最近、ハロちゃんと会えてないなぁ……。
冒険者ギルドに足を進めながら、わたしは心の中で小さくため息をついていた。
あの日、ハロちゃんという念願のお友達ができたことで、わたしは遠くへの移住を取りやめることにした。
故郷ですら、誰もわたしの本心に気づいてくれる人はいなかった。
でも、ハロちゃんは初めて会ったはずのわたしの寂しさをすぐに察して、抱きしめてくれた。
ハロちゃん以上にわたしのことを理解して、受け入れてくれるような存在なんて、後にも先にも誰も現れないような、そんな気がしていた。
でも、最近はそのハロちゃんにあまり会えていない。
ハロちゃんに会うために、毎日みたいに冒険者ギルドに通ってるのに……。
採取も護衛もその他諸々も苦手なわたしが受けられるのは討伐依頼くらいで、その討伐依頼だって別に好きでもなくて、その好きでもないものを毎日みたいにこなしてるのに……。
むぅ、と少し不機嫌な雰囲気が漏れてしまう。
そのせいで威圧的なものが漏れて周囲の人たちが小さく悲鳴を上げて走り去っていく。
なんにもしていないのに怖がられる。昔ならかなり落ち込んでいたものだが、今はちょっとしょんぼりするだけで済む。
ふふんっ、なんたって今のわたしにはハロちゃんがいるからね!
……って、今はそのハロちゃんに会えてなくて落ち込んでるんだって!
うぅ……どうしたんだろう、ハロちゃん。もしかして、昔のわたしみたいに遠くに移住しようと考えてて、もう街を去った後とかなのかな……。
もしそうならどうしてわたしに言ってくれなかったんだろう。
…………もしかしてわたし、ハロちゃんに避けられて……?
……あ゛ぅ゛ぁ゛ー! うわぁぁああああああああっ!
だ、だめだ……ハロちゃんに嫌われてるかもなんて考えたら……心が折れそう……。
っていうかあの優しいハロちゃんがわたしを避けてるとかあるわけないからっ! わたしのこと怖がってるとかもあるわけないから! ハロちゃんに失礼だよわたし!
うぅ、友達を信じられないなんて……わたし最低だ……。
と、とにかく、ハロちゃんがもし移住を考えてるとしたら、わたしにそのことを教えてくれたはず。
でもそれはなかったってことは、もっと別の個人的な用事でギルドに来れないか……それとも、まさかなにかの事件に巻き込まれてたり、とか……?
じ、事件!? もしそうだとしたら、早くハロちゃんを助けてあげないと……!
ハロちゃんはすごく魔法が得意みたいだけど、わたしと違って身体能力が高いわけじゃない。不意を打たれて背後から眠らされたりとかしたら、きっと簡単に捕まってしまう。
そして変な人たちから、あんなことやこんなことをされて……。
だ、だめっ! それは絶対だめ!
確かにハロちゃんは同じ女のわたしでも見惚れちゃうくらい綺麗で! あの普段はクールなハロちゃんが乱れるところとか想像しちゃうと、なんだか胸がどきどきしてきて、ちょっと変な気持ちになっちゃうけど!
無理矢理はだめなの! ハロちゃんを泣かせるなんて絶対許さない……! そんなことする人はこのわたしが八つ裂きにしてやる!
ちゃんと合意がなきゃ、そういうことはしちゃいけないんだから!
……合意? 合意があれば、別にそういうことも許すかと言われれば……。
…………やっぱりだめぇ! お友達は許しませんよ! ハロちゃんとそういうことしたいなら、わたしを倒してからにしなさい!
