく花を眺めていた。
「……おはなさん、たち……げんき?(お花さんたち、元気そうかな?)」
「うん。皆、元気いっぱいだよ。ほらここ、今日芽を出してくれた子もいるの!」
「……よかった、ね(えへへ、よかったねぇ)」
アモルは花壇への水やりを、私がお姉ちゃんに任されたことだからと、あまり人には手伝わせたがらない傾向にあった。
だけど今日、アモルはシィナの手伝いを受け入れていた。それはアモル自身の心が成長した結果か、シィナと仲良くなったからか。
当初こそシィナを怖がっていたアモルだったが、今はその面影はほとんどない。
シィナもアモルのことを気にかけてくれているみたいだし、アモルもそんな彼女のことをとても慕っているようで、最近はよく一緒にいる姿を見かけていた。
仲良しな二人の様子は、見ていてとても微笑ましい。
シィナはなんとなく、誰に対しても友達のように接している印象がある。どこか小さな子どものような見られがちなアモルには、そんな風に対等の目線に立ってくれることが嬉しいのかもしれない。
「あ、そうだ。お姉ちゃーん!」
「……ん? どうかした? アモル」
なにかを思いついたように立ち上がったアモルが、私の名前を呼びながら駆け寄ってくる。
もちろんシィナも一緒だ。アモルの後ろで私とアモルのやり取りを見守っている。
アモルはモジモジとしながら、ベンチに座る私を上目遣いで見る。
「あのね……魔物のお花の子にもお水を上げたいの。いい……?」
魔物のお花。リザが初めてこの家に来た時のいざこざで変質してしまった、花壇に植えていた花のことだ。
あれの世話をする時は、私かリザかシィナを同伴するように。その教えをアモルは律儀に守っている。
「うん、大丈夫だよ。シィナがいれば平気だと思うけど……念のため私も」
私も付き添う、と言おうとしたが、その時ふとフィリアとリザの様子が目に入った。
「ま、まだまだ、私は……」
「無理しても効率が下がるだけ。お前、魔法の構成が荒くなってるの気づいてる? 集中できない鍛錬に意味なんてない。今は疲労を取れ」
「むぐぐ……はぁ。わかりました……」
フィリアとリザは一旦休憩を入れることにしたようだ。
汗だくで座り込むフィリアと、涼しげにフワフワと浮いているリザが対照的である。
「……リザ! ちょっとこっちに来てくれる?」
少し考えてから、私はリザに声をかけ、手招きした。
リザはすぐにそれに気づき、フィリアに一声かけた後、スーッと寄ってくる。
「どうしたの? ハロ」
「アモルがあの花に水を上げたいって言ってるんだ。付き添ってあげてくれないかな?」
以前、魔物化してしまった花がアモルを襲いかけた際、リザはその花を殺した方がいいと進言した。望まれない命なんて早めに消し去ってしまった方がいいと。
アモルは特に気にしていないみたいだけど、リザの方はその時のことをまだ若干後ろめたく思っているような感じがしたので、ちょうどいいので付き添ってもらった方がいいと思ったのだ。
「……いいけど……ワタシなんかよりハロの方が……」
案の定、リザはどこか渋るように気まずげに視線をそらす。
そんなリザを説得しようと私は口を開いたが、それよりも先にアモルがリザに声をかけた。
「わ、わたしも、妖精さんと一緒にあの子にお水上げたい」
「お前……」
「……あのね、悪いことしたら謝るのが一番だと思うから。妖精さんがあの子に悪いこと言っちゃったって思ってるなら……わたしも一緒に謝るから。だから、一緒に行こう……?」
「いや、別にあの花に悪いことしただなんて思ってないけど……ワタシはむしろ、お前の方に……はぁ。まあいいや」
やっぱりリザはアモルには相当甘い。やれやれと言いたげに肩をすくめた後、しかたがなさそうにリザは頷いた。
「わかったよ、行ってやる」
「ほんと? ありがとう、妖精さん」
「……ふん。どういたしまして」
ぶっきらぼうに答えるリザだが、口元がわずかに緩んでいる。翅も嬉しそうにパタパタと動いていた。
アモルはそんなリザに笑いかけると、「こっちだよ!」と花壇の方へ駆けて行った。
リザもシィナもその後を追うように、アモルについていく。
そんな三人の背中を見送った私の視界に、ふと影が差す。
ふと横を見れば、ニコニコと微笑ましそうに笑うフィリアがそばに立っていた。
「お隣、いいですか? お師匠さま」
「うん。いいよ」
鍛錬で疲れているだろうフィリアが満足に休めるよう、私は少し横に移動してベンチのスペースを広めに空けてあげた……のだが。
なぜかフィリアはその広いスペースをほとんど使わず、私のすぐ隣に腰を下ろすとピッタリと身を寄せてきた。
