「それではハロさん。今日はいろいろとお疲れさまでした」

 冒険者ギルドの出入口前。鮮やかな夕日が照らす表通りの一角で、私は冒険者ギルドの受付嬢であるチェルシーと別れの挨拶を交わしていた。
 どうして冒険者ギルドの中ではなくて外で受付嬢と話しているのかと言えば、なんてことはない。
 今はもう仕事終わりで、私は今日、彼女と同じギルド職員として一緒に汗を流して働いていたからだ。

 元はと言えば私は今回、アモルの件について今後の立ち回りをソパーダと相談するために冒険者ギルドに訪れた。
 ただ、さすがにその一件だけで一日を使い切るほどの時間は消費しない。
 話し合い自体は午前中のうちに早々に終わって、その後は対価の一環として、臨時の職員として冒険者ギルドのためにこき使われていたのだった。

 まあ、こき使われていたなんて言っちゃうと印象がちょっと悪いかもしれないが……『アモルが気兼ねなく外を出歩けるようにしたい』なんてワガママを言って力を貸してもらっているのは私の方だ。
 これくらいの雑用なら対価としては全然安いくらいだし、小遣い稼ぎでちょこちょこ自分で魔導書を書いたりしている私にとってデスクワークは苦でもない。

 ……まあその、重めの書類の束を持ち運ぶ際に、ちょっと冒険者にあるまじき非力さを見せちゃったりもしちゃったが……危うく転びそうにもなったが……。
 それをキッカケにギルドの人たちと少し仲良くなることもできたので、プラマイゼロだと思いたい。

「うん、チェルシーもお疲れさま。今日の昼間は結構な大雨だったし、足元には気をつけて帰るんだよ」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。ハロさんも、次はもう支えてあげられませんから、転ばないように気をつけてくださいねー」

 転ばないようにというのは、書類の束を運ぶ際の一件があったからこその返しだろう。
 パタパタと走り去りながら振り返り気味に悪戯っ子のように楽しげな笑みを見せてくる彼女に、気恥ずかしさからカァーと顔が熱くなってしまう。

 ……あの微笑みにやられちゃった冒険者の人も多いんだろうなぁ。
 普段からフィリアたちと接していなかったら私も危なかったかもしれない……。

「……私も帰ろうか」

 冒険者ギルドに踵を返し、一人で家路につく。

 今日、私はリザが家にやってきてから初めて彼女のそばを離れた。
 ただ、それはあくまでリザがフィリアたちにもう危害を加える気がないと確信できたからしていることだ。
 だからそれが帰路を急ぐ理由にはなり得なくて、私は「皆は今日はなにして過ごしたのかなぁ」と呑気に考えながら、ゆっくりと帰路を歩いていた。

「ちゃんと皆と仲良くできてるかなぁ。リザ」

 リザはあの性格なので他人にはどうしてもツンツンとしがちだが、フィリアたちのことは実はそこまで嫌いじゃないんじゃないかと私は睨んでいる。
 フィリアとはちょっと険悪な感じだけど、変に意地悪とかはしないし。なんならフィリアが料理で包丁を使ったりとかで少し危ないことをしている時なんかは、腕が当たってしまいそうな位置にあったコップを魔法でこっそりと離したりとかもしていた。
 無論、リザは礼を言われたいからしたわけじゃないとばかりにフィリアからそっぽを向いてそのことを黙っていたが。私はちゃんと見てたよ。

 アモルとの関係は特に良好と言える。
 アモル自身、リザと仲良くなりたいという思いが強いみたいで、リザを見つけると積極的に近づいて挨拶してる姿をよく見かける。
 リザもリザで近づいてくるアモルを突き放したりすることはなく、鬱陶しがったりもしていない。挨拶も普通に返している。
 リザからしてみれば誰かからああして親しげに接してくれること自体新鮮で、案外まんざらでもないんじゃなかろうか。
 残念ながらリザが自分からアモルに近づいていくところはまだ見たことはないが、リザは近くにアモルがいる時はさり気なくそちらに目を向けて、危ない目に遭わないか見てくれている節がある。
 アモルもそういうリザの些細な思いやりもちゃんと感じ取れる子だし、二人の相性はかなりいいと言えるだろう。

