「えへへ……お姉ちゃんと、今日は妖精さんとも一緒……なんだかちょっと楽しいね」

 お風呂から上がり、夕食を終え、今は就寝の時間。
 風呂場で約束した通り、私たちは同じベッドで横になっていた。

 薄明かりの中、アモルは私とリザを交互に見て、はにかむように笑う。
 私を姉と慕ってくれる彼女が幸せそうにしていると、私まで頬が緩んでくる。

「そうだね。私も、リザと一緒に寝るのは初めてだから少し新鮮な気分だよ」
「そう、なの? でも、お姉ちゃんと妖精さんって、昔からの知り合いさん……なんだよね?」
「うん。リザは私の魔法の師匠なんだ。五年前に出会って……うん。三年くらい前までは、ずっと一緒にいたね」
「……お姉ちゃんと妖精さんって、実は仲が悪かったり……?」
「あはは、そんなことはないよ。でもまあ、あの頃の私とリザが、今とは全然違う関係だったことは確かかな」
「そっか……ちょっと複雑、なんだね。でも今は仲良しさん、なんだよね?」
「うん。私はそう思ってるよ」
「……妖精さんは……?」
「なんでお前が不安そうにしてんのさ。ワタシも今はハロのことが大好きだよ。こうしてワタシがこの家に来たのだって、ずっとハロを探してたからだし」

 ベッドの端に腰かけたリザがそう答えると、アモルは嬉しそうに両手を合わせた。

「じゃあやっぱり、妖精さんはわたしとお揃いだね」
「お揃い? なにが?」
「わたしもお姉ちゃんのこと、大好きだから。ほら、妖精さんと同じ」

 ……なんか照れくさいんですが。
 いや嬉しいよ。もちろん嬉しいんだけどね……。
 恥ずかしいので、できればそういう話は私がいないところでしていただけると……。

「お前はなんでもお揃いにしたがるね……ワタシなんかと同じなのがそんなに嬉しいの?」

 二人が仲良く話している最中、羞恥心から熱くなった顔を隠すように下半分を布団の中にうずめる。
 そんな私の横で、リザはニコニコするアモルに呆れたように肩をすくめた。

「うん。うまく言えないけど……その人がわたしと同じ気持ちなんだって思うと、なんだか胸がポカポカするの。妖精さんはしない?」
「あいにくだけどワタシにはわかんない感覚だね。自分は自分、他人は他人だ。その溝は絶対に埋まらない」
「……そっか……」
「……けどまあ。だからって、お前のことが嫌いってわけじゃないよ。人と人は違う。けど、人が人を思うことは勝手だろ。お前がワタシと同じだって思いたいなら、別にそれでもいいよ。ワタシはそれを否定したりはしない」
「……! そっかぁ。えへへ……」

 一瞬悲しそうに眉尻を下げたアモルだったが、続けて添えられたリザの一言で、一転して幸せそうな笑みを取り戻した。
 リザはなんか回りくどいこと言ってるが、要は『それでアモルが幸せならワタシもそれを尊重する』って言ってるだけである。あいかわらず素直じゃない。

 笑みをこぼすアモルへとリザが送る、呆れたようでいて、決してうざったくは感じていないだろう柔らかな視線は、さながら孫を見守るおばあちゃんのようだ。
 ……この例え方はリザが悲しみそうなので口には出さないように気をつけよう。

「じゃ、そろそろ寝ようか。明かり消しちゃうけど大丈夫?」
「うん。わたしは平気だよ」
「……ん? あれ? 寝るって、本当にこのまま寝ちゃうの?」
「え? うん。そのつもりだけど……」

 普通に寝ようと提案しただけなのに、なぜかリザは意外そうに目をパチパチさせている。

「もしかして、リザはまだ眠くなかったり?」
「や、寝ようと思えば寝られるけど……うーん? ハロもアモルも、それでいいの?」
「うん。夜ふかしは体に悪いからね」

 まあ本音を言うと私は別に夜ふかしくらい気にしないのだが、アモルへの悪影響は無視できない。
 私が起きていたらアモルもちゃんと眠れないかもしれないし、もしそうして私が夜ふかししたせいでアモルが体調を崩してしまったら、私は彼女の姉失格だ。
 私の真似をしてアモルが夜ふかしするようになっても大変だしね。

