気がついた時、私は寝転がったまま、ベッドの天蓋をぼーっと見上げていた。
 いつから目覚めていたのか、いったいどれくらいの時間こうしていたのか、自分のことであるはずなのにまったくわからない。

 窓からは昨日の嵐が嘘のような鮮やかな日の光が差し込み、チュンチュンと小鳥の声が聞こえてくる。
 本来であれば心地の良い朝の風景なのだろうが、大量に汗をかいたせいか肌も髪もカサカサしていて、気分がいいとはとても言えそうになかった。

 朝……朝か。
 朝食、作らないと……。

 正直このまま動かずに体を休めていたかったのだが、日々の習慣が私の体にムチを入れる。
 のそのそと起き上がって、自分の体を引きずるようにして部屋を出た。

 朝食で思い出したけど、そういえば昨日は夕食を食べていなかった。
 アモルに夜這いされたのは夕食前だったけど……あまりの疲労から、朝になるまで眠りこけてしまっていたようだ。
 あと、私の魔法の効力だな。あの状況じゃ加減もうまくできなかったし、アモルの体液のせいで、その……発情して、精神的に無防備だったから、より強く魔法が作用してしまったんだろう。

 そうなるとフィリアもシィナもアモルもお腹空いてるだろうし……やっぱり朝ご飯はちゃんと作らないとな。
 というかフィリア、私の昨日の朦朧な記憶によれば、なんかベッドの柱に頭を打ちつけて私の部屋で倒れてた気がするんだけど、私がさっき目覚めた時にはどこにも見当たらなかった。
 先に起きたんだろうけど……結局フィリア、昨日あれなにやってたんだろう。
 もうアモルの体液の効果も切れて思考も正常に戻ってるはずなのに、思い返してもあの唐突な行動の意図がまるで理解できない……。
 やっぱりフィリアって痛いの好きなのかな……? なんか前も自傷してた気がするし。

 眠気とだるさの夢のコラボレーションで少しフラフラしながら、なんとか食堂にたどりつく。

「あ……お、お師匠さま……」
「ん……フィリアか。おはよう」
「お、おはようございます……」

 つらつらとフィリアのことを考えていた矢先、本人に出会った。
 当のフィリアは私を見ると少し気まずそうに顔をそらし、頬を赤らめる。
 たぶん昨日のことを思い出してるんだろうけど……そんな反応されるとこっちまで恥ずかしくなってきてしまう。

 顔や耳が少しばかり熱を持ってしまうことを自覚しつつも、咳払いをして、なるべく意識しないように努めた。

「お、お師匠さま。その、お体の方は……?」
「大丈夫だよ。もうなんともない。それよりフィリア、朝食作ってくれたのかい? 悪いね、任せてしまって」

 見たところ、ちょうど作り終わったくらいのようだった。
 最初の頃は牛乳をこぼしたりと失敗が多かったフィリアも、もう一人でも簡単な料理ならできるようになっていた。

「い、いえ! これくらい当然のことです! お気になさらないでください!」

 ブンブンと激しく首を左右に振って謙遜するフィリアの仕草に、くすりと笑みがこぼれる。

 食器棚からコップを取り出して、水を汲んで、ゴクゴクと飲み干した。
 汗をかきすぎてカラカラだった喉が癒やされて、少しだけ活力が戻った気分だ。

「それじゃ、せっかく作ってくれたんだし、冷めないうちに食べちゃおうか。フィリア、シィナを起こすのを任せてもいいかな」
「お師匠さまは……」
「私はアモルを起こしてくるよ。たぶんあの子、昨日のこと気にしてるだろうから……私が行かないと、ね」

 フィリアはなにか言いたそうに口を開いたが、それを飲み込むようにして閉口し、また口を開いた。

「わかりました。シィナちゃんのことは私に任せてください。だからアモルちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
「ああ。じゃあフィリア、またあとで」

 フィリアと別れ、食堂を後にする。
 アモルにどんな言葉をかけてあげたらいいか……そんなことを考えながら歩いていると、気がついた時には目的地についてしまっていた。

 まだかけるべき言葉ははっきりとしていなかったが、いつまでも迷っていてはフィリアが作ってくれたご飯が冷めてしまう。
 意を決して、アモルの部屋の扉をノックした。

 ……返事はない。

「失礼するよ」

 何度か扉越しに声をかけてみても応答がなかったので、そう一声かけてから扉を開ける。

 最悪、あまりのショックと罪悪感からアモルがこの家を出て行ってしまっている可能性も考えていた。
 幸いその心配は杞憂だったようで、ベッドに備えつけられた毛布は、人一人分ほど膨らんでいる。

