冒険者ギルド地下室。
だだ広いだけの空間が広がっているそこは、時には冒険者合同の訓練所、時には冒険者ランク昇段のための試験場など、さまざまな用途に応じて随時使い分けられている。
そして今回は、緊急招集で集まった多くの冒険者たちを一箇所にまとめて話をするための集会所と化していた。
「……ハロちゃ、ん……な、にか……いわかん……な、い?(うーん……ハロちゃん。なんだかちょっと変な感じがするんだけど、なんだろう……)」
私とシィナはこの街に二人しか存在しないSランク冒険者の、まさにその二人に当たる。
特にシィナは彼女の二つ名たる《鮮血狂い》の噂が付随する関係で、周囲の冒険者たちからは恐怖やら畏敬やらで少し距離を取られていて、時折、ひそひそ話が耳に入る。
そんな中、シィナが首を動かして周囲を見渡すなんてことをしたものだから、一部の冒険者が「ひっ!」と悲鳴を上げた。
シィナはただちょっと動いただけなので大変失礼ではあるものの、私も私で過去にシィナにトラウマを植え付けられた経験があるため、その気持ちはよくわかってしまう……。
今は一緒に暮らし始めたことで大分慣れてきたが、それ以前の私であれば、あるいはあちら側でシィナに見つからないようひそひそと隠れようとしていたかもしれない。
そして見つかる……なぜか見つかるところまで容易に想像がつく……。
「違和感……そうだね。私もそれは思ってたよ。具体的には、女性の冒険者しかいないってことにね」
「……!(あ、ほんとだ! 気づかなかった……)」
今この場に集っているのは、高ランクの女性冒険者のみ。
以前の『鉄塵竜』の時は魔法使いの冒険者のみだったが、今回は特に戦闘スタイルによる区別はなさそうだ。
性別が緊急依頼の内容に関係してくるのだろうか。
それとももっと別の事情があったり?
どちらにしても、もうすぐ説明があるはずなので考える必要もないか。
…………それにしても。
「……ふぅむ」
……これが色欲を煽る的な薄めの本だったなら、この後に現れる男が全員を催眠にかけて催眠ハーレム状態と言ったところか……。
これだけの数の高ランク冒険者を相手に幻惑魔法を一気にかけられるトンデモ魔法使いなんてインチキ甚だしいものだが、あの手のいかがわしい感じの本はそういうことがよくあるものだ。
…………うん。まあ私はそのインチキできるけど……。
……ね、念のため、幻惑魔法対策の魔法を展開しておこうか。
一応、一応ね?
シィナをそんな目に合わせるわけにはいかない……。
「……ハロ、ちゃん(あ、ハロちゃん。説明始まるみたいだよ)」
「ん。ああ、始まるみたいだね」
用意された台の上に、ギルド職員の一人が立つ。
私の心配は当然ながら杞憂であったようで、普通に緊急招集の説明が始まった。
まずは簡単な挨拶から、緊急招集に応じてくれたことへの感謝の言葉。
そこから緊急招集するに至った経緯と事情を話して、最後に。
「――この街に潜むハグレの淫魔。これを放っておけば、多くの人々がその毒牙にかけられ……最悪の場合、内乱のような様相になりかねない。そのためあなたがたには、その淫魔の残党を捜索し、そして討伐していただきたいのです」
やはり予想通り、新たな緊急依頼に関することのようだ。
その内容はこうだ。
数日前、とあるAランク冒険者のチームが街の外れで徒党を組んでいる噂のあった淫魔の調査依頼を引き受けた。
調査の結果、淫魔が潜んでいることが確定し、そのまま討伐へ移行。
奇襲をかけたこともあって殲滅は順調に進んだが、その後処理の最中に、一人の淫魔が逃げ出した痕跡を発見してしまった。
痕跡はよりにもよって街の方角へと続いており、その正体たる淫魔は未だに見つかっていない……。
以上が、今回の緊急依頼が発令されることになった理由らしい。
「なるほどね」
淫魔は非常に危険な種族だ。
淫魔の体液は淫魔以外のほぼすべての生物を発情させる効果があり、そこへさらに洗脳の魔法をかけることによって、対象を完全な支配下に置く。
淫魔の見た目は普通の人間とほとんど変わらない。