「あの……フィリア?」
「休憩時間ですから。お師匠さま成分の補給です」
「そ、そっか……」
お師匠さま成分ってなにさ。
私の肩にコテンと頭を乗せるフィリアの温もりを半身で感じながら、私は頬を赤らめつつ視線を前に向けた。
視線の先では、アモルがシィナとリザの二人に見守られながら、魔物化した花とコミュニケーションを取ろうと頑張っている。
一週間ほど前、魔物化した当初こそ花は魔力不足で興奮状態にありアモルに襲いかかったが、今は落ちついているようで、アモルがくれる水で純粋に喜んでいるようだった。
「……アモルちゃん、嬉しそうですね」
「アモルが植えて、アモルが育てた子だからね。魔物だとかどうだとか、アモルにとっては重要なことじゃないんだ」
「ふふ、アモルちゃんらしいです。あそこまで仲がいいなら、あのお花の魔物さんにも名前をつけてあげた方がいいかもしれませんね」
「そうだね。その時は、アモルに名前をつけさせてあげようか」
アモルは私がアモルという名前を彼女に授けた際、とても嬉しそうにしてくれたから。
名づけを大切に思う彼女なら、自分の子どもにも等しいあの花の魔物のために、きっと素敵な名前を考えてくれるはずだ。
名案ですね! と手を合わせるフィリア。
そんな仕草でわずかにフィリアの髪が揺れて、ふと、彼女のうなじにある奴隷の刻印が目に留まった。
それはフィリアと初めて会った日……奴隷としてフィリアを買った日に、彼女に刻まれた私とフィリアの関係の証だった。
それを見て、半ば反射的に私は口を開いていた。
「ねえ、フィリア。その奴隷の刻印、私が消してあげようか?」
「え……?」
私の言葉に、フィリアは一瞬ポカンと呆けて固まった。
そして少しして、その言葉の意味を理解すると、慌てて首をブンブンと振った。
「だだだ、ダメです! お師匠さまの奴隷をやめるだなんて!」
「でも、ずっと気になってたんだ。後ろめたいというか、なんというか……こんなものがなくたって、私はフィリアのことを変わらず家族だって思ってるよ。それでもダメ?」
「ダメですっ! 嫌ですっ!! 拒否しますっ!!!」
めちゃくちゃ必死じゃん……。
あまりにも食い気味に拒否されて、私はちょっとたじろいだ。
……っていうか今のフィリアの実力なら、この程度の隷属魔法は自分で解けるはずなんだよね。
フィリアもそのことにはとっくに気が付いているはず。
私はてっきり、私への義理で解いてないだけかと思ってたけど……この様子だと、単純にフィリアが解きたくないから解いてないみたいだ。
「でもなぁ……」
いつまでもこのままというわけにもいかないだろう。
私たちだけの時はまだいい……いや、私的にはよくないけど。とりあえずまだいいとして。
たとえば家の外にお出かけした際に、ふとした表紙に他の誰かに刻印を見られてしまったら、その誰かからフィリアが下に見られてしまう可能性がある。
奴隷は人間じゃないと、そんな風に過激に考えている人もいないわけじゃない。もし見られた相手がそんな思想の持ち主だったなら、それまで仲が良かったその相手が途端に横暴な態度に豹変してもおかしくはない。
フィリアをそんな立場のままにしておくことは、彼女がそれを望んでいるとしても、あまり良いこととは言えないだろう。
「……わかりました。お師匠さまがそこまで言うなら、刻印を消してもいいです」
「本当?」
「ただし!」
なおも食い下がろうとする私を見て、フィリアは譲歩するようにそう提案した。
そしてすぐに強調するように人差し指の先を彼女自身のうなじに当てると、不満をぶちまけるように彼女は私に言い放つ。
「一度だけでいいですから、この奴隷の契約を通して、私に命令してください」
「え。命令? いや……でも、それは……」
「初めて会った時から、お師匠さまは私のことを家族として扱ってくれました。それが私は嬉しかった……でもその逆に、一度だって私を奴隷として扱ったことはありませんよね? お師匠さまは私に、一度も主人として命令したことがない」
「いや……確かに直接命令はしたことないけど。フィリアが無理して修行を継続しようとした時なんかは、これ以上続けるなら命令でできなくするみたいなことは言ったことがあるよ?」
「実際にはしてないんですからノーカンです! それに、あれは私の体調を気遣ってのものじゃないですか。私はお師匠さまに……お師匠さまの意思で、お師匠さま自身のためだけに、お師匠さまから命令されたいんです!」
「えぇ……」
フィリアの熱烈な思いに、思わず私の方が気圧される。