「……!」
ハロちゃんのことを考えているとどんどんじっとしていられなくなって、いつの間にか足早に冒険者ギルドへ向かっていた。
冒険者ギルドの出入り口の扉を若干乱暴にこじ開ける。
するとギルド内の視線がわたしに集まって、そこにあった喧騒が一瞬にして無に帰すという珍事が発生するが、わたしにとって重要なことはそんなものではない。
訪れた静寂を不思議に思ったのか、掲示板の前に立っている一人の少女が、わたしの方に振り向く。
この一ヶ月間ずっとずっと会いたくて、ここに来るまでの道中もずっと考えていた女の子。
その名は……!
「……!」
ハロちゃん! いたぁああああああああ!
ギルドに入った勢いのまま、ハロちゃんの方に向かう。
「…………」
ひゃあああ! ハロちゃん久しぶりぃー!
もう、今までどこ行ってたの? 全然音沙汰ないから心配しちゃったよっ?
ハロちゃんのことだから無事だろうとは思ってたけど、友達としては心配になっちゃうの!
でもよかった! ハロちゃんに会えて! 一ヶ月も会えなくて寂しかったんだよ?
けど今日は会えたし、えへへ、しかたないから全部許してあげるー。
……というようなことを一気にまくし立てるような気持ちで、ハロちゃんを見つめる。
猫耳も思わずぴくぴくと動いてしまって、尻尾もちょっと忙しなく動いちゃってるのがわかる。
その割に声は出ないが、そんなのはいつものことなので気にしない。それにハロちゃんならきっと言わなくたってわかってくれる。なんたってハロちゃんだもん。
「シ、シィナ。久しぶりだね」
ほらぁ! わたしの久しぶりって心の中の挨拶に返してくれた!
えへへ、やっぱりハロちゃんはすごい! 故郷の人たちですらわかってくれなかったわたしのことを、こんな簡単に……。
……ん?
「シ、シィナ?」
なんだかいつものハロちゃんと少し匂いが違うような気がして、不思議に思ったわたしは、一歩さらにハロちゃんに踏み込んだ。
ハロちゃんとわたしの身長は同じくらい。肩辺りで鼻をすんすんと動かして、以前までのハロちゃんと今日のハロちゃんとの違和感の正体を探る。
わたしは獣人だから、鼻とか耳とか、そういう五感が他の種族の人と比べて優れている。だからこうすれば、大抵のことは嗅ぎ分けることができる。
……むっ、これは……。
「…………ほかの……」
「ほ、他の?」
「…………ほかの……おんなの……においが、する」
ほんの少しだけど、ハロちゃんの匂いに、ハロちゃん以外の女の人の匂いが混じっている。
匂いが混じるなんて、よほど近くで接触しなきゃ起きるはずがない。それも偶然じゃなくて、故意的なものでない限りほぼありえないことだ。
ハロちゃんとそれだけ近くにいる関係……少なくとも、知り合い以上。
つまりハロちゃんはこの一ヶ月間、わたし以外の誰かと一緒にいた可能性が高いってことになる。
むぅー……!
思わず、不満げな態度を取ってしまう。
確かに、確かにですよ?
