通常、肉食動物の肉はあまりおいしくないのが常である。
 今回討伐したファイアドラゴンはもちろん肉食動物だ。
 しかしどういうわけか、竜の肉は高級食材扱いされるほどにおいしいという。

 竜に限らず、強い魔物から取れる肉はどれもこれも独特で甘美な味を有していることが多く、高値で取引されている。
 それはおそらく前世ではなかった概念の力、魔力による作用なのであろう。
 私は魔法は得意でも魔物の研究は専門外なので、詳しいことはわからない。
 ただ、その魔物が強ければ強いほど素材がおいしくなることは確かだ。

 もっとも、魔物によっては逆にとんでもないくらいまずいものもあるようだけど……。

「わぁ……おいしそうですね、お師匠さまっ」
「ああ」

 焼いている肉から立ちのぼる芳ばしい香りに、フィリアが頬を綻ばせている。
 かく言う私も少し笑みをこぼしてしまっているかもしれない。

 この体になってから肉や魚があまり食べられなくなった関係で、竜は狩ったことはあっても食べたことはなかった。
 そんな私でも、この竜の肉の香りは「食べたい」と強く思えるほどに濃厚で良いものだった。

 まあ、一番食べたいのはフィリアだけどね?
 無論、性的な意味で。

「でも、少し作りすぎてしまったかな……」

 少なくとも四人分くらいはありそうだ。
 浴場で声に出して笑ってしまっていたからだろう、私がお風呂を出た時の、そしてフィリアがお風呂から戻ってきた時の微笑ましげな視線。
 それが恥ずかしくて、焦りながら調理を始めてしまったせいだ。使う量を間違えてしまった。

「私はお肉があまり食べられないし……いくらかは残して、明日に回さないといけないかもしれないね。そうすると味も薄れちゃうだろうけど……」
「大丈夫です! お師匠さまが作ってくださったお料理を残すなんて絶対ありえません! 私が責任を持って全部食べさせていただきますからっ!」
「えぇ……」

 四人分だよ? 私はどんなに頑張っても一人分が精一杯だから、つまりは三人分をフィリアが食べなきゃいけないってことだよ?
 野菜とかならまだしも肉でそれはちょっと無理がある。

「いや、そこで頑張ってもらわなくてもいいよ。フィリアに無理はさせてまで食べさせたくはないから……」
「無理なんかじゃないです! だってこれは、お師匠さまが私のためを思って取ってきたくれたお肉なんです……いわばこれはお師匠さまの私への思いがこめられた最高の料理っ。それを残すだなんて、絶対ありえません!」
「そ、そうか」

 がばぁっ!

 前のめりになる勢いで力説するフィリアに少し後ずさりしてしまいつつ、相槌を打つ。
 谷間が目に入るので非常に眼福ではあるのだが、火を使っている最中なので、あまりそちらに視線を向けるわけにはいかないのがなんだかちょっと悔しい。

 作った料理を残さず平らげてくれることは確かに嬉しいことだ。
 ただ……そうなるとやっぱり、一つだけ気になることがある。

「……でもフィリア……その……あんまりお肉を食べると……」
「食べると……?」
「……太るかもしれないよ? いくら魔法の練習で汗を流してるとは言っても……」
「…………」

 フィリアが沈黙したので横目で盗み見てみれば、なにやら物凄く葛藤するような表情をしている。

「……大丈夫、です! お師匠さまのお料理を食べるためなら……ちょっと太るくらいで、お師匠さまの思いをこの体の中に全部受け入れられるなら……!」
「…………フィリア」

 一旦火を止めて、私はフィリアの方に向き直った。
 フィリアを、咎めるように見つめる。

「お、お師匠さま?」
「私は、フィリアのことを奴隷扱いするつもりはないって言ったね。でも、今だけはその権限を行使させてもらう。フィリア、お肉は無理して全部食べなくてもいい」
「無理なんかじゃ――」
「フィリア」

 フィリアの言葉を遮って、一歩詰め寄る。

「フィリアがそうして無理をして、本当に太ってしまったり体調を崩したりなんてしてしまったら……私は私を許せなくなる」
「お、お師匠さま?」
「確かに、フィリアの体はフィリアのものだ。本来なら私が口を出すことではないのかもしれない。でも……そんなフィリアの体を、私は大切に思っているんだよ」

 にゃんにゃんする際、その相手はちょっと太ってるくらいがちょうどいいとはよく聞く。
 そちらの方が抱き心地がいいとかなんとか。
 しかしそもそもの話として私の方が小さい。それにこうしてフィリアが太ることを許容し続けていたら、いずれはそれがさらなる肥大化を見せてしまうかもしれない。

 それはダメだ!
 いくらフィリアが私のためだとかなんだとか言っても、それだけは看過できない!

