とりあえず名前でも聞こうかと、私が口を開きかけた時のことだ。
少女は突如、はっとしたような顔になったかと思えば、一瞬緩んだ警戒心を引き締めるように険しい表情に逆戻りした。
「…………わたし、を……」
「うん?」
「どうする、つもり……?」
どうするもなにも……。
キッ、と。まるで威嚇のように一生懸命に睨みつけられて、どう返したものかと困惑する。
そもそもとして私は、屋敷の防犯魔法にやられて外で倒れていた彼女を拾って看病をしていたに過ぎない。
いきなりどうするつもりだのなんだのと聞かれても、答えに窮してしまうのは当然だ。
……いや、もしかして、防犯魔法を受けて気絶したショックで、直前の記憶が欠落しているのだろうか?
私が悪い魔法使いで、無理矢理この屋敷に連れ込まれたとか思われてる?
だとしたらこの異様なほどの警戒心の高さも納得がいくが……。
なんにしても彼女がなんらかの誤解をしているだろうことは確かである。
ひとまずは話を続けてその勘違いを解き、正していく必要がありそうだ。
「私は君になにもするつもりはないよ」
「……」
信用していない目だ。
「私は外で倒れていた君を拾って、ここで看病していただけだ。それ以上のことはなにもしていないし、するつもりもない」
「……倒れて、た……?」
「ああ。この屋敷は私の家でね。無理矢理入ろうとすると防犯の魔法が発動する仕組みになっているんだ。どうにも君はそれに引っかかって倒れてたようだけど……覚えてないかな」
「…………あっ」
反応から察するに、やはり直前の記憶が抜け落ちていたようだ。
初めこそ訝しげな顔をしていた少女だったが、私の話を聞いていくうちにその記憶を取り戻してきたようで、声を上げるとともに目を見開いた。
これで少しは警戒をほぐしてくれるだろうか?
なんて思ったのもつかの間。
むしろ少女はより一層不信感を募らせたように、一挙一動の見逃さないと言った強い眼差しを向けてきた。
その瞳には、わずかながら怯えの色が見て取れる。
「……」
「……」
う、うーん……。
記憶が戻ったのなら、なんで防犯魔法に引っかかったのかを聞きたいところだったのだが、この様子では素直に答えてくれるか怪しそうだな……。
少なくともただ単純に、暴風に吹き飛ばされて偶然巻き込まれた……というわけではなさそうな雰囲気がある。
つまり、彼女が防犯魔法に引っかかったのは偶然ではない?
自分からこの屋敷に侵入を図ったのだとして……だとすれば、なんの目的で私の屋敷に忍び込もうとしたのだろうか。
単に事情を知りたいだけだから、別に故意でもいいんだけどね……。
金目の物が欲しかったとかだったら、さすがにタダで上げたりはできないけど、適当に掃除でもしてもらって報酬って形で渡すとかなら全然いい。
三人暮らしなのに対して広すぎるからね、この家。よく使う部屋や廊下はたまに掃除するけど、使わない場所は埃が溜まったまま放置されてたりする。
とは言え、故意に侵入したとしても怒ったりしない……なんて初対面の人物に言われて、本当に信じるバカはそうそういない。
この世界には、犯罪者を衛兵に突き出すと報奨金がもらえるルールがある。
その報奨金自体は微々たるものだ。が、この世界では人材は貴重な資源であるため、よほどの極悪人でない限り犯罪者は犯罪奴隷として奴隷商人に売られるようになっている。
そして、その売られた値段の何割かを報奨金とは別にもらうことができる。
仮にこの少女が奴隷として売られたなら、相応の値段になるだろうことは想像にかたくない。
身なりがかなりみすぼらしく汚いためわかりにくいが、容姿自体は悪くないように見える。
私は別に衛兵に突き出すつもりなんてないけど。
ないけれども、住居侵入の罪があると自覚しているはずの彼女にとって、それは真っ先に思い浮かぶ最悪の展開のはずだ。
うぅむ、どうしたものか……。
「ぁ……」
そんな気まずい沈黙を破ったのは、ぐぅーっ、なんて可愛らしい音だった。
目をぱちぱちとさせて少女の方を見ると、彼女は途端に顔を真っ赤にして俯いた。
「……ふふ。ずっと気を失ってたから、お腹が空いてるみたいだね」
「べ、べつに……そんなことない」
「私がここにいても緊張させてしまうみたいだし……なにか食べられるものを持ってくるよ」
「っ、い、いらな……」
一瞬断りかけて、しかしそれは途中で切れる。
反射的に断ろうとしてしまったが、この人が一旦ここからいなくなるのなら受け入れるべき、なんて。そんな感じの思考でもしたのだろうか?
