どうしてこんなことになったんだろうなぁ……。

「ファイアボルトっ! ……ファイア、ボルト!」

 場所、広々とした屋敷の庭。天気、憎たらしいくらいの快晴。
 少し離れた開けた場所で魔法の練習をしているフィリアをぼうっと眺めながら、私はガーデンベンチで黄昏れていた。

 魔法を放つたびに、その反動でフィリアのお山さまがぽよんぽよんと跳ねていて、実に眼福である。
 眼福ではあるのだが……違うのだ。
 私が望んでいた新しい生活はこうじゃないのだ。

 確かに、フィリアは私をかなり慕ってくれている。
 敬愛の二文字がこれでもかというほど見合う多大なる感謝と尊敬と愛を向けられている自覚はある。
 私だってそんな感情を向けられて悪い気はしない。

 だけど違う! そうじゃないっ!

 元はと言えば、私は可愛い女の子に性な奴隷的なあれこれをしたくて奴隷商に足を運んで、彼女を購入したわけだ。
 しかしこれはなんだろう。
 フィリアを買ってからすでに一週間くらい経つというのに、未だ一八歳未満お断りなことは一切できていない。

 名前を呼べば、私を貫くのは信頼に満ちた純真無垢な瞳。
 頭を撫でてあげれば極上の笑顔を浮かべ、私が作ったご飯は常に残さずおいしそうに平らげる。
 今まさに魔法に打ち込む姿は真剣味に溢れており、もはや二時間以上は同じことの繰り返しだというのに、一切不満を口にすることもなく、集中力が欠けることはない。
 憧れである私の存在に一秒でも早く近づきたいという思いが、見ているだけで強く伝わってくる。

 言えるわけないやん……こんな心が綺麗な子に、実は性奴隷にするために買いましたなんて。

「お師匠さまぁー! 今の、今の見てくれましたかっ? お師匠さまに言われたこと、やっとできましたよぉーっ!」

 ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねながら、フィリアが私の方に駆け寄ってくる。
 暴れ狂う双丘はもはや殺人兵器並の威力を誇っていたが、割と鉄仮面な私の表情筋はそれでも少し緩んでしまう程度で済んだ。

「そうか……よく頑張ったね」
「はいっ!」

 フィリアに命じたことは、ファイアボルトという簡単な火球を放つ魔法を両手で合わせて二つ、それぞれ半円状に撃ち出して五〇メートル先でお互いを衝突させるというものである。

 同じ魔法を二つ繰り出すだけならそう苦はないが、繰り出すだけならの話だ。
 それぞれに自分の魔力を繋いだままにしておくこと。別々の軌道でコントロールすること。五〇メートル先まで自分と魔法との繋がりを途切れさせないこと。そして、遠方で的確に衝突させる距離感と正確性。
 それらの難易度はすべて合わせれば、一流の魔法使いでも相当苦戦するレベル……のはずである。

 つまりなにが言いたいのかというとだな。
 まだ魔法習い始めて一週間も経ってないのに、なんでできてるんだ。

 これまでの状況を振り返って考え事をしたかったから、魔法をよく知らない人から見たら一見できそうだけど、実は相当難しい、どうせできんだろって感じの無理難題を吹っかけたつもりだったのに。

「かなり難しい課題だったはずなんだが、よくできたね。フィリア」

 そんな私の今の心情を一言に込めてみると、フィリアは照れくさそうに頬を掻きながら答えた。

「えへへ……なんて言ったって、お師匠さまがとてつもないって認めてくれた才能ですからっ! これくらいはできて当然です!」

 ああ……うん。
 そういえば君を買う時に言ったね、そんなこと。
 まあそれ、お胸さまへの感想だったんだけど。
 本当に魔法の才能あったんだね。

「次はどんな訓練をすればよろしいですかっ?」
「ん。あー……」

 特になんにも考えてないんだよな。できないって思ってたから。

「……そうだな。訓練はもう今日は終わりでいい」
「もうですか……?」

 もうって言うけど普通の魔法使いの数年分は上達してるからじゅうぶんすぎるんだよ。
 周りに比較対象が私しかいないから自覚はないだろうけども。

「訓練は、だ。日が暮れるまでの残った時間、一緒に買い物に行こうか」
「お、お師匠さまとお買い物……!」
「フィリアの服、まだ私が最初に買っておいたものしかないだろう? サイズが合ってないから、オーダーメイドを頼みに行こう」