そして今回潜んでいる淫魔は、残された痕跡によると女性の淫魔、サキュバスであることがわかっている。
男の冒険者では、簡単に騙されて体液を取り込まされ、支配されてしまいかねない。
そして冒険者が淫魔の戦力に加われば、事はさらに厄介なことになるだろう。
そのため、今回は女性の冒険者だけが集められたようだ。
「……うぅん」
サキュバスに惑わされないよう、女性の冒険者が集められた。それはわかったが……。
……そもそも私、可愛い女の子といちゃいちゃにゃんにゃんしたいって常々思ってるんですよね。
はっきり言って場違いな気がする。
少し、想像してみよう。
もし可愛い女の子に声をかけられて路地裏とかに連れ込まれて、こんなことを言われたらどうだろう。
『あなたにずっと憧れて、ずっとあなたのことを見ていました……そのたびに気持ちが高ぶって……ごめんなさい。もう、気持ちが抑えきれません。急にこんなこと言われても困るかもしれません。気持ち悪いかもしれません。でも……私、あなたのことが好きです。一人の女の子として……』
…………うん。いいな……。
フィリアやシィナとにゃんにゃんしたい気持ちはこれでもかっていうくらいあるけれど、あくまで私と彼女たちは同性だ。
私のこの思いはきっと歪なもので、それを私が望んだ時に二人が嫌がるかもしれないことを思うと、やはり罪悪感やらなんやらが拭い切れない。
私が今の二人との関係から踏み切れず右往左往してるのも二人を気遣ってだからね。
嫌われるのが怖いとか気持ち悪がられるかもしれないのが怖いとか、そんなヘタレな理由では断じてなくて、二人が嫌がることはしたくないってだけだから。それだけだから。
……ほ、ほんとだぞ?
と、とにかく、そんな風に日々我慢している私の前に、同じ趣味趣向で自分を好いてくれる可愛い女の子が現れたとすれば……。
それで今考えていたみたいな、理想の告白を受けたとしたら……!
うむ。これは心が惹かれてもおかしくないと思いますね。はい。
……いや、惹かれちゃダメなんだけど。
でもやっぱり……一度はそういう経験してみたいなぁ。
そんな風に私を好いてくれる可愛い女の子と、いちゃいちゃにゃんにゃんしながら堕落した毎日を送りたい……。
「ハロ、ちゃん?(ハロちゃん? 立ち止まって、どうしたの……? もうお話も終わって解散だよ?)」
「へっ!? あ、ああ」
気がつけばシィナに袖を引かれ、じっと見つめられていた。
どうやら結構な時間考え事に耽ってしまっていたらしく、すでにこの場を後にする冒険者が多数見かけられる。
「ごめんね、少し考え事をしてたんだ。もう大丈夫だから、私たちも行こうか」
「…………(考え事……ぼーっとしてるみたいだったけど……もしかして、不安なこととかあったり……? 本当に大丈夫なのかな、ハロちゃん……)」
返事をしたはずなのだが、未だにシィナはその場に立ち止まったまま、じぃーっと私を無言で見続けてきている。
「シ……シィナ? どうかした?」
どうにも、少し様子がおかしい。
そう思って問いかけてみると、ぎゅっ、と不意に手を握られた。
一度も瞬きすらせず、見開いたその目で、私だけを見つめながら……。
彼女自身が纏う不穏の雰囲気も相まって、びくっと反射的に体が震える。
「……ハロちゃ、んは……わたし、の、もの…………へんな、こと……かんがえ、ちゃ……だめ…………わたし、が……いる……いい……?(ハロちゃん、私はハロちゃんの友達だからね。もしなにか心配なこととかあるなら、遠慮なく言っていいから。いい?)」
「は、はい」
見開かれた、心の奥底まで見透かすような血の色に塗れた瞳の圧力に、全身に怖気が走る。
か、考えてたことが完全にバレている……。
ハロちゃんはわたしのもの。それはまさしく、私がさきほど考えていた可愛い女の子に声をかけられて好きだと言われたらという想定に関しての釘を刺す言葉に違いない。
か、顔に出ていたのだろうか? いや、そんなはずは……。
心を読むなんて魔法でもほぼ不可能なのに……じゅ、獣人の本能とかそんな感じなんだろうか……それともただの勘……?