なにかしらの言い訳を考えるつもりなら別にそれでもいい。今のように沈黙だけが続くよりはずっとマシだ。
ただ、勝手にいなくなられるのはちょっと困るので、そこだけは一応釘を刺しておこう。
「自由にしてくれていていいけど、この部屋からは出ないようにね。外は知っての通り雷雨だし……屋敷の中も、無駄に広くて探すのが大変だから」
「……」
ほんの少しの間を置いて、確かに少女は首を縦に振った。
それを確認した私は、宣言通り食べられるものを持ってくるために部屋を出る。
本当に逃げ出さないか、その場に留まって耳を立てて確かめてみる――なんていう邪推も一瞬浮かんだが、そんな面倒なことはしないで素直に台所へ足を向けた。
そしてそこで残っている食材を確認する。この材料で、手早く済ませられる料理となると……。
「お師匠さま?」
思案に暮れていると、同じように台所に入ってきたフィリアが、私を見て声を上げた。
「どうかいたしましたか? 少々難しい顔をなさってるみたいですが……」
「ああ。看病してたあの子が起きたから、なにか食べられるものを、って思ってね。ずいぶん体力を消耗してるみたいだから」
「あ、目を覚ましたんですね。よかったです」
フィリアは優しく微笑むと、私の横に立って冷蔵庫を覗き込んだ。
「一応、手早く済ませられそうなのはサンドイッチとかなんだけど……」
「そうですね……でも、できれば温かいものを持っていってあげたいですね」
「うん。ずっと外で雨に当たって冷え切ってただろうし……」
しかし、スープを作るならそれなりに時間がかかってしまう。
今はまだ、そんなに長い間あの子を一人にしておくのは得策ではない。
逃げられるかもとかそういう心配ではなくて……いや、そういう心配をしていることにもなるのだろうか?
屋敷の中ならまだいいが、外に出られたらこの雷雨では探し出すのは非常に困難だ。
あの体調でこの嵐の中に飛び出していくのは危険すぎる。一度招き入れた以上は、そんな命に関わる愚行をさせるわけにはいかない。
他にも、長時間席を外すと「なにか企んでいるのでは」というような疑心を植えつけてしまう可能性がある。
今は安静にしていなければいけない時だし、すでに警戒で気を張り詰めさせている彼女に、余計な心労を抱えさせたくはない。
そんな私の気持ちをわずかにでも読み取ったのだろうか。
フィリアはほんの数秒、無言で私を見つめていたかと思うと「なら」と得意げに胸を張った。
「私が作って持っていきますから大丈夫です。ちょうどお昼時で、皆の昼食を作ろうと思っていたところですから」
「……いいの? フィリア」
「はいっ! お師匠さまの奴隷、じゃなかった……えっと、弟子として、これくらい当然のことですっ! お師匠さまの役に立てるなら願ってもないことですから!」
それが本心だと一目見ただけでわかるような、眩しい笑顔だった。
つられるように、私も少し笑ってしまう。
「そっか。フィリアは、本当に一途で頑張り屋さんだね。私にはもったいないくらいだ」
「そんなっ! むしろ私なんかにはお師匠さまがとてもとてももったいないくらいでっ!」
「いやフィリアの方が」
「いえお師匠さまの方がっ」
なんて妙なことで譲り合った後、二人して声を上げて笑った。
「ふふ、それじゃあ急いで昼食を作りますね。完成したらお師匠さまのお部屋に行けばよろしいですか?」
「うん、それでいい。でも手ぶらで帰るのもなんだから……サンドイッチ一つくらいは持って部屋に帰ろうかな」
「そちらもお手伝いします!」
「ああ。ありがとうフィリア」
フィリアと分担して簡単なサンドイッチを作って、皿に乗せる。
この後に昼食も控えているので、小腹を満たす程度のほんの小さなサンドイッチだ。
フィリアが昼食を作り始める姿を横目に、私は台所を出る。
「そういえば、フィリア一人に台所を任せるのは初めてだけど……」
心配で一瞬立ち止まりかけたものの、まあ大丈夫か、と歩くことを再開した。
フィリアとは毎日一緒に台所に立っている。初めこそ牛乳をこぼしてしまったり包丁の持ち方が変だったりと、拙くて危なっかしいところが多かった彼女だが、今はもう調理中の作業を自然と分担しているくらいには、フィリアの料理の腕は上がっている。
元々、案外フィリアは要領がいい方だ。魔法だってぐんぐん実力をつけてきているし、奴隷になる前も、一人で勉強を続けて文字を読んだり書けるようになったと言う。
私からいろんなことを学び尽くして、もしかしたらいつか、私の上位互換みたいになる日も来るかもしれない。
魔法が得意で料理もできて、勤勉で世話好きで他人思いで……あと、発育がとても豊かだとでも言うか。
うむ、発育的な面で見ればとっくに私を上回っているな……。
私、身長も胸もほとんどないからな。
とは言え小さいものにも小さいなりの価値があるので、これに関しては上位互換という言葉は正しく当てはまらない。
まあ私はどちらかというと、大きい方が断然好きなんだけどね。
「さて。ちゃんと中にいるかな」
考えごとをしているうちに、自室の前までやってきた。