ハロちゃんはすっごい魅力的だから、いろんな人に好かれるのもわかる。
こんなわたしを理解して、救ってくれて、あまつさえ友達にもなってくれた。そんな天使なハロちゃんが、わたしみたいに一人ぼっちで友達がいないわけがない。
わたしみたいにハロちゃんのことを好いているような人が、いっぱいいるんだろうと思う。
わたしは正直……自分にはあんまり自信がない。
いっつも誰かに怖がられてばっかりだし。ハロちゃんにだって甘えてばっかりで、手間をいっぱいかけさせちゃってるだろうし……。
そんな面倒なだけのわたしを受け入れてくれるハロちゃんには本当に頭が上がらない。
だから、そんなわたしにハロちゃんの交友関係に口を挟む権利なんてないことはわかってる。
わかってるけど……。
「……あなた、は……わたし、だけの……もの……(……ハロちゃん……あのね、今日はわたしだけのハロちゃんでいてほしいの)」
「シ、シィナ、だけの……?」
「……だれにも、わたさない。ぜったいに……(わたしの友達は、ハロちゃんだけなの……だから、今日だけは他の人のところには行かないで? わたしと一緒にいてほしいの……)」
……うぅ、やっぱり迷惑……かな。
いくら友達がハロちゃんだけだからって、ちょっと依存しすぎだよね……。
…………嫌われたりとか……しちゃうのかな……。
「…………かまって(お願い、ハロちゃん……)」
最後の思いを込めて、そう呟く。
するとハロちゃんは、急に甘えたがり始めたわたしにちょっと戸惑いがちに、だけど確かにその返事をくれた。
「う、うん。おいで、シィナ……」
そう言って、わたしをぎゅって抱きしめてくれる。
ああ、やっぱりハロちゃんは優しいなぁ。優しくて、温かい。
いつもは鉄面皮なわたしの顔も、この時ばかりはすっかり緩んでしまっていた。
「あなた、が……わたしの、すべて……あなただけ、が……(ありがとう、ハロちゃん。あなただけがわたしの唯一の、そして一番の友達だよ……)」
かつてのように、顎や頬をすりすりと擦りつける。
故郷でのわたしの一族に伝わる、親愛の情を伝えるための仕草。
やっぱり恥ずかしいけど、これまたやっぱり、ハロちゃんになら悪くない気分。
「シ、シィナは甘えん坊だなぁ」
ひゃわぁっ!?
は、ハロちゃん!? そ、それはすごい! それはやばいってぇ!
あぅ……く、くすぐったくて……で、でも……ふみゃあぁ……。
まるで普通の猫みたいに顎の下を撫でられて、あまりの気持ちよさにすっかり全身が弛緩してしまう。
体をハロちゃんの方に倒して、寄りかかる。
うぅ……は、恥ずかしいぃ……。
「…………」
……あれ? ハロちゃんの手が止まった?
あ、今の沈黙はわたしじゃないからね? ハロちゃんの沈黙だからね?
「……どう、か……した……?」
「……いや、シィナと初めて会った時のことを思い出していてね。確かあの日、私がここでシィナに声をかけたのがすべての始まりだったな、と……」
ハロちゃんがどこか少し遠い目をして、そんなことを言う。
ハロちゃんと会ってからの日々はわたしにとって夢のようだった。
一緒にお食事に行ったり、街を出歩いたり。ずっとずっとお友達としたかったと思っていたことを、ハロちゃんは叶えてくれた。
あの日、ハロちゃんに出会えたから。
わたしも同じように昔のことを思い出して、気がついたら、ハロちゃんから離れて掲示板の方に体を向けていた。
「……い、らい……うけ、る……? ……あの……とき、と……お、なじ…………い、っしょ……に……」
もしかしたら断られるかも、なんて不安げに提案してみると、ハロちゃんはほんの少し困ったような顔をする。
え、まさか本当に……こ、断られ……?
「一緒に、か。実は、ファイアドラゴン討伐を受けようとしてたんだ。転移魔法を使っての日帰りでね」
よかった違ったぁああ!
わたしが飛行する魔物を相手にするのが苦手だから困ったような顔したんだね! 本当によかった……。
「……とぶ、とかげ…………にがて……」
「シィナが得意なのは近接戦闘だからね。しかたないよ」
ふふふ……しかしですよ、ハロちゃん。
「……で、も……この、まえ……ハロ、ちゃん……が、おしえ、て……くれた……まほう…………すこ、し……つかえる、よう、に……なった、から……」
ハロちゃんが教えてくれた、なんか空中で足場を作れるようになる魔法、やっとまともに使えるようになったんだよ!
魔法は苦手だけど頑張ったの! ハロちゃんがわたしのために作ってくれた魔法だもん!
友情パワーってやつだね!