冒険者ギルドに来る道中にはシィナのことを可愛いだのなんだのと思っていたものだが、だからと言って、まだトラウマを完全克服できたわけでもない。
わたしのもの、という主張の念押しのためか、ぎゅぅ、と握られる手の力が強まって、思わず漏れかけた悲鳴を必死に飲み込む。
へ、平常心……平常心……。
シィナは私に懐いてくれている……私がシィナをぞんざいに扱ったり無闇に怖がったりしなければ、私を傷つけることはない……はず。
……よ、よし。
「そ……それじゃあ、私たちも件の淫魔の痕跡を探しに行かないとね、シィナ」
「ん……(うん! サキュバスにはハロちゃんに指一本触れさせないから!)」
シィナとともに冒険者ギルドを出て、街の散策を始める。
私は魔法で、シィナは獣人としての優れた嗅覚で。
しかし多くの人々が行き交う街の中で、特定の痕跡のみを見つけることは非常に難しいことだ。
一日中探し回ったが、その日は手がかりを見つけることはできず、定期報告のため冒険者ギルドに戻ることになった。
緊急招集があってから、今日で四日ほどになる。
未だに件の淫魔は見つかっておらず、当然、討伐もされていない。
高ランクの女性冒険者が総出で探している。それなのに見つからないとなると、よもやこの街にはもういないのではとも考えられるが、門の付近は特に厳重に管理されている。
それに、実際の姿はなくとも痕跡を多少見つけるくらいはあるようだ。
そのため、まだこの街に潜伏していることは間違いない。
ただ、その痕跡は街全体に広がってまばらにあり、どれも繋がることなく、すぐに途切れてしまっている……。
「……どう、いう……こと……?(どういうことなんだろう……こんなに探してるのに見つからないなんて)」
夕暮れ時、冒険者ギルドでの今回の調査の報告を終えての帰り道。
今日も徒労だった、と肩を落としながら、シィナが呟く。
彼女がなにを不思議に思っているのかは考えなくてもわかった。
「たぶんだけど……完全支配をしてないんじゃないかな」
「……?(完全支配してない、って?)」
シィナは、こてんと首を傾げる。
「淫魔のする誰かを支配するって行為は、結構目立つんだ。淫魔は、自分の体液を取り込ませて洗脳の魔法をかけることで他人を支配する。でも、体液を取り込ませるような行為をすれば少なからず匂いの痕跡が残る。効果が高い魔法を使えば、その魔力の残滓が残る。つまりはそれだけ見つかりやすくなるんだよ」
それだけではない。
支配した場所ではなく、支配された人にだって淫魔の魔法の痕跡は色濃く残る。
淫魔に支配された者は理性がなくなる。まともな会話もできない。それを見つけ、そこから淫魔自身にたどりつくのは難しい話ではない。
その支配した誰かを隠すにしても、人がいなくなった、という決定的な証拠が残ってしまう。
要は、誰かを支配すればするほど、淫魔自身もどんどん見つかりやすくなるのだ。
しかしこれだけ捜索してもわずかな痕跡しか見つけられないということは、つまりはその完全支配を行っていない可能性が高い。
せいぜいがほんの一時的な軽い洗脳で食糧や寝床の確保をしているくらいだろう、と予測がつく。
「緊急招集で集まった時は内乱みたいになるかもって話をしていたけど、このぶんだと大丈夫そうだね。逃げ出しただけあって、ずいぶんと臆病な淫魔みたいだ。時間はかかるだろうけど、高ランクの女性冒険者が総出で探してるんだ。このままいけばいずれ逃げ場がなくなって、無事に淫魔も討伐されるよ」
「ん(そっかぁ。それなら安心、なのかな?)」
「……ただ、まあ……明日はまともに捜索はできなさそうだけどね」
広場を通りかかった際、その中央に鎮座する石像を流し目で見て、肩をすくめる。
広場にある石像は巨大な蛙の上に小鳥が乗っている、という一見意味のわからないデザインをしている。
その実態は明日の天気を予測している魔道具で、村や街などの人が集まる場所によくある建造物だ。
