というわけで、街中です!
 いつもであればお師匠さまと一緒に来ていたところですが、今日はシィナちゃんとです!

 お師匠さまには外出する前にその旨を伝えておきましたが、その時のお師匠さまは少し目を瞬かせた後に、「いってらっしゃい」と微笑みながら言ってくださいました。
 そんなお師匠さまを見て、不覚にも胸の奥がキュンとしてしまいました。

 うぅ、ここのところお師匠さまが可愛く見えてしかたありません……いえ、お師匠さまは元々私が見てきた中で一番美しく可愛らしいお方なのですが!

 以前、お師匠さまを失っていたかもしれない不安感から、お師匠さまの私へのお気持ちを確認させていただいた時の経験も相まっているのでしょう。
 あれ以来、お師匠さまへのお気持ちがどんどん溢れてきて、とどまることを知りません。

 油断すると、つい理性のタガが外れそうになってしまいます……。

 これではいけません! お師匠さまの弟子として、その肩書きにふさわしくないような言動はできる限り慎まなくては……!
 特に、お師匠さまの前ではより一層注意を払わなければいけないでしょう。
 お師匠さまの前で万が一にでもはしたない真似をしてしまわないよう、今一度気を引き締めなくてはいけません。

「……フィリア、ちゃ……?」
「あっ、すみませんシィナちゃん。ちょっとボーッとしてしまっていました」

 お師匠さまのことを考えていると、シィナちゃんから少し心配そうな目で見られてしまいました。
 お師匠さまへの思いから緩んでしまっていた顔と気持ちを引き締めて、私はシィナちゃんに向き直ります。

「まずは目的を整理しましょう。今日の目的は、お師匠さまの二つ名の謎に迫ること! 具体的には、お師匠さまの二つ名である《至全の魔術師(シュプリームウィザード)》の由来と……至全という言葉の意味がよくわからないので、その意味を知ることです」
「ん……」

 シィナちゃんがこくりと頷きます。

「そして、情報収集の基本は聞き込み調査ですっ!」
「ききこみ……?」
「はい、聞き込みですっ。二つ名というものは他の人に名づけられたもののはずですから、聞き込みを続けていけばいつかは真実にたどりつけるはずです」
「……なる、ほど…………でも……ききこみ……」

 なにやらシィナちゃんが同じ単語を呟きます。
 シィナちゃんはあまり人付き合いが得意な方ではないですから、少し不安なのかもしれません。

 もしもここにいるのがお師匠さまなら、瞬く間にシィナちゃんを安心させてみせるのでしょう。
 そして私はそんなお師匠さまの一番弟子です。
 シィナちゃんのためにも、そしてお師匠さまに近づくためにも! ここはお師匠さまのもとで努力を重ねた私の成長の見せ所でしょう!

「大丈夫です、シィナちゃん。私に任せてください!」

 ――ぶるんっ!

 シィナちゃんを安心させるべく、私は自分の胸を力強く叩いてみせました!
 私の自信満々な言動に驚いたのか、シィナちゃんが一瞬目を見開きます。

「以前私はお師匠さまと一緒に、ふわふわのパンがどこかに売っていないか一緒に探して回った経験があります! その時のお師匠さまの教えがあれば、今日の目的も絶対に達成できるはずです!」
「…………」
「……? シィナちゃん?」
「あ……う、ん……フィリアちゃ、のこと……たよりに、してる……」

 ハッとしたシィナちゃんが、慌てたように答えます。

 少し動揺しているような、放心気味のような……。
 視線も私の顔よりもちょっと下に向いてますし……いったいどうしたんでしょう。ちょっと様子がおかしいです。

 うーん……やはりお師匠さまではなく、私だからでしょうか……。
 お師匠さまと比べると頼りないことは自覚しています。
 魔法以外のことでもお師匠さまに近づけるよう、もっと精進しないといけませんね……。

「…………」

 ふと気がつくと、シィナちゃんがなにかを確かめるように自分の胸に手を当てていました。
 ……どうしたんでしょう?