 唯一、シィナとは一見関わりが薄そうな印象がある。シィナはあんまり会話が得意な方じゃないし、リザも自分から友好的に話しかけるタイプじゃない。
 ただ、以前シィナの部屋のドアがちょこっとだけ空いてた時に、シィナに勉強を教えてる場面が見えたことがあったので、決して仲が悪いというわけではないはずだ。
 リザってあれで結構面倒見が良いしね。私より前にもいろんな人に魔法を教えたりしてきたからか、なにかを教えることに関しては随一と言っていい。
 それに、リザなら変にシィナを怖がるようなことも絶対にないしね。シィナにとって、リザは貴重な友人の一人になってくれるはずだ。

「案外、四人で仲良く遊んだりしてたかもね」

 ……っていうのはさすがに冗談だけど。
 いつかはそうなったらいいなーと思っている。
 種族の違いがあるから外で遊ぶとかは難しいかもしれないが、ボードゲームを囲んだりするくらいはできるはずだ。
 人生ゲームとかね。この世界にはない娯楽だから自作しないといけないけど、この世界に合わせた内容を考えながら作ってみるのも面白そうだ。

 そんなことをつらつらと考えながら歩いていると、いつの間にか家の前に到着していた。
 この扉を開ければ、きっといつも通りフィリアが当たり前のように待ち構えていて「おかえりなさい、お師匠さま」と出迎えてくれるのだろう。

「ふふ……ただいまー」

 知らず知らずのうちに笑みをこぼしてしまいながら、私は玄関の扉を開けた。

「……あれ?」

 しかしそこに私が予想していた景色は広がっていなかった。
 シーン……と、私の声だけが虚しく玄関の空間に鳴り響く。

 ……なにかおかしいぞ……?
 フィリアがいないのもそうだが、彼女だけじゃない。
 いつもなら私がこうして「ただいま」って声を上げれば、シィナが自分の部屋から飛び出してきて、「おか……えり」って耳をピコピコさせながら言ってくれるのに。
 アモルだって、寂しかった気持ちを目一杯に伝えるみたいに駆け寄って抱きついてきてくれるのに……。

 誰も来てくれない。それどころか、明かりをつけ忘れたみたいに廊下も部屋も真っ暗だ。

「……寝てるだけとかだったらいいんだけど……」

 皆でお昼寝してて、今の今まで寝ていたとか。それだったら逆に微笑ましい。

 いずれにしても、誰も来てくれないのはちょっと不安になる。できることなら早めに誰かと顔を合わせて安心しておきたい。
 私はそれとなく周囲に気を配りつつ、皆を探して家の中を歩き始めた。

 食堂には誰もいないみたいだ。
 お風呂場も、誰かが入っている形跡はない。お手洗いもだ。
 なら自分の部屋にでもいるのかなと、とりあえずまずはフィリアの部屋を訪ねてみることにした。

「……あれ? 私の部屋、空いてる……」

 フィリアの部屋に向かう途中、出かける時は閉じておいたはずの自分の部屋の扉がわずかに開いているのを見て、私は足を止めた。

 ……中に誰かいるのかな?