「アモル」

 扉越しに声をかけた際は返事がなかったので、てっきりまだ寝ているものかと思っていたが、私が名前を呼ぶとビクッと怯えたように毛布の膨らみが動いた。

「……アモル、朝ご飯ができたよ。一緒に行こう。冷める前に食べちゃわないと、もったいないよ」
「……」

 ベッドの近くまで移動して声をかけてみるが、やはり返事はない。
 アモルとはまだ短い付き合いだけれど、彼女が私を慕ってくれていることくらいはわかる。
 だからなんとなく、彼女が責任を感じてくれていることも察せられた。

 本当なら、アモルが心の整理をつけられるまで一人にしておいてあげた方がいいのかもしれないけど……昨夜はアモルも夕食を取っていない。
 朝食くらいは食べてもらわないと、体調を崩してしまう。
 アモルを守ると決めた私としては、それは容認できない。

 なんとかアモルが感じているだろう重責を軽くしてあげられないかと、考えながら言葉を投げかける。

「昨日のことは……気にしなくていいから。アモルは私のためを思ってくれただけなんだ。私のためになりたいって……その気持ちは素直に嬉しいんだよ。だから、そんなに気にしなくても……」
「……」
「……いや、違うか」

 これじゃまるでアモルだけが悪いみたいだ。
 そうじゃないだろう、と私はがしがしと頭を掻いた。

「……ごめん、アモル」
「……え……?」
「私のせいだ。私がちゃんとアモルに人間社会の常識を教えていれば……あの時、私がアモルをきちんと拒めていれば、こんなことにはならなかった」

 いつもみたいに浮かれた思考は捨て去る。
 今くらいは真剣にアモルに向き合うべきだと感じて、深く頭を下げた。

「私が優柔不断なせいで、私はアモルをこんなに傷つけて……取り返しのつかないことをさせてしまった」
「ち……違う! あなたが謝る必要なんてない! あなたはっ、お姉ちゃんはなにも悪くなんかない!」

 これまでずっと黙っていたアモルが、毛布の中から飛び出して、必死の形相で訴える。
 毛布の中に隠れていた彼女の様相が明らかになって、私は少し目を見開いた。
 彼女の瞼の下には一目でわかるほどの深い隈が浮かんでいて、昨日の夜から一睡もしていないことが容易に窺える。
 頬には涙の跡も残っていて、何度も泣き腫らしただろうことは想像にかたくない。

 ……私が思っていた以上に、私は彼女を気に病ませてしまっていたらしい。

「悪いのは……わ、悪いのは……全部わたし、なんだから……」

 徐々に言葉をしぼませながら、彼女は全部自分で背負い込むかのように、顔を伏せた。
 どうにか励ましてあげたかったが、励まそうと思って考えた言葉なんかでは、気を遣ったのだと思われて余計に気負わせてしまうだけのような気がした。

「アモル……」
「……」

 かけてあげられる言葉が思いつかず、口を噤んでしまう。
 アモルもそれ以降黙ったままなものだから、一時の静寂が私と彼女の間を包み込んだ。

「…………捨て、ないで……」

 その重い沈黙を破ったのは、アモルの方だった。

「つ、次は……! 次はちゃんと、お姉ちゃんの役に、立つから……立ってみせるから! 失敗しないっ、悪いことしないっ。お姉ちゃんに、め、迷惑なんて、一つもかけない……!」
「ア、アモル……?」

 私が黙り込んでしまったせいで不安を掻き立てられたのだろう。
 アモルはどこか焦った様子で私に近づいてきて、縋るように……いや。ようにではなく、そのままの意味で彼女は私に縋りつく。
 顔は見るからに真っ青だ。一晩中起きていたせいか、至近距離で見るその眼は充血し、唇は不健康に乾燥していた。

