「……(……はぁ……)」

 ハロちゃんのお家の屋根の上で、わたしシィナは、ぼーっとたそがれていた。
 青い空。白い雲。麗らかでポカポカとした陽気が心地いい。

 ああ、今日も平和だなぁ。
 こういう日はどこか日の当たる草むらにでも寝そべって、のんびり日向ぼっこなんかしたくなる。

 ハロちゃんと出会う前は友達なんか一人もいなくて、いつも一人ぼっちだったから、特に故郷にいた頃なんかはそうしてよく日向ぼっこをしていた。
 どんなに落ち込んでいた時も、こうして温かなお日さまの中でうたた寝すると、その気持ち良さのおかげでいつも幸せな夢が見れた。
 わたしのことを理解してくれる大親友ができて、その子と一緒に遊んだり、お買い物したり……まるで普通の女の子みたいな日常を謳歌する、幸せな夢。
 その夢を見るたびに、わたしは絶対にお友達を作るんだって奮起して……失敗し続けてきたんだっけ。

 故郷を出てからまだ五年も経ってないのに、なんだかずいぶんと懐かしい。
 一人ぼっちだった日々がずっと遠い昔のように感じる。
 それはきっとハロちゃんと出会ってからの毎日がすごく充実してたからなんだって思う。

 今でも目を閉じれば鮮明に思い出せる。ハロちゃんと出会った日のこと。
 ほんの数ヶ月前、依頼掲示板を眺めていたわたしの前に突然現れた彼女は、わたしの初めてのお友達になってくれた。
 それまではただの妄想に過ぎなかったわたしの夢を、彼女が全部叶えてくれたんだ。

 お友達……ううん、ただのお友達じゃない。
 わたしがずっとほしかった、わたしのことを誰よりも理解してくれるただ一人の大親友。
 それがハロちゃんなんだって自信を持って言える。

 なのに……。

「……(うぅ……また逃げちゃった……)」

 ほんの数十分前の話だ。
 わたしは頃合いを見計らって、ハロちゃんに今朝のことをちゃんと謝ろうと考えていた。
 謝るって言っても、わたしはあいかわらずアモルちゃんには怖がられたままだ。
 だから食堂で皆で食事をする時とかはどうしても話しかけることができなくて――わたしがちょっといつもと違う仕草するだけでアモルちゃんがビクッてして食器を落としたりしちゃうから――、その後の、アモルちゃんがハロちゃんのそばを離れるタイミングで謝ろうと思っていた。

 アモルちゃんはこの前の嵐のせいで荒れちゃった花壇の管理をハロちゃんにお願いされたみたいで、食事の後は「お花さんにも、お食事上げなきゃ……」って、水やりのために一度ハロちゃんのそばを離れる。
 そこが狙い目だ。そのタイミングなら、アモルちゃんを怯えさせずに落ちついてハロちゃんと話ができる。

 ……そう、思っていたんだけど。

 食器を洗っていたハロちゃんに謝ろうと台所に入った時、そこにはハロちゃん以外にフィリアちゃんもいた。
 少し考えれば当たり前のことだった。ここの食事は全部、ハロちゃんとフィリアちゃんが交代や協力をしながら作ってくれているものだ。
 こういう後片付けを二人が一緒にやっている光景には少しも違和感なんてなくて……二人の距離は誰よりも近いものなんだって、一目でわかるようだった。

 するとハロちゃんが台所の入り口で立ち尽くすわたしに気がついて、今朝のように話しかけようとしてきてくれた。
 だけどわたしはまた、今朝と同じようにそんなハロちゃんに背を向けて、逃げ出してしまって……。

 ……はぁ……。

「……(……なにやってるんだろ、わたし……)」

 自分で自分がよくわからない。なにがしたいのか、どうしたら満足なのか。
 思えば、ここ数日ずっとそうだ。なんだか気持ちがモヤモヤとしていて、ふとした拍子にぼーっとしてしまう。

 こうしてのどかな空気の中、綺麗な青空でも見上げていれば心が落ちつくと思ってた。
 だけどむしろこんな清々しい天気の下で卑屈に悩んでいる自分が一層惨めに思えて、果てしない青空を見上げていた視線が段々と下を向く。

 ……もしこのまま屋根の上でゴロンって寝そべってお昼寝でもしたら、また昔みたいに幸せな夢が見れるのかな。
 わたしのことを理解してくれる大親友と、一緒に遊んだりお買い物したり……ううん、違うか。
 もうそれは夢なんかじゃなくなったんだから。

 じゃあ今のわたしにとっての幸せな夢って、どんななんだろう?
 夢見ていたことが全部叶ってるはずなのに、こんなに胸の中がモヤモヤしてるってことは、今のわたしにはそれ以上にほしいと思えるなにかができちゃってるってことなんだと思う。
 それがなんなのか……自分のことなのに、わたしにはよくわからない。
 このまま昔みたいにお日さまに当たりながらお昼寝してみれば、わかるのかなぁ……。