 一番可能性が高いのはアモルだろうか。
 アモルにも自分の部屋は与えてあるが、彼女はどうにも私の部屋の方が好きみたいだから。
 夜は毎日一緒に寝てるし、疲れたアモルが私のベッドで寝ていても不思議じゃない。
 今日は帰りも少し遅くなっちゃったしね。

 もし寝ているなら起こさないようにと、物音を立てないよう気をつけながら、そっと扉の隙間を覗いてみた。

「フィリア……?」

 しかしそうして覗いた先に見えたのは、私の予想に反してフィリアだった。
 明かりもつけず、窓際で黄昏れるように佇んでいる。

 ちょうど私に背を向けている格好だったが、私が名前を呟いたことでフィリアもこちらに気がついたらしい。
 ゆっくりと振り向いたフィリアの顔は、なぜかはわからないがとても真剣味に満ちているように見えた。

「お師匠さま……おかえりなさいです」
「た、ただいま……?」

 落ちついた様子でそれだけ言うフィリアを前にして、私の中の違和感が強まった。

 やっぱりなにかおかしい……いつものフィリアなら、主人を前にした子犬みたいに元気ハツラツに言ってくれるはず……。
 こんな風に静かに出迎えられたことなんて今まで一度もなかった。

「その……フィリア、どうかしたの? いつもと様子が違うように見えるけど……」
「……」
「……」

 …………。

 ……いや、なにこの沈黙は……?
 雰囲気に押されて私もつい黙り込んでしまったが、私まだ全然状況が把握できてないんだが……。
 様子が違うことを否定しないところを見るに、なにかあったのは間違いないんだと思う。

 けど……うーん。踏み込んでしていいのかなぁ、これ。
 話そうとしないってことは、聞かれたくないことなのかもしれないし……。

 ……うん。よし。とりあえず、今は話題を別の方向に逸らそう。

「と、ところでフィリア。フィリアはシィナたちがどこにいるか知らない? ここに来るまでどこにも見なくてさ。家の様子がいつもと違う感じだから心配っていうか……もしかして皆で出かけてたりとか?」
「シィナちゃんたちは、自分の部屋に籠もってます。私と同じで……きっと、たくさん考えなきゃいけないことがあるんだと思います」
「そ、そうなんだ? えっと……部屋にいるなら……うん。大丈夫かな……」
「……」
「……」

 ……いや、だからなんなのこの沈黙は……。
 普段だったらこんな頻繁に会話が途切れることなんてないのに、今だけはなにか妙な雰囲気が漂っていた。
 そしてその原因は、間違いなくフィリアにある。

 見たところフィリアは、別に私とこうして話すこと自体を拒絶しているわけではない……と、思われる。
 変わったところがあるとすれば、ただひたすらに私を見つめてきている点だ。まるで私の内心を読み取ろうとするかのように、ジーッと私の一挙手一投足を観察してきている。
 なにか変なところでもあるのかなと、思わず身だしなみを気にしてしまうくらいには一途な視線だった。

 彼女はたぶん、なにか私に話したいことがあるんだろう。こうして私の部屋にいたのだって、きっとこの場所で私と落ちついて話をしたかったからだ。
 もっとも、それなのになぜか黙りこくったままだから、私も困惑を隠せないのだが……。

「お師匠さま……」
「……どうかしたの? フィリア」

 そんなことを思っていたら、フィリアの私の名前を呟きながら距離を詰めてきた。
 手を伸ばせば触れられるほどの距離だ。私の方が背が低いので、私がフィリアの顔を見上げる形となる。

 ……フィリア、少し大きくなったかな。
 初めて会った時と比べて、ほんの少しだが身長差が広がっているような気がする。
 毎日三食きちんと食べて、健康的な生活を送れているからだろう。

 ちなみに身長だけじゃなくて胸もまだまだ育ち盛りらしい。
 尋常でない迫力とボリューム。ついチラチラと見てしまう魅惑的な魔力に、ふとした仕草で揺れた時の圧倒的すぎる視線の吸引力……。
 これでまだ成長の余地を残しているというのだから、成長期とはかくも恐ろしい……。

 うーん……私もこれから少しは大きくなるのかなぁ。
 自分の胸の大きさなんてどうでもいいと言えばどうでもいいけど、フィリアはもちろんのこと、シィナも実は結構あるからね。同じ屋根の下で過ごす身近な間柄として思うところがないわけじゃない。
 こう、私だってもうちょっとくらい大きくてもいいんじゃない? っていうか……。
 毎日ちゃんと牛乳でも飲んでれば大きくなってくれるのかな……?

