「実は、君を買ったのは……」
「……私を、買ったのは……?」
「魔法を教えるた、め……じゃ――」
…………。
「魔法を教えるためじゃ……ため、じゃ…………ためだけじゃ、ないんだ」
ダメでした!
こんな純粋に頑張ろうとしてる子に「実は魔法とか弟子とかどうでもいいんだよ」とか言えるわけありませんでした!
「そうなんですか……? じゃあ、どうして私を……?」
くっ……肝心なところでヘタレてしまうのは私の悪い癖だ……。
だけど、まだ挽回はきく!
私は今、魔法を教えるためだけじゃないと言った。
だけ、じゃない。
そう! もう一つ理由があることにして、そっちに性奴隷的なあれこれのことを入れればいい!
そうすればこの少女の決意を無駄にすることはなく、そして私の望みも叶う。
ふっ……天才だな。あの咄嗟の中でヘタレながらもこんな発想をしてみせるとは、さすが私。
だてに《至全の魔術師》とかいう恥ずかしい二つ名で呼ばれてない。
とは言え、いきなりそのまま本当のことを告げてしまうと弟子に関しての流れが嘘だと思われかねない。
とりあえずちょっと遠回しに話していくことにする。
「本当はな、私はただ、寂しかったんだ」
「寂しい……ですか?」
「そうだ。一人が寂しかったんだよ」
「一人が……寂しい……」
「失望させてしまうだろうが、私は君が思うほど大したやつじゃないんだ。一人じゃ虚しくて、満たされないから、君を買った……そんな情けないやつなんだ」
自分の体を見下ろしながら、言う。
そうなんだよね……一人だと寂しいんだよね。
確かに、この体は女の子のものだけれども、私は別に自分の体をどうこうしたいわけじゃないんだよ。
なんか違うなぁ、って毎回思うの。いや、なにがとは言わないけど。
「すまない……わかってほしいとは言わない。ただどうか、知ってほしいんだ……」
「…………」
「私が君を買った、もう一つの理由。その真意は、君の――」
君の体を私の気が向いた時に好きにさせてほしいっていう、私のちょっとアレな性癖を満たすため――と、続けようとしたのだが。
それを告げるよりも先に、不意に、私の頭が抱き寄せられる。
下を、自分の体を見下ろしていたから、少女が近づいてきていたことに気づけなかったのだ。
「失望なんて、しません」
「っ……」
こ、これは……!
私は今、座っている状態で、私を抱きしめている少女はイスから立ち上がってここまで来たわけだから、当然私の横に立って私を抱きしめている。
つまるところなにが言いたいかというと……二つの立派な御本山さまの谷間に、ちょうどすっぽりと私の顔が埋まっているということだ。
「わかってほしいとは言わないなんて……下を向いて、そんな悲しいこと言わないでください……」
私のそれとはまるで比較にならない、豊かで温かで柔らかな、そして風呂上がりゆえにわずかにしっとりと湿った感触。
同じ石鹸を使っているはずなのに、立ちのぼる匂いはとろけてしまうような甘いもので、衝動のままに吸い付きたくなる。
「わかります。私もずっと、一人でしたから……寂しくて、虚しくて、辛くて……でも、頑張ることしか知らなくて。私には、それしかできなくて……誰かに、認めてもらいたくて」
この柔らかさや香りは時にマシュマロに例えられるが、そんな程度のものではない。
まさしくここは――天国。
もう一生このままでもいい。
むしろ、ここで死んだっていい。
そう本気で思わせるほどの、言葉では表現し切れない、溢れ出んばかりの至福の世界。
そうか……。
ここが……エデンなのか。
悪くないな…………というか最高だ……。
「私がいます。これからなにがあっても、私が必ずあなたのそばにいます。私がもう、絶対にあなたに寂しい思いなんてさせません。奴隷の分際で、厚かましいって思われるかもしれません……でも……」
両頬に手を添えられて、顔を上の方に向かされる。
私と少女の視線がまっすぐ合うように。
――――。
「どうか、私を頼ってください。だって私は、あなたのために……ここにいるんですから」
顔を持ち上げられる際、顔のあちこちに少女の胸の感触が感じられていた。
あまりに心地よすぎて一瞬ショートしてしまっていた、その思考。
しかし、その感触を一拍遅れでようやく現実として認識し、知らず知らずのうちに口元が緩む。
そして。
「……ありがとう……」
そのあまりの至福に、堪え切れず。
私を包み込んだ至高の温もりに対し、心の底からの感謝を私は口にした。
「はいっ!」
すると少女もまた、本当に嬉しそうな笑顔で、そう答えて……。
答え、て……。
…………ん?