 私は今のフィリアの体が好きなんだっ!
 大きくてぽよんぽよんと揺れるお胸さま! それは他の部分との凹凸、そのギャップによって最大限の魅力を発揮する!

 私の夢の一つ……太ももの辺りからゆっくり上に指をなぞらせていって、柔らかな大きな膨らみの下をつーっと撫でて。
 そこで「他の部分はとても清楚なのに、ここだけはとてもいやらしいね。ふふ、さわってほしいのかな?」って感じに言葉責めをして!
 その時の恥ずかしそうにするフィリアの反応を楽しむシチュエーションに立ち会う夢……!

 それを達成するためには、フィリアには今の体型を維持してもらわなくては困るのだっ!

 フィリアがなんと言おうと、これだけは譲れない。
 たとえ主人と奴隷の権限を行使してでも止めさせてもらう!

 そんな固い決意を持ってフィリアを見据える。
 そんな強い私の視線に、フィリアは初め、目をぱちぱちと瞬かせていた。どうして私がそこまで強く言うのか、理解できないように。

 しかし、彼女はやがて私の言葉を噛みしめるかのように目を閉じると。
 突如、ばちんっ! と自分で自分の頬を思い切りぶっ叩いた。

「いっ、た……!」

 いやなにやってんの?
 いった、って……そりゃ痛いよ。
 だって手形残ってるもん。

 フィリアってやっぱり本当に痛いの好きなのかな……?

 というか、この状況、なんだか既視感がある。
 前にもこんなことがあったような……。

「お師匠さま……私が間違ってました」

 すべてを理解し(たぶんなにも理解してない)、心の中で噛みしめているかのような顔で、フィリアが言う。

「無理をすることを、お師匠さまの思いを受け止めることだなんてうそぶいて……でもそれはその実、お師匠さまに責任を押しつけることと同義でした」
「う、うん?」
「そんなこともわからないまま、本当に私のためを思ってくれたお師匠さまの思いを軽々しく無下にしようとしていた私は……本当に大馬鹿者です」

 ……う、うぅん……。
 なんだろう……なんとなくだが、またなにかフィリアが勘違いをしている気がする……。

 フィリアが一人でなんか急に語り出す時は大抵すごい勘違いをしている時だ。
 私の経験則がそう言っている。

 このまま放っておけば、フィリアはまたなにかよくわからないことを言って私の思いもよらない行動に出てくるに違いない。

 だが、それは放っておけばの話だ。
 私は過去の事例から学ばない浅はかな思考の持ち主ではないのである。

 今まではただ相槌を打つだけだったから勘違いを加速させてしまっていた。
 しかしフィリアが勘違いをしていることを客観的に認識できたこの時点で、すぐにでも彼女の話を遮って訂正してしまえたなら、きっとすぐに勘違いは解ける。

 後々になって違うと言いにくい雰囲気になるのはもう散々である。
 すぐに訂正することが大切なのだと私は学んだ。

 さあ、今こそその教訓を活かす時……!

「今まで私に気を遣って使われていなかった主人としての権限を、こんなことで使ってくださったお師匠さまは」
「フィリア、あの」
「きっと、私に嫌われるかもしれないって思いながら、それでも私のためを思って、そうしてくれたんでしょうね」
「別にそんなこ」
「ただただ、私の体を気遣って……それだけのために」
「ちが」
「お師匠さまはいつも本当にお優しいです。優しいなんて言葉だけで終わらせるのが失礼なくらい……」
「だからちが」
「なのに私はっ!」

 ねえちょっと私の話聞いて?

