「お前さん……なんで自分で死のうとなんか……親御さんだって浮かばれねえだろうに……」

 苦々しく言って、頭をばりばりと掻いた。マネージャーが戻ってこないか、緊張感に襲われる。

 この人が病室に来てくれたことは、問題がない。でも彼の職業上、間違いなく問題にされる。

 早く帰ってほしいと祈っていれば、伏見さんは探し物を始めた。「カメラとか取り付けられてねえか」なんて、引き出しを音を立てながら乱雑に開ける。

 ベットの器具や裏を触り、靴を脱いでそばにあった椅子にのり天井に触れようとしたところで、病室の扉がガラリと開く。

「な、なにしてるんですか!?」

 入ってきた縁川天晴は素早くナースコールに飛びついた。伏見さんは「いっけね」と慌てて椅子から飛び降り、靴を両手に病室を出ていく。縁川天晴は、すぐに私のほうへ飛んできた。

「大丈夫でしたか? なにもされませんでしたか?」

「あっち、私のこと見えてないよ」

「じゃ、じゃあお身体は?」

「何もない」

 縁川天晴は、ほっとした様子で「良かったあ」としゃがみこんだ。

 伏見さんは、洋服にお金はかけたくないと言っていた。服装だって同じだった。

 リークの写真を縁川天晴が見てないはずがない。

 それに伏見さんはカメラだって提げていたのだ。気づかないはずがないだろう。

 あの日、私と一緒に撮られた記者だって。

「なんで聞かないの」

「何がですか?」

 思えば縁川天晴は一度も私に問いかけなかった。本当のところはどうなのか。リークしたのかしてないのか。

 それが救いと感じる反面、縁川天晴が実際のところ私をどう思っているのか、知らないままだった。

「聞かないの。記者がどうして、病室に来たかとか」

「はい。僕は貴女を信じていますから」

 明るく返され、どんな顔をしていいかわからなくなる。

「でも、遥のこと報じた出版社の人間だよ。しかも、芸能部門の」

 言わなくていいことまで、伝えてしまう。

 縁川天晴には揃っているのだ。私を測る材料が。

 悪意ある切り抜き動画に、根拠のないコメントの数々なんて関係ない。大元の私のスクープ画像は、何一つ加工はされていなかった。

 加工はされていないからこそ、ここまでの騒動になっている。そして私と一緒に喫茶店でお茶をしていた記者が、病室に現れた。

「はい。僕は貴女を信じています。心の悪い僕を、貴女だけが救ってくれたから」

 なのに、縁川天晴は屈託なく笑う。

「根拠のない信頼が、信じられないなら、僕の稚拙な推理を聞いてもらっていいですか」

「なに」

「僕は貴女の、ブログ、つぶやき、インタビュー、全部網羅してます。網羅してるからこそ分かることがあるんです。記者が、貴女の何を気にしていたか」

 そういわれた瞬間、最初から全部縁川天晴は知っていと悟った。

 隠しきれたつもりだった。すべて、誰かに読んでもらえていることを想定していた。言えないことがあるぶん、嘘はつきたくなかった。

 完全だと思っていたのに。

「親御さんの話を、僕は貴女から聞いたことがない」

 判決を告げられるような思いがした。

 縁川天晴は、静かに話す。きっと彼自身、問いかけるつもりなどなかったのだろう。私は彼を暴こうとして、逆に今、暴かれる。

「みんな知らないことを、記者さんはスクープとして取り上げます。だから、そうなんじゃないかなって思ってました」

 何から説明しようか、考える。

 いつか縁川天晴に話すときがくる気はしていた。

 とぼけ続けるには 一緒にいすぎた。

「私は自分の顔が、分からない。親は、ずっと褒めてた」

 でも、それでもまだ躊躇いがあるのか、覚悟が足りなかったのか、不鮮明な導入を選んでしまう。

「自分の顔、最初からどう見えるか分からなかったんだ。両親は可愛いって言ってくれる。その言葉は信じられたけど、可愛いけど何考えてるか分からないから嫌いって言う男子もいれば、ブスじゃんって叩いてくる女子もいる。小さいころも、今も」

「それは、嫉妬じゃ……」

「でも、親だけはずっと可愛いって言ってて、私小さいころから何しても下手くそでさ、絵も描けないし、足も遅いし」

 小さいころ、本当に何もできなかった。言われたことの、半分くらいしか出来なくて、出来たと思ったら前提から違う、なんてことがいくつもあった。

「お父さんとお母さんは褒めてくれたけど、たぶん親だから、私が何してても嬉しいっていうのがあったんだと思う。だから、可愛いだけとか、何にもできないくせにって言われることが増えていった」