あれ……。
ちょっと待って。
今、なんの話してたんだっけ?
まずい。お胸さまに夢中で全然話を聞いてなかった。
なにがどうなってこんな風に抱きしめられてるんだったっけ……?
いや、待て。大丈夫。思い出せるはず。
ほんの数秒、数十秒前の出来事だ。頭の片隅くらいにはまだ残ってる。
うぅーん、えぇっと……確か……私が一人でするのは寂しいって言って、それから……。
必死に頭を振り絞って、さきほどのことを少しずつ思い返していく。
やがてすべてを思い出した私は、だらだらと全身に冷や汗を流した。
…………あれ? これやばくない?
勘違いを訂正できる領域を越えちゃってない?
なんか、私が孤独に生きるのが辛いからこの子を買った、みたいな話になっちゃってなかった?
違うよ? 寂しいってあれ、天涯孤独だとか一人暮らしだとかそういうことについて言ってたんじゃないよ?
しかもこの子、ものすごい健気に私のこと励ましてくれてましたよね?
めっちゃいい子じゃん。
なのに私、ここからさらに話を掘り返して、「実は……」って本当のこと語らないといけないの……?
え。待って……それはさすがに……。
こんな一途に私の孤独をなぐさめようとしてくれた子に、「本当は体目当てでした」とか。
鬼畜どころじゃなくない……?
「あっ、ご、ごめんなさいっ! わ、私、お師匠さまにこんな失礼なことを……!」
抱擁を解いた少女が、恥ずかしさで顔を赤らめながら、慌ただしく後ずさった。
至福の感触が失われたせいで一瞬私の心を絶望が襲うが、どうにか持ち直す。
「…………」
「…………」
お互いに無言。見つめ合ったまま、気まずい沈黙が流れる。
とは言え、その気まずさの原因はそれぞれ内心まったくの別物だろうが。
「ご、ご飯、冷めちゃわないうちに食べないとですねっ? せっかくお師匠さまが作ってくださったご飯なんですから、ちゃんと全部食べちゃわないともったいないですっ!」
「そ、そうか」
席に戻った少女が、食べかけだった自分の食事に手をつける。
そんな少女を見つめ、ここからどうやって本当のことを告げたらいいか必死に全速力で思考を回していると、ふっと、こちらを盗み見るようにしていた少女と目が合う。
すると少女は慌てて目をそらすのだが、その後ちらちらとまたこちらを見始めて、可愛らしく小さくはにかむのである。
「その、だな…………実はまだ一つ、君に言っておかないといけないことがあるんだ……」
「はい! なんでしょうかっ?」
私に声をかけられた少女は、少し驚き、緊張した様子ながらも、嬉々として返事をする。
きらきらと光輝を放つ瞳には、もう奴隷商で初めに見かけた時のような暗く冷たい感情は一切窺えない。
そのすべてが私への信頼と親愛に満ちていて、私と話しているというただそれだけの事実に、彼女は深い幸せを覚えてくれているようだった。
…………ふぅー。
うん。そうだな。
うん……。
「………………私の名前はハロ。君の名前を教えてくれ」
「フィリアですっ!」
「そうか。フィリア、これからよろしくね」
「はいっ!」
うん。
諦めよう……。
「……私を、買ったのは……?」
「魔法を教えるた、め……じゃ――」
…………。
「魔法を教えるためじゃ……ため、じゃ…………ためだけじゃ、ないんだ」
ダメでした!