「わたしも……お姉ちゃんと一緒のお布団に入ると、温かくて……いつもすぐねむく、なっちゃって……もうおきてられない、かも」

 軽く目をこすりながら、ほんの少しろれつが回っていない口調でアモルが言う。
 視線もどこかぼやっとしていて、一度目を閉じてしまえば、すぐにでも寝てしまいそうな感じだ。

 リザはそんな私たちの答えを聞くと、顎に手を添えて沈黙した。

「……もしかして二人はいつもこんな感じ?」
「うん、そうだけど……」
「……ふーん。なんだ、そっか。わかった。ならいいよ、明かり消しても」
「そう……? じゃあ、消しちゃうからね?」

 念のため再確認すると、リザはこくりと頷いた。

 なんだかいろいろ考えてたみたいだったけど……もしかして、もっとお話したかったとか?
 なにせリザがこの家に来て、まだたった一日だ。
 リザはずっと私を探してくれたみたいだし、積もる話があったに違いない。

 だとしたら、ちょっと悪いことしちゃったかな……。
 でも大丈夫だ。これからはリザも一緒に暮らすんだし、話ならいつだって、いくらでもできる。
 また明日、二人で思う存分話をしよう。

 そんなことをつらつらと考えながら、私はベッドサイドランプを消した。

「おねえちゃん……ようせいさん……おやすみ……なさい……」
「おやすみ、アモル」
「……おやすみ」

 部屋の中が真っ暗になって少し経つと、アモルが静かに寝息を立て始める。
 ランプは消したが、わずかに月明かりが差し込んでいるので、すぐ隣にいるアモルの顔くらいなら見ることができた。
 気持ちよさそうに眠る彼女の寝顔を眺めていると、私も自然と頬が緩んでくる。

「ふわぁぁ……」

 段々とやってきた睡魔に身を任せるようにして、私も瞼を閉じた。
 心地良い温もりに包まれながら、少しずつ意識を手放していく。

 ……。
 …………。

「…………ロ………ハ………ロ……」

 ………………ん……。
 ……ん、んん?

「……リザ……?」

 眠りに落ちる寸前、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた気がして、ぼーっと薄目を開ける。
 案の定、声の主はリザだったらしく、私の目の前にフヨフヨと浮いていた。
 消したはずのベッドサイドランプもいつの間にか再びつけられていて、リザの姿を照らしている。

「ふふ、目が覚めた? アモルはともかく、ハロが寝るのはまだ早いよ」
「まだ早い、って……リザ……どうしたの……? やっぱり、もっと話がしたかった……?」

 眠気がひどく、跡切れ跡切れの言葉になってしまう。

 リザはまるで、これからなにか楽しいことでも始まるような、気分良さそうな表情をしていた。

「そうだね。ハロとしたい話ならたくさんあるよ。今もワタシがこうして自分の意志で生きてるのは、ハロがいるからだもん。だから、ハロのことならなんでも知りたい」
「ん……それなら、明日……いっぱい付き合って、あげるから……とりあえず今は……寝かせて……」
「ダーメ。期待だけさせておいて直前でお預けだなんて、酷な話だと思わない?」
「それは……悪かったと……思ってる、けど……」
「ふふ。思うだけじゃダメ。そんなのじゃ満足できない。ハロにはちゃんと、期待させただけの責任を取ってもらわないとね」
「責任……? なにを……ん? ……んんん?」

 眠くて気づくのが遅れてしまったが、なにかが布団の中で這いずり回る気配がする……。
 そんな疑問を抱いた直後、その這いずっていたなにかが突如私の体に襲いかかってきた。

「ひゃっ!?」

 それは私に抵抗の隙を与える暇もなく、瞬く間に私を拘束した。
 服越しに感じる私を縛りつけたその存在の感触は、明らかに人間のそれじゃない。
 蛇のように細長く、柔らかく、それでいてぬめりがあり、わずかに湿っている。