「わたし、お姉ちゃんの言うことなら、なんだって従うから……ぶ、ぶったっていいから……道具みたいに扱ってくれても、いいから……だから……!」

 本当はそんなことされたくないはずなのに、彼女は震える声で続ける。

 ……彼女はかつて役立たずだったから、母に自分の子どもだと思われなくなり、仲間たちも離れていった。
 名前ももらえず、薄暗い地下に監禁された。

 損得――自分の存在が益となるか、害となるか。
 アモルはまだ、それでしか自分の価値を証明する方法を知らないのだろう。

 客観的に見て、アモルが私にとって必要な存在かと言われれば……否だ。
 いくら人間に近しい感性と見た目を持っていようとも、アモルは人類ではなく、あくまで魔物に過ぎない。
 しかも淫魔となると、第一級の危険生物に認定されている。
 第一級の魔物には、たった一匹で村や街を丸ごと壊滅させてしまうほどの危険性があると見なされる。
 そんな彼女を匿うなど、表沙汰になれば私自身も人類の敵だと見なされて忌避されてもおかしくはない。

 それに私自身、《至全の魔術師(シュプリームウィザード)》とまで呼ばれる優秀な魔法使いでもある。
 欲しいものは、望めば大抵自分で手に入れることができる。
 客観的に見た場合、アモルを抱え込むという私の選択には、どう考えても不利益しかない。

 だから彼女は昨日、私に夜這いをかけてきたのだろう。
 きっとアモルは不安だったんだ。私がいつか彼女の母や仲間たちのように、自分を見捨ててしまうんじゃないかと。見限るんじゃないかと。
 やっと手に入れることができた愛情を、彼女は手放したくなかった。
 だからこそ彼女は私に、淫魔である自分がいることには利が、得があると伝えたかった。淫魔として私を気持ちよくすることで、その存在価値を私の中に刻みたかったんだ。
 この先もずっと、私に愛され続けるために。

 ……でも、それが失敗した。
 そればかりか、それが『悪いこと』だと突きつけられてしまった。役に立つどころか、迷惑をかけてしまった。
 だからこんなにも怯えているのだ。
 出来損ないの落ちこぼれ――なんの役にも立てない自分を、私が今すぐにでも見限るのではないか、と。

「お願い……お願いだから。わたしを……捨てないで……お、お願い……おね、がい……お願い、します……」

 私の服の裾をぎゅっと掴んだまま、彼女は懇願するように私に頭を下げた。
 そんな彼女から垣間見える恐怖と絶望に包まれた彼女の心は、ヒビが入ったガラスのようだった。
 脆く、ほんの少しの衝撃で割れてしまう。砕ければ、二度と戻らない。
 震える手。嗚咽混じりの声。何度も何度も、お願いします、お願いしますと繰り返す。

 ……ああ、もう。
 ほんとバカだな、私は。

 アモルのことをかわいそうだと思う以上に、アモルがこんなになるまでなにもしなかった自分に、怒りが湧いてきた。
 ぐっと拳を握りしめて、私はアモルを抱き寄せる。
 強く、いっそ少し苦しく感じるくらいに強く抱きしめて、恐怖で身を震わせるアモルをなぐさめるように背中を撫でる。

 今の私はかなり汗くさいだろうから、もしかしたら不快感を与えてしまっているかもしれないけど……今はちょっとだけ我慢してほしい。

「お姉ちゃん……?」

 なんの返事もせず、ただ抱きしめた私を、アモルは困惑したように見上げてくる。
 そんな彼女に、私はくすりと笑ってみせた。

「そうだよ。お姉ちゃんだ」
「え……?」
「ねえ、アモル。アモルは知らないだろうけどね……実は私、天涯孤独ってやつなんだ」

 この世界に迷い込んだ当初は、私のかつての魔法の師匠が。そして今はフィリアやシィナがいるから、寂しいと感じたことはない。
 前世のこともとっくに区切りはつけている。
 だけど今の私に兄弟や姉妹がいない事実は決して変わりようがない。

「だからね。アモルが私をお姉ちゃんって呼んでくれること……実はすごく嬉しいんだよ。アモルが私を家族のように思ってくれてるってわかって、呼ばれるたびに温かい気持ちになる」
「……わ、わたし、も」
「ん?」
「わたし、も……アモルって、呼ばれるの……嬉し、くて……何度も、呼んでもらいたい、って……」
「ふふ。なら、それと同じだよ。私もそのアモルと同じ気持ちを、ずっと感じてるんだ」