こんな純粋に頑張ろうとしてる子に「実は魔法とか弟子とかどうでもいいんだよ」とか言えるわけありませんでした!
「そうなんですか……? じゃあ、どうして私を……?」
くっ……肝心なところでヘタレてしまうのは私の悪い癖だ……。
だけど、まだ挽回はきく!
私は今、魔法を教えるためだけじゃないと言った。
だけ、じゃない。
そう! もう一つ理由があることにして、そっちに性奴隷的なあれこれのことを入れればいい!
そうすればこの少女の決意を無駄にすることはなく、そして私の望みも叶う。
ふっ……天才だな。あの咄嗟の中でヘタレながらもこんな発想をしてみせるとは、さすが私。
だてに《至全の魔術師》とかいう恥ずかしい二つ名で呼ばれてない。
とは言え、いきなりそのまま本当のことを告げてしまうと弟子に関しての流れが嘘だと思われかねない。
とりあえずちょっと遠回しに話していくことにする。
「本当はな、私はただ、寂しかったんだ」
「寂しい……ですか?」
「そうだ。一人が寂しかったんだよ」
「一人が……寂しい……」
「失望させてしまうだろうが、私は君が思うほど大したやつじゃないんだ。一人じゃ虚しくて、満たされないから、君を買った……そんな情けないやつなんだ」
自分の体を見下ろしながら、言う。
そうなんだよね……一人だと寂しいんだよね。
確かに、この体は女の子のものだけれども、私は別に自分の体をどうこうしたいわけじゃないんだよ。
なんか違うなぁ、って毎回思うの。いや、なにがとは言わないけど。
「すまない……わかってほしいとは言わない。ただどうか、知ってほしいんだ……」
「…………」
「私が君を買った、もう一つの理由。その真意は、君の――」
君の体を私の気が向いた時に好きにさせてほしいっていう、私のちょっとアレな性癖を満たすため――と、続けようとしたのだが。
それを告げるよりも先に、不意に、私の頭が抱き寄せられる。
下を、自分の体を見下ろしていたから、少女が近づいてきていたことに気づけなかったのだ。
「失望なんて、しません」
「っ……」
こ、これは……!
私は今、座っている状態で、私を抱きしめている少女はイスから立ち上がってここまで来たわけだから、当然私の横に立って私を抱きしめている。
つまるところなにが言いたいかというと……二つの立派な御本山さまの谷間に、ちょうどすっぽりと私の顔が埋まっているということだ。
「わかってほしいとは言わないなんて……下を向いて、そんな悲しいこと言わないでください……」
私のそれとはまるで比較にならない、豊かで温かで柔らかな、そして風呂上がりゆえにわずかにしっとりと湿った感触。
同じ石鹸を使っているはずなのに、立ちのぼる匂いはとろけてしまうような甘いもので、衝動のままに吸い付きたくなる。
「わかります。私もずっと、一人でしたから……寂しくて、虚しくて、辛くて……でも、頑張ることしか知らなくて。私には、それしかできなくて……誰かに、認めてもらいたくて」
この柔らかさや香りは時にマシュマロに例えられるが、そんな程度のものではない。
まさしくここは――天国。
もう一生このままでもいい。
むしろ、ここで死んだっていい。
そう本気で思わせるほどの、言葉では表現し切れない、溢れ出んばかりの至福の世界。
そうか……。
ここが……エデンなのか。
悪くないな…………というか最高だ……。
「私がいます。これからなにがあっても、私が必ずあなたのそばにいます。私がもう、絶対にあなたに寂しい思いなんてさせません。奴隷の分際で、厚かましいって思われるかもしれません……でも……」
両頬に手を添えられて、顔を上の方に向かされる。
私と少女の視線がまっすぐ合うように。
――――。
「どうか、私を頼ってください。だって私は、あなたのために……ここにいるんですから」
顔を持ち上げられる際、顔のあちこちに少女の胸の感触が感じられていた。
あまりに心地よすぎて一瞬ショートしてしまっていた、その思考。
しかし、その感触を一拍遅れでようやく現実として認識し、知らず知らずのうちに口元が緩む。
そして。
「……ありがとう……」
そのあまりの至福に、堪え切れず。
私を包み込んだ至高の温もりに対し、心の底からの感謝を私は口にした。
「はいっ!」
すると少女もまた、本当に嬉しそうな笑顔で、そう答えて……。
答え、て……。
…………ん?