 いわゆる、親バカというやつなのかもしれない。

 それでもなお、両親は「あかりはすごい」「才能にあふれてる」なんて、ずっと言っていた。親戚が呆れるくらい、何度も。

「だからお母さんとお父さんの言う、あかりはすごいって言葉を、本物にしたくて、勉強したり走ったりしてた。でも、あんまりいい結果は出なかった」

 私は、家族が生きていたころを思い出す。地元のカラオケ大会で賞を取ったり、小学校の合唱祭で、ソロパートを歌わせてもらった。両親は嬉しそうに私の姿をビデオカメラに収めていた。

 だんだんお父さんとお母さんは、アイドルできるんじゃない? なんて私に言うようになった。

 事務所に履歴書送ってみようかなんて話をしていて、どの事務所がいいか選んでいた。

 でも、二人とも死んでしまった。大雨だった。

 学校にいた私だけ、生き残った。二人とも、それぞれ別の職場で働いていたのに、一緒に死んでしまった。

「だから、アイドルを目指したの。お父さんもお母さんも、目、きらきらさせてたから。それが生き残った理由なんじゃないかって。そう考えないと、生きていけなかった」

 そうして、ただひたすら両親の期待に応えたくて頑張っていた私を、応援してくれたファンの人たちに、だんだんと恩返しがしたい気持ちが芽生えた。

 私たちの間には推しという感情が入る。

 芸能事務所に所属した以上、こちらが受けて、ファンの人の時間もお金も貰うばかりだ。

 だから、みんなが見れるCМに出て、みんなに結果を見せたかった。

 貴方たちのおかげでこうなれたと伝えたかった。

 でもそれは言わない。

「記者の人は、たぶん私と遥を、二手に分かれて調べてた。あっちは、ドラマが内定してたから。私は付き合ってる人もいないし、付き合ってると思われるような人もいなかった。何か他にスクープはないか調べて、行き着いた先が私の両親のことだったんだと思う。それで、私単独に連絡が来た。警戒したけど、その記者さん、私と地元が一緒だったって聞いて、会うことにした」

 記者さんは、本当にまともな人だった。

 私の素性を調べて、家族について隠していることを察したらしい。

「記者さんも、同じ日に家族がいなくなったらしい」

 私の素性を調べ上げたことは許せない。

 でも、人の道を踏み外しても仕事に打ち込みたい気持ちも、どうしても理解できてしまう。

 それはあちらも同じだった。

 どうして公表しないのか、聞かれなかった。

 それだけで、信頼してもいいと思った。

「私は何かの象徴になりたくなかった。元気がない、つらい時を忘れさせてくれるものでいたかった。尊敬も、同情もいらない。何も考えずに見ることのできる存在でいたかった」

 そう伝えると、記者さんは記事にしないと約束してくれた。

 だから、安心していた。

 気も緩んでいたと思う。

 その写真が、同期をリークしているなんて扱い方をされるなんて、微塵も思っていなかった。

「リークはしてない。でも私は、両親のためにアイドルになった。皆を笑顔にさせるためとか、元気づけたいとか、そんな高尚な理由でアイドルになったわけじゃない」

 もう夢への道はぐちゃぐちゃに壊れた。

 足場なんて消えて、私は地の底にいる。

 なのに縁川天晴は私を照らそうとしてくれた。だからこそ、彼は彼の人生を歩んでほしい。

「俺は……オタクは、どんな推しでも受け止めますよ」

「天晴」

「俺は、貴女を推しているんです。他でもない果崎あかりを推しているんです。代わりなんていないし、いらない。貴女の目的も過去も未来も、すべて受け止めます。貴女が辛いぶんも受け止めます。きっと苦しいことがあるんだろうなって知ったかぶりもします。ちゃんと食べてるかなって、健康でいてほしいなって、おせっかいも焼きます」