「えっと、シィナちゃん? どうかしましたか?」
「っ、べ、べつに……なんでも、ない……なんで、も……」
「……?」

 どことなく取り繕っているみたいにも見えましたが……シィナちゃんの反応はわかりづらいので、なんとも言えませんね。
 なにかを誤魔化しているにしても、その内容に見当がつきません。
 なのでたぶん私の気のせいなのでしょう。

「では、行きましょうかシィナちゃん。早速聞き込み開始です!」
「……ん」

 屋敷の敷地外に出る時はいつもお師匠さまと一緒でしたから、シィナちゃんと並んで街を歩くというのが、ちょっとだけ新鮮です。
 過ぎゆく街並みも、ほんの少し違って見える気がしました。

 えへへ……いつもお師匠さまとご一緒の時は、お師匠さまの凛々しい横顔を盗み見てしまっていましたから。
 もしかしたら、存外周りの景色があまり見えていなかったのかもしれませんね。

 こころなしか、なんだか街の人たちがいつもより距離を取ってこちらを遠慮がちに伺っている気がします。
 中には急に踵を返して走り出す人なんかもいたのですが……どうしたんでしょうね。なにか忘れ物でもしちゃったんでしょうか?
 もしかしたら街の人たちって、おっちょこちょいな人が多いのかもしれません。
 ふふ、なんだか親近感が湧きます。私もそうなので気持ちはよくわかるんです……!

 ……あっ! ヒソヒソと内緒話みたいなことをしてる奥さまがたを発見しました!
 きっと噂話をしてるに違いありません! あのような情報通の方々なら、お師匠さまの二つ名の由来もご存知かもしれません!
 これは是非お話を伺わなくては!

「すみませーん! ちょっとよろしいでしょうかっ」
「ぇ」

 一瞬、シィナちゃんが戸惑った声を上げた気もしましたが……シィナちゃんは人と話すのが苦手ですからね。
 大丈夫です。私に任せてください、シィナちゃん。
 私はお師匠さまではないので、言葉だけではシィナちゃんを完全に安心させることはできないかもしれませんが、ならば行動で示してみせます!

「な……なにかしら?」

 私が近寄ると、お一人が聞き返してくれました。
 さて、会話の基本は挨拶です。質問の前に、まずは挨拶! これが大事です!

「こんにちは、私はフィリアと言いますっ。突然話しかけて、驚かせてしまったならごめんなさい」
「え、ええ、こんにちは、フィリアちゃん。驚いてはいないから大丈夫よ。それで、その……どうかしたのかしら?」
「実は、少しお聞きしたいことがあるんです。ご迷惑のこととは思うのですが、お答えいただくことはできませんか……? もちろん、忙しいようでしたら大丈夫です!」
「……」

 私の話を聞いてくれていた奥さまは、他の奥さまと戸惑いがちに目線を合わせた後、コクリと頷いてくれました。

「大丈夫よ。少しだけなら……」
「本当ですかっ? ありがとうございます! では、これは私の魔法のお師匠さまに当たる一人のある冒険者の方の二つ名なのですが――」

 お師匠さまのことと、お師匠さまの二つ名、そしてその由来を知っている人を探していることを伝えます。
 奥さまは他の奥さまにも確認した後、申しわけなさそうに首を横に振りました。

「ごめんなさい。そのかたがこの街を中心に活動してらっしゃることは知っているけど、由来までは私たちも……」
「そうですか……」
「力になれなくてごめんなさいね、フィリアちゃん」
「いえいえ、お答えいただけただけでじゅうぶん助かってますから」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。そのかたの二つ名の由来、見つかるといいわね」
「はいっ。ご親切にありがとうございました!」

 ペコリと頭を下げてから、シィナちゃんの方に戻ります。
 シィナちゃんは少し離れたところで、小さく口を開けていました。
 これは、呆けている……んでしょうか? なんていうか、ポカン、って感じです。

「……フィリア、ちゃ……すごい、ね……」
「そうですか? 頼りになるように見えたなら嬉しいですっ」
「……ん。みえた……フィリア、ちゃ、は……たよりに、なる。すごく」

 シィナちゃんが、どこか尊敬にも近い眼差しで私を見上げてくれます。
 えへへ、なんだかちょっとむずがゆいですね。
 でも、ああしてお話を聞くことができたのは、私一人の成果じゃありません。