「お師匠さま。お師匠さまは私のこと……シィナちゃんやアモルちゃん、リームザードさんのこと……皆のことを、どう思っていますか?」
「へ? 皆のこと?」

 唐突に投げかけられた質問に、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
 これがもしフィリア個人のことをどう思っているか、なんて聞かれていたら告白を期待してしまっていたかもしれないが、今はそういう空気ではなさそうだ。
 神妙そうなフィリアの表情を見るに、彼女は真剣に私の真意を問いただそうとしているように感じた。
 だから私もちゃんと真面目に答えることにする。

「皆と過ごす時間はもちろん大好きだよ。ほら。フィリアには話したけど、私って天涯孤独みたいなものだからね。昔はリザが一緒だったけど、一度リザと別れてからフィリアと会うまではほとんどずっと一人だったし……やっぱりたぶん、ちょっと寂しかったんだと思う」
「……」
「フィリアと出会ったキッカケは、私の身勝手な欲望からだったけどさ。こうしてフィリアと出会えて、一緒に暮らすようになって……私は寂しくなくなった。シィナやアモルも来て、家の中がどんどん賑やかになって、毎日が楽しくなった。もう会えないって諦めてたリザだって帰ってきてくれた」

 私は自分の胸に手を当てながら、帰ってきた瞬間のことを想起する。

「さっきだってね、玄関でただいまって言っても誰も来てくれなかったから……なんていうか、ちょっぴり不安になっちゃったんだ。だからここでフィリアを見つけた時、実はすごく安心したんだよ。大切な人と二度と会えなくなるのは本当に寂しいことだから」
「今は……寂しくはないんですか?」
「うん、今は大丈夫。ほら。前にフィリア約束してくれたでしょ? その……私といつまでも一緒にいたい、って」
「っ……」
「いろいろあったし、もしかしたらフィリアはもう忘れちゃってるかもしれないけど、私あれがすごく嬉しくてさ。あんな風に好意をまっすぐに伝えてもらえたのは初めてだったから」
「……お師匠さま……」
「だから私、もう寂しくないよ。フィリアや皆のことを思えば、どこにいても……って、あはは。ちょっと恥ずかしいこと言っちゃってるかもね。私」

 熱くなった顔を隠すように背けて、頬を掻く。
 今のフィリア、なんとなく落ち込んだ様子だったから、元気を出してほしくて変なことまで言っちゃったかもしれない。

「……って、あれ? フィ、フィリア?」

 あんなことを言ってしまった手前もう一度顔を見るのが恥ずかしくて、それとなく視線を反らし続けていたが、チラリと目をやるとフィリアの瞳が潤んでいた。

「だ、大丈夫? ど、どこか痛いの? なにかあったなら力になるから、遠慮なくなんでも……」
「大丈夫、です……」
「だ、大丈夫って言っても……」
「大丈夫、です……! だって、一番苦しいのは……辛いのは、お師匠さまのはずですから……」
「え? わ、私?」

 いや、別に私は苦しくも辛くもないよ……?

 フィリアは私からこれ以上追求されることを拒むように、ゴシゴシと乱暴に目元を擦る。
 それからペコリ、と。なぜか申しわけなさそうに頭を下げた。

「……ごめんなさい、お師匠さま」
「へ? えっと、な、なにが?」
「実は今日……私たちはリームザードさんから、お師匠さまに無断で秘密を聞きました。お師匠さまがずっと、私たちに隠していたことを……」
「私が隠してたこと? それって……」

 な、なんのことだ……?
 私が皆にしている最大の隠し事となると、元は異世界から来たってことくらいだけど……それはリザにも言ったことがない。
 もちろんリザならなにか勘づいててもおかしくはないが、この前の私への夜這い未遂の時のリザの反応的に、たぶんリザもそこまでは気づいてないんじゃないかと思う。
 私という存在の不自然さに違和感くらいは抱いているとは思うけど……。

 というか異世界云々くらい、聞かれたら普通に答えるんだけどね。
 まず聞かれないから言ってないだけで、フィリアたちになら話してもいいと思っている。

 とにかく、フィリアが言っている隠し事は私の出自に関してではない。
 しかしそうなると、リザが知っている私の秘密っていったいなんだ……?