 怖気が走る感覚に一気に目が覚めた。

「な、なにが……!?」

 纏わりつかれているせいでうまく体が動かないが、首と視線を動かすことくらいはできた。
 そうして急いで布団の中を覗いてみれば、その正体も自ずと視界に入ってくる。

 触手だ。
 黒光りするヌメヌメとした細い触手が、私の全身に服の上から纏わりついている。

「な、なんっ、なに、これ……い、生き物!?」
「生き物じゃないよ。ハロならすぐわかると思ったけど、まだ寝ぼけてるみたいだね。それはワタシの魔法……ゴーレムの応用みたいなものかな。遠隔で自由に操作できるの。こんな風にね」
「っ、ちょ、ちょっと待っ……く、くすぐった……」

 触手の先端で手のひらをくすぐられる。
 すぐにでも振り払いたかったが、うまく体に力が入らない。
 そもそも私の身体能力は貧弱なので、こうして拘束された時点で大体アウトだ。
 あの日、屋根の上でシィナに好きだと告白された日だって、私はまったく抵抗できなかった。

「これがハロの体の感触なんだ……柔らかくて気持ちいい……いつまでも触ってたくなるね」
「リ、リザ……?」

 リザは恍惚と上気した顔で、自分の頬に手を当てている。

「ふふっ……それとワタシの感覚はリンクしてるの。だから今ハロがどんな状態か、ワタシには手に取るようにわかるよ。少し震えてる……こんなので怖がっちゃうなんて、ハロは可愛いなぁ」
「な、なんでこんなこと……」
「だって、一緒に寝るってそういうことじゃないの? アモルは小さいけど成熟した淫魔で、その子と毎日一緒に寝てるってことは……ふふ。毎晩二人で淫らに乱れてるとしか思えないでしょ?」
「ち、ちがっ……! アモルとはそういう関係じゃ……! ひぁっ!?」

 今度は足先をくすぐられる。
 思わず体をよじらせる私を見下ろして、リザは楽しげに口の端を吊り上げた。

「知ってるよ。さっき聞いたもん。でも、少なくともワタシはそのつもりで来たんだし……そのぶんの責任は取ってもらわなきゃ」
「そんなことっ、言われても……」
「大丈夫だよ、痛いことはなにもしない。ちゃんと気持ちよくしてあげるから……ふふ」

 触手が本格的に動き出す。私の体の輪郭を確かめるかのごとく、服の上を這いずり回る。

「んっ、く……」

 く、くすぐったい。くすぐったいけど……これくらいなら耐えられる。

 すぅ、はぁ。すぅ、はぁー……。
 大丈夫。落ちつけ……落ちつくんだ私。意識を集中させて、魔法を使うんだ。

 知識はともかく、単純な魔法の実力なら私の方が上だ。
 今朝、庭で戦った時のように、私がリザの魔法を掌握してしまえば、この触手は機能を停止する。
 そうなればリザは私になにもできない。

 そう思い、いざ魔法を使おうとした。
 しかしその直後、異変に気づく。

「あ、あれ……?」

 魔力がうまく練れない。魔法が使えない。

「あ。言い忘れてたけど、その触手には魔力の流れを阻害する機能をつけておいたから。純粋な魔法使いにとっては天敵だよ」
「え」
「まあそのぶん脆いし弱いしノロマだし、寝込みでも襲われない限りはこんなのに捕まるはずないけどね」

 まさに寝込みを襲われた今となっては手遅れでしかない発言だった。
 呆然とする私に、リザはまるでイタズラが成功した子どものようにくすりと笑みをこぼす。

「じゃあそろそろ……次に移るね?」
「つ、次? ……っ!? ま、待って……」

 手先と足先を除き、これまで衣服の上から私に触れてきていた触手が、裾や袖口から中に侵入してくる。

 裾から入ってきた方は、私のお腹にぐるりと巻きついて、感触を確かめるように伸縮を繰り返す。
 袖口の方は、私の体の末端から私の体を上ってきた。
 足首。ふくらはぎ。太ももと。私の体のあらゆる部位の感触をくまなく確かめようとするかのごとく、少しずつ少しずつよじ登ってくる。

