彼は自分の靴箱を探し、ひとつずつ名前を確認してようやく自分の靴箱を見つけた。
「覚えてないの?」
「まぁ。あはは」
明らかに誤魔化しの笑みを浮かべてきて、つい怪訝な目を向けてしまう。
これは新学期どころか、かなり学校に通っていないのではないか。
ふつふつと嫌な予感がして、彼の様子をうかがいながら廊下を歩いていると、後ろから「アッパレくんじゃん!」と絶叫が聞こえた。
振り返れば、馬鹿にしたような笑みを浮かべた男子生徒三人が、こちらに向かってくるところだった。縁川天晴は、彼らから逃げるように足を早める。
「逃げんじゃねえよ」
しかし男子生徒は走ってきて、縁川天晴の肩を掴んだ。
「全然学校来てねえじゃん。つうか聞いたんだけどお前小学校からずっとずる休み続けて恥ずかしくねえの? 何で今日は学校来たの?」
「相変わらずキモい前髪だな、俺たちが切ってやろうか」
下卑た声に無視をして、縁川天晴は教室へと入った。けれど彼らも同じクラスなようで、 席に座った縁川天晴を囲み、げらげら笑い始める。
「なんで無視すんだよ、俺らのこと見えてねえの?」
「つうか行事全部蹴って打ち上げ前日に学校に来るとかキモいんだけど」
「おーい。聞こえてますかぁ?」
教室にまばらに揃っているほかのクラスメイト達は、複雑そうな表情を浮かべていたり、止めに入ろうか迷っていたり、男子生徒たちと同じように笑っていたりと様々だ。
止めたいのに、止められない。
私の声は、男子生徒たちには届かない。
「あぁ、あれか、お前好きなアイドル死んで、ショックで声出せなくなったとか?」
一人の声に、縁川天晴はぴくりと反応を示す。それまで無視を貫いていた彼が反応を示したことで、男子生徒たちは煌々と目を輝かせ、はやし立て始めた。
「つうかアレ? アッパレくんもしかして、アイドル自殺して失恋したから学校来たん?」
「あかりちゃんは死んでない!」
縁川天晴は立ち上がり、男子生徒の一人を突き飛ばす。すると残り二人が顔を見合わせ、縁川天晴の胸ぐらをつかみ始めた。
「何だこいつ」
「もういいわ。ゴミ捨て場に放り込んでおこうぜ」
「女子トイレにでも閉じ込めておくか」
縁川天晴はあっという間に抱えられ、教室から出されそうになる。縁川天晴は抵抗するけれど、男子二人の力にかなわない。
助けないと。
私のせいだ。
なんとかしなきゃ。
なのに男子生徒の腕に手を伸ばしてもすり抜ける。止められない。嫌だ。
助けたいのに。
そう思った瞬間、ガタッと音がした。視線を向ければ、私のそばにあった机が倒れていた。
机の近くにいたのは、私しかいない──誰もいない場所で机がひとりでに倒れたことで、教室がしんと静まり返る。縁川天晴を抱えていた男子生徒も動きを止め、机に注目していた。
「今別に誰かぶつかってないよね?」
「音したんだけど、こわ」
「え、何? 坊主の呪い?」
男子たちは冷やかしながらも、目の前の超常現象に恐怖を覚えていた。じりじりと縁川天晴の周りから離れていく。やがて教室は静まり返った。
「あかりちゃんの悪口、言ったら許さないから」
いつの間にか抜け出していた縁川天晴は、胸元を抑えながら周りを睨み、座席に座る。
結局そのまま、縁川天晴はその日誰とも話さず、学校で一日を過ごしたのだった。
●●●
「僕は月曜日も学校に行きますよ」
学校にいる間ずっと押し黙っていた縁川天晴は、放課後、お寺のそばになってようやく声を発した。
「なんで……今まで行ってなかったんだよね……?」
「だって休んだら、僕があんな低俗な奴らに、貴方を軽んじる奴らに屈したみたいじゃないですか。それに……」
彼は手のひらを握りしめながら前を見据える。並々ならぬ憎悪の声音に、息が詰まった。
「貴女を馬鹿にされた。僕のせいで」
そんなことない。私のせいだ。学校で私を推してたら、間違いなくいじめにつながる。
あれだけ私はネットで叩かれているのだ、「好きだった」というだけで酷いことを言われるのも、悲しいけど当然だ。
今こうしている間だって、縁川天晴だけじゃなく、ほかの人だって悪口を言われてるかもしれない。
「全部、私のせい……」
縁川天晴はこれから、私が自殺したことを絡めていじめられる。
現に彼の立場はいいものじゃない。私がきっかけで加速する。
現にそれまで無反応だった彼が、私の話題を出したとき反応したのを見て、彼らは喜んでいた。
私が、責任を取らないと。私が何とかしないと。何か、この状況を変えるためのきっかけを──、
「……ねぇ、髪切ってみない?」
今日ずっと沈黙を貫いていた縁川天晴を見ていたけれど、顔立ちはきれいだ。
女子を味方につければ、少なくとも今の環境よりは良くなる。それに、彼をいじめていた男子生徒は三名ほど、他は無関心だった。縁川天晴が変わり表立って見方をする人間が増えれば、がらりと変わる可能性がある。
アイドルにはなれないかもしれないけど、人は磨けば必ず光る。誰だって。
「俺、今そんなに駄目ですか」
私を見て、自分の髪の毛が良くないと誤解した縁川天晴は、自分の髪の毛を両手で掴みながらこちらを見た。