皿を持っている方とは逆の手で、コンコンコン、とノックをする。
「入るよ」
返事はない。だけど、わずかに物音がする。
逃げ出していないことに少しほっとしつつ、ドアノブをひねった。
中に入ると、件の少女は私が部屋を出ていく前とほとんど同じ格好、場所でこちらを見つめてきた。
あいかわらず布団を盾にして、警戒心全開の目つきだ。
「これ、サンドイッチだ。今、私の家族が温かい食事を用意してくれてるから、それまではこれで我慢してほしい」
「……さん、ど、いっち?」
「二枚のパンの間にお肉とか野菜とかを挟むだけの簡単な食べ物だよ。もちろん毒とかそういうのは入ってない。ほら」
端の方をちょっとだけちぎって、口に含んでみせる。少女にじーっと観察されながら食べるのは少し恥ずかしかった。
ベッドに近づくと少し警戒が強まったように感じたので、少しゆっくりとした動作で、皿をベッドの上に置いた。
それから私が離れると、少女は私から視線を外して、興味深そうに皿の上のサンドイッチを凝視し始める。
「食べていいんだよ」
「…………う、うん」
なんだかんだお腹が空いているのは確かだったようだ。
少女は素直に頷くと、おそるおそると言った具合にサンドイッチに手を伸ばした。
「……おい、しい」
一口食べて、驚いたように目を見開いた後、ぱくぱくと夢中で口を動かし始める。
机の方からイスを持ってきて、ベッドから少し離れたところに置いて座る。
小さい口で何度もサンドイッチを頬張る少女はわずかに口元が緩んでいて、なんだか、見ているこちらがお腹が空いてきそうだ。
いろんな店を巡って、パンはふんわりと柔らかいものを厳選してきているので、あんなに夢中で食べてくれると、変な話だがちょっとだけ嬉しいような気持ちになる。
「気に入ってくれたみたいだね」
完食した後、頃合いを見計らって声をかけると、少女がびくっと体を震わせた。
食べている間は布団も手放して私になんて目もくれない様子だったが、私の存在を思い出したらしい彼女は再び布団で体を隠し始める。
「口にあったみたいでよかった」
「…………ど、どうし、て」
「うん?」
「どうしてあなたは……わたしを、捕まえたり……しないの?」
「どうしてって言われても困るけど……」
少し考えかけて、でも、いちいち考えなきゃ思い浮かばない程度の理由ならあまり話す意味もない気がした。
だから本心をそのまま口にしてみる。
「小さいから、かな」
もっと壮大な、ちゃんとした理由を言ってくれると思っていたのだろうか。
少女は目をぱちぱちと瞬かせて、ずいぶんと戸惑った様子だ。
「ち、小さいから……?」
「まあ、うん。君がまだ年端もいかない可愛い女の子だったから。それだけだと思う。それ以外は、特に……」
たぶん大人の男とかだったら適当に拘束して後日衛兵に突き出したりとかしてただろうし。
小さい子が相手だと、そんな酷い目に合わせるのはどうにも夢見が悪くて、気が引ける。
まあ、ストライクゾーンからはだいぶ外れてるんですけどね。
だってこの子、見た感じ一〇歳前後だよ?
さすがに幼すぎる。こんないたいけな子に劣情を抱くほど落ちぶれてはいないのだ。
「……可愛い……わたしが?」
あまり綺麗な格好をしていないからわかりにくいが、よく見れば見るほどにその美しさがわかる。
傷もしみもない褐色の肌と、汚れながらも繊細さを失わない桃色の髪。愛らしく整った顔立ちに浮かんでいる揺らめく瞳は、どこか妖艶な深みさえ感じさせる。
ぷっくりとした唇は幼いながらもとても魅力的に映って、その口が動くたびに、目線がそこに囚われそうになる。
「うん。可愛い。とっても。きっと将来はすごい美人さんになれるよ」
とは言っても、今はまだ可愛いだけの子どもだけど。
妖艶だと評した瞳だって、現時点ではしょせん、大人ぶった子どもレベルにしか見えない程度のものだ。
フィリアやシィナのように、手を出そうとまでは思わない。
というか、思ってしまったらそれはもう言いわけのしようがない変態だ。ロリコンだ。有罪判決である。
この「可愛い」だって子どもや小動物に対して言うような「可愛い」であって、他意は一切ない。本当に本当だ。
「……あなたは……」
少女は頭の後ろに手を回すと、そこにあったフードを深くかぶった。
震える両手でぎゅっと布団ごと自分の体を抱きしめて、自分の心に閉じこもろうとするように下を向く。
「……あなたはきっと……いい人、なんだね……」
「魔物にとっては悪い人だろうけどね。私、冒険者で稼いでるから」
「……そっか。やっぱり……そうだよね。冒険者……うん。そうなんじゃないかって、思ってた……魔物の図鑑とか、本棚に置いてあるから」
「あれ? 文字、読めるんだ」
「……やっぱり、気づいてない。もし気づいてて、ああ言ってくれてたなら、わたしは…………ううん。そんなのありえない。ありえないから……だから……」
「……どうかしたの?」
なんだか様子がおかしい。
やはり熱がまだあるのだろうか、と。心配になって、少女の様子を窺いながら、そうっとベッドに近づいてみる。
少女は私の行動に気がついているだろうに、大した反応を示さない。