 見当もつかず首を傾げる私に、フィリアが意を決したように答えを告げた。

「はい。お師匠さまが、リームザードさんから不死の呪いを受け継いでいることを……です」
「へ? ……ああ、そういうことか」

 合点がいった私は、なるほどと頷いた。
 確かにリザが知っていてフィリアたちが知らないこととなると、それになるか。

 腑に落ちたかのような反応を見せる私に、フィリアは少し暗い表情で確認を取ってくる。

「やっぱり……本当のこと、なんですよね」
「……そうだね。リザがフィリアたちに話したことは全部、本当のことだよ」

 リザはおそらく自分の過去をフィリアたちに話したのだろう。
 リザの過去。つまり、リザがかつて不老不死の呪いをもって産まれてきたということ。
 彼女はそれのせいで、想像も絶するほどの長すぎる年月を苦しみながら生きてきた。
 いや、生かされ続けてきた。どんなに死にたくても死ねず、呪いの力によって。
 他者を拒絶しがちなリザがわざわざ私に魔法を教えてくれたのだって、そんな自分を殺してくれる才能を私に期待していたからだった。
 そしてそんな彼女を救うために、私は彼女の中にあった呪いを私の中に移植した。

 っていうかこれ、私の秘密っていうかリザの秘密だけどね。
 リザの今までの人生の根幹に関わるそれを私が勝手に話すわけにはいかないと思ったから、以前フィリアにリザとの出会いを話した時もその辺はボカした言い方をしておいたのだ。
 リザが話してもいいと思ったなら、私も特に隠す理由はない。

「どうして……どうしてお師匠さまは、リームザードさんから呪いを受け継ごうと思ったのですか?」
「うーん……リザを安心させたかったから、かなぁ」
「安心……ですか?」

 私は目を閉じて、リザと過ごした日々を思い返す。
 まだリザの中に呪いがあった当時はリザは私にも厳しい態度を取ることが多くて、仲が良いとは口が裂けても言えなかった。

 同情も慰めもいらない。誰の干渉もいらない。誰にも理解なんかされたくない。
 そんな風に世の中のなにもかもを拒絶する彼女が、私にはとっても寂しそうに見えた。

「……フィリアも聞いたんでしょ? リザはさ、呪いのせいでずっと一人ぼっちだったんだよ。誰も彼女に寄り添えない。彼女の心を理解できない。誰かと繋がってもすぐに途切れて、また一人になる。そんなことを数え切れないほど繰り返して……リザは無遠慮に他人を拒絶するような攻撃的な言動が目立つけど、それだってきっと、永遠の孤独に耐えるための彼女なりの手段だったんだ。誰とも繋がらなければ、失う痛みを味わわずに済むから」
「……そう、ですね。私もそう、感じました。リームザードさんもたぶん……最初はきっと、私たちと同じだったはずです。苦しくて辛くて、でも自分一人じゃどうしようもなくて……誰かに、助けてほしくて……」

 もちろん、リザに直接こんなこと言ったところでリザは絶対に認めようとはしないだろうけど。
 リザはそういう意地っ張りな子だ。

「リザは自分を終わらせてくれる存在を求めて、私を拾った。拒んでいたはずの繋がりを作ってまでね。彼女は私に期待してくれてたけど……それでもやっぱり、本当はずっと不安だったはずだ。もしこの子が自分を殺せなかったら……そもそもこの呪いをどうにかすること自体が不可能なんじゃないか、ってさ。だけどそれを認めてしまったら、きっとリザはもう……」
「……だからそんなリームザードさんを、安心させてあげるために……?」
「うん。呪いそのものを消し去る目処は立ってなかったけど、移すだけなら当時の私でもできそうだったからね。自分の中にあった方が研究も楽だし。先にリザの中からだけでも呪いを消し去って、安心させてあげたかったんだ」

