高校三年生の四月の事。

 僕たちのクラスは、係決めをしていた。

 僕は楽そうで、あとみんなの前で話すこともなさそうな、アルバム係に立候補した。アルバム係というのは、卒業アルバムを作る係である。

 係が決まると、係のメンバーの中で話し合いをする。

 どんな話し合いをするかと言えば、アルバムづくりの中のどこを担当するのかを決めるのだ。

 写真を撮る人、写真を選定する人、業者さんとやり取りをしてデザインなどを決める人。

 僕は写真を選定する人になった。

 まあ楽そうだし、写真を撮る側だと、みんなに「はい撮るからね」とか声かけなきゃいけないかもしれないし。あんまりそう言うのしたくなかったし。

 でも、意外だったのは、僕以外の写真御選定する人が、愛梨だったということだ。

 クラスの中心人物で、あまりにみんなと仲がいいので、逆にクラスの中での呼び方が共通して下の名前になってしまっている。

 だから僕も含めて下の名前で呼んでいるのだ。

 それはいいとして、愛梨は、写真を撮ったりするのが好きそうで、なんか写真選定みたいな地味な作業は嫌いかと思っていた。

 でも、よく考えると、写真を撮るよりも写りたいキャラな気もするので、やはり選定担当の方が向いているような気もする。

 ただ、僕と二人で仕事をすることに関しては、喜ばしく思ってなさそうだと思った。



「ま、私たちが仕事をするのは写真が全部たまってからよね。まだまだ先ね」

「そうだな」

 あっさり目に話しかけてきた愛梨に僕はさらにあっさり返してしまった。

 それだけで、四月の出来事はおしまい。


 ✰    ○    ✰


 そして、写真の選定の時期、卒業式の次の日がやってきた。



「……卒業してから最初に合うクラスメイトが祐保だとは」

「ごめん」

「いや謝んないで流石に。仕事なんだからしょうがないでしょ」

 私はついまたキツめの台詞を言ってしまった。

 はあ。絶対こんなんじゃ気付いてもらえるわけないでしょ。

 私が、今すぐ隣でパソコンを広げている男の子、祐保のことが好きだなんて。


 ✰    ○    ✰


 最初に好きになったきっかけは、高二の修学旅行。

 基本班は好きな人同士で組むものだったけど、最終日の、京都市内観光だけは、決められた班で回ることになっていた。

 私の班は、四人。祐保と私と、あとは歴史大好きな人二人。

 歴史大好きな二人はどう考えても付き合ってる感じで、まあまだ付き合っていないとしても、もうカップルだった。どう見ても。

 だから、二人でどこかに行ってしまった。というか私がそれを促した。

 そして京都市内に二人きりでいる、祐保と私。

「ああ……ごめん」

 謝る祐保。この人、会話のはじめに謝ること多すぎ。

 困ったな。帰りの東京行きの新幹線の時間まで、この祐保と過ごさなきゃいけなくなってしまった。

 ていうか、別に先生が見張ってるわけじゃないし、私も友達と連絡とって、そっちと一緒に回ればいっか。その方が祐保も自由に動けるだろうし。

 そう思って、スマホを取り出したら、スマホを落とした。

 ええ……。水路みたいなところに落ちちゃったんだけど。水は枯れてて泥の上にスマホはあるから壊れてはなさそうだけど、届かない。

「え、今落とした……?」

「落としちゃった……」

「……」

 祐保はしばらく私のスマホを見つめた後、水路に降りた。

 え、そこ泥だけど。

 あああ。靴が半分くらいうまってるけど。

 でも私のスマホは、泥じゃなくて、祐保の手の上に。

 祐保は泥がついたままの靴であがってきた。

「結構泥着いたなあ……」

「あ、いやそれ……え、ごめんなさい」

「え? いやこの靴古いし、別にいいよ。まあ、歩いてるうちに落ちていくよ」

 そう言って祐保は私にスマホを渡して、どこかの方向に歩き始めた。

 私は泥が少しついたスマホを見つめた。

 友達と合流するのは、やめることにした。




「このタワーってたいして高くないわね。これ、日本で何番目くらいに高いのかな」

「わ、わかんないけど……京都って低い建物が多いし……十分高いと思うよ」

「そうだよね」

 私は、祐保に同意した。確かにそんなに高くなくても仕方ない。というか高すぎなくていいと思う。


 私と祐保は、タワーに来ていた。とりあえず思いついた目立つ場所がそこだったし。

 まずは入り口入ってすぐのフロアでチケットを買い、人々とエレベーターを待つ。

「はい。こちらで、展望台に上る前に、マスコットキャラクターと記念撮影できますよ!」

 スタッフの明るい女性が回ってくる。

「い、いや……」

「はい撮ります」

「……撮るの?」

「前に並んでる人たちみんな撮ってたでしょ。撮らない方が目立って恥ずかしいから」

「確かに……」

 まあどっちにしろめんどくさいし恥ずかしいけど、こういうのは早く済ませれば一番楽。

 友達とだったら、楽しく何枚も撮れるのになあとはちょっと思うけどね。

 べつに一緒に写真撮りたくないほど祐保が嫌いなわけじゃないし。

 ただそこまで親しくないだけだよ。

 苗字がありがちで同じ人も学年にいるから、祐保って下の名前で呼んでるけど。

 そこまで、知らない。祐保がどんな感じのひとなのかは。

 そんなに悪い人じゃないというか、結構優しいんだなってことは、知ってる。さっきとかに知った。