 これから話すことが自分の正直な気持ちだとわかってもらえるように、私はアモルの目をまっすぐに見つめる。
 涙で滲んだ彼女の瞳は、少し不謹慎だけれど、たとえ充血していても光を照り返す鮮やかな宝石のようで、とても綺麗に感じた。

「アモル……アモルにはまだわからないかもしれないけど、私はアモルのこと、本当に大切に感じてるんだ。損得なんか関係ない。ただ笑ってほしい、幸せになってほしい。そんな風にね」
「……」
「……もし、それでもまだ怖いなら……そうだね。アモル。君に一つ、この家での大切な役割を上げようかな」
「役、割……?」

 きっとアモルにはまだ、無償の愛情が理解できない。
 ……正確には、かつて仲間たちに裏切られた経験があるせいで、そんな不確かなものを不用意に信じてしまうのが怖いんだろう。

 役に立てば、褒められる。役に立てなければ、見限られる。
 今までは、ただそれだけがアモルのすべてだった。
 そしてそれは、一朝一夕で変えてしまえるような価値観じゃない。

 だから少しずつでいい。少しずつ、わかってもらえるように私も努めよう。お姉ちゃんとして。

「アモルには、ここの花壇の管理をしてほしいんだ」
「花壇……お花……?」
「そう。フィリアには他のこともいっぱいしてもらってるし、魔法の修行もあるし……私とシィナは冒険者稼業で家を空けることもある。毎日欠かさずそれができるのは、アモルだけなんだ」
「わたし、だけ……」

 その私の言葉は、アモルの今の価値観に沿うものだ。
 きっと今はまだ、こうしてあげないと安心できないだろうから。

 自分にもできることがあると知ったからか、アモルの瞳の奥の恐怖が和らいでいく。

「昨日も嵐だったしね。だいぶ荒れちゃってるだろうし……新しく種も買ってきて、植え直さないと。そうだ、ガーデニングの本も買ってこないとね。アモルは文字は読めるかい?」
「え、絵本くらいなら……」
「んー……それじゃ、簡単な辞書も必要かな」
「い、いいの……? 本って、高級品じゃ……」
「私にとってはそうでもないよ。それに私は、お姉ちゃん、だからね。頑張ろうとしてくれてる妹の手助けをするのは当然だよ」
「……あ……」
「ん?」
「……ありがとう……お姉、ちゃん」

 すでにアモルの震えは完全に消えている。
 彼女はただ、素直な感謝を伝えるように、抱きしめた私の胸の中から私の方を上目遣いで見上げ、はにかむように笑った。
 これならもう大丈夫だろうと確信できる、可愛らしく無邪気な微笑みだった。

 それを見て、ほっと安心すると同時に、不思議と胸が高鳴る。
 心地いいような、恥ずかしいような、言い表しがたいその感覚に翻弄されていると……ふと、アモルが背伸びをして、私の顔を覗き込んできた。

「……お姉ちゃん……? どうしたの? 顔赤い、よ?」
「……へ? あ、赤い?」
「うん。大丈夫……?」

 心配から眉根を寄せるアモルの顔が、ほんの数センチというくらいまで近づいてきて……どういうわけか、心臓の鼓動がさらに激しさを増したのがわかった。

 え……あれ?
 な、なにこれ? どういう……え?
 な、なんで私、こんなドキドキしてるの?

 わ……私まさか、今……アモルに興奮してる、のか?
 フィリアとキスしそうになっちゃった時とか、シィナに密着された時みたいに?

 な、なんで? ロリコンじゃないよ? 私。

 動揺のまま視線を下ろすと、ぷっくりとした桜色の唇に視線が留まった。
 ほんの少し距離を詰めれば、触れてしまえそうなくらい近くにあるそれに、昨夜アモルに唇を奪われた記憶が蘇ってくる。

 自分をお姉ちゃんと呼んでくれる、妹のような存在と淫らなことをしてしまっている背徳感。
 舌が絡むとろけるような感触は、何度味わっても飽きないだろう気持ち良さがあった。
 終いには、私は自分からそれを貪ってしまっていて……。

 それらを思い出すと、さらに不可解なことに、耳が段々と寂しくなってくる。
 まるで体が期待しているみたいに……誰かに……今抱きしめているこの子に触ってほしいという願望が溢れてきて、止まらなくなってくる。