そんな私にフィリアはさらにグッと身を寄せて、期待するように私を見つめた。
「さあお師匠さま、命令してください。なんでもいいんですよ? お手とかお座りとか、三回回ってワンと鳴けとか」
「だいぶ命令が犬寄りだね……」
「……なんなら、えっちなことでもいいんですよ? お師匠さま、元々はそのために私を買ったんだって言ってましたもんね?」
「っ……」
誘うように流し目で私を見ると、フィリアは服の胸元をちらりと開けて谷間を見せた。
鍛錬後でいつもより汗ばんだ肌の質感が艶めかしく、吸い寄せられるように吸い寄せられるように目が釘付けになる。
だけどすぐにハッとすると、ブンブンと首を左右に振って煩悩を打ち消した。
フィリアとはその、すでにそういうえっちな行為をしてしまった後だけど……それでもやっぱり、まだそういう行為に気恥ずかしさみたいなものが私にもあるわけで。
それに……フィリアはもう、私にとって大切な人の一人だ。
彼女の意思に沿わない命令なんてしたくはないというのが私の本音だった。
たとえ元々の私がそれを望んでいて、今はフィリアもそれを望んでくれているとしても。
一度でも命令してしまえば、私とフィリアとの間にある大切ななにかが壊れてしまうような気がして。
フィリアがそんなことで私を嫌うはずがないことなんて、もうとっくにわかってるけど……それでも私は、どれだけ懇願されてもフィリアに命令を下すことができなかった。
だけどそんな私を見て、フィリアは心の底から嬉しそうに笑った。
「だから、お師匠さまが好きです」
「え――――んむっ!?」
二の句を継げずに黙り込んでしまった私に、フィリアはそっと顔を寄せると、そのまま私の唇を自分の唇でふさいだ。
「ん……ちゅ、んぅ……」
「ふぃ……りあっ……んむっ」
フィリアは私を抱きしめるように腕を回すと、さらに深く口づける。
そうしてしばらく唇を重ねた後、ゆっくりと口を離すと、彼女は熱に浮かされたように潤んだ瞳で私を見つめていた。
そのまま、もう一度彼女とキスをする――。
「ハ、ハロちゃ……フィリア、ちゃ!?(ハ、ハハハハ、ハロちゃん!? フィ、フィリアちゃん!? こっ、ここ、こんな皆が見てる前で……ななな、なに、なにしてるのーっ!?)」
寸前で、花壇からこちらに帰ってこようとしていたシィナにその場面を見られてしまった。
シィナにしては珍しく動揺をあらわにし、目を見開いて完全に固まってしまっている。
ちなみにシィナに見られたということは、もちろん一緒にいたアモルにもリザにもばっちり目撃されたということでもある。
アモルはなぜか嬉しそうにニコニコとし、リザはやれやれと肩をすくめながらジトッとした目でフィリアを見つめていた。
「あ"っ!? い、いや、これは……」
や、やばい……。
ただでさえ私は告白を保留にしたままフィリアと行為に至るなどという不誠実なことをシィナにしてしまっている。
雰囲気に流されるのはやめた方がいいと戒めたはずなのに、さすがにこれは言い訳ができない。
今度こそシィナから制裁が下るかもしれないと、戦々恐々として震えていると、三人のうちアモルが元気よく駆け出してきた。
「私も! 私もお姉ちゃんに抱きつく! ぎゅーっ!」
「ア、アモル!?」
フィリアに負けじと私に抱きついてくるアモル。
……どことなくキスをおねだりしているようにも見えたけど、さすがにまだ幼いアモルにそんなことはできるはずもなく。
常識に乏しかった出会った当初ならともかく、アモルも元来そういったことを無理矢理してくる子ではない。
少し残念そうにしつつも、代わりとばかりに抱きつく力を強めて満足そうにしていた。
「……まあ、今くらいは……ワタシもいい、よね」
「リ、リザまで……」
そんなアモルの様子を見ると、少し迷うように視線をさまよわせた後、リザも私の胸元辺りに飛び込んできた。
いつも強がりな彼女にしては珍しい、どこか甘えるような仕草。
もしかしたら不死のことを勝手に話したことを、まだ少し気にしているのかもしれない。
こんなこと私がしてもいいのかわからないけどと、どこか不安そうに私を見上げるリザに私が微笑みかけると、彼女は嬉しそうに頬を緩める。
「…………わ、わたし、も……!(わ、わたしも! わたしも……ハロちゃんに……!)」
「シィ――うわぁっ!?」
そして最後は、シィナだ。
ギュッと目を瞑って、意を決したように一歩踏み出すと、勢いよく私の胸に飛び込んできた。
しかしあまりに勢いがつきすぎていたことと、それまでにもフィリアやアモル、リザと言った面々に抱きつかれていたせいで、全員分の重量に耐え切れずベンチが後ろに傾いてしまう。