「シィナちゃんも、ありがとうございます」
「……? わたし……なにも、してない」
「そんなことありません。ずっと私のこと、後ろで見ていてくれましたから」

 たまにお師匠さまがシィナちゃんにしているように、シィナちゃんの頭を撫でます。

「実を言うと、私、大人の人がちょっと怖いんです。昔はそうでもなかったんですけど……奴隷になってからは、いろんな大人の人から物を見られるような目で見られてきましたから。たぶん、そのせいなんでしょうね……」
「フィリア、ちゃ、って……そういえば……ハロちゃん、の……どれい、だったっけ」
「はい。でも、お師匠さまから酷い扱いをされたことなんて一度もありませんよ。お師匠さまは私のことを、いつだって家族の一人として扱ってくれますから」

 ……でももし酷いことされたとしても、お師匠さまになら……えへ、えへへへ……。
 必死に悪ぶろうとするお師匠さま……可愛いです。食べちゃいたいです……。

「……えっと……フィリア、ちゃ……?」
「はっ!? じゅるっ、んん! ご、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしちゃったみたいです。あはは……」

 いけませんいけません、よだれまで出ちゃってました……!
 ブンブンと頭を振って全力で妄想を振り払います!
 うぅ、慎まなくちゃいけないって考えたばかりなのに……こんなはしたない姿、お師匠さまには絶対見せられません。

 シィナちゃんから少し不思議そうな眼で見られてしまいましたが、軽く咳払いをして誤魔化しました。

「と、とにかくですね。そういうわけなので、ああいう風に話しかけるのって実は少し怖かったんです。でもシィナちゃんがいてくれたおかげで、勇気を持つことができました。だから……ありがとうございます、シィナちゃん」
「……」

 思えば、今まで私がお師匠さまとご一緒の時以外は外に出ようとすら思わなかったのも、一人で大人の人に会おうとすることを無意識に避けていたからなのかもしれません。
 私とお師匠さまは定期的に二人で食材の買い出しに出かけますが、そういう時だって手分けなどはせず、お師匠さまはいつだって私の目の届くところにいてくださいました。

 ……もしかしたら。
 いえ、きっとお師匠さまは、私が大人の人を怖がっていることを察して、気を遣ってくださっていたんだと思います。

 やっぱり、私なんてまだまだです。
 魔法も、それ以外のことも、お師匠さまには全然及びません。
 だから頑張らなくちゃいけません。
 もっともっと頑張って、いつかお師匠さまの隣に立っても恥ずかしくないような、いつかそんな立派な大人の女性になるんです!

「フィリアちゃ、は……やっぱり……すごい、ね」
「そう、ですか? 結局私一人じゃなにもできなかったので、そう改めて褒められるほどではないと思うのですが……」

 今回大人の人に話しかけることができたのだって、さきほど言った通り、シィナちゃんが一緒にいてくれたからです。
 一人だったなら、たぶん話しかけようとすら思いませんでした。

 だけどシィナちゃんはふるふると首を静かに振ると、真剣な眼差しで私を見上げました。

「フィリアちゃん、は……すごい。それは、ぜったい。だから……わたし、も……がんばら、なきゃ」

 シィナちゃんが、胸の前でグッと握り拳を作ります。
 それから周囲を見渡すと、ちょうどお客さんが立ち去った、一つの露店に目を留めました。

「……いってくる」

 通りを横切って、シィナちゃんが堂々とその露店の方へと向かいます。

「……シィナちゃん」

 人と話すのが苦手なシィナちゃんが自ら聞き込みに動いた――。
 相当の覚悟があったことは、容易に想像がつきました。
 こちらに向けられた小さくも雄大な背中は、ここで待ってて、と暗に私に伝えてきていました。

 ……わかりました、シィナちゃん。それほどの覚悟があるのなら、私も余計なお節介を焼いたりはしません。
 苦手を克服せんとするシィナちゃんの勇姿、ここで見守らせていただきます。

 大丈夫です。シィナちゃんならきっとうまくやれます……!
 応援してますからね、シィナちゃん!