 縁川天晴は、私の手に自分の手をかざした。

「そうやって、死ぬまで、死んでも、推していきます」

 眩しい、と思った。

 アイドルは、スポットライトを浴びて舞台で輝く。でも、私にとっての光は、彼らだ。

 推してくれてるみんなが、私の光だ。

 元気を与えたいと言いながら、元気をもらっていたのは私のほうだ。

 私は、見ないふりをした。

 ファンの人を信じることが、途中で出来なくなった。もう私には誰もいない。ステージに立てない。どこにも居場所がない。そう思って、死のうとした。

 裏切った。

 それでもまだ、生きていたいとはどうしても思えない。

 それでも確かにあのステージへ戻りたいと、思ってしまっている。

 戻る場所なんてどこにもないのに。

 なんて言葉を返せばいいか分からない。ありがとうという事すら、言っていい資格があるのか迷うのに、縁川天晴はいつだってすぐ、真っすぐに気持ちを伝えてくる。

「でも、匂わせたりされたら、ちょっと心がちくちくするかもしれません……」

 縁川天晴は唇を尖らせる。震えるほど軽口に救われる。

「そんなことしないよ」

 ようやく声に出せた言葉は、なんの意味もないような約束だった。

 そもそもしようと思ってもできない。もう私は生きてない。

 強く雨が窓をたたいている。不思議と息苦しさは消えていた。


●●●


「なんで保育士でもねえのに俺が面倒見なきゃいけねえんだよ、国家資格受けた覚えもねえぞ」

 縁川天晴と一緒に廊下に出ると、遠岸楽がさくらちゃんにあやとりを教えていた。一緒にいたらしい。

「お兄ちゃん、私と遊ぶのいやなの」

「別に嫌じゃねえよ」

 遠岸楽は面倒くさそうにしつつも、さくらちゃんに向けるまなざしは優しい。

「お兄ちゃんに遊んでもらってたの?」

「うん! かくれんぼに、あやとりしたの! お絵かきもしたよ!」

「良かったねぇ」

 私は思わずさくらちゃんの頭を撫でた。彼女の柔らかな髪に触れていると、背中から、驚き交じりの声がかかった。

 振り返ると四十代くらいの白衣を着た男性のお医者さんが、ぱたぱたとこちらにかけてきた。

「さくらちゃん、看護師さんたちがみんな探してたよ。どうしたの?」

 お医者さんは、目を凝らすように私や遠岸楽を見る。

 お医者さんは、見覚えがあった。記憶を辿れば、私がこの病院に運び込まれたとき、廊下で勝手に透けてしまった相手だと思い出した。

 そうだ、あの時私はこの人と物理的にすれ違って、自分の身体が人に触れられないのだと知ったのだ。

「あ、噺田(はなしだ)せんせー! あのね、あのせんせーがわたしのしゅじいのお医者さんなんだよ」

 そういいながら、さくらちゃんは私と遠岸楽にも目を合わせてくる。見えない誰かを見ているのは一目瞭然で、先生の顔がさらに険しくなった。

 けれど先生はすぐに笑みを浮かべ、さくらちゃん病室に戻るよううながし、縁川天晴へ振り返った。

「縁川くん、さくらちゃんと知り合いだったのかい?」

「はい。たまたま彼女と会って……噺田先生の患者さんだったんですね」

 先生は頷きながら、「今月いっぱいだけどね」とほほ笑む。

「今月……?」

「ああ。退職するんだ。だからこそ、問題があって……。さくらちゃん、手術を控えているんだけど、僕じゃないと成功しないとか、成功しないと好きなアイドルのライブにいけないから嫌だって、大変で……」

 噺田先生は言葉を濁す。

「先生が手術しないなら、私手術しないもん! 絶対やだ!」

 さくらちゃんはべーっと舌を出して走って行ってしまう。

「ごめん、行かなきゃ」

 先生は、さくらちゃんを追いかける。遠岸楽があきれ顔で、「ちびすけ……」と呟いた。その視線は穏やかで、優しい。

「ロリコンですか?」

「は?」

 縁川天晴の疑いの目に対抗して、遠岸楽も睨みを利かせた。しかし怯むことなく縁川天晴は彼を見据える。

「だって完全に少女漫画の一コマみたいでしたよ。相手が同い年ならまだしも六歳のいたいけな少女相手にその視線はもう、恐ろしいですよ。俺が父親だったら、ゾッゾゾゾゾッってなりますよ」