 ただ、そのせいでリザは私の前からいなくなっちゃったが……。
 不安と苦痛の種だったとは言え、ずっと自分の中にあったものが突然なくなれば怖くもなる。
 そんなリザの気持ちを私がわかっていなかったせいで、私とリザは一度離れ離れになってしまった。

 だけど今は帰ってきてくれたので、もうなにも後悔はない。
 リザと一緒にいたいというあの時の願いは、すでに叶っている。

「当時のお師匠さま……ってことは」

 ここでフィリアは、弾かれたように顔を上げた。

「あ、あの……! もしかして今はもう、不老不死の呪いそのものを消し去るだけの魔法はできているのですか……!?」
「あー……いや、実はそれが全然進んでなくてね……自分の中に移してみて強く感じたけど、これは魔法だとか能力だとか、そういう類のものじゃないんだ。世界そのものの法則、概念と言うか……残念ながら、未だに消滅の目処は立ってないよ」
「……そう……ですよね。だからこそお師匠さまは、私に……」
「うん? なんでそこでフィリアの名前が……」

 私が疑問を呈するより早く、フィリアは決意を新たにしたように表情を引き締めて、再び私に頭を下げた。

「ごめんなさい、お師匠さま。私は今までお師匠さまの優しさに甘えてきました」
「……え? なんのこと?」
「お師匠さまが私に本当に願っていたことに気づこうともしないで、届かなくてもいいなんて妥協して、諦めなければそれでいいなんて言い訳をして……でも、これからは違いますから。もう二度とあんな情けないことは言いません」
「えぇ? あの……ごめんフィリア。ちょっとなんのこと言ってるかわかんない……」

 私がフィリアに願っていたことってなんだ……?
 ま、まさか……実は弟子が云々とか言い訳で、本当はただ可愛い女の子とにゃんにゃんしたい一心でフィリアを買ったことを言ってる……?
 か、叶えてくれるなら是非もないけど……あ、あの……こ、こんなに急だと、その、心の準備が……。

「とぼけなくてもいいんです」
「ひゃいっ!?」

 突然フィリアが私の手を両手で包み込むようにして握ってきて、(よこしま)なことを考えていた私は緊張で肩を跳ねさせた。
 こ、ここで!? いきなり!? と戦慄したように体を固くする私の前で、フィリアは私の手を大事そうにギュッと胸に抱きかかえる。

 む、胸に手が当たって……や、柔らか……幸せ……。

「誤魔化さなくていいんです、お師匠さま……もう全部、わかってますから。お師匠さまが私のことを思って、ずっと言わなかったことも……お師匠さまが私に対して、本当に望んでいたことも……」
「じゃ、じゃあやっぱり……」

 ゴクリと生唾を飲み込む私に、フィリアはコクリと頷いて、その答えを告げた。

「――はい。いつかのリザさんと同じように、自分の中の呪いを消してくれることを願って私を弟子にしたことも……私はもう、全部わかってるんです」
「や、やっぱりそう…………ん?」

 そう、私は呪いを消すためにフィリアを……?
 ん……んん? んんんんん?????

「私に重荷を背負わせたくなくて……でも本当はずっと苦しかったんですよね……ずっとずっと、怖かったんですよね。もしこのままいつまでも、この呪いを消し去る方法が見つからなかったら、って……でも、もう大丈夫です。私が必ず、そんな呪いの苦しみからお師匠さまを救ってみせますから」
「苦し……え? 呪……えっ!?」

 ど、どういう……なんで急に……あ、もしかしてそういう感じの空気だった!? 今!
 これからにゃんにゃんする甘酸っぱい感じじゃなくて、もっとこう、シリアスな感じの!?