それを不思議に思いながらも、私は少女の方に手を伸ばして、
「ごめんね、ちょっとだけ熱を――」
と、そこまで言った瞬間、伸ばした手を少女に掴まれた。
そして一気に引き寄せられたかと思えば、至近距離で見つめられる。
額と額がくっついて、目と目が正面から合って、その深淵を覗き込むような妖しげな瞳に、目を奪われて。
そして彼女は、言う。
「『あなたは、わたしの虜になる』」
「え――」
「『あなたの体はわたしのもの。あなたの心はわたしのもの。あなたの魂はわたしのもの。あなたはもうわたしに逆らえない』」
少女の瞳が鈍く輝き、その突如、不可解な異物が私の中に溶け込んでいくようだった。
罪悪感を押し殺すような、少女の顔。戸惑いをかき消すように強く握られた拳。行き場のない悔しさを噛みしめているような唇。
それらを視界に収めながら、だけど私は少女から必死に目線をそらすように、もっと別の場所へ視線を向けた。
それは、少女のローブの隙間。
至近距離だから、上から見下ろせば首元から胸の辺りが少しだけ見える。
いや別に胸を覗こうとしてるとかそういうわけじゃなくて、むしろ今それどころじゃないっていうか、とにかく別の確認のためだ。
少女の服の中にわずかながら見えたもの。それは、紋様だった。
少女の魔力の動きに反応して、わずかに発光している紋様。
それを見て、私はようやく彼女の正体を理解した。
「そう、か……き、みは……」
「そう。わたしがあなたたち冒険者が必死になって探している、淫魔の生き残り。あなたはもう、わたしから逃れることはできない」
少し前とは打って変わって冷徹な声で、少女は言った。
淫魔。姿かたちは人間とほとんど変わらず、それゆえに人間と同等の知能をも持つ、Aランククラスの魔物。
人間と変わらないなら見分けるのは難しいのでは? というのは正解で、もし事前に警戒していなければ、人間の生活に溶け込んで悪さをされていても短期間ではまず気づけない。
淫魔は単に強さというよりも、そういう厄介さの面でAランクという位置づけをされている特別な魔物だ。
しかし一応、淫魔とそれ以外の、誰でもできる確実な見分け方は存在している。
それは、淫魔に生まれつき備わっているという紋様だ。胴体に描かれたそれは淫魔の瞳と同じ色をしており、魔力の動きが活発になると薄く発光する。
もっとも、このように服で簡単に隠せてしまうので、調べようとしなければわからないのだが……。
そして淫魔は皆が先天的に『魅了の魔眼』を有していることで有名だ。
『魅了の魔眼』。見つめ合った瞳を介して自らの魔力を相手の体内に潜り込ませ、内側から支配する力。
今まさに私がかけられたのがそれだな、うん……。
……この魔眼の厄介なところは、術式を用いていながらも、厳密には魔法ではないという部分にある。
私はこれを特性と呼んでいて、たとえば、かつて私が討伐したSランクの魔物『鉄塵竜』は半径一キロメートルの金属すべてを操る力を持っていた。
あれも特性の類だ。魔法では完全な再現ができない、その個体の魂だけが持つ特異な力。
『魅了の魔眼』も同じだ。相手と見つめ合うことで効果を発揮し、その相手を意のままに操る。
そして魔法ではない以上……解除がちょっと難しいというか、なんというか……。
いや、できないこともないんだけど、そのためにはまず自分の状態を魔法で解析しなくちゃいけなくて、それには時間が数十秒必要で……。
そうなると、解析しようとすれば当然、
「っ、『魔法を使わないで』」
まあ、こうなるわけなんですね……。
『魅了の魔眼』は魔力を目に集中させないといけないから感知が簡単だったり、そもそもそういう精神干渉系の魔法は事前に対策するとよほど強力でないと効かなかったり、発動されても長時間、もしくは至近距離で見つめ合わないと効果が発揮されないので、相当油断していない限りは効かなかったり。
弱点は無数にあるのだが……このように相当油断して一度かけられてしまったらどうにもならないので、よく覚えておくように。
基本的に淫魔は、油断した相手をこうして『魅了の魔眼』で虜にした後、接吻などで体液を飲ませることで発情させ冷静さを奪い、『魅了の魔眼』と洗脳の魔法で完全な支配を行うという。
そして見ての通り、魔法が使えない今の私に抵抗する術はまったくない。
…………うん。
……あれ、割と本気でやばいな。
どうしようこれ……。
少女は突如、はっとしたような顔になったかと思えば、一瞬緩んだ警戒心を引き締めるように険しい表情に逆戻りした。
「…………わたし、を……」
「うん?」
「どうする、つもり……?」
どうするもなにも……。
キッ、と。まるで威嚇のように一生懸命に睨みつけられて、どう返したものかと困惑する。
そもそもとして私は、屋敷の防犯魔法にやられて外で倒れていた彼女を拾って看病をしていたに過ぎない。
いきなりどうするつもりだのなんだのと聞かれても、答えに窮してしまうのは当然だ。
……いや、もしかして、防犯魔法を受けて気絶したショックで、直前の記憶が欠落しているのだろうか?