「最初から独りよがりでっ……うぅ、自分で自分が情けないです。お師匠さまにいつもご迷惑をおかけしてばかりで、一つだってお師匠さまのためだって胸を張れることのできない自分が……」
「……いや……」

 なんで肉食べたら太るからやめた方がいいよってだけの話で、こんなに深刻になっているんだこの子は……。

 私今回なにかした? なんにもしてないよね?
 太ったフィリアはちょっと嫌だなって言っただけだよね?
 前々から思ってたけど、フィリアって絶対思い込みが激しいタイプだ……。

 うーむ……とりあえず勘違いを訂正する前に、フィリアを励ましてあげた方がいいかもしれない。
 こんな落ち込んだ状態のまま夕食の時間にもつれ込んでしまったら、せっかくの竜の肉をフィリアがおいしく食べられない。

「フィリア。いつも言っているだろう。迷惑なんていくらでもかけてくれていいと」
「でも、私は……!」
「わかってるよ、フィリア。気にしないでいいなんて言っても、フィリアは真面目だから、一人で自分を責めてしまうだろう。でもね、フィリアはちゃんと頑張っているよ。一つずつ、できることをこなして……きっとまだ、その自覚ができないだけだ」
「……お師匠さま」
「いつか必ず、その努力が報われる日が来るよ。自分を認められる時が来る。フィリアがいつも私を思ってくれていることは私が一番よく知ってるから。その私が言うんだから間違いない」
「…………」
「君の頑張りは決して無駄じゃない。だから、下を向かないでフィリア。不安なら、私を見ていればいい。自分で自分を傷つけるくらい辛いなら、私がフィリアを抱きしめるよ。ふふ。なんと言っても、私はフィリアのお師匠さまだからね。弟子を甘やかすのも私の役目さ」

 そう微笑みかけて、今日帰ってきた時にそうしたように、フィリアの頭の上に手を伸ばしてよしよしと撫でる。

 実際、フィリアはほんとマジで頑張っている。
 毎日早起きをして、毎日私の手伝いをして、毎日何時間も魔法の練習をして、毎日魔法の勉強をして。
 彼女はそれらを一日たりとも休むことはない。
 いつも元気に、明るい声で、私のそばで笑っている。

 そして、それらを苦に思わないように振る舞い続けている彼女が落ち込む時というものは、そのどれもが私に関することで自分の言動に納得できていない時。
 もうあんまりにできすぎた弟子すぎて、私にはもったいないくらいだ。

「お師匠さまぁ……」

 フィリアはうるうると瞳を潤ませながら、頭を撫でる私の手をおとなしく受け入れていた。

 ……よし、いい感じだな。
 あとしばらくこうして、フィリアが落ちついたら勘違いの方も早く正してしまおう。
 ただ単に太ったフィリアが嫌だなって思っただけで他意は一切ないってことを伝えるのだ。

 フィリアにはちょっと悪いけど、だってそもそもそれが事実だからな……。
 それにそっちの方がフィリアもあんまり気負わずに、なーんだ、みたいに軽く流してくれるはずだ。
 それでこれを機にもうちょっと休んだりさぼったりすることを覚えてくれたらいいな。

 いくらなんでも頑張りすぎなんだよ。もう社畜とかそういう次元じゃない。
 それにもっと私への態度が柔らかくなってくれた方が、いざという時……つまりはえろいことしたいと言い出す時に、こっちも言いやすいし。

 そう思いながら、フィリアの頭を撫で続けていた。
 そしてフィリアの反応が薄くなり始めてそろそろいいかな、と手を離そうとした。

 そんな時だ。
 突如、私の頭を柔らかい二つの物体が包み込んだのは。

「んむっ!?」
「お師匠さまは……こういう時、いつも私の欲しい言葉をくれます……」

 自分がフィリアに抱き寄せられたのだと気づくのに、数秒かかった。

 豊かで温かで柔らかな、覚えのある心地いい弾力。
 とろけてしまうような甘い香り。ほんの少し身じろぎするだけで、顔のあちこちをふにふにと柔らかな感触が押し返す。

 思わずフィリアの顔を見上げれば、彼女はほんのわずかに頬を染めながら、胸の中にいる私を至近距離で見つめていた。
 フィリアが、口を開く。

「気にしなくていいなんて言わないで、頑張らなくていいなんて言わないで、不安がらないでなんてことも言わないで……いつだって、どんな時も……どんな私のことも認めて、無条件に私を甘やかしてくれる」

 囁くような小さな声。
 漏れる吐息はどこか熱を孕んでいて、どうしてかフィリアから目を離すことができない。

 フィリアの様子が、いつもと違う……?