あれ……。
ちょっと待って。
今、なんの話してたんだっけ?
まずい。お胸さまに夢中で全然話を聞いてなかった。
なにがどうなってこんな風に抱きしめられてるんだったっけ……?
いや、待て。大丈夫。思い出せるはず。
ほんの数秒、数十秒前の出来事だ。頭の片隅くらいにはまだ残ってる。
うぅーん、えぇっと……確か……私が一人でするのは寂しいって言って、それから……。
必死に頭を振り絞って、さきほどのことを少しずつ思い返していく。
やがてすべてを思い出した私は、だらだらと全身に冷や汗を流した。
…………あれ? これやばくない?
勘違いを訂正できる領域を越えちゃってない?
なんか、私が孤独に生きるのが辛いからこの子を買った、みたいな話になっちゃってなかった?
違うよ? 寂しいってあれ、天涯孤独だとか一人暮らしだとかそういうことについて言ってたんじゃないよ?
しかもこの子、ものすごい健気に私のこと励ましてくれてましたよね?
めっちゃいい子じゃん。
なのに私、ここからさらに話を掘り返して、「実は……」って本当のこと語らないといけないの……?
え。待って……それはさすがに……。
こんな一途に私の孤独をなぐさめようとしてくれた子に、「本当は体目当てでした」とか。
鬼畜どころじゃなくない……?
「あっ、ご、ごめんなさいっ! わ、私、お師匠さまにこんな失礼なことを……!」
抱擁を解いた少女が、恥ずかしさで顔を赤らめながら、慌ただしく後ずさった。
至福の感触が失われたせいで一瞬私の心を絶望が襲うが、どうにか持ち直す。
「…………」
「…………」
お互いに無言。見つめ合ったまま、気まずい沈黙が流れる。
とは言え、その気まずさの原因はそれぞれ内心まったくの別物だろうが。
「ご、ご飯、冷めちゃわないうちに食べないとですねっ? せっかくお師匠さまが作ってくださったご飯なんですから、ちゃんと全部食べちゃわないともったいないですっ!」
「そ、そうか」
席に戻った少女が、食べかけだった自分の食事に手をつける。
そんな少女を見つめ、ここからどうやって本当のことを告げたらいいか必死に全速力で思考を回していると、ふっと、こちらを盗み見るようにしていた少女と目が合う。
すると少女は慌てて目をそらすのだが、その後ちらちらとまたこちらを見始めて、可愛らしく小さくはにかむのである。
「その、だな…………実はまだ一つ、君に言っておかないといけないことがあるんだ……」
「はい! なんでしょうかっ?」
私に声をかけられた少女は、少し驚き、緊張した様子ながらも、嬉々として返事をする。
きらきらと光輝を放つ瞳には、もう奴隷商で初めに見かけた時のような暗く冷たい感情は一切窺えない。
そのすべてが私への信頼と親愛に満ちていて、私と話しているというただそれだけの事実に、彼女は深い幸せを覚えてくれているようだった。
…………ふぅー。
うん。そうだな。
うん……。
「………………私の名前はハロ。君の名前を教えてくれ」
「フィリアですっ!」
「そうか。フィリア、これからよろしくね」
「はいっ!」
うん。
諦めよう……。