「……あ……(……あ……ハロちゃんと、フィリアちゃん……)」

 庭の方から小さな爆発音がして、そちらを覗き込むように屋根の上から顔を出すと、中庭でフィリアちゃんが魔法の特訓をしていた。
 フィリアちゃんの魔法の師匠に当たるハロちゃんも当然一緒にいて、ハロちゃんがなにかを言うたびに、フィリアちゃんが元気に首肯している。

 以前までは、二人とも仲が良いなぁ、くらいにしか思わなかったけど……。
 ハロちゃんとフィリアちゃんって、恋人同士、なんだよね?
 キス……してたし。

 そう思って見てみると、二人の間に二人だけの空気みたいなのが流れてるように思えてくる。
 ハロちゃんがフィリアちゃんに向けている笑顔が、フィリアちゃんだけに見せる特別なもののように見えてきて……。

 気づけばわたしは屋根の陰に隠れるようにして、ハロちゃんとフィリアちゃんから見えない位置に移動していた。

 少しするとまた小さな爆発音がこっちまで聞こえてきて、それが連続するようになる。
 フィリアちゃんが本格的に魔法の訓練を始めたみたいだった。

 ……フィリアちゃんは、本当にすごいなぁ。
 ハロちゃんに近づくために、毎日毎日あんな風に何時間も頑張って……。
 そりゃあハロちゃんも、あんな一途に自分を思ってくれる人のこと、好きになっちゃうよね。

 誰よりも優しくて、強くて、綺麗なハロちゃんと、そんなハロちゃんに負けないくらい優しくて明るくて努力家のフィリアちゃん。
 二人が幸せになる未来に疑う余地なんてない。
 だからわたしも二人のお友達として、二人の関係を祝福するべきなんだって思う。

 ……なのに、そんな未来を想像してしまうと、わたしの胸は張り裂けそうなくらいズキズキと痛んだ。
 わたしを救ってくれた大事な大親友が幸せになることは、わたしにとってなにより嬉しいことのはずなのに、どうしようもなく痛くなって泣きそうになる。

 ハロちゃんがフィリアちゃんに見せる表情や仕草、かける言葉が、羨ましくてしょうがない。

「……(わたし、ハロちゃんはわたしだけのものなんだって……わたし以外の人がハロちゃんと仲良くするのが気に食わない、嫌な子になっちゃったのかな……)」

 ハロちゃんが自分の幸せを見つけることができたなら、ハロちゃんから幸せをもらったわたしこそが誰よりも祝福してあげるべきなのに。
 ハロちゃんだけじゃなくて、フィリアちゃんだって、わたしなんかとお友達になってくれた大切な人の一人なのに……。

 ……祝福できない。喜べない。二人の幸せを。
 それどころか、モヤモヤとした薄黒い気持ちまで湧き上がってきて……。

 ずっと気づかないふりをしてきたけど……もう無理だよ。
 どうやらわたしはわたしが気がつかないうちに、ハロちゃんの隣にいることもはばかられるくらいの嫌な子になっちゃってたらしい。

 ハロちゃん……ハロちゃんー……あぅぅ……。

「……ハロ……ちゃ、ん……(わたし、どうすればいいの……? 教えて、ハロちゃん……)」

 ジワリって涙が滲んで、膝を抱えてうずくまった。
 ハロちゃんと初めて会ったあの日みたいに……わたしを抱きしめて、なぐさめてほしかった。

 でも、もしかしてこんなだからダメなのかな……。
 いつだってハロちゃんに甘えて、頼ってばっかりで……一人じゃこうやって、うじうじ悩むことしかできないから。
 だからハロちゃんは、わたしを見てくれないのかなぁ……。

 ……普通の女の子みたいに生きてみたかった。
 普通の女の子みたいに、お友達とご飯を食べたり、お買い物したり。
 恋を、してみたり。

 故郷にいた頃、たまにぼんやりと想像することがあった。
 わたしなんかを愛してくれるような誰か男の人と恋人になって、結婚して、幸せな家庭を築く。
 わたしは剣なんて物騒なものは持たないで、なんてことない穏やかな日常を、その人といつまでも続けていく。

 でも今はどうしてか、そんな未来にあまり魅力を感じなかった。

 代わりに、想像してみる。
 もしあの時、ハロちゃんとキスをしていたのがわたしで……ハロちゃんと付き合ってるのも、わたしだったら。

 かぁー、って一気に顔が熱くなるのがわかった。
 昔してたみたいな、顔も想像できない男の人と恋仲になる、漠然とした現実味のない妄想とは違う。
 ずっと具体的に、ハロちゃんの顔や背格好がわたしの頭の中に浮かぶ。

 いつもならここで、恥ずかしくて妄想をやめてた。
 だってこんなの絶対におかしい。
 わたしとハロちゃんは女同士なんだから。
 ただのお友達……なんだから。

 でも……でも今だけは、頑張ってその先も想像してみた。

 ハロちゃんとキスをして、抱きしめ合って……ふ、服を脱がして……え、えっちなことをして……。
 え、えっちなこと? あれ? 女の人同士でえっちなことって、どうやるんだろ?
 よ、よくわかんないけど……ハロちゃんはエルフなだけあって耳が長いし、耳を舐めてあげたらいいのかな?