小鳥が指し示すのは晴れやかな空。蛙が指し示すのは雨の空。
つまりは小鳥の目が光っている時は明日の天気が晴れということで、蛙の目が光っている時は雨になる。
その石像が今回、蛙の目がかなり強めの青い光を放っていた。
光の強さはその天気がどれだけ激しいものかを表すので、明日は相当な嵐ということになる。
実際、雲行きもかなり怪しい。
そして冒険者ギルドもこのことは把握していて、明日は捜索をしなくてもいいと言われていた。
「今日は帰ったら戸締まりを確認しておかないとね。防犯の魔法も暴発しないよう点検しておかないと」
「……てつだ、えること……ある?(わたしも手伝えることってあるかなぁ)」
「そうだね……それじゃあ私は魔法関連を見直すから、シィナには戸締まりの方をお願いしようかな」
「ん(うん。任せてー)」
こくりと頷いたシィナの頭を撫でれば、ぴこぴこと猫耳が動く。
撫でられたことへの嬉しさ、だけではなさそうだ。
緊急依頼は破棄できない。そして淫魔がなかなか見つからないせいで、連日出歩いて痕跡探しで働き詰めだった。
天気が荒れるとは言え、明日は久しぶりにゆっくりできそうで嬉しいのだろう。
もちろん、それは私も同じ気持ちだ。
フィリアもここ最近は留守番ばかりで寂しそうだったが、明日くらいはそんな思いをさせる必要もない。
そうだな……うん。
明日はフィリアの魔法の勉強もお休みにして、三人で遊んだりとかしてみようかな。
ボードゲームなどであれば道具さえ用意すれば簡単にできる。
思い返してみれば、なんだかんだ、この世界に来てからはそういう遊びを気軽に一緒にできる相手はいなかった。
なにせ前世と違って電子機器がないから、それを知っている私にとって、この世界の娯楽は少々物足りない。
せいぜいが本を読んだり、書いたり。それでも暇だから料理の勉強をしたり、家を魔法で要塞化してみたり、ガーデニングに凝ってみたり……。
あとはえっと……自分で自分を、その……いや、うん。なんでもないなんでもない。
とにかく、誰かと遊ぶことなんて長らくできていなかったのである。
だからちょっとくらいはしゃいでしまうのも……きっと、しかたがないことに違いないのだ。
だだ広いだけの空間が広がっているそこは、時には冒険者合同の訓練所、時には冒険者ランク昇段のための試験場など、さまざまな用途に応じて随時使い分けられている。
そして今回は、緊急招集で集まった多くの冒険者たちを一箇所にまとめて話をするための集会所と化していた。
「……ハロちゃ、ん……な、にか……いわかん……な、い?(うーん……ハロちゃん。なんだかちょっと変な感じがするんだけど、なんだろう……)」
私とシィナはこの街に二人しか存在しないSランク冒険者の、まさにその二人に当たる。
特にシィナは彼女の二つ名たる《鮮血狂い》の噂が付随する関係で、周囲の冒険者たちからは恐怖やら畏敬やらで少し距離を取られていて、時折、ひそひそ話が耳に入る。
そんな中、シィナが首を動かして周囲を見渡すなんてことをしたものだから、一部の冒険者が「ひっ!」と悲鳴を上げた。
シィナはただちょっと動いただけなので大変失礼ではあるものの、私も私で過去にシィナにトラウマを植え付けられた経験があるため、その気持ちはよくわかってしまう……。
今は一緒に暮らし始めたことで大分慣れてきたが、それ以前の私であれば、あるいはあちら側でシィナに見つからないようひそひそと隠れようとしていたかもしれない。
そして見つかる……なぜか見つかるところまで容易に想像がつく……。
「違和感……そうだね。私もそれは思ってたよ。具体的には、女性の冒険者しかいないってことにね」
「……!(あ、ほんとだ! 気づかなかった……)」
今この場に集っているのは、高ランクの女性冒険者のみ。
以前の『鉄塵竜』の時は魔法使いの冒険者のみだったが、今回は特に戦闘スタイルによる区別はなさそうだ。
性別が緊急依頼の内容に関係してくるのだろうか。
それとももっと別の事情があったり?