そうしてそのまま私たちは、全員まとめて地面に倒れ込んで、皆で小さく悲鳴を上げた。
「いたたた……」
「うぅ。シィナちゃん、さすがに気持ちがこもりすぎです……」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「あのねぇ……ワタシと違ってお前は人間サイズなんだから、そんな勢いで飛び込んで来たらこうなるに決まってるだろ」
「ご……ごめん、なさい……(ごめんなさい……)」
しゅん、と猫耳を下げるシィナ。
皆に責められるのはさすがに可哀想だったので、慰めるように頭を撫でてあげると、彼女はピンと尻尾を立たせ、照れくさそうに私に頬ずりをしてきた。
……まあ、全員にのしかかられるような形で私が一番下で倒れたから、正直かなり辛かったんだけど……。
フィリアとのキスを見られた件が今ので少しうやむやになってくれた気がしたので、ここは余計なことを言わず黙っておくのが吉と言えるだろう。
「……ふふ。まったく……」
皆に抱きつかれたまま、私は仰向けになって空を見上げた。
視界いっぱいに広がる青空に手を伸ばしながら、私は、この空と同じように晴れやかな気持ちで笑う。
結局私は、フィリアに命令を下すことができなかった。
認めたくない。認めたくはないが……やっぱり私はヘタレなのかもしれない。
……でも、思えば初めからそうだった気がする。
死を望んでいたリザを殺すことができず、彼女が自分の意思で生きていく未来を選択し、ともに歩む関係になった。
フィリアを奴隷扱いすることができず、師匠と弟子の関係になった。
シィナを拒絶しきれず、相棒の関係になった。
正体が淫魔だったアモルへの情を捨てられず、姉妹の関係になった。
元々はえろいことするためにフィリアを買ったはずなのに、全然思った通りにいかなくて……いつの間にやら、こんなに賑やかになって。
皆と出会って、皆と過ごして。
思うようにいくことばかりじゃなくても……私はこの関係と、皆との日々を、悪くないと心から感じていた。
そしてきっとこれから、私はもっと欲張りになる。
皆と過ごす日々が幸せで、大切で、もっともっとその時間を増やしたいと願うようになるのだろう。
その果てで、不死の呪いがどうなるか。その先になにがあるかなんて、今はまだわからないけど。
「ねえ、皆」
そんな私の呼びかけに、フィリアたちが一斉に私を見る。
私はそんな皆の顔を一人ずつ見つめて、心からの笑顔を浮かべて言った。
「これからも、よろしくね」
「はい! もちろんです!」
「……ん!(うん!)」
「えへへ……」
「ワタシでいいなら……いつまでもいるよ」
四人の答えが重なり、心地良い風が吹く。
日常を祝福する青空の下、私たちは朗らかな笑顔で笑い合った。
今は私の中にある不死の呪いのことをリザが皆に話したり、フィリアや皆がそれと向き合う決意を固めたり……とにもかくにも、あんなことやそんなことがあった翌日も、変わらず日常は続いている。
「ではリームザードさん、今日からご指導よろしくお願いいたします!」
「ふん、やる気だけは一人前だね。先に言っておくけど、ハロを超えると宣言した以上、修行に手心を加えるつもりはないよ。評価だって他の凡百の魔術師じゃなく、当時同じ修行をしたハロと比較したうえで下してやる」
「はい……! 望むところです!」
「その気概がどこまで続くか、見ものだね。さて、それじゃあまずは――」
庭の中央では、熱心なフィリアにリザが魔法の修行をつけてあげている。
わからなかったことについて真面目に考えて、質問と試行錯誤を繰り返すフィリア。敢えて答えを教えず、ヒントを与えて導いていくリザ。
普段は意見が食い違うことが多い二人だが、魔法については案外気が合うのか、鍛錬中は案外仲良しに見える。
ちなみに私は今回フィリアの修行には参加せず、近くのベンチに座って二人を眺めている。
これについてはいろいろと三人で相談したのだが、私は冒険者の仕事などもあって時間を取れないことも多いので、今後はリザが中心になってフィリアに魔法を教えることになったのだ。
もちろん私も時間を見つけてちょくちょく修行を見てあげるつもりだけど……今後に慣れていくために、今日はひとまずリザ一人でフィリアの修行を見ることになったのだった。
それに元々、教えることに関しては私よりリザの方が断然上手い。
フィリアの努力家な気質とかみ合えば、見る見るうちに成長していくかもしれない。
「私も、もう少し先に進めるように頑張らないとね」