 ド、ドキドキが止まらない。
 わたしが耳を舐めると、ハロちゃんが今まで見たこともないくらい、声を上げて乱れて……。

 妄想の中のわたしが、ハロちゃんの下着に手をかける。
 顔を真っ赤にしたハロちゃんが、とろけた眼でわたしを見つめていて。
 そんないつにも増して可愛らしいハロちゃんに、わたしは――。

「……シィナ?」
「……え? ひゃっ……!? ハ、ハロ、ちゃ……!(……え? ふひゃわぁっ!? ハ、ハハハハロちゃん!?)」

 えっ、なんで!? なんでハロちゃんここに!? なんで!?

 いるはずがない想い人の声が聞こえた気がして思わず顔を上げると、本当に彼女がわたしのすぐ横に立っていた。
 いつも鉄面皮で感情を表に出すことが少ないわたしも、この時ばかりは目を見開いて驚いてしまう。

「あ……ごめんねシィナ。驚かせちゃったかな」
「……だ、だいじょ……ぶ……(そ、それくらい大丈夫だけど……)」

 ……ほ、ほんとにハロちゃんなの? 幻覚じゃなくて?
 だってここ屋根の上だよっ? わたしはともかく、なんでハロちゃんこんなところに……。
 っていうかさっきまで、フィリアちゃんと庭にいたはずじゃ……?

 無数の疑問が頭の中でこんがらがって、どうにも思考がうまく働かない。
 そしてそんな混乱の最中、ある一つの懸念がわたしの脳裏をよぎる。

 み、見られてない……よね? わたしの恥ずかしい妄想、ハロちゃんに見られちゃってないよね……!?
 普通の人なら他人の頭の中なんて見えるわけないけど、ハロちゃん魔法使いだし! もしかしたらそういう魔法があるかもしれないし……!

 そんな可能性がほとんどないことなんてわかってたけど、妄想してた内容が内容だっただけに、過敏なくらい気になってしまう。

 ……い、一応確認してみる……?

「ハロ、ちゃん…………わた、しが……見えてた、の……?(ハロちゃん。その……も、もしかしてなんだけど、わたしが妄想してた中身……み、見えてたの……?)」
「ああ……そうだね。ごめんねシィナ、見えてた」
「!?(!?)」

 見えてたの! え、ほんとに!?
 じ、じゃあわたしが頭の中で、ハロちゃんにあんなことやこんなことしてたのも……そ、それでわたしがドキドキしちゃってたのも、全部……あ、あぁ……。

 ち、違うのハロちゃん! わたしそういうつもりじゃなくて!
 気の迷いっていうか……こ、好奇心が暴走しちゃっただけで……ほ、本当にそういうしたいって思ってたわけじゃ……!

「フィリアに新しい魔法の制御を教えてたんだけど……屋根の上にいたシィナがチラッと見えてね。ちょっと魔法で飛んできたんだ」
「……そう……(え……そうなんだ。あ、見えてたってそういう……)」

 あぅ、早とちりしちゃったよ……恥ずかしい……。
 単にハロちゃんたちを覗いてたところを見られちゃってただけだったらしい。

 そもそも冷静に考えて、本当に頭の中を覗く魔法があるとして、ハロちゃんがその人の許可なく使うはずないじゃん……。

 外面はあいかわらずの鉄面皮だけれど、心の中では顔を真っ赤にしてしまっているような、気恥ずかしい気分だった。
 そんなわたしに向かって、ハロちゃんはズイッ! って唐突に顔を近づけてくる。

「っ……どう……したの……?(にゃにゃにゃにゃにゃに!? にゃんなの!? どうしたのハロちゃん!? 顔が近いよ!?)」
「……やっぱりシィナ、最近少し元気がないね」
「え……(え……?)」
「最近ずっと尻尾がしおれてるし……今もちょっと眉尻が下がってる。顔色は悪くないみたいだけど……」
「……(あ……)」

 ハロちゃん……もしかしてわたしのこと心配してここまで来てくれてたの……?
 ……ちゃんとわたしのこと、見ててくれたんだ……。

 胸がポカポカって温かい気分になる。
 衝動のまま、以前みたいにハロちゃんにすりすりってしたくなって……。

 でもその瞬間、ハロちゃんとフィリアちゃんがキスをしていた光景が、また頭をよぎった。

「っ……(っ……)」
「シ、シィナっ?」

 ……あ、あれ……? わたし、なにを……。

 気がついたら、わたしは目の前にいたハロちゃんを軽く突き飛ばしていた。
 どうしてそんなことをしちゃったのか、自分で自分がわからない。

 ハロちゃんは、わたしのこと心配してくれただけだったのに……。
 こんな風に鬱陶しげに拒んだりなんてしたら、ハロちゃんに嫌われてしまうかもしれない。
 そう思うと、自分で彼女のことを突き飛ばしたはずなのに、急に怖くなってくる。