「な、なんでこんな……変な、動き方っ……ぅ、んん……!」

 見れば、リザはなにかに集中するように目を閉じながら、顔を紅潮させていた。

 リザは言っていた。この触手とリザの感覚はリンクしていると。
 この魔法はおそらく、妖精としての小さい体ではこういったことに臨めないリザが、わざわざこういった時のために用意した専用の魔法だ。
 だからきっとこの触手は、リザの手や指にも等しいものなのだろう。
 このいやらしい動きも、リザがこんな風にして私に触れたいと、そう思っているからこその動きなんだ。

「リ、ザ……」
「誰かに触れたり、触れられたり……そういうのって気色悪くてたまらなかったけど……ふふ。好きな人が相手だと、こんなに気持ちいいんだね」

 ――ハロのことならなんでも知りたい。
 その言葉に嘘偽りはなかったらしい。
 這いずるほかにも、触手の先端で太ももやお腹をつついたり、腋を撫で回してきたり。いろんなことを試してくる。

 そんな風に触手に好き勝手にされる感触は、じっとりと湿った舌に舐められているかのようでもあった。
 いや、あるいは実際にそれと相違ないことなのかもしれない。
 手や指というだけじゃない。この触手……特に先端。これはきっと、リザにとっての舌でもある。
 もしかしたら触覚だけじゃなくて、味覚や嗅覚まで共有している可能性だってある。

 そう思うと、途端に羞恥心が湧き上がってくる。いや無論、元から恥ずかしいのだが、もっとずっとそれ以上にだ。

「ぁっ……はぅ、ん……」

 むず痒く、もどかしい。それなのに体は勝手に反応して、熱くなっていってしまう。

 うぅ……と、隣でアモルが寝てるのに……。

 必死に声を抑えながら、チラリと、すぐそばにいるアモルを見やる。
 彼女はこの騒ぎで目を覚ましたりはしていないみたいで、今も心地良さそうな寝顔をこちらに向けていた。
 こんな恥ずかしい姿、アモルにだけは絶対に見せられない。

「リ、リザぁ……お願いだから、もうやめて……」

 魔法を封じられている時点で私になすすべはない。
 アモルを起こさないよう控えめな声で、ただ必死に懇願する。

「でもハロ、こういうの嫌いじゃないよね? 昔ワタシと一緒にいた頃も、たまにワタシがいない時に一人でこっそりえっちなことしてたことあったし」
「っ……!? そ、そんなことは……」
「まあ近くにいたんだけどね。姿見せると過剰に反応してめんどくさそうだったから適当に知らんぷりしてたけど」
「……あ、あぅ……」

 まさか見られていたとは思っておらず、こっ恥ずかしさサッと目をそらす。

「それにさ、あの獣人の小娘……シィナだっけ? あの子が居眠りしてる時も一人でドキドキしてたよね。ふふ、ワタシ知ってるよ。ハロって女の子が好きなんだよね?」
「そ、それはっ……!」
「隠さなくても大丈夫だよ。ワタシはそういうのに偏見ないし。むしろ、妖精として生まれたことをこれほど後悔したことはないかなぁ。人間でもエルフでも獣人でも……もしハロと同じ体格の人類として生まれてこれたなら、もっと直接ハロと交わることができたのにね……」

 リザは本当に残念そうに肩を落とす。

「だからね、そのぶんワタシがいっぱいハロを気持ちよくしてあげられたらなって思ってるの。人間じゃ絶対にできないようなやり方で……こんな風に、魔法を駆使してね」
「そ、その気持ちは嬉しいけど……こ、こういうのは本来、合意があってやるべきことで……」
「……じゃあハロは、ワタシとこういうことするのは、嫌なの……?」