私が悪い魔法使いで、無理矢理この屋敷に連れ込まれたとか思われてる?
だとしたらこの異様なほどの警戒心の高さも納得がいくが……。
なんにしても彼女がなんらかの誤解をしているだろうことは確かである。
ひとまずは話を続けてその勘違いを解き、正していく必要がありそうだ。
「私は君になにもするつもりはないよ」
「……」
信用していない目だ。
「私は外で倒れていた君を拾って、ここで看病していただけだ。それ以上のことはなにもしていないし、するつもりもない」
「……倒れて、た……?」
「ああ。この屋敷は私の家でね。無理矢理入ろうとすると防犯の魔法が発動する仕組みになっているんだ。どうにも君はそれに引っかかって倒れてたようだけど……覚えてないかな」
「…………あっ」
反応から察するに、やはり直前の記憶が抜け落ちていたようだ。
初めこそ訝しげな顔をしていた少女だったが、私の話を聞いていくうちにその記憶を取り戻してきたようで、声を上げるとともに目を見開いた。
これで少しは警戒をほぐしてくれるだろうか?
なんて思ったのもつかの間。
むしろ少女はより一層不信感を募らせたように、一挙一動の見逃さないと言った強い眼差しを向けてきた。
その瞳には、わずかながら怯えの色が見て取れる。
「……」
「……」
う、うーん……。
記憶が戻ったのなら、なんで防犯魔法に引っかかったのかを聞きたいところだったのだが、この様子では素直に答えてくれるか怪しそうだな……。
少なくともただ単純に、暴風に吹き飛ばされて偶然巻き込まれた……というわけではなさそうな雰囲気がある。
つまり、彼女が防犯魔法に引っかかったのは偶然ではない?
自分からこの屋敷に侵入を図ったのだとして……だとすれば、なんの目的で私の屋敷に忍び込もうとしたのだろうか。
単に事情を知りたいだけだから、別に故意でもいいんだけどね……。
金目の物が欲しかったとかだったら、さすがにタダで上げたりはできないけど、適当に掃除でもしてもらって報酬って形で渡すとかなら全然いい。
三人暮らしなのに対して広すぎるからね、この家。よく使う部屋や廊下はたまに掃除するけど、使わない場所は埃が溜まったまま放置されてたりする。
とは言え、故意に侵入したとしても怒ったりしない……なんて初対面の人物に言われて、本当に信じるバカはそうそういない。
この世界には、犯罪者を衛兵に突き出すと報奨金がもらえるルールがある。
その報奨金自体は微々たるものだ。が、この世界では人材は貴重な資源であるため、よほどの極悪人でない限り犯罪者は犯罪奴隷として奴隷商人に売られるようになっている。
そして、その売られた値段の何割かを報奨金とは別にもらうことができる。
仮にこの少女が奴隷として売られたなら、相応の値段になるだろうことは想像にかたくない。
身なりがかなりみすぼらしく汚いためわかりにくいが、容姿自体は悪くないように見える。
私は別に衛兵に突き出すつもりなんてないけど。
ないけれども、住居侵入の罪があると自覚しているはずの彼女にとって、それは真っ先に思い浮かぶ最悪の展開のはずだ。
うぅむ、どうしたものか……。
「ぁ……」
そんな気まずい沈黙を破ったのは、ぐぅーっ、なんて可愛らしい音だった。
目をぱちぱちとさせて少女の方を見ると、彼女は途端に顔を真っ赤にして俯いた。
「……ふふ。ずっと気を失ってたから、お腹が空いてるみたいだね」
「べ、べつに……そんなことない」
「私がここにいても緊張させてしまうみたいだし……なにか食べられるものを持ってくるよ」
「っ、い、いらな……」
一瞬断りかけて、しかしそれは途中で切れる。
反射的に断ろうとしてしまったが、この人が一旦ここからいなくなるのなら受け入れるべき、なんて。そんな感じの思考でもしたのだろうか?