 ぱつぱつな服は私からしてみれば目の保養にはなるけれども、時折やはりフィリアは着心地が悪そうにしているところを見かける。
 私に見られていることに気がつくと気丈に振る舞うのだが、いい加減ちゃんとした服を用意してあげなければいけないだろう。

「はい! ありがとうございます、お師匠さま!」
「ああ」





 ところ変わって、街中。

 まだ奴隷意識が抜けないのか、初めは私の一歩後ろを歩こうとしていたフィリアを横に並ばせて、大通りを歩く。
 フィリアは体型が体型なだけに周囲から結構な注目を浴びているのだが、当の本人はまったく気づいておらず、隣を歩く私の方ばかり見ては「えへ、えへへ」と一人笑っている。

「……ちゃんと前を見ないと危ないぞ」

 とか言いつつ、私も視界の端でぽよぽよと跳ねるお山さまばっかり見てたんだけども。

「あ、ご、ごめんなさい」
「責めたわけじゃない。心配しただけだ」
「えへへ。じゃあ、ありがとうございますっ」

 と言うと、私の方をあまり見ない代わりと言わんばかりに、フィリアは半歩分ほど互いの距離を詰めてくる。
 肩が触れ合いそうになるくらいの距離。かすかだが相手の匂いさえ感じられる距離で、フィリアはやはりにこにこと微笑んでいる。

 おかしいな……同じ石鹸使ってるはずなのに、なんでフィリアはこんなに良い匂いがするのか。

「えへへ……その、お師匠さまって……良い匂いします、よね。同じ石鹸使ってるはずなのに、なんだかおかしな感じです」

 フィリアが私の思考とまったく同じことを言っている。
 自分の匂いは自分じゃわからないっていうやつだろう。実は私もフィリアも第三者からしてみれば同じような匂いなのかもしれない。同じ石鹸だし。

「あっ」

 ぐぅー、と。
 不意に聞こえた低音に反応して横を見れば、かぁーっと顔を赤らめながらフィリアがあたふたとした。

「ち、違うんですっ。今のはその、えっと……!」

 要するにフィリアのお腹の音だ。
 二時間もぶっ通し、かつ休憩なしで魔法の訓練をしていたからしかたがない。

「近くに市場がある。寄っていこうか。簡単に食べられるものも売っているから」
「うぅ、ありがとうございます……」

 市場には露店がずらりと並んでいて、実にさまざまなものを売っている。
 肉や野菜などの食材から、古着や骨董品、針や糸やはさみのような小物まで。
 フィリアは目を輝かせてあちこちに目をきょろきょろとさせていた。

 露店の中でも、この場で食べていけそうなものを物色する。

「これ、二本いいか?」
「毎度あり!」

 おいしいと評判の魔物の串焼きが売っていたので二本購入し、片方をフィリアに渡した。

「はい」
「あ。ありがとうございますっ……」

 フィリアはお礼を言うのが、私が串焼きを食べようとするところを、なぜか小難しそうな顔でじっと眺めてくる。

「どうかした?」
「いえ、その……お師匠さまはエルフ、なんですよね? エルフはお肉をあまり食べないって聞いたことがありましたから、お師匠さまは平気なのかなって」
「私は別にそういうこだわりはないよ。でも確かに、あんまり多くは食べられない。胸焼けするというかね……たぶんエルフは元からそういう体になってるんだろう」
「なるほど……」

 フィリアならいくらでも食べられるんだけどね。にゃんにゃん的な意味で。

「フィリアは肉は好きなのかな」

 なんとなく好きそうに見える。なにせ一部分に、いや二部分にお肉がたっぷり詰まっているし。

「えへへ。そうですね……好きと言えば好きなんですけど」
「けど?」
「実は、あんまり食べたことないんです。奴隷になる前も、売られた後も、気軽に食べられる環境じゃなかったですから……だからお師匠さまに買ってもらえて、私本当に嬉しいんです。えへへ、これ、大切に食べさせてもらいますねっ」

 なーんでこの子は肉が好きって答えるだけでこんなに可愛いわけ?
 そして、なぜ私はこの子にこんなにも好かれてしまっているのか……。

 いっそ嫌われているくらいだったら、思い切って本当のことも言えていたかもしれない。
 いやでも、それはそれで複雑だな……。

「はむっ、もぐもぐ……おいひい。ん、んむっ……これ、おいしいですねお師匠さま!」
「そうか。それならよかった」

 ……これから家でのご飯、もうちょっと肉料理増やしてあげよう。