 顔が青ざめて、胃がキリキリって痛くなって、口の中が急激に乾く。

「ち、ちがう……わたし、こんな、こと……したい、わけじゃ……(ご、ごめんなさいハロちゃん。違うの……わたし、こんなことしたいわけじゃなかったの……)」
「シィナ……」

 ハロちゃんは純粋にわたしのことを心配してくれただけだったのに……なにやってるの? わたし……。

 わたしを見るハロちゃんの目は、あいかわらず心配の色で満ちている。嫌悪なんて欠片もなかった。
 それに心の底からほっとして……でも同時に、思ってしまう。

 もしフィリアちゃんが同じことをハロちゃんにしちゃってたとしても、きっとハロちゃんは同じ反応をしたんだろうな、って。
 同じように許して、心配して……。

 わたしはハロちゃんの特別なんかじゃない。
 そんなの当たり前のことなのに、それを思っただけで、言い表しようのないモヤモヤした感情で胸の内が満たされる。

 うぅ、なんなの……? なんでこんな気持ちになるの? どうして素直に喜べないの?
 こんなんじゃわたし、またハロちゃんを傷つけちゃう……。
 それももしかしたら、さっき突き飛ばしちゃった時よりも、もっと取り返しがつかないことを……。

 ……そんなことになっちゃうくらいなら、いっそのこと、わたしなんか……。

「……ごめんね、シィナ」

 どうしてか、なんにも悪いことなんかしていないはずなのに、ハロちゃんはわたしに頭を下げる。

「私シィナのこと、少し蔑ろにしちゃってたみたいだ」
「え……?(え……蔑ろ……?)」
「こんなに辛そうなシィナに今まで気づけなかったなんて……最近シィナのことが少しわかってきたつもりだったけど、まだまだだったみたいだ。ごめんね」
「そ、そんな……こと……(そ、そんなことないよ! それにそんなの、ハロちゃんが気にするようなことじゃ……!)」
「シィナが気にしなくても、私は気にしちゃうんだよ。シィナは私の大事な友達で、今は家族でもあるから」

 突き飛ばしたはずのわたしの手を取って、ハロちゃんが申しわけなさそうに微笑む。
 謝らなきゃいけないのはわたしの方のはずなのに、彼女はまるで自分が悪いみたいに自虐する。

 それがどうしても納得がいかなくて、わたしはハロちゃんの手をぎゅって握り返した。

「ち、ちがう……わるい、のは……わたし……なの。ハロ、ちゃんは…………わるく、ない……(違うのハロちゃん……悪いのはわたしなの。わたしが全部悪いの……勝手にハロちゃんのこと避けて、突き飛ばして……ハロちゃんはなんにも悪くないの)」
「……そっか。うん。やっぱりシィナは優しいね」
「やさしく……なんか……(優しくなんかないよぉ、わたしなんか……)」

 ハロちゃんとフィリアちゃんが結ばれることを祝福できない。大事なお友達が幸せになることを、喜べない。
 それなのに自分が優しいだなんて自惚れられるほど、わたしは図太い神経の持ち主じゃない。

「優しいよ、シィナは」

 ハロちゃんはわたしが握り返した手を両手で包み込むようにした後、少し言いにくいことを言うみたいに、おずおずと口を開いた。

「……その……正直言うとね。シィナと会ったばかりの頃、わたしはちょっとシィナが怖かった。もしかしたらわたしもいつか魔物たちみたいに乱暴されちゃうんじゃないかって……」
「え…………(え……そう、だったの……?)」

 気まずそうに視線をそらす彼女の仕草に、嘘の雰囲気は感じられない。
 きっと本当に、わたしのことが怖かったんだろう。

 一緒にご飯を食べてる時も、歩いてる時も、何気なく話してる時も……。

「…………(……あはは……そう、だよね。やっぱり、怖いよね……皆そうだったもん。わたしのこと、怖がって、避けて……ハロちゃんも、同じだったんだ……)」

 ハロちゃんとは心が通じ合えてるんだって信じてた。
 ハロちゃんだけは、わたしのことを心から理解してくれてるんだって。

 だけどそのハロちゃんからそれは違うんだと正面から告げられて、わたしは、ハロちゃんに裏切られたような気分になってしまった。
 ハロちゃんは確かにわたしのことを受け入れて、抱きしめてくれたけど……わたしのことが怖くないって言ってくれたわけじゃなかったのに。
 わたしの方こそハロちゃんに甘えてばっかりで、自分で自分の気持ちを話したことなんて一度もなかったくせに。

 それなのにハロちゃんならわたしのことをわかってくれるって勝手に思い込んで、そうじゃなかったら全部ハロちゃんのせいにして……。
 やっぱり、わたしが優しいなんてありえない。

 思えばわたしはいつだって自分勝手で、自分のことしか考えてこなかった。
 わたしは今までハロちゃんにはいろんなものを貰った。でも、わたしがハロちゃんにしてあげられたことはなにかって聞かれたら、一つだって思い浮かばない。
 きっとそれが答えだ。わたしは自分が幸せになること以外、なんの関心も持たなかった。
 フィリアちゃんみたいにハロちゃんのためになろうなんて、考えたこともなかったんだ。