「そんなわけねえだろ殺すぞ」

 二人のやりとりを眺めながら、私はさくらちゃんと噺田先生が走っていった廊下へ振り返る。

 思えば私が手首を切った日、噺田先生が私をすり抜けた日、先生は確か病室へ声をかけた後、看護師さんと話をしていた。

 手術しないと、助からない。でも、もう自分は手術できない。

 あの日確かに、先生は言っていた。

 さくらちゃんの、病室の前で。

「私、ライブしよっかな」

 ぱっと口に出た言葉に気づいて、自分の口元を押さえる。

 地面に視線を落として、クリーム色の床をただただ眺めた。

 なんて身勝手なことを言ってしまったんだろう。

 こんな状態なのに

 私は二人がどんな反応をしているのか不安で、訂正の言葉を発するために、おそるおそる顔を上げる。

「え…天」

 二人とも、呆れたり、拒絶している様子はない。

 怒っても、悲しんでもいない。それだけで救われている。なのに、

「最高ですね!」

「いいんじゃねえの」

 二人とも、笑顔だった。


◯◯◯


「音響どうしましょう! 機材をレンタルする業者とか」

「病院だぞお前。そこら辺の公園じゃねえんだから」

 病院から帰って、さっそくどうやってさくらちゃんにライブを見せるか、縁側で作戦会議を開くことになった。

 いつも居間にいる縁川天晴のおばあちゃんやおじいちゃんは、今日はデイサービスにより介護施設に行っているらしい。

 老人ホームとはまた違い、高齢になった人がみんなで絵を描いたり身体を動かして過ごす場所だと聞いた。

「今、公園は子供がはしゃぐ声すら苦情が来るんですよ。公園でコンサートなんてできるわけないじゃないですか」

「なら病院でできるわけねえだろ」

 遠岸楽が一喝する。ライブをしたいとは言ったけれど、場所は病院だ。それも私はさくらちゃんにしか見えていないから、許可どりもできない。

「屋上とかが開いてたらいいんだけどな……」

 屋上なら、天気に左右されるといえどライブはしやすい。

「確かに出れるなら一番騒いでも文句言われねえか」

 遠岸楽は納得した様子で頷き、ハッとした。

「でも屋上ってそうやすやすと出れるもんじゃなくね?」

「大丈夫です。遠淵先生に頼めば開けてくれますし、日中なら許可も下りるはずですよ。僕でよければ先生に掛け合います」

 許可が、下りる……?

「悪いけどお願いしてもいいかな……」

「もちろんです! 推しのお願いは全部叶えますよ!」

 朗らかな声に、救われると同時に身勝手な苦しみを覚える。

 背にしているのは障子で、明るさは隔てられているはずなのに、縁川天晴が見え辛い。

「それに、貴女のライブに携わることが出来るなんて光栄です。夢見たいです」

「ありがとう……」

 アイドルを、輝かせるため。メイクさんに、照明、衣装係、音声さん、小道具、ライブだったらステージを動かす……数え切れないほどのスタッフさんの力で、私はアイドルとしてステージに立っていた。

 誰かの協力なしには、アイドルになれない。その感覚を、思い出す。

「音響どうしましょう? スピーカーとか借りてきましょうか?」

「スマホでいいよ。あんまり煩くしたら迷惑だし、ただでさえ、迷惑なことではあるわけだし」

 でも、さくらちゃんは私のファンだ。私のライブを見て手術に前向きになるのなら、歌いたい。

 ちゃんと歌えるか、わからないけど……。

「それに、道具より、私が練習ちゃんとしないと。発声練習も全然してなかったし……」

 一日何もしなかっただけでも、衰えていることがはっきり分かっていた。

 それを私は何回繰り返してきたんだろう。カレンダーを見ると、もう冬に入りかけていた。

 死に損なっておいて、時間がないというのも変だけれど、私はいつ死ぬかわからない。目標ができて、身近な死を実感する。

 私は二人と話し合いながら、カレンダーの期日に注意を向けていた。


◯◯◯


 ライブをするまで、することは山積みだった。喉の調子を整えることに、発声練習に。この身体は半透明で、いわば私は幽霊でしかない。なのに少し歌っただけで簡単に声は掠れて、息も続かなくなっていた。