「そ、そうか。使えるようになったのか……」
わたしは少し期待の眼差しを向けてみるが、ハロちゃんはそう言ったきりで、なにもしてくれない。
……むぅ。
それとなく袖を引いてみると、ハロちゃんはわたしが欲してくれていることを察してくれたらしい。
「え、偉いね。シィナ」
はみゃわぁ……。
ハロちゃんが頭を撫でてくれて、胸の内がぽかぽかと温かくなる。
いっぱい手間をかけさせちゃってるはずなのに……ハロちゃんはいつもわたしを拒絶せず、受け入れてくれる。
「じゃあ、一緒に行こうか。ああ、討伐証明部位以外にも料理用にお肉をある程度持って帰るつもりだから……その、斬り刻まないようにお願いしたい……」
お肉? ハロちゃんお肉あんまり食べられないんじゃ……?
あ、もしかして身長とか、それともその……胸の大きさとか、気にしてるの……?
うぅ、その気持ちちょっとわかるよ……。
で、でも、ハロちゃんくらいのもわたしは好きだよ! わたしと同じで揉めるくらいはある感じだもん! だからそんな気にしないで!
「……」
とにかくハロちゃんのためにもそのお願いは果たそうと、こくりと首肯しておく。
イメージ的には「まかせて」って風に自信満々な感じだ。むんっ、と胸を張って言っているようなイメージ。実際にはただ頷いただけ。
よーし! ハロちゃんのためにも今日は気合い入れて頑張ろう!
ハロちゃんがわたしのために作ってくれた魔法も、どれだけ使えるようになったのか見せてあげたいしね!
戦いは嫌いだけど、これもハロちゃんのため!
頑張るぞぉー! おー!
――その後、どうやらほんのちょっと張り切りすぎちゃったみたいで、誤ってファイアドラゴンをいつもみたいに斬り刻んじゃったのはご愛嬌ってことで……。
ハロちゃんと久しぶりにおしゃべりしたり依頼受けたりが楽しすぎて、ついやっちゃったんだよ……許してハロちゃん……。
頑張って二体目も見つけて、そっちはほら、ちゃんとお肉のぶんは残したから、ね……?
冒険者ギルドに足を進めながら、わたしは心の中で小さくため息をついていた。
あの日、ハロちゃんという念願のお友達ができたことで、わたしは遠くへの移住を取りやめることにした。
故郷ですら、誰もわたしの本心に気づいてくれる人はいなかった。
でも、ハロちゃんは初めて会ったはずのわたしの寂しさをすぐに察して、抱きしめてくれた。
ハロちゃん以上にわたしのことを理解して、受け入れてくれるような存在なんて、後にも先にも誰も現れないような、そんな気がしていた。
でも、最近はそのハロちゃんにあまり会えていない。
ハロちゃんに会うために、毎日みたいに冒険者ギルドに通ってるのに……。
採取も護衛もその他諸々も苦手なわたしが受けられるのは討伐依頼くらいで、その討伐依頼だって別に好きでもなくて、その好きでもないものを毎日みたいにこなしてるのに……。
むぅ、と少し不機嫌な雰囲気が漏れてしまう。
そのせいで威圧的なものが漏れて周囲の人たちが小さく悲鳴を上げて走り去っていく。
なんにもしていないのに怖がられる。昔ならかなり落ち込んでいたものだが、今はちょっとしょんぼりするだけで済む。
ふふんっ、なんたって今のわたしにはハロちゃんがいるからね!
……って、今はそのハロちゃんに会えてなくて落ち込んでるんだって!
うぅ……どうしたんだろう、ハロちゃん。もしかして、昔のわたしみたいに遠くに移住しようと考えてて、もう街を去った後とかなのかな……。
もしそうならどうしてわたしに言ってくれなかったんだろう。
…………もしかしてわたし、ハロちゃんに避けられて……?
……あ゛ぅ゛ぁ゛ー! うわぁぁああああああああっ!