どちらにしても、もうすぐ説明があるはずなので考える必要もないか。
…………それにしても。
「……ふぅむ」
……これが色欲を煽る的な薄めの本だったなら、この後に現れる男が全員を催眠にかけて催眠ハーレム状態と言ったところか……。
これだけの数の高ランク冒険者を相手に幻惑魔法を一気にかけられるトンデモ魔法使いなんてインチキ甚だしいものだが、あの手のいかがわしい感じの本はそういうことがよくあるものだ。
…………うん。まあ私はそのインチキできるけど……。
……ね、念のため、幻惑魔法対策の魔法を展開しておこうか。
一応、一応ね?
シィナをそんな目に合わせるわけにはいかない……。
「……ハロ、ちゃん(あ、ハロちゃん。説明始まるみたいだよ)」
「ん。ああ、始まるみたいだね」
用意された台の上に、ギルド職員の一人が立つ。
私の心配は当然ながら杞憂であったようで、普通に緊急招集の説明が始まった。
まずは簡単な挨拶から、緊急招集に応じてくれたことへの感謝の言葉。
そこから緊急招集するに至った経緯と事情を話して、最後に。
「――この街に潜むハグレの淫魔。これを放っておけば、多くの人々がその毒牙にかけられ……最悪の場合、内乱のような様相になりかねない。そのためあなたがたには、その淫魔の残党を捜索し、そして討伐していただきたいのです」
やはり予想通り、新たな緊急依頼に関することのようだ。
その内容はこうだ。
数日前、とあるAランク冒険者のチームが街の外れで徒党を組んでいる噂のあった淫魔の調査依頼を引き受けた。
調査の結果、淫魔が潜んでいることが確定し、そのまま討伐へ移行。
奇襲をかけたこともあって殲滅は順調に進んだが、その後処理の最中に、一人の淫魔が逃げ出した痕跡を発見してしまった。
痕跡はよりにもよって街の方角へと続いており、その正体たる淫魔は未だに見つかっていない……。
以上が、今回の緊急依頼が発令されることになった理由らしい。
「なるほどね」
淫魔は非常に危険な種族だ。
淫魔の体液は淫魔以外のほぼすべての生物を発情させる効果があり、そこへさらに洗脳の魔法をかけることによって、対象を完全な支配下に置く。
淫魔の見た目は普通の人間とほとんど変わらない。
そして今回潜んでいる淫魔は、残された痕跡によると女性の淫魔、サキュバスであることがわかっている。
男の冒険者では、簡単に騙されて体液を取り込まされ、支配されてしまいかねない。
そして冒険者が淫魔の戦力に加われば、事はさらに厄介なことになるだろう。
そのため、今回は女性の冒険者だけが集められたようだ。
「……うぅん」
サキュバスに惑わされないよう、女性の冒険者が集められた。それはわかったが……。
……そもそも私、可愛い女の子といちゃいちゃにゃんにゃんしたいって常々思ってるんですよね。
はっきり言って場違いな気がする。
少し、想像してみよう。
もし可愛い女の子に声をかけられて路地裏とかに連れ込まれて、こんなことを言われたらどうだろう。
『あなたにずっと憧れて、ずっとあなたのことを見ていました……そのたびに気持ちが高ぶって……ごめんなさい。もう、気持ちが抑えきれません。急にこんなこと言われても困るかもしれません。気持ち悪いかもしれません。でも……私、あなたのことが好きです。一人の女の子として……』
…………うん。いいな……。
フィリアやシィナとにゃんにゃんしたい気持ちはこれでもかっていうくらいあるけれど、あくまで私と彼女たちは同性だ。
私のこの思いはきっと歪なもので、それを私が望んだ時に二人が嫌がるかもしれないことを思うと、やはり罪悪感やらなんやらが拭い切れない。
私が今の二人との関係から踏み切れず右往左往してるのも二人を気遣ってだからね。
嫌われるのが怖いとか気持ち悪がられるかもしれないのが怖いとか、そんなヘタレな理由では断じてなくて、二人が嫌がることはしたくないってだけだから。それだけだから。
……ほ、ほんとだぞ?
と、とにかく、そんな風に日々我慢している私の前に、同じ趣味趣向で自分を好いてくれる可愛い女の子が現れたとすれば……。
それで今考えていたみたいな、理想の告白を受けたとしたら……!