リザの不死の呪いに干渉し、それを譲渡させる魔法を完成させてから、私の魔法の進歩は止まってしまっていた。
いやまあ、単純な魔力操作のような技術なら成長はしているんだけど……より正確に言うなら、魔法の段階の成長とでも呼ぶべきだろうか。
魔法はその規模や難易度によって、下級、中級、上級と分かれている。そして上級の上には使用者や周囲に多大なリスクを強要する古代の魔法があって、私が開発した不死の呪いに干渉する魔法は、さらにその上の異次元の魔法とでも呼ぶべきものである。
異次元だなんて大層な呼び名かもしれないが、実際問題、別の世界からやってきた魂である私が初めて到達した位階なのだから、そう名付けるのが無難だろう。
フィリアは現在上級魔法まで扱うことができて、リザは古代魔法を網羅し、私は異次元の位にいる。
不死の呪いそのものに干渉することは、異次元の魔法でも可能だ。だけど完全に消し去るとなると、さらに位階を一つ上げなければ無理だろう。
名づけるなら、未だ誰も到達したことがない『新次元』の魔法。
霞のように捉えどころがないけど……それが確かに存在していることだけは、異次元の位にいる私にはなんとなく理解できる。
フィリアにばかり任せてはいられない。フィリアは私のために頑張ってくれてるんだ。
リザと一緒に生きたいと願ったあの頃のように、また本気で魔法の研究を進めてみるのも悪くないだろう。
「アモル、ちゃ……おわった、よ(アモルちゃん、こっちのお花さんたちはお水あげ終わったよ!)」
「うん! 手伝ってくれてありがとう、シィナさん」
「どう……いたし、まして(どういたしまして!)」
つらつらと考えていると、不意にシィナとアモルの二人の声が聞こえてきて、私は顔を上げた。
見れば、花壇への水やりを終えた二人が花壇の前にしゃがみ込み、仲睦まじく花を眺めていた。
「……おはなさん、たち……げんき?(お花さんたち、元気そうかな?)」
「うん。皆、元気いっぱいだよ。ほらここ、今日芽を出してくれた子もいるの!」
「……よかった、ね(えへへ、よかったねぇ)」
アモルは花壇への水やりを、私がお姉ちゃんに任されたことだからと、あまり人には手伝わせたがらない傾向にあった。
だけど今日、アモルはシィナの手伝いを受け入れていた。それはアモル自身の心が成長した結果か、シィナと仲良くなったからか。
当初こそシィナを怖がっていたアモルだったが、今はその面影はほとんどない。
シィナもアモルのことを気にかけてくれているみたいだし、アモルもそんな彼女のことをとても慕っているようで、最近はよく一緒にいる姿を見かけていた。
仲良しな二人の様子は、見ていてとても微笑ましい。
シィナはなんとなく、誰に対しても友達のように接している印象がある。どこか小さな子どものような見られがちなアモルには、そんな風に対等の目線に立ってくれることが嬉しいのかもしれない。
「あ、そうだ。お姉ちゃーん!」
「……ん? どうかした? アモル」
なにかを思いついたように立ち上がったアモルが、私の名前を呼びながら駆け寄ってくる。
もちろんシィナも一緒だ。アモルの後ろで私とアモルのやり取りを見守っている。
アモルはモジモジとしながら、ベンチに座る私を上目遣いで見る。
「あのね……魔物のお花の子にもお水を上げたいの。いい……?」
魔物のお花。リザが初めてこの家に来た時のいざこざで変質してしまった、花壇に植えていた花のことだ。
あれの世話をする時は、私かリザかシィナを同伴するように。その教えをアモルは律儀に守っている。
「うん、大丈夫だよ。シィナがいれば平気だと思うけど……念のため私も」
私も付き添う、と言おうとしたが、その時ふとフィリアとリザの様子が目に入った。
「ま、まだまだ、私は……」
「無理しても効率が下がるだけ。お前、魔法の構成が荒くなってるの気づいてる? 集中できない鍛錬に意味なんてない。今は疲労を取れ」
「むぐぐ……はぁ。わかりました……」
フィリアとリザは一旦休憩を入れることにしたようだ。
汗だくで座り込むフィリアと、涼しげにフワフワと浮いているリザが対照的である。
「……リザ! ちょっとこっちに来てくれる?」
少し考えてから、私はリザに声をかけ、手招きした。
リザはすぐにそれに気づき、フィリアに一声かけた後、スーッと寄ってくる。
「どうしたの? ハロ」
「アモルがあの花に水を上げたいって言ってるんだ。付き添ってあげてくれないかな?」
以前、魔物化してしまった花がアモルを襲いかけた際、リザはその花を殺した方がいいと進言した。望まれない命なんて早めに消し去ってしまった方がいいと。