だ、だめだ……ハロちゃんに嫌われてるかもなんて考えたら……心が折れそう……。
っていうかあの優しいハロちゃんがわたしを避けてるとかあるわけないからっ! わたしのこと怖がってるとかもあるわけないから! ハロちゃんに失礼だよわたし!
うぅ、友達を信じられないなんて……わたし最低だ……。
と、とにかく、ハロちゃんがもし移住を考えてるとしたら、わたしにそのことを教えてくれたはず。
でもそれはなかったってことは、もっと別の個人的な用事でギルドに来れないか……それとも、まさかなにかの事件に巻き込まれてたり、とか……?
じ、事件!? もしそうだとしたら、早くハロちゃんを助けてあげないと……!
ハロちゃんはすごく魔法が得意みたいだけど、わたしと違って身体能力が高いわけじゃない。不意を打たれて背後から眠らされたりとかしたら、きっと簡単に捕まってしまう。
そして変な人たちから、あんなことやこんなことをされて……。
だ、だめっ! それは絶対だめ!
確かにハロちゃんは同じ女のわたしでも見惚れちゃうくらい綺麗で! あの普段はクールなハロちゃんが乱れるところとか想像しちゃうと、なんだか胸がどきどきしてきて、ちょっと変な気持ちになっちゃうけど!
無理矢理はだめなの! ハロちゃんを泣かせるなんて絶対許さない……! そんなことする人はこのわたしが八つ裂きにしてやる!
ちゃんと合意がなきゃ、そういうことはしちゃいけないんだから!
……合意? 合意があれば、別にそういうことも許すかと言われれば……。
…………やっぱりだめぇ! お友達は許しませんよ! ハロちゃんとそういうことしたいなら、わたしを倒してからにしなさい!
「……!」
ハロちゃんのことを考えているとどんどんじっとしていられなくなって、いつの間にか足早に冒険者ギルドへ向かっていた。
冒険者ギルドの出入り口の扉を若干乱暴にこじ開ける。
するとギルド内の視線がわたしに集まって、そこにあった喧騒が一瞬にして無に帰すという珍事が発生するが、わたしにとって重要なことはそんなものではない。
訪れた静寂を不思議に思ったのか、掲示板の前に立っている一人の少女が、わたしの方に振り向く。
この一ヶ月間ずっとずっと会いたくて、ここに来るまでの道中もずっと考えていた女の子。
その名は……!
「……!」
ハロちゃん! いたぁああああああああ!
ギルドに入った勢いのまま、ハロちゃんの方に向かう。
「…………」
ひゃあああ! ハロちゃん久しぶりぃー!
もう、今までどこ行ってたの? 全然音沙汰ないから心配しちゃったよっ?
ハロちゃんのことだから無事だろうとは思ってたけど、友達としては心配になっちゃうの!
でもよかった! ハロちゃんに会えて! 一ヶ月も会えなくて寂しかったんだよ?
けど今日は会えたし、えへへ、しかたないから全部許してあげるー。
……というようなことを一気にまくし立てるような気持ちで、ハロちゃんを見つめる。
猫耳も思わずぴくぴくと動いてしまって、尻尾もちょっと忙しなく動いちゃってるのがわかる。
その割に声は出ないが、そんなのはいつものことなので気にしない。それにハロちゃんならきっと言わなくたってわかってくれる。なんたってハロちゃんだもん。
「シ、シィナ。久しぶりだね」
ほらぁ! わたしの久しぶりって心の中の挨拶に返してくれた!
えへへ、やっぱりハロちゃんはすごい! 故郷の人たちですらわかってくれなかったわたしのことを、こんな簡単に……。
……ん?