 触手の動きが止まる。
 見ればリザは、とても不安そうな私の顔を覗き込んできた。

 ここでハッキリと拒絶する態度を見せれば、きっとリザは二度とこういうことはしてこなくなる。
 でも、明らかに私を好いてくれている彼女を傷つけるだろう言葉を、私はどうしても言うことができなかった。

「その…………い、今は……隣にアモルが、寝てる、から……」

 代わりに出てきたのは、まるでアモルがこの場にいなければ大丈夫とでも捉えかねないような、情けない言い訳だった。

 それを聞いたリザは、目をパチパチと瞬かせる。

「……フフ、アハハッ! そっかそっか……じゃあ、起こさないよう静かにやらないとね」
「そ、そういう問題じゃ……!」

 拒絶せず、曖昧な返事をしてしまったからだろう。リザは意地悪く自分の唇に手を当てた。
 それからふと、なにか思いついたかのように「あ」と声を上げる。

「そういえば、ハロってエルフだったよね? エルフは耳が弱いって聞いたことあったっけ……じゃーあ」
「ま、待って、それだけは」
「やだ。待たない」
「っ、ひぁぁぁぁああぁぁっ!」

 今度は触手じゃなく、私に近寄ってきたリザ本体に耳を舐められた。
 体の芯を駆け回るような猛烈な快楽の刺激に、隣にアモルがいるのにも構わず甲高い声を上げてしまう。

「わっ!?」

 これにはさすがにリザも驚いたらしく、少しビクッとして私の耳から離れた。
 私も正気に戻ると、すぐさまアモルの方に視線を向けるが、幸いアモルはぐっすり眠ったままだった。密かにほっとする。

「……ハロ、本当に耳が敏感なんだね」
「はぁ、はぁー……そ、そうだよ……み、耳は本当に、ダメだから……もう、終わりに……」

 さっきから触手にあちこちまさぐられているし、耳まで触れられてしまって、もう息も絶え絶えだ。
 そんな私を眺め、リザは少し悩むように視線をさまよわせる。

「うーん……ほんとのこと言うとね、ちょっとだけ意地悪して終わりにしよっかなって思ってたんだ。けど、もうハロ結構出来上がっちゃってるみたいだし……そんな顔向けられちゃったらなぁ」
「そんな顔……?」
「涙目で、顔も真っ赤で……我慢してるけど、気持ちよさが抑えきれないっていう顔してる」
「き、気持ちよくなんか……」
「そうなの? ふーん、まだ気持ちよくなってくれてないんだ。じゃあ……もうちょっとだけ続けちゃおっかな?」
「そ、そんな……っ、リ、リザ、そこは……!?」

 太ももの上を這い回っていた触手が、さらに上へと上り始め、下着を剥ぎ取ろうとしてきていた。
 お腹に巻きついていた触手もだ。私の控えめな膨らみを包み込もうとしてくる。

「ダメ……そ、それはっ……りざぁ……!」

 目をギュッと閉じて、これから訪れるだろう刺激に耐えようとする私を、リザはくすくすと笑った。

「ふふ、まるで処女みたいな反応だね。大丈夫だよハロ。さっきも言ったようにワタシ、ハロを傷つけたいわけじゃないから。ただ、気持ちよくしてあげたいだけ。だから安心して身を委ねて……ね?」
「そんなこと、んっ、言われても……だ、第一、処女みたいって……だって私、処女だし……」
「……? …………え、あれ? ……そうなの?」

 あと一歩で私を蹂躙するというところで、触手の動きがピタリと止まる。
 リザは心の底から驚いたように目を見開いていた。

「そ、そうだよ……他の人とそういうこと……したことない……」
「……で、でもハロ、ワタシと初めて会った時、裸だったよね? しかも森の中で……絶対攫われて、隙を見て逃げてきた感じの境遇かと……」
「全然違う……」
「……じゃあ、この家の他の子たちとも、こういうことしてないの?」
「してない……一回も……」
「……あー……そっかー……それは……うん。確かに、初めてがこれはさすがに……」
「お願いリザ……これ以上は、やめて……」
「…………う、うん」