アモルは特に気にしていないみたいだけど、リザの方はその時のことをまだ若干後ろめたく思っているような感じがしたので、ちょうどいいので付き添ってもらった方がいいと思ったのだ。
「……いいけど……ワタシなんかよりハロの方が……」
案の定、リザはどこか渋るように気まずげに視線をそらす。
そんなリザを説得しようと私は口を開いたが、それよりも先にアモルがリザに声をかけた。
「わ、わたしも、妖精さんと一緒にあの子にお水上げたい」
「お前……」
「……あのね、悪いことしたら謝るのが一番だと思うから。妖精さんがあの子に悪いこと言っちゃったって思ってるなら……わたしも一緒に謝るから。だから、一緒に行こう……?」
「いや、別にあの花に悪いことしただなんて思ってないけど……ワタシはむしろ、お前の方に……はぁ。まあいいや」
やっぱりリザはアモルには相当甘い。やれやれと言いたげに肩をすくめた後、しかたがなさそうにリザは頷いた。
「わかったよ、行ってやる」
「ほんと? ありがとう、妖精さん」
「……ふん。どういたしまして」
ぶっきらぼうに答えるリザだが、口元がわずかに緩んでいる。翅も嬉しそうにパタパタと動いていた。
アモルはそんなリザに笑いかけると、「こっちだよ!」と花壇の方へ駆けて行った。
リザもシィナもその後を追うように、アモルについていく。
そんな三人の背中を見送った私の視界に、ふと影が差す。
ふと横を見れば、ニコニコと微笑ましそうに笑うフィリアがそばに立っていた。
「お隣、いいですか? お師匠さま」
「うん。いいよ」
鍛錬で疲れているだろうフィリアが満足に休めるよう、私は少し横に移動してベンチのスペースを広めに空けてあげた……のだが。
なぜかフィリアはその広いスペースをほとんど使わず、私のすぐ隣に腰を下ろすとピッタリと身を寄せてきた。
「あの……フィリア?」
「休憩時間ですから。お師匠さま成分の補給です」
「そ、そっか……」
お師匠さま成分ってなにさ。
私の肩にコテンと頭を乗せるフィリアの温もりを半身で感じながら、私は頬を赤らめつつ視線を前に向けた。
視線の先では、アモルがシィナとリザの二人に見守られながら、魔物化した花とコミュニケーションを取ろうと頑張っている。
一週間ほど前、魔物化した当初こそ花は魔力不足で興奮状態にありアモルに襲いかかったが、今は落ちついているようで、アモルがくれる水で純粋に喜んでいるようだった。
「……アモルちゃん、嬉しそうですね」
「アモルが植えて、アモルが育てた子だからね。魔物だとかどうだとか、アモルにとっては重要なことじゃないんだ」
「ふふ、アモルちゃんらしいです。あそこまで仲がいいなら、あのお花の魔物さんにも名前をつけてあげた方がいいかもしれませんね」
「そうだね。その時は、アモルに名前をつけさせてあげようか」
アモルは私がアモルという名前を彼女に授けた際、とても嬉しそうにしてくれたから。
名づけを大切に思う彼女なら、自分の子どもにも等しいあの花の魔物のために、きっと素敵な名前を考えてくれるはずだ。
名案ですね! と手を合わせるフィリア。
そんな仕草でわずかにフィリアの髪が揺れて、ふと、彼女のうなじにある奴隷の刻印が目に留まった。
それはフィリアと初めて会った日……奴隷としてフィリアを買った日に、彼女に刻まれた私とフィリアの関係の証だった。
それを見て、半ば反射的に私は口を開いていた。
「ねえ、フィリア。その奴隷の刻印、私が消してあげようか?」
「え……?」
私の言葉に、フィリアは一瞬ポカンと呆けて固まった。
そして少しして、その言葉の意味を理解すると、慌てて首をブンブンと振った。
「だだだ、ダメです! お師匠さまの奴隷をやめるだなんて!」
「でも、ずっと気になってたんだ。後ろめたいというか、なんというか……こんなものがなくたって、私はフィリアのことを変わらず家族だって思ってるよ。それでもダメ?」
「ダメですっ! 嫌ですっ!! 拒否しますっ!!!」
めちゃくちゃ必死じゃん……。
あまりにも食い気味に拒否されて、私はちょっとたじろいだ。
……っていうか今のフィリアの実力なら、この程度の隷属魔法は自分で解けるはずなんだよね。
フィリアもそのことにはとっくに気が付いているはず。
私はてっきり、私への義理で解いてないだけかと思ってたけど……この様子だと、単純にフィリアが解きたくないから解いてないみたいだ。
「でもなぁ……」
いつまでもこのままというわけにもいかないだろう。
私たちだけの時はまだいい……いや、私的にはよくないけど。とりあえずまだいいとして。