「シ、シィナ?」
なんだかいつものハロちゃんと少し匂いが違うような気がして、不思議に思ったわたしは、一歩さらにハロちゃんに踏み込んだ。
ハロちゃんとわたしの身長は同じくらい。肩辺りで鼻をすんすんと動かして、以前までのハロちゃんと今日のハロちゃんとの違和感の正体を探る。
わたしは獣人だから、鼻とか耳とか、そういう五感が他の種族の人と比べて優れている。だからこうすれば、大抵のことは嗅ぎ分けることができる。
……むっ、これは……。
「…………ほかの……」
「ほ、他の?」
「…………ほかの……おんなの……においが、する」
ほんの少しだけど、ハロちゃんの匂いに、ハロちゃん以外の女の人の匂いが混じっている。
匂いが混じるなんて、よほど近くで接触しなきゃ起きるはずがない。それも偶然じゃなくて、故意的なものでない限りほぼありえないことだ。
ハロちゃんとそれだけ近くにいる関係……少なくとも、知り合い以上。
つまりハロちゃんはこの一ヶ月間、わたし以外の誰かと一緒にいた可能性が高いってことになる。
むぅー……!
思わず、不満げな態度を取ってしまう。
確かに、確かにですよ?
ハロちゃんはすっごい魅力的だから、いろんな人に好かれるのもわかる。
こんなわたしを理解して、救ってくれて、あまつさえ友達にもなってくれた。そんな天使なハロちゃんが、わたしみたいに一人ぼっちで友達がいないわけがない。
わたしみたいにハロちゃんのことを好いているような人が、いっぱいいるんだろうと思う。
わたしは正直……自分にはあんまり自信がない。
いっつも誰かに怖がられてばっかりだし。ハロちゃんにだって甘えてばっかりで、手間をいっぱいかけさせちゃってるだろうし……。
そんな面倒なだけのわたしを受け入れてくれるハロちゃんには本当に頭が上がらない。
だから、そんなわたしにハロちゃんの交友関係に口を挟む権利なんてないことはわかってる。
わかってるけど……。
「……あなた、は……わたし、だけの……もの……(……ハロちゃん……あのね、今日はわたしだけのハロちゃんでいてほしいの)」
「シ、シィナ、だけの……?」
「……だれにも、わたさない。ぜったいに……(わたしの友達は、ハロちゃんだけなの……だから、今日だけは他の人のところには行かないで? わたしと一緒にいてほしいの……)」
……うぅ、やっぱり迷惑……かな。
いくら友達がハロちゃんだけだからって、ちょっと依存しすぎだよね……。
…………嫌われたりとか……しちゃうのかな……。
「…………かまって(お願い、ハロちゃん……)」
最後の思いを込めて、そう呟く。
するとハロちゃんは、急に甘えたがり始めたわたしにちょっと戸惑いがちに、だけど確かにその返事をくれた。
「う、うん。おいで、シィナ……」
そう言って、わたしをぎゅって抱きしめてくれる。
ああ、やっぱりハロちゃんは優しいなぁ。優しくて、温かい。
いつもは鉄面皮なわたしの顔も、この時ばかりはすっかり緩んでしまっていた。
「あなた、が……わたしの、すべて……あなただけ、が……(ありがとう、ハロちゃん。あなただけがわたしの唯一の、そして一番の友達だよ……)」
かつてのように、顎や頬をすりすりと擦りつける。
故郷でのわたしの一族に伝わる、親愛の情を伝えるための仕草。
やっぱり恥ずかしいけど、これまたやっぱり、ハロちゃんになら悪くない気分。
「シ、シィナは甘えん坊だなぁ」
ひゃわぁっ!?
は、ハロちゃん!? そ、それはすごい! それはやばいってぇ!
あぅ……く、くすぐったくて……で、でも……ふみゃあぁ……。
まるで普通の猫みたいに顎の下を撫でられて、あまりの気持ちよさにすっかり全身が弛緩してしまう。
体をハロちゃんの方に倒して、寄りかかる。
うぅ……は、恥ずかしいぃ……。
「…………」
……あれ? ハロちゃんの手が止まった?
あ、今の沈黙はわたしじゃないからね? ハロちゃんの沈黙だからね?