 あ……ま、まさか、フィリアがさっきから落ち込んでたのもこれが理由だったり……?
 私が不死の呪いに苦しんでると思って、ずっと心を痛めてくれてたってことか……!?

 それはちょっと……まずいのでは……?

「並ぶだけじゃ終わりません。いつか絶対にお師匠さまを越える魔術師になって……私がお師匠さまを、不死の呪いから解放してみせます」

 もう立ち止まらない。大切なお師匠さまを必ず自分が救ってみせる。そんな決意をあらわにするように、フィリアは力強く宣言する。

 た、確かに、自分で意識したことはなかったが、客観的に見たら私は自己犠牲的な精神の持ち主になるのか……。
 いやでも、私がこうして呪いに対して楽観的でいられるだけの理由はきちんとあるのだ。

「ま、待ってフィリア! その、フィリアはたぶん一つ勘違いをしてる!」
「勘違い、ですか?」
「そう! 私は別にこの呪いが苦痛だなんて思ってない! だってこの呪いには抜け道があるんだ!」
「抜け道……ですか?」

 このままだと取り返しがつかないことになる。
 そんな予感がした私は、フィリアがまだ気がついていないだろう、私が楽観的になれるだけの理由を早急に伝えることにした。

「そのさ。リザから呪いを受け継いだことについて話した時、言ったでしょ? 消し去る目処は立ってないけど、移すだけならできたって。それはつまりさ、他人から私に移すだけじゃなくて、私から他の人に移すこともできるってことなんだ」
「あ……」
「さすがに虫とかに移すのは無理だけど……私はその気になれば、いつだってこの呪いを手放せるんだよ。だから私はこの呪いが苦痛だなんて思ったことはない。本当に苦しいんだったら……誰かに押しつけて、私だけは助かることができるんだから」

 我ながら最低なことを言っているのはわかっていたが、フィリアの勘違いを正すにはこう言うしかない。
 これ以上フィリアに私のことで気に病ませるわけにはいかないし、私でさえ未だどうにもできていない無理難題をフィリアに背負わせられるはずもない。

「……嘘です」

 誰かに押しつけるだなんて、言い方が言い方だ。それも、私以外には一切の対処が不可能なような凶悪な代物を。
 私としてはフィリアに手酷く非難されることも覚悟で口にしたつもりだったが、フィリアはそんな私をどうしてか、とても優しげな瞳で見下ろしてきた。

「う、嘘なんかじゃ」
「いいえ、嘘です。だってお師匠さまには、そんなこと絶対にできませんから」
「できないって……私の魔法の腕はフィリアも知ってるでしょ? 私ならそれくらい」
「違います。腕がどうこうの話じゃないんです。だってお師匠さま、想像してみてください。今はお師匠さまの中にある不老不死の呪い……たとえばそれを、私の中に移すことを」

 不老不死の呪いを、フィリアに移す?
 ……いや、ダメだ。そんなことできるはずがない。

 私だったら、いつだって、誰にでも、この呪いを押しつけられる。逃げ道があるおかげで苦痛を感じずに呪いと付き合っていける。
 でもフィリアは違う。フィリアにこの呪いを移すということは、リザと同じ苦しみを彼女に与えることと同義だ。
 リザがどれだけ苦しみながら生きてきたかなんて、彼女の弟子である私が一番よく知っていることだ。
 それをフィリアに押しつけるなんて……。

「そんなことできない。きっとお師匠さまは自分の中にある呪いを誰かに移そうとした時……それと同じことを何度だって思ってしまうはずです」
「っ……フィ、フィリア……」

 なにも返事をしていないはずなのに、フィリアはまるで私の心が読めているみたいに優しく語りかけてくる。

「私なら大丈夫だから。私ならいつでもこの苦しみから逃れられるから。私なら、私なら……そんな風に全部抱え込んで……そしてきっといつかお師匠さまも、一人ぼっちになる……お師匠さまは優しいですから」
「それは……買いかぶり過ぎだよ。私はそんな心優しいやつじゃない」