たとえば家の外にお出かけした際に、ふとした表紙に他の誰かに刻印を見られてしまったら、その誰かからフィリアが下に見られてしまう可能性がある。
奴隷は人間じゃないと、そんな風に過激に考えている人もいないわけじゃない。もし見られた相手がそんな思想の持ち主だったなら、それまで仲が良かったその相手が途端に横暴な態度に豹変してもおかしくはない。
フィリアをそんな立場のままにしておくことは、彼女がそれを望んでいるとしても、あまり良いこととは言えないだろう。
「……わかりました。お師匠さまがそこまで言うなら、刻印を消してもいいです」
「本当?」
「ただし!」
なおも食い下がろうとする私を見て、フィリアは譲歩するようにそう提案した。
そしてすぐに強調するように人差し指の先を彼女自身のうなじに当てると、不満をぶちまけるように彼女は私に言い放つ。
「一度だけでいいですから、この奴隷の契約を通して、私に命令してください」
「え。命令? いや……でも、それは……」
「初めて会った時から、お師匠さまは私のことを家族として扱ってくれました。それが私は嬉しかった……でもその逆に、一度だって私を奴隷として扱ったことはありませんよね? お師匠さまは私に、一度も主人として命令したことがない」
「いや……確かに直接命令はしたことないけど。フィリアが無理して修行を継続しようとした時なんかは、これ以上続けるなら命令でできなくするみたいなことは言ったことがあるよ?」
「実際にはしてないんですからノーカンです! それに、あれは私の体調を気遣ってのものじゃないですか。私はお師匠さまに……お師匠さまの意思で、お師匠さま自身のためだけに、お師匠さまから命令されたいんです!」
「えぇ……」
フィリアの熱烈な思いに、思わず私の方が気圧される。
そんな私にフィリアはさらにグッと身を寄せて、期待するように私を見つめた。
「さあお師匠さま、命令してください。なんでもいいんですよ? お手とかお座りとか、三回回ってワンと鳴けとか」
「だいぶ命令が犬寄りだね……」
「……なんなら、えっちなことでもいいんですよ? お師匠さま、元々はそのために私を買ったんだって言ってましたもんね?」
「っ……」
誘うように流し目で私を見ると、フィリアは服の胸元をちらりと開けて谷間を見せた。
鍛錬後でいつもより汗ばんだ肌の質感が艶めかしく、吸い寄せられるように吸い寄せられるように目が釘付けになる。
だけどすぐにハッとすると、ブンブンと首を左右に振って煩悩を打ち消した。
フィリアとはその、すでにそういうえっちな行為をしてしまった後だけど……それでもやっぱり、まだそういう行為に気恥ずかしさみたいなものが私にもあるわけで。
それに……フィリアはもう、私にとって大切な人の一人だ。
彼女の意思に沿わない命令なんてしたくはないというのが私の本音だった。
たとえ元々の私がそれを望んでいて、今はフィリアもそれを望んでくれているとしても。
一度でも命令してしまえば、私とフィリアとの間にある大切ななにかが壊れてしまうような気がして。
フィリアがそんなことで私を嫌うはずがないことなんて、もうとっくにわかってるけど……それでも私は、どれだけ懇願されてもフィリアに命令を下すことができなかった。
だけどそんな私を見て、フィリアは心の底から嬉しそうに笑った。
「だから、お師匠さまが好きです」
「え――――んむっ!?」
二の句を継げずに黙り込んでしまった私に、フィリアはそっと顔を寄せると、そのまま私の唇を自分の唇でふさいだ。
「ん……ちゅ、んぅ……」
「ふぃ……りあっ……んむっ」
フィリアは私を抱きしめるように腕を回すと、さらに深く口づける。
そうしてしばらく唇を重ねた後、ゆっくりと口を離すと、彼女は熱に浮かされたように潤んだ瞳で私を見つめていた。
そのまま、もう一度彼女とキスをする――。
「ハ、ハロちゃ……フィリア、ちゃ!?(ハ、ハハハハ、ハロちゃん!? フィ、フィリアちゃん!? こっ、ここ、こんな皆が見てる前で……ななな、なに、なにしてるのーっ!?)」
寸前で、花壇からこちらに帰ってこようとしていたシィナにその場面を見られてしまった。
シィナにしては珍しく動揺をあらわにし、目を見開いて完全に固まってしまっている。
ちなみにシィナに見られたということは、もちろん一緒にいたアモルにもリザにもばっちり目撃されたということでもある。
アモルはなぜか嬉しそうにニコニコとし、リザはやれやれと肩をすくめながらジトッとした目でフィリアを見つめていた。
「あ"っ!? い、いや、これは……」
や、やばい……。