なにかしらの言い訳を考えるつもりなら別にそれでもいい。今のように沈黙だけが続くよりはずっとマシだ。
ただ、勝手にいなくなられるのはちょっと困るので、そこだけは一応釘を刺しておこう。
「自由にしてくれていていいけど、この部屋からは出ないようにね。外は知っての通り雷雨だし……屋敷の中も、無駄に広くて探すのが大変だから」
「……」
ほんの少しの間を置いて、確かに少女は首を縦に振った。
それを確認した私は、宣言通り食べられるものを持ってくるために部屋を出る。
本当に逃げ出さないか、その場に留まって耳を立てて確かめてみる――なんていう邪推も一瞬浮かんだが、そんな面倒なことはしないで素直に台所へ足を向けた。
そしてそこで残っている食材を確認する。この材料で、手早く済ませられる料理となると……。
「お師匠さま?」
思案に暮れていると、同じように台所に入ってきたフィリアが、私を見て声を上げた。
「どうかいたしましたか? 少々難しい顔をなさってるみたいですが……」
「ああ。看病してたあの子が起きたから、なにか食べられるものを、って思ってね。ずいぶん体力を消耗してるみたいだから」
「あ、目を覚ましたんですね。よかったです」
フィリアは優しく微笑むと、私の横に立って冷蔵庫を覗き込んだ。
「一応、手早く済ませられそうなのはサンドイッチとかなんだけど……」
「そうですね……でも、できれば温かいものを持っていってあげたいですね」
「うん。ずっと外で雨に当たって冷え切ってただろうし……」
しかし、スープを作るならそれなりに時間がかかってしまう。
今はまだ、そんなに長い間あの子を一人にしておくのは得策ではない。
逃げられるかもとかそういう心配ではなくて……いや、そういう心配をしていることにもなるのだろうか?
屋敷の中ならまだいいが、外に出られたらこの雷雨では探し出すのは非常に困難だ。
あの体調でこの嵐の中に飛び出していくのは危険すぎる。一度招き入れた以上は、そんな命に関わる愚行をさせるわけにはいかない。
他にも、長時間席を外すと「なにか企んでいるのでは」というような疑心を植えつけてしまう可能性がある。
今は安静にしていなければいけない時だし、すでに警戒で気を張り詰めさせている彼女に、余計な心労を抱えさせたくはない。
そんな私の気持ちをわずかにでも読み取ったのだろうか。
フィリアはほんの数秒、無言で私を見つめていたかと思うと「なら」と得意げに胸を張った。
「私が作って持っていきますから大丈夫です。ちょうどお昼時で、皆の昼食を作ろうと思っていたところですから」
「……いいの? フィリア」
「はいっ! お師匠さまの奴隷、じゃなかった……えっと、弟子として、これくらい当然のことですっ! お師匠さまの役に立てるなら願ってもないことですから!」
それが本心だと一目見ただけでわかるような、眩しい笑顔だった。
つられるように、私も少し笑ってしまう。
「そっか。フィリアは、本当に一途で頑張り屋さんだね。私にはもったいないくらいだ」
「そんなっ! むしろ私なんかにはお師匠さまがとてもとてももったいないくらいでっ!」
「いやフィリアの方が」
「いえお師匠さまの方がっ」
なんて妙なことで譲り合った後、二人して声を上げて笑った。
「ふふ、それじゃあ急いで昼食を作りますね。完成したらお師匠さまのお部屋に行けばよろしいですか?」
「うん、それでいい。でも手ぶらで帰るのもなんだから……サンドイッチ一つくらいは持って部屋に帰ろうかな」
「そちらもお手伝いします!」
「ああ。ありがとうフィリア」
フィリアと分担して簡単なサンドイッチを作って、皿に乗せる。
この後に昼食も控えているので、小腹を満たす程度のほんの小さなサンドイッチだ。
フィリアが昼食を作り始める姿を横目に、私は台所を出る。
「そういえば、フィリア一人に台所を任せるのは初めてだけど……」
心配で一瞬立ち止まりかけたものの、まあ大丈夫か、と歩くことを再開した。
フィリアとは毎日一緒に台所に立っている。初めこそ牛乳をこぼしてしまったり包丁の持ち方が変だったりと、拙くて危なっかしいところが多かった彼女だが、今はもう調理中の作業を自然と分担しているくらいには、フィリアの料理の腕は上がっている。
元々、案外フィリアは要領がいい方だ。魔法だってぐんぐん実力をつけてきているし、奴隷になる前も、一人で勉強を続けて文字を読んだり書けるようになったと言う。
私からいろんなことを学び尽くして、もしかしたらいつか、私の上位互換みたいになる日も来るかもしれない。
魔法が得意で料理もできて、勤勉で世話好きで他人思いで……あと、発育がとても豊かだとでも言うか。
うむ、発育的な面で見ればとっくに私を上回っているな……。
私、身長も胸もほとんどないからな。
とは言え小さいものにも小さいなりの価値があるので、これに関しては上位互換という言葉は正しく当てはまらない。