 触手がスゥーッと、空気中に溶けるように消えていく。
 同時に、魔力も正常に動かせるようになるが……すでに掌握すべき魔法は取り消されているので、今更戻ったところでという感じだ。

「すぅー……はぁー……」

 熱くなった体を落ちつかせるように、何度か深呼吸をする。

「ふぅ……リザ」

 ある程度火照りが収まってからリザの方を向くと、彼女はしょんぼりと頭を下げた。

「ごめんね、ハロ……てっきりワタシ、ハロは経験あると思ってて……嫌がってるのも、そういうフリなのかなって……」
「いや……うん。それはいいんだけど……リザ、無理矢理はよくないよ」
「ごめんなさい……」

 私がしっかりと注意すれば、リザは言い訳することなく謝罪した。
 もっと強く言うべきなのかもしれないが、自分自身のしたことをきちんと悪いことと認識し、気を落としている彼女を見ていると、どうにも気が削がれてしまう。

「……えっと……もうこういうことはしないでね?」
「うん……もうしない。ハロは嫌がることは絶対。約束する」
「そっか。ならいいんだけど……」
「……」
「……」

 ……気まずい。
 あんなことがあったので、当然と言えば当然なのだが……。

 そしてその気まずい沈黙には、私より先にリザの方が耐えられなかったらしい。
 彼女はこの部屋の入口の扉を一瞥すると、フワリと私から離れる。

「本当にごめんね、ハロ……ワタシ、別のとこで寝るね……」
「えっ。や、そこまでしなくても大丈夫だよ……?」
「でもワタシがいたらハロ、不安で寝れないでしょ? また同じようなことされるかもって……」

 ハロに嫌われたかも……。
 すっかり意気消沈したリザが、そんなことさえ思ってしまっているだろうことは想像にかたくなかった。

 もしここでリザをこのまま行かせたら、彼女は一晩中自分を責め続けるかもしれない。
 そんなことはさすがに望んでない。
 だから私はリザを励ますためにも、気まずい空気を振り払うように笑顔を浮かべた。

「リザはもうしないって約束してくれたんだから、そこは気にしてないよ。それよりほら、今度こそ本当に一緒の布団で寝てほしいな。アモルは……ううん。アモルだけじゃなくて、私だってずっと楽しみにしてたんだから」
「ハロ……」
「ね? ……ダメ?」

 さきほど触手で体をまさぐられている最中、やめてと懇願した時はまったく聞く耳を持ってもらえなかったが、今度はちゃんと届いてくれたようだ。
 私に背中を向けていたリザは再びこちらに振り向くと、ゴシゴシと目元を拭って、花が咲くような笑みを浮かべた。

「えへへ……しょうがないなぁ。でもね、ハロ。そういう期待させるようなこと、あんまり気軽に言っちゃダメなんだからね? じゃないと、いつかまた今回みたいに誰かに襲われちゃうよ」
「へっ? ……う、うん。気をつけるよ……」

 期待させるようなこと、というものがどういうものなのか具体性に欠けていたが……襲われることに関しては、アモルに夜這いされたりシィナに押し倒されたりと経験があったので、神妙に頷いておいた。

 リザはベッドサイドランプを消すと、今度こそ三人で一緒に寝るべく、私の横の布団の中に潜り込んできた。
 ちなみにアモルは私を真ん中としてリザとは逆側で寝ているので、いわば両手に花の状態だ。

 暗闇の中、リザと視線が合うと、彼女は少し照れくさそうに笑った。
 さきほどまでと違い今度は本当にただ一緒に寝るだけなのに、リザがこんなに初々しい反応なのは、彼女自身、こうして誰かと寝床をともにするのは初めてだからなのだろう。

 かつて私が彼女に魔法を教わっていた頃も、私に対してさえ、彼女は一度だって無防備な姿を見せたことはなかった。
 物理的、そして精神的な干渉を防ぐ見えない障壁を常に展開し、誰に自分を近づけることもなかった。
 そんな彼女が、すっかり警戒を緩め、近づくことを許している。
 それは相手が私だからなのか、それとも彼女自身が変わったからなのか。
 いずれにせよ、リザが私に心を許してくれていることは確かで、それは私にとって喜ばしいことだった。