「……お姉ちゃん?」
「んっ……」

 自分で自分がわからずに呆然としていると、ずっと黙っている私に不安が掻き立てられたのか、アモルが身じろぎをした。
 そのせいで服と下着越しに胸が少し擦れて、勝手に声が漏れる。
 アモルの体液の効果はとっくに切れているはずなのに、体が敏感になっていた。

 うぅ、なんだこれ……今の私、絶対おかしい……。
 ……アモルが欲しい……また耳を触ってもらって……それからアモルとまた、キスを……。

「っ……!」

 ハッと正気を取り戻す。
 それからアモルの唇にずっと視線が釘付けになっていたことに今更気がついて、咄嗟に視線をそらした。

 さ、さっきからなにを考えてるんだ私は……!
 冷静になれ! 私はロリコンじゃないんだ!

「お姉ちゃん……大丈夫? わたしの、せいで……まだ、調子悪いの……?」

 私の様子がおかしいからか、アモルの顔が沈痛に歪んでいく。
 ただでさえアモルは一晩中ずっと悩んでくれていたんだ。これ以上、また落ち込ませてしまうことだけはさせてはいけない。
 その思いで、私は慌ててブンブンと首を横に振る。

「ち、違う……! 違うから……これは、アモルのせいじゃない。これはただ、私が……私が変なんだ」
「そう、なの……?」

 そう……そうだ。アモルはなにも悪くない。私が変なんだ。
 こんな小さい子に欲情して……うぅ。おかしい……。
 確かに私は今は同性のフィリアやシィナといちゃいちゃにゃんにゃんしたいと願うような変態だけど、こんな小さい子に欲情するほどのどうしようもない変態ではなかったはずだ。

 やっぱり……昨夜に襲われたことが原因なのか?
 あんな焦らすように耳を触られたせいで、キスをしたせいで……。
 ……体液を飲まされて、きっと一晩中眠りながら、乱れていたせいで……。
 あれ以降私は無意識のうちにアモルのことを、一人の女の子として見てしまっている……?

 フィリアやシィナと同じように……私はアモルとも、いちゃいちゃにゃんにゃんしたいって……思ってる……?

 …………。

「あ、アモル……とりあえずご飯に行こうか。皆、フィリアもシィナも、待ってくれてると思うから……」
「……うん」

 抱きしめていたアモルの体をそっと離して、二人で並んで食堂へ向かう。
 正直私は自分の気持ちにまったく整理がつけられていなかったのだが、いつまでもフィリアを待たせていると、きっと心配させてしまう。

 歩きながら、私はロリコンじゃない、ロリコンじゃないと何度も心の中で言い聞かせていると、不意に誰かに手を握られた気がして、半ば反射的にそちらを向いた。
 アモルが控えめに私と手を繋いで、幸せそうに口元を緩めている。

 お、おお落ちつけ! 落ちつけ私!
 ドキドキするな! こ、興奮するな!

 もし私が、アモルを一人の女の子として見てしまっているのだとしても……み、認めたくないけど、アモルに興奮を覚えてしまっているのだとしても! こんな小さい子に手を出すなんて言語道断だ!
 私は違う! 違うんだ! そこまで落ちぶれてない! 否、落ちぶれない! 絶対に……!

「……ねえ、お姉ちゃん」
「ど、どうしたんだい? アモル……」

 荒れる内心をよそに、全力で笑顔を取り繕って、アモルの方を向く。
 アモルは少し視線をさまよわせて逡巡していた様子だったが、やがて意を決したように私を見上げて、その唇を開いた。

「わたし、お姉ちゃんに出会えて、本当によかった……大好きだよ、お姉ちゃん」
「――――」

 これまで見た中で一番の、満面の笑みだった。
 心も視線も完全に奪われて、まるで頭が沸騰したかのようだった。
 ここで私も大好きだよと返せれば姉として百点満点だとわかっていたというのに、私はただ歓喜と羞恥の狭間で縮こまるばかりで、なにも言い返してあげることができなかった。

 うぅ……なんでこんな気持ちになるんだ。確かに昨日までは平気だったのにぃ……。

 血が繋がってなくても、アモルは私の妹だ。
 妹に欲情して手を出す姉だなんて、そんなやつ、言い訳のしようのない大変態だ。
 そんなこと、これ以上ないくらいわかってるのに……。

 自分の気持ちに翻弄されながら、アモルと一緒に廊下を歩く。
 繋いだ手の温もりが、愛おしくてたまらなかった。