うむ。これは心が惹かれてもおかしくないと思いますね。はい。
……いや、惹かれちゃダメなんだけど。
でもやっぱり……一度はそういう経験してみたいなぁ。
そんな風に私を好いてくれる可愛い女の子と、いちゃいちゃにゃんにゃんしながら堕落した毎日を送りたい……。
「ハロ、ちゃん?(ハロちゃん? 立ち止まって、どうしたの……? もうお話も終わって解散だよ?)」
「へっ!? あ、ああ」
気がつけばシィナに袖を引かれ、じっと見つめられていた。
どうやら結構な時間考え事に耽ってしまっていたらしく、すでにこの場を後にする冒険者が多数見かけられる。
「ごめんね、少し考え事をしてたんだ。もう大丈夫だから、私たちも行こうか」
「…………(考え事……ぼーっとしてるみたいだったけど……もしかして、不安なこととかあったり……? 本当に大丈夫なのかな、ハロちゃん……)」
返事をしたはずなのだが、未だにシィナはその場に立ち止まったまま、じぃーっと私を無言で見続けてきている。
「シ……シィナ? どうかした?」
どうにも、少し様子がおかしい。
そう思って問いかけてみると、ぎゅっ、と不意に手を握られた。
一度も瞬きすらせず、見開いたその目で、私だけを見つめながら……。
彼女自身が纏う不穏の雰囲気も相まって、びくっと反射的に体が震える。
「……ハロちゃ、んは……わたし、の、もの…………へんな、こと……かんがえ、ちゃ……だめ…………わたし、が……いる……いい……?(ハロちゃん、私はハロちゃんの友達だからね。もしなにか心配なこととかあるなら、遠慮なく言っていいから。いい?)」
「は、はい」
見開かれた、心の奥底まで見透かすような血の色に塗れた瞳の圧力に、全身に怖気が走る。
か、考えてたことが完全にバレている……。
ハロちゃんはわたしのもの。それはまさしく、私がさきほど考えていた可愛い女の子に声をかけられて好きだと言われたらという想定に関しての釘を刺す言葉に違いない。
か、顔に出ていたのだろうか? いや、そんなはずは……。
心を読むなんて魔法でもほぼ不可能なのに……じゅ、獣人の本能とかそんな感じなんだろうか……それともただの勘……?
冒険者ギルドに来る道中にはシィナのことを可愛いだのなんだのと思っていたものだが、だからと言って、まだトラウマを完全克服できたわけでもない。
わたしのもの、という主張の念押しのためか、ぎゅぅ、と握られる手の力が強まって、思わず漏れかけた悲鳴を必死に飲み込む。
へ、平常心……平常心……。
シィナは私に懐いてくれている……私がシィナをぞんざいに扱ったり無闇に怖がったりしなければ、私を傷つけることはない……はず。
……よ、よし。
「そ……それじゃあ、私たちも件の淫魔の痕跡を探しに行かないとね、シィナ」
「ん……(うん! サキュバスにはハロちゃんに指一本触れさせないから!)」
シィナとともに冒険者ギルドを出て、街の散策を始める。
私は魔法で、シィナは獣人としての優れた嗅覚で。
しかし多くの人々が行き交う街の中で、特定の痕跡のみを見つけることは非常に難しいことだ。
一日中探し回ったが、その日は手がかりを見つけることはできず、定期報告のため冒険者ギルドに戻ることになった。
緊急招集があってから、今日で四日ほどになる。
未だに件の淫魔は見つかっておらず、当然、討伐もされていない。
高ランクの女性冒険者が総出で探している。それなのに見つからないとなると、よもやこの街にはもういないのではとも考えられるが、門の付近は特に厳重に管理されている。
それに、実際の姿はなくとも痕跡を多少見つけるくらいはあるようだ。
そのため、まだこの街に潜伏していることは間違いない。
ただ、その痕跡は街全体に広がってまばらにあり、どれも繋がることなく、すぐに途切れてしまっている……。
「……どう、いう……こと……?(どういうことなんだろう……こんなに探してるのに見つからないなんて)」
夕暮れ時、冒険者ギルドでの今回の調査の報告を終えての帰り道。
今日も徒労だった、と肩を落としながら、シィナが呟く。
彼女がなにを不思議に思っているのかは考えなくてもわかった。