まあ私はどちらかというと、大きい方が断然好きなんだけどね。
「さて。ちゃんと中にいるかな」
考えごとをしているうちに、自室の前までやってきた。
皿を持っている方とは逆の手で、コンコンコン、とノックをする。
「入るよ」
返事はない。だけど、わずかに物音がする。
逃げ出していないことに少しほっとしつつ、ドアノブをひねった。
中に入ると、件の少女は私が部屋を出ていく前とほとんど同じ格好、場所でこちらを見つめてきた。
あいかわらず布団を盾にして、警戒心全開の目つきだ。
「これ、サンドイッチだ。今、私の家族が温かい食事を用意してくれてるから、それまではこれで我慢してほしい」
「……さん、ど、いっち?」
「二枚のパンの間にお肉とか野菜とかを挟むだけの簡単な食べ物だよ。もちろん毒とかそういうのは入ってない。ほら」
端の方をちょっとだけちぎって、口に含んでみせる。少女にじーっと観察されながら食べるのは少し恥ずかしかった。
ベッドに近づくと少し警戒が強まったように感じたので、少しゆっくりとした動作で、皿をベッドの上に置いた。
それから私が離れると、少女は私から視線を外して、興味深そうに皿の上のサンドイッチを凝視し始める。
「食べていいんだよ」
「…………う、うん」
なんだかんだお腹が空いているのは確かだったようだ。
少女は素直に頷くと、おそるおそると言った具合にサンドイッチに手を伸ばした。
「……おい、しい」
一口食べて、驚いたように目を見開いた後、ぱくぱくと夢中で口を動かし始める。
机の方からイスを持ってきて、ベッドから少し離れたところに置いて座る。
小さい口で何度もサンドイッチを頬張る少女はわずかに口元が緩んでいて、なんだか、見ているこちらがお腹が空いてきそうだ。
いろんな店を巡って、パンはふんわりと柔らかいものを厳選してきているので、あんなに夢中で食べてくれると、変な話だがちょっとだけ嬉しいような気持ちになる。
「気に入ってくれたみたいだね」
完食した後、頃合いを見計らって声をかけると、少女がびくっと体を震わせた。
食べている間は布団も手放して私になんて目もくれない様子だったが、私の存在を思い出したらしい彼女は再び布団で体を隠し始める。
「口にあったみたいでよかった」
「…………ど、どうし、て」
「うん?」
「どうしてあなたは……わたしを、捕まえたり……しないの?」
「どうしてって言われても困るけど……」
少し考えかけて、でも、いちいち考えなきゃ思い浮かばない程度の理由ならあまり話す意味もない気がした。
だから本心をそのまま口にしてみる。
「小さいから、かな」
もっと壮大な、ちゃんとした理由を言ってくれると思っていたのだろうか。
少女は目をぱちぱちと瞬かせて、ずいぶんと戸惑った様子だ。
「ち、小さいから……?」
「まあ、うん。君がまだ年端もいかない可愛い女の子だったから。それだけだと思う。それ以外は、特に……」
たぶん大人の男とかだったら適当に拘束して後日衛兵に突き出したりとかしてただろうし。
小さい子が相手だと、そんな酷い目に合わせるのはどうにも夢見が悪くて、気が引ける。
まあ、ストライクゾーンからはだいぶ外れてるんですけどね。
だってこの子、見た感じ一〇歳前後だよ?
さすがに幼すぎる。こんないたいけな子に劣情を抱くほど落ちぶれてはいないのだ。
「……可愛い……わたしが?」
あまり綺麗な格好をしていないからわかりにくいが、よく見れば見るほどにその美しさがわかる。
傷もしみもない褐色の肌と、汚れながらも繊細さを失わない桃色の髪。愛らしく整った顔立ちに浮かんでいる揺らめく瞳は、どこか妖艶な深みさえ感じさせる。
ぷっくりとした唇は幼いながらもとても魅力的に映って、その口が動くたびに、目線がそこに囚われそうになる。
「うん。可愛い。とっても。きっと将来はすごい美人さんになれるよ」
とは言っても、今はまだ可愛いだけの子どもだけど。
妖艶だと評した瞳だって、現時点ではしょせん、大人ぶった子どもレベルにしか見えない程度のものだ。
フィリアやシィナのように、手を出そうとまでは思わない。
というか、思ってしまったらそれはもう言いわけのしようがない変態だ。ロリコンだ。有罪判決である。
この「可愛い」だって子どもや小動物に対して言うような「可愛い」であって、他意は一切ない。本当に本当だ。
「……あなたは……」
少女は頭の後ろに手を回すと、そこにあったフードを深くかぶった。
震える両手でぎゅっと布団ごと自分の体を抱きしめて、自分の心に閉じこもろうとするように下を向く。
「……あなたはきっと……いい人、なんだね……」
「魔物にとっては悪い人だろうけどね。私、冒険者で稼いでるから」
「……そっか。やっぱり……そうだよね。冒険者……うん。そうなんじゃないかって、思ってた……魔物の図鑑とか、本棚に置いてあるから」