 手首を切って身体にダメージを与えたから、なんて可能性に逃げるよりも、ずっとアイドルとして切磋琢磨していた日々から離れていた実感のほうが強くて、焦りを覚えた。

 だから、私は皆が寝静まってから、ボイストレーニングをすることにした。場所はお墓だ。

 私が見えてしまったら誰かを怖がらせてしまうから、なるべく奥まったところを選んだ。

 音程を確認しながら、当日歌う曲の音程を確認する。歌える音域がかなり狭まってしまった。曲に関係ない音程は、一旦置いておかなければ間に合わない。

 ひやりとした空気に包まれ、月を見上げながら歌う。

 木々と土と、お線香のにおいがする。夜、寝る前に窓を開けてぼんやり外を見上げるのが好きだった。月明かりに部屋が照らされると、なんとなく安心した。

 強い光は好きじゃなかったはずなのに、アイドルの仕事を初めて光というものが好きになった。青空というだけで救われるような気持ちがして、私をあの雨音から遠ざけてくれていた。

「お前怨霊みたいなことすんなよ。いざ復帰したら、休止中墓地で徘徊してたなんてクソみたいなゴシップじゃねえの」

 振り返ると、墓地の隙間に遠岸楽が佇んでいた。そう言うけれど、気だるげな視線も相まって遠岸楽のほうが怨霊に見える。本質は真逆だけど。

「歌の練習だから見逃してほしい」

「そもそも捕まえには来てねえよ。俺はお前オタクに頼まれて来ただけ」

 お前オタク。

 その言葉だけで、遠岸楽が誰に頼まれたか分かった。

 起こしてしまったり、睡眠を妨害するのが嫌だから黙っていたのに。

「そっか……」

 オタクなら、歌の練習の場に来ないのか。邪魔をしないよう、気を遣ってくれたのかと納得して、私は明かりの消えた母屋に視線を向ける。

「アイドルって共演者の男と連絡先交換したりすんの」

 突然話題が変わり、私は戸惑った。

「え」

「ほかに男いないなら、あいつと今のうちに連絡先交換しておけばって思って」

 ぱっと投げかけられた言葉に、返事ができない。誰を指しているかは明白で答えを選んでいれば、遠岸楽が追撃をかける。

「意識戻って、早々会えたり出来ねえだろ。芸能人と一般人が」

 それは、よく分かっている。

 でも私は、あの身体に戻らない。

 私はこの世から離れることを選んだ。選択をして、後を決めるのはもう私じゃない。

「でも、戻るか分からないし」

「戻らねえとおかしいだろ。お前何もしてねえのに」

 焦りを伴いながら、遠岸楽は言う。

 何もしてない。

 今まで遠岸楽は、私の炎上に関して口にしなかった。知らないはずだった。何かで、知ったのか。縁川天晴が言った? 突然私の内情を言うようには、とても思えない。

「なんで、突然」

「病院で、芸能新聞読んでるジジイ見た。でも、お前が誰かのこといじめるようには見えない。どう見てもされて泣く側だろ」

 遠岸楽は、私に指を指す。

「お前と会って、たいして日も経ってない俺が分かるんだから、ほかの奴らも黙ってるだけでお前がそんなことしてねえってわかってんだろ。浅い馬鹿みたいな噂話で分かった気になってる奴らのことばっか、耳傾けてんじゃねえよ。お前のこと好きな奴らだっているだろ。お前のオタクが最もな例だろ」

「……」

「世界中を敵に回してもなんて言うけど、どんなゴミカスだって好きだっていう奴は絶対一人はいるんだよ。そもそも世界中敵にするなんてありもしねえことだから、誰でも彼でも使う言葉になってんだよ。こんな俺だって、おじさん、おばさんに、確かに好きだって思ってもらえてたんだよ。まぁ、おばさんは今俺のこと、大嫌いだろうけど──」

 遠岸楽は視線を落とした。

「うまいこと一つも言えねえな。もっと、生きてるうちにおじさんとかおばさんだけじゃなく、ちゃんと人付き合いしておけば良かった」

「そんなことないよ。遠岸さんは、私よりずっと人として出来てる」

「人として出来てるやつが恩人の死体ぐちゃぐちゃにしねえよ」

 声色に揺らぎを感じる。

 もしかしたら彼は、自分の選びとった方法に、後悔が生じ始めているのかもしれない。

 自分がなにかを話すときも、こんな風に人に知られてしまうものなのかと、怖くなる。

「俺は、もっと頭いい方法で、じいさんとばあさん守る方法があったんじゃねえかって、最近は思ってる」

 綺麗に、ちゃんと。

 そう続けて、遠岸楽は黙った。

 私は歌の練習を再開して、さくらちゃんを生かすライブに思いを馳せる。

 後悔。

 縁川天晴に関わるたびに、思い浮かぶ言葉だった。