「フィリ、ア……?」
「聞こえますか……? 私の心臓……こんなにどきどき言っちゃってます。全部、お師匠さまのせいです……」
「わ、私の……?」
「はい。お師匠さまが、弱音を吐く情けない私のこと……怒りも叱りもしないで、あんなに甘やかすから……」
「そ、そんなこと、言われ……ても……」
「……いつも甘すぎるんです、お師匠さまは……とっても……本当に、ずるいくらい……」

 それはただ、感動と親愛に満ちた顔だったのかもしれない。
 だけど。

 熱を孕み、潤んだ瞳。
 上気して、赤くなった頬。
 熱く震えるような静かな吐息。

「……あんまりに甘すぎて……お師匠さまと一緒にいると、毎日が幸せすぎて…………私、おかしくなっちゃいそう……」

 どこか扇情的にも見えるフィリアのその表情から、私は目が離せなくなっていた。
 いつもなら胸の感触を味わうことにばかり意識が行って、他のことなんてまったく目に入らないくらいなのに。
 今だけはそんなものは全然気にならなくて。
 ただただ私の視界に映るフィリアの熱のこもった表情が、視界と頭の中のすべてを埋め尽くしている。

 フィリアのことで頭がいっぱいで、他のことをなにも考えられない。

「お師匠さま……」
「ふぃ、ふぃり……あ……?」

 フィリアの顔が近づいてきているような気がした。
 それが意味していることに頭が追いつかないまま、徐々にその距離が縮まっていく。
 すっかり固まってしまった私の体は、激しく鼓動を鳴らす心臓以外はまったく動いていなくて。

 そして、私とフィリアは――。

「へっ!?」
「ひゃっ!?」

 私とフィリアは、不意に屋敷の中に鳴り響いた聞き慣れない鈴の音に、びくっと体を跳ねさせた。
 フィリアは目を瞬かせて周囲を見渡し、何事かと慌てている。
 しかし状況が状況だっただけに一瞬驚いてしまったが、私はこの音の正体を知っていた。

「だ、誰かがこの家を訪ねてきたみたい、だ。今のはその、ら、来客があった時に知らせてくれる魔道具の鈴の音だから……」

 必死に頭を回してそう告げれば、フィリアが再び私の方を向く。

「そ、そうなん、ですか?」
「あ、ああ。だから、えっと……」

 未だ私はフィリアに抱き寄せられたままだった。
 しかし鈴の音で目が覚めたのか、すでにフィリアはつい数秒前のように熱に浮かされた表情はしておらず、いつも通りの様子に戻っているように見えた。

 そのフィリアが、現状を認識したのか、はっとしたような顔になる。
 かぁーっ! と一瞬にしてその顔を真っ赤に染め上げて、ばっ! と即座に私を解放して後ずさった。

「ご、ごご、ごごごごめ、ごめんなさいっ!」

 ぐるぐる模様が瞳の中に見えそうなくらいの混乱具合で、何度も頭を下げ始める。

「わ、私、い、今なにをっ……? な、なんであんな……あぅっ、お師匠さまぁ! 今のは、そのっ、違ってっ。なにが違うって、えっとっ、あの、えぇっとっ……ちが、違うのぉ。違うんですよぉ……! はぅぅっ。あぅあぅっ……!」
「い、いいから落ちついてっ。とりあえず今は来客に対応しないと、ね?」

 見るからにショート寸前なフィリアをどうどうと落ちつかせようと試みるものの、効果は見られない。
 たぶん、私がいるからいけないのだろう。私がここにいる限り、どんな言葉をかけたところできっと意味はない。
 ここは一旦離れて、一人で冷静になってもらった方がいい。