ただでさえ私は告白を保留にしたままフィリアと行為に至るなどという不誠実なことをシィナにしてしまっている。
雰囲気に流されるのはやめた方がいいと戒めたはずなのに、さすがにこれは言い訳ができない。
今度こそシィナから制裁が下るかもしれないと、戦々恐々として震えていると、三人のうちアモルが元気よく駆け出してきた。
「私も! 私もお姉ちゃんに抱きつく! ぎゅーっ!」
「ア、アモル!?」
フィリアに負けじと私に抱きついてくるアモル。
……どことなくキスをおねだりしているようにも見えたけど、さすがにまだ幼いアモルにそんなことはできるはずもなく。
常識に乏しかった出会った当初ならともかく、アモルも元来そういったことを無理矢理してくる子ではない。
少し残念そうにしつつも、代わりとばかりに抱きつく力を強めて満足そうにしていた。
「……まあ、今くらいは……ワタシもいい、よね」
「リ、リザまで……」
そんなアモルの様子を見ると、少し迷うように視線をさまよわせた後、リザも私の胸元辺りに飛び込んできた。
いつも強がりな彼女にしては珍しい、どこか甘えるような仕草。
もしかしたら不死のことを勝手に話したことを、まだ少し気にしているのかもしれない。
こんなこと私がしてもいいのかわからないけどと、どこか不安そうに私を見上げるリザに私が微笑みかけると、彼女は嬉しそうに頬を緩める。
「…………わ、わたし、も……!(わ、わたしも! わたしも……ハロちゃんに……!)」
「シィ――うわぁっ!?」
そして最後は、シィナだ。
ギュッと目を瞑って、意を決したように一歩踏み出すと、勢いよく私の胸に飛び込んできた。
しかしあまりに勢いがつきすぎていたことと、それまでにもフィリアやアモル、リザと言った面々に抱きつかれていたせいで、全員分の重量に耐え切れずベンチが後ろに傾いてしまう。
そうしてそのまま私たちは、全員まとめて地面に倒れ込んで、皆で小さく悲鳴を上げた。
「いたたた……」
「うぅ。シィナちゃん、さすがに気持ちがこもりすぎです……」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「あのねぇ……ワタシと違ってお前は人間サイズなんだから、そんな勢いで飛び込んで来たらこうなるに決まってるだろ」
「ご……ごめん、なさい……(ごめんなさい……)」
しゅん、と猫耳を下げるシィナ。
皆に責められるのはさすがに可哀想だったので、慰めるように頭を撫でてあげると、彼女はピンと尻尾を立たせ、照れくさそうに私に頬ずりをしてきた。
……まあ、全員にのしかかられるような形で私が一番下で倒れたから、正直かなり辛かったんだけど……。
フィリアとのキスを見られた件が今ので少しうやむやになってくれた気がしたので、ここは余計なことを言わず黙っておくのが吉と言えるだろう。
「……ふふ。まったく……」
皆に抱きつかれたまま、私は仰向けになって空を見上げた。
視界いっぱいに広がる青空に手を伸ばしながら、私は、この空と同じように晴れやかな気持ちで笑う。
結局私は、フィリアに命令を下すことができなかった。
認めたくない。認めたくはないが……やっぱり私はヘタレなのかもしれない。
……でも、思えば初めからそうだった気がする。
死を望んでいたリザを殺すことができず、彼女が自分の意思で生きていく未来を選択し、ともに歩む関係になった。
フィリアを奴隷扱いすることができず、師匠と弟子の関係になった。
シィナを拒絶しきれず、相棒の関係になった。
正体が淫魔だったアモルへの情を捨てられず、姉妹の関係になった。
元々はえろいことするためにフィリアを買ったはずなのに、全然思った通りにいかなくて……いつの間にやら、こんなに賑やかになって。
皆と出会って、皆と過ごして。
思うようにいくことばかりじゃなくても……私はこの関係と、皆との日々を、悪くないと心から感じていた。
そしてきっとこれから、私はもっと欲張りになる。
皆と過ごす日々が幸せで、大切で、もっともっとその時間を増やしたいと願うようになるのだろう。
その果てで、不死の呪いがどうなるか。その先になにがあるかなんて、今はまだわからないけど。
「ねえ、皆」
そんな私の呼びかけに、フィリアたちが一斉に私を見る。
私はそんな皆の顔を一人ずつ見つめて、心からの笑顔を浮かべて言った。
「これからも、よろしくね」
「はい! もちろんです!」
「……ん!(うん!)」
「えへへ……」
「ワタシでいいなら……いつまでもいるよ」
四人の答えが重なり、心地良い風が吹く。
日常を祝福する青空の下、私たちは朗らかな笑顔で笑い合った。