「ごめんね、シィナ」

 悪いのは、全部わたし。
 なのにハロちゃんはやっぱりすべて自分が悪いのだと言わんばかりに謝罪の言葉を口にして、顔を伏せる。

「私こそ、シィナが思ってたほど優しい人じゃなかったんだよ。他の人たちと同じように、心の中じゃシィナのことを怖がってた……幻滅、しちゃったかな」
「……げんめつ、なんか…………し、ない……(……幻滅なんか、しないよ)」

 もし心のどこかで、わたしのこと怖がってたとしても……この広い世界で、ハロちゃんだけがわたしの心に寄り添って、抱きしめてくれたんだもん。
 なにがあったって、幻滅なんかするはずない。

「ありがとね、シィナ……ふ、ふふ……はぁー……よかった。実は……ちょっと怖かったんだ。もし本当にシィナに幻滅されたらって思うと……」

 ハロちゃんは、心から安心したという風に息をつく。

「……私はね、シィナ。シィナと一緒に暮らして、シィナの心に触れて……シィナが本当は誰より繊細で優しい子なんだって知った。魔物と戦う時のシィナは、その、まだちょっと怖いけど……普段のシィナを怖がることはもう絶対にないよ」
「……どう、して……やさしい……なんて……(……ねぇ、ハロちゃん。どうしてハロちゃんは、わたしなんかが優しいなんて言い切れるの?)」
「んー……そうだね。シィナが誰かの幸せを願える人だから、かな?」

 ハロちゃんが言うその人物像は、少なくともわたしとはまるで正反対のように思えた。
 だってわたしはさっきも言ったように、今までずっと自分の幸せのことしか考えてこなかったんだから。

「シィナはさ。自分のこと、あまり話さないよね。昔なにがあったかとか、どんな悩みがあるのかとか……今だってそうだ。きっと今のシィナは、一人で苦しんでる」
「……それ、が……やさ、しい……?(なんでそれが、優しいってことになるの……?)」
「……シィナ。少し、想像してみて。昔シィナが経験した辛いこと、苦しいこと……そして、それを私に打ち明けようとする時のこと」
「……(……辛いこと……)」

 ハロちゃんがなにを伝えたいのかわからなかったけれど、言われた通り、想像してみる。
 昔あった辛いこと……。
 ……うん、まあ……大体全部辛いことしかないけど。故郷にいた頃はいつも一人ぼっちだったし……。

 その中でも一番辛いことって言ったら、やっぱりお友達になろうとした子たちにことごとく逃げられちゃったことだ。
 それをハロちゃんに打ち明ける場面を想像して……う、うーん……。

 ……ハロちゃんに気を遣わせちゃうだけだし、わたしならたぶん、言わずに秘密にしちゃうと思うな……。

「――気を遣わせちゃうから言わない、って思わなかったかな?」

 思わずビクッと肩を跳ねさせてしまう。
 そしてハロちゃんはそんなわたしの反応を見て、やっぱり、と顔を綻ばせた。

「ふふ。自覚がないのかもしれないけど、シィナはそういう子なんだよ。辛いことや苦しいことは全部自分で抱え込んで、大好きな人には少しも曇らず笑顔でいてほしい、って。そういう風に、自分が傷ついてでも誰かの幸せを願える子なんだ」
「……わ、わた、しは……そんな……(わ、わたしは別に、そんな大それたことを思ったわけじゃ……)」
「シィナは自己評価が低いからね。大丈夫。シィナはきっとシィナ自身が思ってるより、関わる人のことを大事に思ってるよ」
「…………う、うぅ……(え、えぇっと……ハロちゃんが言うなら、そ、そうなのかな? でも……う、うぅ。こんな真正面から褒められると、なんかちょっと恥ずかしい……)」

 わたしが言い返せずに黙り込むと、ハロちゃんが少し真剣な目をして、わたしの瞳を覗き込んできた。

「でもね……だからこそわたしは、シィナのことが心配なんだ。シィナはあまり自分のことを話してくれないから……今のシィナがどんなことで悩んでるのか、解決できることなのか……私にはわからない」
「……ハロ……ちゃ、ん……(ハロちゃん……)」
「……お願いだ、シィナ。シィナは私が嫌な気持ちになってほしくないから言いたくないって思うだろうけど……できることならどうか、シィナが抱えてる悩みを私に教えてほしい。いつだって私の幸せを守ろうとしてくれるシィナの、力になりたいんだ」

 ハロちゃんは、最初にわたしがハロちゃんを突き飛ばした後に握った手を、ずっと離そうとしない。
 ハロちゃんらしくない強引な振る舞いだって思ってたけど……それが、わたしがなにも言わずに自分だけで全部抱えてどこかに行っちゃうんじゃないかって。自分一人で、ずっと苦しみ続けるつもりなんじゃないかって。
 そう危惧したからこその振る舞いなんだって、今更になって理解する。