「私が外の様子を見てくるから、フィリアはここで料理を見ててっ。なんにもしなくていいからね? ただ落ちついて、ここでおとなしくしていればいいからっ……わかった? フィリアっ、返事!」
「は、はいっ!」
「よし! それじゃあ私、行ってくるから……!」

 ぱたぱたとフィリアのもとを離れて、台所を脱出する。
 それはさながら、逃げるようにと形容するような去り方だったかもしれない
 でも、それもしかたがない。フィリアほどではないが、私だって混乱しているのだ。

「……さ、さっきの」

 小走りで玄関に向かいながら、さきほどのことを思い返す。

 ……さ、さっきの……もしかしてフィリア、キスしようとしてきてた……?
 お、思い違いかな……で、でも、あんなフィリアの顔、今まで見たことないし……。
 っていうかあれ現実だったの? 私の願望が生み出した幻とかじゃなくて?

「で、でも」

 フィリアは今まで家族の温かさもなにも知らないで、ずっと一人だったという。
 だとすれば、さっきのフィリアは、あるいはその人恋しさが暴走した結果なのかもしれない。

 フィリアは普段、私のために尽くそうとするばかりで、甘えようとはしてこない。
 主人と奴隷。師匠と弟子。彼女の中にはきっと常に私の方が立場が上だという認識があって、素直に甘えることができないのだろう。
 ただ頑張ることで自分の存在意義を示して、褒められたがったりすることが精一杯。それが普段のフィリアの精一杯の甘え方。
 でも、そんなフィリアでもきっと人恋しさを抑え切れない時があるのだ。

 フィリアにとって甘えられる初めての相手が私で。でも、ろくに甘え方も知らなくて。
 それゆえに、不安に苛まれて弱っていたフィリアは、知識の中にあるもっとも色濃い愛情表現の一つを行動に起こそうとしてしまった。
 つまりは親愛から生じた、フィリアなりの甘えたいという表現が肥大化しただけの行動。
 きっとそれだけで深い意味はない。
 実際、国によっては家族とキスすることなんて大して珍しいことでもないだろう。

 ……でも。
 でも……もし、あのまま邪魔が入らなかったら……い、いったいどうなってたんだろ……。

 フィリアはそこで終わろうとしていても、私の方は、いつものように良い師匠を演じ続けられていただろうか……?
 もしかしたら耐え切れず、フィリアに……。

「くっ……とにかく、フィリアに無理矢理襲いかかるなんてことだけは絶対ないようにしないとな……」

 フィリアは私の奴隷なので、きっと真正面から言えばさせてくれる。
 だけどフィリアの嫌がることはしたくない。

 確かに、フィリアにえろいことしたい気持ちは十二分にある。
 でも、フィリアはいつも、あんなにも私のことを思って頑張ってくれている。
 私の浅ましい欲望なんかで、そんな純粋な彼女の思いを踏みにじりたくはない。
 今はもう言いにくいだけじゃなくて、そんな風にも思ってしまっている。

 もしもフィリアとそういうことをするのなら、それとなく不可抗力とか、フィリアのためにしかたなくみたいな感じとか……できればフィリアからしてほしいってお願いされるのが一番いいな、うん。
 フィリアをできるだけ傷つけず、嫌がらない範囲でそういうことをしたい。
 ……べ、別に万が一にでも嫌われるのが怖くてヘタレてるわけじゃないぞ? 違うからなっ。
 それもこれも全部フィリアのためだから。私はあと一歩を踏み出せないヘタレじゃないからっ!

「とにかくっ! 今は来客だ……!」

 考え事をしているうちに足が遅くなってしまっていた。
 また、鈴の音が屋敷内に響く。
 だけどすでに玄関の前にはついていたので、私はその扉を開けて、急いで門へと向かった。

「待たせてすまない。私がここの主のハロだ」

 フィリアとのことを頭から追い出して、今はただ来客との対応だけに意識的に集中する。
 胸に手を当てて、少し深呼吸。そして、私は門越しに立っている来客の方を向いた。

「いったいなんの用、で……」
「……(うぅ。ハロちゃん、さっきぶり……)」

 そんな私を迎えたのは、門の向こうで佇んだまま私をじっと見つめている、見慣れた猫の獣人の少女だった。