「たぶんだけど……完全支配をしてないんじゃないかな」
「……?(完全支配してない、って?)」
シィナは、こてんと首を傾げる。
「淫魔のする誰かを支配するって行為は、結構目立つんだ。淫魔は、自分の体液を取り込ませて洗脳の魔法をかけることで他人を支配する。でも、体液を取り込ませるような行為をすれば少なからず匂いの痕跡が残る。効果が高い魔法を使えば、その魔力の残滓が残る。つまりはそれだけ見つかりやすくなるんだよ」
それだけではない。
支配した場所ではなく、支配された人にだって淫魔の魔法の痕跡は色濃く残る。
淫魔に支配された者は理性がなくなる。まともな会話もできない。それを見つけ、そこから淫魔自身にたどりつくのは難しい話ではない。
その支配した誰かを隠すにしても、人がいなくなった、という決定的な証拠が残ってしまう。
要は、誰かを支配すればするほど、淫魔自身もどんどん見つかりやすくなるのだ。
しかしこれだけ捜索してもわずかな痕跡しか見つけられないということは、つまりはその完全支配を行っていない可能性が高い。
せいぜいがほんの一時的な軽い洗脳で食糧や寝床の確保をしているくらいだろう、と予測がつく。
「緊急招集で集まった時は内乱みたいになるかもって話をしていたけど、このぶんだと大丈夫そうだね。逃げ出しただけあって、ずいぶんと臆病な淫魔みたいだ。時間はかかるだろうけど、高ランクの女性冒険者が総出で探してるんだ。このままいけばいずれ逃げ場がなくなって、無事に淫魔も討伐されるよ」
「ん(そっかぁ。それなら安心、なのかな?)」
「……ただ、まあ……明日はまともに捜索はできなさそうだけどね」
広場を通りかかった際、その中央に鎮座する石像を流し目で見て、肩をすくめる。
広場にある石像は巨大な蛙の上に小鳥が乗っている、という一見意味のわからないデザインをしている。
その実態は明日の天気を予測している魔道具で、村や街などの人が集まる場所によくある建造物だ。
小鳥が指し示すのは晴れやかな空。蛙が指し示すのは雨の空。
つまりは小鳥の目が光っている時は明日の天気が晴れということで、蛙の目が光っている時は雨になる。
その石像が今回、蛙の目がかなり強めの青い光を放っていた。
光の強さはその天気がどれだけ激しいものかを表すので、明日は相当な嵐ということになる。
実際、雲行きもかなり怪しい。
そして冒険者ギルドもこのことは把握していて、明日は捜索をしなくてもいいと言われていた。
「今日は帰ったら戸締まりを確認しておかないとね。防犯の魔法も暴発しないよう点検しておかないと」
「……てつだ、えること……ある?(わたしも手伝えることってあるかなぁ)」
「そうだね……それじゃあ私は魔法関連を見直すから、シィナには戸締まりの方をお願いしようかな」
「ん(うん。任せてー)」
こくりと頷いたシィナの頭を撫でれば、ぴこぴこと猫耳が動く。
撫でられたことへの嬉しさ、だけではなさそうだ。
緊急依頼は破棄できない。そして淫魔がなかなか見つからないせいで、連日出歩いて痕跡探しで働き詰めだった。
天気が荒れるとは言え、明日は久しぶりにゆっくりできそうで嬉しいのだろう。
もちろん、それは私も同じ気持ちだ。
フィリアもここ最近は留守番ばかりで寂しそうだったが、明日くらいはそんな思いをさせる必要もない。
そうだな……うん。
明日はフィリアの魔法の勉強もお休みにして、三人で遊んだりとかしてみようかな。
ボードゲームなどであれば道具さえ用意すれば簡単にできる。
思い返してみれば、なんだかんだ、この世界に来てからはそういう遊びを気軽に一緒にできる相手はいなかった。
なにせ前世と違って電子機器がないから、それを知っている私にとって、この世界の娯楽は少々物足りない。
せいぜいが本を読んだり、書いたり。それでも暇だから料理の勉強をしたり、家を魔法で要塞化してみたり、ガーデニングに凝ってみたり……。
あとはえっと……自分で自分を、その……いや、うん。なんでもないなんでもない。
とにかく、誰かと遊ぶことなんて長らくできていなかったのである。
だからちょっとくらいはしゃいでしまうのも……きっと、しかたがないことに違いないのだ。