 ……本当に、ハロちゃんは……この人は、わたしの幸せを、心から願ってくれてるんだなぁ。
 ハロちゃんが危ぶんだ通り、わたしは自分がいつかハロちゃんを傷つけちゃうくらいなら、この家を出ていった方がいいのではないかと考えていた。
 でも……あはは。こんな風に強く掴まれちゃったら、出ていこうにもいけないや。

 ……いいのかな。わたしなんかが、ハロちゃんのそばにいても。
 いいのかなぁ。わたしの悩みを……わたしの思いを、ハロちゃんに打ち明けても。

「……わたしのこと……きっと、きらいに……なる(わたしのこと、きっと嫌いになるよ)」
「それは絶対にないよ」
「……わたしのこと……きっと、うとましく……なる(わたしのこと、きっと疎ましくなるよ)」
「それも絶対にない」
「…………ハロちゃんの、こと……きっと……ふこうに、しちゃう……(……ハロちゃんのこと、きっと不幸にしちゃうよ……?)」
「このままシィナ一人が不幸になるよりは、ずっといいさ。それに……ふふ」
「……それ、に……?(それに……?)」

 まるでなにかを思い出すみたいに口を噤んだ後、ハロちゃんはくすりと笑みをこぼした。

「私たちは、二人いれば無敵、だからね。どんな困難だって、私たちの前じゃ恐るるに足らないよ」
「あ…………(あ……)」

 それは、アモルちゃんがこの家にやってくる少し前、緊急依頼の収集があった日にわたしが言ったことと同じだった。

 ずっと、思ってた。ずっとずっと心のどこかに引っかかってた。
 もしかしたらハロちゃんがかけてくれる言葉は全部、フィリアちゃんにも向けられたものなんじゃないかって。
 もしフィリアちゃんがわたしと同じ立場になったなら、ハロちゃんはわたしに言ってくれたことと同じことを、彼女にも言うんじゃないか、って。

 でも……でも、これだけは違う。これだけは絶対に違うんだ。
 二人いれば無敵。
 それだけは間違いなくわたしとハロちゃんだけの、二人だけの言葉なんだ。

「…………ハロ、ちゃん……(……ハロちゃん……)」

 あぁ――――もうダメだ。
 女の子同士だからって。お友達だからって。いつだって自分に言い訳して、無意識のうちに自分の本当の気持ちから目を背け続けてきた。
 でも……もう誤魔化しきれないや。
 こんなに寄り添われて、優しくされちゃったら、誰だって自分の気持ちに気づいちゃうよ。

「え――」

 これは、きっと夢だ。いつも日向ぼっこをすると見ていた、幸せな夢。
 わたしはきっといつの間にか自分でも気がつかないうちにお日さまの誘惑に負けてお昼寝してしまっていて、幸せな夢を見ている。
 全部全部、夢なんだ。わたしも、ハロちゃんも、この心も感触も。
 夢だったら……全部、わたしの好きにしてもいい、よね?

 自分に言い聞かせるようにしながら、わたしはハロちゃんに握られている方の手をそのまま引き寄せて、その勢いを利用して彼女を屋根の上に優しく押し倒した。
 さらにハロちゃんが起き上がろうとするより早く彼女の上に乗っかって、繋いでいる手とは逆のハロちゃんの手の手首を掴んで、屋根の上に押しつける。

 エルフのハロちゃんより獣人のわたしの方が、ずっと力は強い。
 だからこうして力で押さえつけられたら、ハロちゃんはもう、なにも抵抗できない。
 ハロちゃんなら、この状態からでも魔法を使えるのかもしれないけど……きっとハロちゃんは、わたしを傷つけるような魔法は絶対に使わないから。

「シ、シィナ……? なにを……?」

 ハロちゃんが戸惑ってるのがありありとわかる。
 やめるべきだって、わかってた。それだけは絶対にダメだって、しちゃいけないことだってわかってた。

 だけどハロちゃんはわたしのこと、嫌いにならないって言ってくれたから。
 疎ましく思わないって言ってくれたから。
 ……一緒に不幸になってくれるって、言ってくれたから。

 そんなこと言われちゃったら……もう、歯止めなんか効かないよ。
 我慢なんて、できっこない。

 動けずにいるハロちゃんの顔に、少しずつ私の顔を近づけていく。
 ハロちゃんは最初こそ呆然とわたしを見上げていたけれど、徐々にその目を見開かせていった。

「……え、まさ……っ!? シ、シィナ、待っ――――んむ……!?」

 わたしがしようとしていることを察したのか、なにか言おうとしたハロちゃんの口を、わたしの口で塞ぐ。

 ――やっちゃった。
 取り返しのつかないことをしでかした後悔が、わたしの胸を襲う。でも、ここまで来たら引き返せない。
 もしこれでわたしとハロちゃんの関係のすべてが終わってしまうとしても……この感触の記憶だけはこの先絶対に忘れないようにと、強く自分の唇を押しつける。

 ハロちゃんがさっきよりも大きく目を見開いて、わたしの拘束から逃れようと、腕に力を入れる。
 でもハロちゃん程度の腕力じゃ、ハロちゃんを押さえつけてるわたしの腕はピクリとも動かない。
 わたしに押し倒された時点で、ハロちゃんはもう、わたしのされるがままなのだ。