「あれ? 文字、読めるんだ」
「……やっぱり、気づいてない。もし気づいてて、ああ言ってくれてたなら、わたしは…………ううん。そんなのありえない。ありえないから……だから……」
「……どうかしたの?」
なんだか様子がおかしい。
やはり熱がまだあるのだろうか、と。心配になって、少女の様子を窺いながら、そうっとベッドに近づいてみる。
少女は私の行動に気がついているだろうに、大した反応を示さない。
それを不思議に思いながらも、私は少女の方に手を伸ばして、
「ごめんね、ちょっとだけ熱を――」
と、そこまで言った瞬間、伸ばした手を少女に掴まれた。
そして一気に引き寄せられたかと思えば、至近距離で見つめられる。
額と額がくっついて、目と目が正面から合って、その深淵を覗き込むような妖しげな瞳に、目を奪われて。
そして彼女は、言う。
「『あなたは、わたしの虜になる』」
「え――」
「『あなたの体はわたしのもの。あなたの心はわたしのもの。あなたの魂はわたしのもの。あなたはもうわたしに逆らえない』」
少女の瞳が鈍く輝き、その突如、不可解な異物が私の中に溶け込んでいくようだった。
罪悪感を押し殺すような、少女の顔。戸惑いをかき消すように強く握られた拳。行き場のない悔しさを噛みしめているような唇。
それらを視界に収めながら、だけど私は少女から必死に目線をそらすように、もっと別の場所へ視線を向けた。
それは、少女のローブの隙間。
至近距離だから、上から見下ろせば首元から胸の辺りが少しだけ見える。
いや別に胸を覗こうとしてるとかそういうわけじゃなくて、むしろ今それどころじゃないっていうか、とにかく別の確認のためだ。
少女の服の中にわずかながら見えたもの。それは、紋様だった。
少女の魔力の動きに反応して、わずかに発光している紋様。
それを見て、私はようやく彼女の正体を理解した。
「そう、か……き、みは……」
「そう。わたしがあなたたち冒険者が必死になって探している、淫魔の生き残り。あなたはもう、わたしから逃れることはできない」
少し前とは打って変わって冷徹な声で、少女は言った。
淫魔。姿かたちは人間とほとんど変わらず、それゆえに人間と同等の知能をも持つ、Aランククラスの魔物。
人間と変わらないなら見分けるのは難しいのでは? というのは正解で、もし事前に警戒していなければ、人間の生活に溶け込んで悪さをされていても短期間ではまず気づけない。
淫魔は単に強さというよりも、そういう厄介さの面でAランクという位置づけをされている特別な魔物だ。
しかし一応、淫魔とそれ以外の、誰でもできる確実な見分け方は存在している。
それは、淫魔に生まれつき備わっているという紋様だ。胴体に描かれたそれは淫魔の瞳と同じ色をしており、魔力の動きが活発になると薄く発光する。
もっとも、このように服で簡単に隠せてしまうので、調べようとしなければわからないのだが……。
そして淫魔は皆が先天的に『魅了の魔眼』を有していることで有名だ。
『魅了の魔眼』。見つめ合った瞳を介して自らの魔力を相手の体内に潜り込ませ、内側から支配する力。
今まさに私がかけられたのがそれだな、うん……。
……この魔眼の厄介なところは、術式を用いていながらも、厳密には魔法ではないという部分にある。
私はこれを特性と呼んでいて、たとえば、かつて私が討伐したSランクの魔物『鉄塵竜』は半径一キロメートルの金属すべてを操る力を持っていた。
あれも特性の類だ。魔法では完全な再現ができない、その個体の魂だけが持つ特異な力。
『魅了の魔眼』も同じだ。相手と見つめ合うことで効果を発揮し、その相手を意のままに操る。
そして魔法ではない以上……解除がちょっと難しいというか、なんというか……。
いや、できないこともないんだけど、そのためにはまず自分の状態を魔法で解析しなくちゃいけなくて、それには時間が数十秒必要で……。
そうなると、解析しようとすれば当然、
「っ、『魔法を使わないで』」
まあ、こうなるわけなんですね……。
『魅了の魔眼』は魔力を目に集中させないといけないから感知が簡単だったり、そもそもそういう精神干渉系の魔法は事前に対策するとよほど強力でないと効かなかったり、発動されても長時間、もしくは至近距離で見つめ合わないと効果が発揮されないので、相当油断していない限りは効かなかったり。
弱点は無数にあるのだが……このように相当油断して一度かけられてしまったらどうにもならないので、よく覚えておくように。
基本的に淫魔は、油断した相手をこうして『魅了の魔眼』で虜にした後、接吻などで体液を飲ませることで発情させ冷静さを奪い、『魅了の魔眼』と洗脳の魔法で完全な支配を行うという。
そして見ての通り、魔法が使えない今の私に抵抗する術はまったくない。
…………うん。
……あれ、割と本気でやばいな。
どうしようこれ……。