「……どう、か……した……?」
「……いや、シィナと初めて会った時のことを思い出していてね。確かあの日、私がここでシィナに声をかけたのがすべての始まりだったな、と……」
ハロちゃんがどこか少し遠い目をして、そんなことを言う。
ハロちゃんと会ってからの日々はわたしにとって夢のようだった。
一緒にお食事に行ったり、街を出歩いたり。ずっとずっとお友達としたかったと思っていたことを、ハロちゃんは叶えてくれた。
あの日、ハロちゃんに出会えたから。
わたしも同じように昔のことを思い出して、気がついたら、ハロちゃんから離れて掲示板の方に体を向けていた。
「……い、らい……うけ、る……? ……あの……とき、と……お、なじ…………い、っしょ……に……」
もしかしたら断られるかも、なんて不安げに提案してみると、ハロちゃんはほんの少し困ったような顔をする。
え、まさか本当に……こ、断られ……?
「一緒に、か。実は、ファイアドラゴン討伐を受けようとしてたんだ。転移魔法を使っての日帰りでね」
よかった違ったぁああ!
わたしが飛行する魔物を相手にするのが苦手だから困ったような顔したんだね! 本当によかった……。
「……とぶ、とかげ…………にがて……」
「シィナが得意なのは近接戦闘だからね。しかたないよ」
ふふふ……しかしですよ、ハロちゃん。
「……で、も……この、まえ……ハロ、ちゃん……が、おしえ、て……くれた……まほう…………すこ、し……つかえる、よう、に……なった、から……」
ハロちゃんが教えてくれた、なんか空中で足場を作れるようになる魔法、やっとまともに使えるようになったんだよ!
魔法は苦手だけど頑張ったの! ハロちゃんがわたしのために作ってくれた魔法だもん!
友情パワーってやつだね!
「そ、そうか。使えるようになったのか……」
わたしは少し期待の眼差しを向けてみるが、ハロちゃんはそう言ったきりで、なにもしてくれない。
……むぅ。
それとなく袖を引いてみると、ハロちゃんはわたしが欲してくれていることを察してくれたらしい。
「え、偉いね。シィナ」
はみゃわぁ……。
ハロちゃんが頭を撫でてくれて、胸の内がぽかぽかと温かくなる。
いっぱい手間をかけさせちゃってるはずなのに……ハロちゃんはいつもわたしを拒絶せず、受け入れてくれる。
「じゃあ、一緒に行こうか。ああ、討伐証明部位以外にも料理用にお肉をある程度持って帰るつもりだから……その、斬り刻まないようにお願いしたい……」
お肉? ハロちゃんお肉あんまり食べられないんじゃ……?
あ、もしかして身長とか、それともその……胸の大きさとか、気にしてるの……?
うぅ、その気持ちちょっとわかるよ……。
で、でも、ハロちゃんくらいのもわたしは好きだよ! わたしと同じで揉めるくらいはある感じだもん! だからそんな気にしないで!
「……」
とにかくハロちゃんのためにもそのお願いは果たそうと、こくりと首肯しておく。
イメージ的には「まかせて」って風に自信満々な感じだ。むんっ、と胸を張って言っているようなイメージ。実際にはただ頷いただけ。
よーし! ハロちゃんのためにも今日は気合い入れて頑張ろう!
ハロちゃんがわたしのために作ってくれた魔法も、どれだけ使えるようになったのか見せてあげたいしね!
戦いは嫌いだけど、これもハロちゃんのため!
頑張るぞぉー! おー!
――その後、どうやらほんのちょっと張り切りすぎちゃったみたいで、誤ってファイアドラゴンをいつもみたいに斬り刻んじゃったのはご愛嬌ってことで……。
ハロちゃんと久しぶりにおしゃべりしたり依頼受けたりが楽しすぎて、ついやっちゃったんだよ……許してハロちゃん……。
頑張って二体目も見つけて、そっちはほら、ちゃんとお肉のぶんは残したから、ね……?