「……ねえ、ハロ。もう寝ちゃった……?」
「……ん。まだ起きてるよ」

 部屋の中に時計の音だけが響くようになって数分ほど経った頃、リザがぽつりと呟く。
 閉じていた瞼を薄く開けてみると、リザが少し悲しそうな表情で私を見上げていた。

「……どうしたの?」
「覚えてる? ……ワタシさ、言ったよね。自分がハロと一緒にいたいって思ってることに気づいたから、ハロを探してたって」
「うん。言ってたね」

 今朝、フィリアに朝食後の後片付けを引き受けてもらって、二人だけの時間を作ってくれたもらった時にリザが話してくれたことの一つだ。

「本当はね、それだけじゃないの。本当は、どうしても……あなたにただ、こうして謝りたかった」
「謝る? 私に? ……なにを?」
「あの日……あの日、ワタシはあなたにワタシの全部を背負わせた。苦痛を、絶望を、運命を……あなた一人に押しつけてしまった。そのことをずっと、謝りたかったの……」

 あの日……?
 リザが私になにかを背負わせた日、となると……初めて会った日のことかな?

 リザと初めて会った日、彼女に魔法を習うと決めた際に彼女は私に言った。
 いつの日か魔法を極めることが叶ったなら、ワタシという存在を終わらせろ、と。

 あの時は、その意味も意図も理解できなかった。まだリザが不死の呪いに苛まれていることを知らなかったんだ。
 ただ、なにもわからないにせよ、私に魔法を習わないなんて選択肢はなかった。そんな選択の先には、野垂れ死ぬ未来しかないことはわかりきっていたから。
 だから私はリザのその要求を飲むことに決めた。約束をしたんだ。

 会ったばかりだった私に、半ば強制とも言える形で重荷を背負わせたことを、リザはずっと気にしていたのかもしれない。

「……リザ、少し触るね」
「へ……? ……うん。ハロならいいよ」

 リザに手を伸ばして、指の先で、そっと彼女の頭を撫でる。

「ハロ……?」
「私はね、リザに出会えたことを後悔したことなんて一度もないよ。リザに出会えたおかげで、私はいつだって一人じゃなかった。毎日が楽しかった。寂しくなかった。辛くなかった」
「……ハロ……」
「今の私がいるのも、こうして笑えてるのも、全部リザがいてくれたからなんだ。リザがいなければよかったなんて思ったこと一度もない。だからさ、リザはなにも気にしなくたっていいんだ。もしも気にしちゃうんだとしても、私は何度だってリザを許すよ」
「……」
「リザ。君は目一杯幸せになっていいんだよ。これまでずっと誰よりも苦しんできたぶん、これからは笑って過ごそう」
「……甘いね、ハロは。あいかわらず甘い。脆くて……弱くて……気を許してる相手には、いつだって隙だらけだ」
「えっと……もしかして、罵倒されてる……?」
「ううん、褒めてるの。その甘さが、脆さが、弱さが……いつかのワタシには到底認められなかったはずのそれが、今はとっても温かく感じるから」

 リザは自分の頭の上にあった私の指に手を伸ばすと、愛おしむように自分の両手で抱えた。
 そしてそのまま、静かに瞼を閉じる。

「おやすみ、リザ。また明日」
「うん。おやすみ、ハロ……いつの日か、この身が滅ぶまで……ううん。この身が滅んだって、今度こそ、ずっとずっと一緒にいるからね」

 呟くようにそう言ってしばらくすると、リザも寝息を立て始めた。
 一万年も生きているとは思えない、可愛らしい、幼子のように無垢な寝顔だった。

「……いい加減私も寝ないとね」

 これ以上夜ふかししていたら寝不足になってしまうかもしれない。
 そう思いつつ、瞼を閉じる。

 安心できる温もりに包まれているからだろう。睡魔はすぐにやってくる。
 そうして私もまた、アモルとリザと同じように眠りに落ちていった。