 欲を言うなら、ファーストキスはこんな無理矢理な感じじゃなくて、もっとロマンチックな感じがよかったなぁ。
 自分からしたくせに、白々しくそんなことを思いながら、わたしは瞼を閉じてハロちゃんのキスの感触に集中する。

 ハロちゃんの唇、桜色でもちもちしてて、触ったら柔らかそうだなって思ってたけど……本当に柔らかくておいしいや。
 ハロちゃんは、せめて唇を閉じることで半端な感じにキスを終わらせようとしてたみたいだけど、わたしが舌先で少しくすぐるように唇の間をなぞると、すぐに音を上げて隙間が開いた。
 それがまた閉じられるより早く、わたしの舌を彼女の中にねじ込む。

「ん、ちゅ……ぁ……シ……んんっ……!」

 逃げようとしたハロちゃんの舌をわたしの舌で追いかけて、捕まえて、お互いの唾液を混ぜ合わせる。
 それだけじゃなくて歯や歯茎も舐めて、とにかくハロちゃんの中にわたしの体液を注いでいく。
 舌が触れ合う感触はまるで脳が溶けるみたいに気持ちよくて、体の芯から熱と快楽が湧き上がってくるようだった。
 ハロちゃんも同じ快感を覚えているのか、次第に抵抗の力が弱くなっていく。
 それどころかいつの間にやらわたしのキスを求めるようにして、彼女はわたしと舌を絡ませてくれた。

 少し瞼を開けてハロちゃんを見てみると、彼女は今まで見たこともない恍惚とした表情をしていた。
 羞恥の感情で赤くしただけとは明らかに違う、火照った顔。快楽に負け、溺れているかのような、とろんとした眼。
 あまりにもえっちすぎるハロちゃんの顔に、なんだか胸がキュンとする。少し癖になりそうな感覚だった。

「ふ……ふ、ふ……はむっ……ハロ……ちゃ、ん……(ふ……ふ、ふ……はむっ……ハロ……ちゃ、ん……)」

 わたしは今、いけないことをしてる。
 女の子と、しかも付き合ってる人がいる子と……。
 その付き合ってる相手の声が聞こえてくるくらいの近い距離で、屋根の陰に隠れて、キスをしている。
 それも、ただのキスじゃない。押し倒して、強引に唇を奪った、貪るようなキス。

 二人とも、わたしの大切なお友達のはずなのに……わたしはその二人を裏切るような行為をしてしまっている。
 罪悪感がチクチクと心を刺す。でもその罪の意識さえ、今は興奮を助長する背徳感のようにも感じられて――。

 この子を、ハロちゃんを、わたしのものにしたい。
 そんな欲望の赴くまま、わたしは一分以上にもわたり、ハロちゃんの唇を蹂躙していた。

「……ぷは……(ぷはぁ……)」

 ハロちゃんの反応が乏しくなってきたので唇を離すと、混ぜすぎたお互いの唾液が糸を引いて、ハロちゃんの顎と首の上に垂れた。

 もう唇は離れちゃったけど……わたしの口の中には、まだハロちゃんの唾液が残っている。
 思い切って、口の中に残っていたそれをごくりと飲み込んでみる。

 今、わたしの胃の中にハロちゃんの唾液が入った。
 その事実を認識すると、嬉しさが綯い交ぜになったような気持ちが胸の内に溢れる。
 羞恥心と背徳感が一緒くたになって頭の中で暴れて、まるでそこに心臓があるかのように脳がドクドクと震えた。

「…………あ……(…………あ……ハ、ハロ……ちゃん……?)」

 ふと見下ろすと、ハロちゃんはさっきよりもさらにひどい状態になってしまっていた。
 頬が湿り気を帯びて赤らんでいるのはもちろん、目がちょっと虚ろな感じになってしまっていて……荒く熱い吐息を吐きながら、その光のない瞳でぼーっとわたしを見上げてきている。

 ……ち、ちょっとやりすぎちゃった……かな?

 明らかに正気を消失したハロちゃんを前にすると、徐々に心に冷静さが戻ってくる。
 同時に、自分がしでかしたことの重さが、ずっしりとのしかかってくるようだった。

「……ハ、ハロ……ちゃん……(ハ……ハロちゃん、だ、大丈夫……?)」

 ハロちゃんの上からどいて、ハロちゃんの肩を揺すると、ほんの少しハロちゃんの顔が動く。
 そしてその焦点がわたしに合うと、ハッとしたように彼女の瞳に光が戻って、ガバッと勢いよく起き上がってきた。