 フィリアのことだって元々は体目的で買ったんだ。シィナのことも最初の頃は誤解して、遠ざけようとしてた。
 アモルを助けることにしたのも、しょせんは同情心からだ。
 いつかのリザの時だってそう。リザは誰よりも死を渇望していたのに、私は自分が彼女と一緒にいたいだけの思いで身勝手に生を望んだ。

 だけどそんな風に思う私を、フィリアは優しく抱きしめてきた。
 人肌の温もりと柔らかさが私の全身を包み込む。

「好きです、お師匠さま」
「……へっ!?」
「お師匠さまの優しげな微笑みが好きです。お師匠さまの凛々しい声が好きです。お師匠さまの透き通るような髪が好きです。お師匠さまの小さくて可憐なところが好きです。お師匠さまの安心する匂いが好きです。お師匠さまとこうして過ごす時間が好きです……」
「あ、あぅ……その……そ、そんな急にいっぱい、言われても……」
「そんな風にすぐに恥ずかしがって縮こまっちゃう可愛らしいところも、大好きです」
「ひぅ……」

 な、なんなの、この突然の好き好き褒め殺しタイムは……。
 も、もちろん嬉しい。嬉しいし、フィリアの胸がマシュマロメロン様で天国でもあるけど……ま、まだ本題が終わってない……。

 不安で顔を上げる私に、フィリアは安心させるように優しげに微笑んでくる。

「大丈夫ですから。安心してください、お師匠さま。私は絶対にお師匠さまを越えられます。そのためにリームザードさんにお願いもしたんですよ」
「リ、リザに? いったいなにを……?」
「個別で魔法の修行をつけてもらえるように、です。ごめんなさいお師匠さま……私はお師匠さまの弟子なのに、勝手なことをして……でもお師匠さまを越えるためには、必要なことだと思いましたから」
「確かにリザは私より教えるのは上手い、けど……あのね、フィリア。そこまで頑張らなくたって私は」
「ダメです。私、もう決めましたから。お師匠さまが選んでくれた弟子として、お師匠さまが最初に望んだことを私が果たすって。そのためなら私は、どこまでだって頑張り続けられます」
「……最初に、望んだこと……」

 こうしてフィリアの温もりに包まれていると実感できる。
 フィリアは本当に、心から私のことを思ってくれている。
 欲しかったものをくれた大好きな人の力になりたい。その人に幸せになってほしい。
 ただその一心で自分にできることを必死に考えて、自分の人生さえ賭けようとしてくれている。

 それがわかってしまうからこそ、私の内に罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。
 だって私がフィリアに最初に望んだことは、そんなことじゃない。
 ずっと言えなかった。や、以前にも同じようにフィリアに告白された際に、ボカしたような言い方で伝えたことはあったけど……ハッキリとその意図を口にできたわけじゃなかった。
 きちんと意味が伝わっていない可能性は考えないでもなかったが、無意識に目を背けていた。

 だけどもうダメだ。ただの勘違いで、これ以上フィリアに重荷を背負わせるわけにはいかない。
 だから……今度こそちゃんと言おう。本当のことを全部、フィリアに。

「……ごめん。違うんだよフィリア。私がフィリアに望んだことは、そんなんじゃないんだ」
「……お師匠さま?」
「本当はさ、魔法がなんだとかどうでもよかったんだ。弟子にだってするつもりはなくて……」

 ギュッ、と瞼を瞑る。

「あの日。初めてフィリアと出会った、あの日。私がフィリアを買おうと思った理由は……わ、私が最初に望んでたことは……」

 意を決した私は……絞り出すように、それを告げた。

「ただ、フィリアみたいな子に……む、むりやり……えっちなことが、したかったんだ……!」