「――シ……シ、シシ、シィナっ……!? さ、さっき、のはっ……!」

 起き上がってすぐに、彼女は自分の唇をガードするみたいに素早く袖で口元を隠す。

「……キ、キス……?(キ、キス……?)」
「そ、それはわかってる! そうじゃなくて、なんでっ……?」

 ハロちゃんはだいぶ混乱してるみたいだった。

 まぁ、そうだよね……あんな強引に唇奪っちゃったんだもん。
 あんなことしちゃった以上、わたしにはちゃんと自分の気持ちをハロちゃんに話す義務がある。

 ……もしそれで、ハロちゃんに嫌われることになっちゃうかもしれなくても。

「……すき、だから……(ハロちゃんのこと……好きだから)」
「す、好き……? そ、それって……」
「……ずっと……おかしい、って……おもっ、てた…………でも……やっぱり、すき。おんな、のこ……どうし、だけど…………すき、なの。ハロちゃんの、こと……(ずっとおかしいって思ってた……でも、やっぱり好きなの。お、女の子同士だけど……好きなの、ハロちゃんのこと……)」

 できるだけ自分の心をそのままに、ハロちゃんに伝える。

 ……わかってた。こんなのが無理矢理キスする理由になんてならないってことは。
 ハロちゃんにはフィリアちゃんがいる。それがわかってるのに、わたしはハロちゃんの唇を強引に奪ったんだ。
 軽蔑されたって……しょうがない。

「……す、すき……え……す、好き……って……わ、私のこと、が……?」

 わたしの答えにハロちゃんは最初、呆然としていた様子だった。
 だけど少しすると言葉の意味を飲み込んだのか、ボンッ! って茹でダコみたいに耳まで顔を真っ赤に染め上げた。
 気恥ずかしさに耐えられないかのようにわたしから顔を背けて、もじもじと忙しなく無意味に指を動かす。

 ……あれ? なんでハロちゃんこんな反応なんだろ?
 フィリアちゃんと付き合ってるなら、もっとしかめっ面とか、申しわけなさそうな顔すると思ってたのに……。
 今のハロちゃんはただひたすらに照れているようにしか見えない。

 …………もしかして、だけど……。

「……ハロ、ちゃん……フィ、リアちゃんと……つきあって、る……よね?(あの、ハロちゃん。ハロちゃんって、フィリアちゃんと付き合ってるん、だよね?)」
「へ……? い、いや、別にそんな事実はないよ…………告白はされたけど……」

 そんな事実はない。今、ハロちゃんは確かにそう言った。
 その一言に集中しすぎて、最後の小さな声はちょっとよく聞こえなかったけど……。

 あはは……なんだ。そっか。勘違い、だったんだ。
 ずっとそのことで毎日ずっと落ち込んでたことが、なんだかバカみたいに思えてくる。

 確かによくよく思い返したら、フィリアちゃんの頭で隠れてハロちゃんとキスしてるところまでは見れていなかった。
 まあ明らかにキスしてるくらいの距離だったんだけど……してなかったのかな。
 それともキスはしちゃったけど、付き合うまではいってないとか?

 どっちかはわからないけど……でも、うん。
 それなら、わたしがフィリアちゃんに遠慮する必要はない……ってことだよね?
 ハロちゃんが受け入れてくれるなら、わたしがハロちゃんと結ばれてもいいんだよね……?

 ……えへ、えへへ、えへへへへへへへ。

「すき……ハロ、ちゃん……すき……(えへへ。好きー。ハロちゃん好きー)」
「シ、シィナっ? あ、あの、えっと……」

 以前みたいに、わたしがハロちゃんに頬をスリスリってすると、ハロちゃんは面白いくらいに狼狽える。
 ハロちゃんの意思を無視して無理矢理唇を奪っちゃったのに、わたしを嫌ってる様子なんて少しもない。

 ……わたしの気持ちはハロちゃんに伝えたけど、今はまだ、ハロちゃんの気持ちまで無理に聞くつもりはなかった。
 わたしはまだフィリアちゃんと違って、ハロちゃんのためになにもできてない。
 だから、わたしもなにかハロちゃんの力になりたい。ハロちゃんに喜んでもらいたい。
 ハロちゃんにとっての、特別になりたい。

 そうなって、自分に自信を持てるようになって初めて、ハロちゃんの気持ちを正面から聞きたいと思う。
 だから、今は。

「……これが……わたし、の……なやみ……ハロ、ちゃんが……すき……それ、だけ……(これがわたしの悩みなの。ハロちゃんが思ってるほど重いものなんてない。ハロちゃんが好き……それだけのことだったんだよ)」

 今は、前みたいにこうしてスリスリできるだけでじゅうぶんだ。

「え、あ、ぅ……そ、そうか……じ、じゃあもう悩みは……」
「かい、けつ…………ハロ、ちゃんの……おかげ……(解決したよー。えへへ、全部ハロちゃんのおかげ!)」

 ハロちゃんのことは、人生で一番の大親友だって思ってた。
 ううん。今もそれは変わらない。でももう、それだけじゃ終わりたくない。

 ハロちゃんと結ばれたい。ハロちゃんにわたしのことを好きになってもらいたい。
 この先ずっと、死ぬまで一緒にいたい。

 きっとそれが今のわたしの夢で、幸せなんだ。

「わ、私はなにも……ひぁっ」

 耳の近くでスリスリってすると、ハロちゃんは恥ずかしさとくすぐったさが混じり合ったような声を上げる。
 いつものクールさはどこへやらと言った感じに慌てている彼女の姿が、とにかく可愛らしかった。