 マスコットキャラクターが近くに来た。

 私と祐保は並んで、スタッフのカメラを見る。あとで、写真を小さく印刷したものをくれるらしい。

 ま、可愛く写ろっかな。

 ちょっと、笑った。



 エレベーターは速いスピードで上がっていって、だけど、耳はそこまで気圧変わってる感じはしなかった。

 エレベーターが空き、一緒に乗っていたひとたちが降りていく。祐保と私も降りた。

「おー、確かに景色いいんだね」

 なんか素直に感想を言ってしまった。

 自然と、わざとじゃなくて、普通の感想言ったのって、結構久々かも。

 久々じゃなくても感覚的に久々。

 だから、なんか祐保があんまり聞いてなくて、ただ景色を静かに眺めてるから、少しムカついちゃった。

 でも祐保にムカついてるわけじゃないんだけどね。

 祐保はスマホで写真を撮っていた。いろんな方向の。

 私はいつも友達が映ってる写真か、友達と自分が映ってる写真かを撮るから、景色の写真って、まあ撮っても少しだけ。

 祐保みたいに、あんな連写のごとく景色の写真を撮ったりしない。

 あんまり周りの環境に興味ないのかな、自分。

 周りの人にはすごく興味があるというか、そういう、人付き合いを気にして一日を消費してる感があるけど。

 だから今こんな時間をすごしてるのって、テスト中寝落ちしそうになってる気分というか、夢だと分かってて夢を見ている感覚というか。

 まあそれはいいの。今は。

「あ、あそこ、あれが確か……比叡山」

 祐保がつぶやいた。

「比叡山、日本史でやったね。たしか、漢字は……かけるわけなかったね」

「僕も書けないな」

「えマジで? 意外。優等生タイプじゃないの?」

「勉強嫌いなんだよな」

「そうなの?」

 なんかがり勉で、だらだら話しがちな女子グルとかあんまついていけないな~みたいなスタンスかと思ってた。

 そんなことなくて勉強嫌いなんだ。勉強嫌いだよね分かる。いやなんで私は今の会話で安心してんのかな。うーん。



 そんな祐保に親近感を感じてしまったのかな。何でかよくわかんないけど。

 なんと、展望台の中のカフェで、お茶してしまっている。

 これカップルですか?

 でも、ほんとに、私から「なんかのんびり食べない? って誘っちゃったんだよね」

「甘いの苦手だと思ってたけど、結構おいしいな」

「それで甘いってそれは全然違う。もっと甘いパイいっぱいあるんだから」

「そうなんだ。パイに詳しいね」

「はあ」

 まあ詳しいのかな。祐保よりは。

 私もパイを小さい口でかじった。

 いつももっとでかい口でかじるけど、今日は小さい。

 なんでだろうね。祐保にべつに女の子ぶったって意味ないのに。
 
 うん。ふつうに食べよ。

 私はできるだけ大きく口を開けて、残ってるパイの半分くらいを、全部口に入れてかじった。

「パイ、好きなんだね」

「す、好きだよ」

「なんか……ごめんね今日は。僕と回ることになっちゃって」

「ううん」

 なんとすごい速さで私は否定した。すごい速さで否定できて、よかった。

 ✰    ○    ✰

 そしてそれから、修学旅行が終わっても。

 まあ機会があれば話すくらいの関係になった。

 でも、いくら話しても、もっと祐保と話したくなる。何でかわかんないけど、私、祐保に惹かれてしまったようだ。

 だから、私は祐保と同じアルバム係に立候補したし、しかも担当も写真選定にして祐保と一緒になった。

 で……だけど、卒業式まであんまり仕事がなくて。

 やっと仕事ができたのは、高三の春休み初日ってわけ。

 なのに、感じ悪い態度を、いつも以上にとってしまっている。

「まず……じゃあ選定するフォルダを、分担しようか」

「一緒」

「え?」

「一緒に写真……見ていかない? 一人だと偏った選定になるかもじゃん?」

「確かに……ごめん、そうだね。そうしよう」

 私と祐保は二人で、何百枚くらいありそうな写真を、どんどんと見て行って、よさそうな写真だけ選定済みフォルダへと移していった。



 そして私が一番大きく写ってる写真が出てきたから訊いてみる。

「ねえ、これは?」

「これは……とりあえず選定済みでいいんじゃない? 愛梨すごい良い感じにうつってるし」

「あ、そう? じゃあそうするね。ありがと……」

 私はそれだけで、なんか、小学生むけの白くて倒れやすいハードルを、飛び越えて進んでる感覚になれた。

「……そういえばさ、愛梨って、大学いくんだっけ?」

 祐保が訊いてきた。そうだよね。そういう話になるよね。なって、よかった。そう思う。

「私、関西の大学行くんだよね」

 ここは東京郊外。東京にはたくさんん大学がある。

 関西の遠い大学に行く人は、あんまりいない。

 だからこれはつまり……。

「え、僕も」

「あ、お?」

 何今の私の声。ださい……。

 だけどそれくらいびっくりで。

 そこからなんかうれしそうにわたしは話を進めてしまう。

 どこの辺りに住む予定なのか。どこの大学なのか。いつ引っ越す予定なのか。

 それで、わかったことがあって。

 私たち、違う大学だけど、住む予定のところはめっちゃ近い。

「あ、あのさ、遊び行ったりしてもいいかな?」

「あ、うん。もちろんいいけど……」

 え、なんで今私今そんな話してんの。

 今写真の選定中だけど。

 はあ……なんでここで積極的になるかなあ。

 ただ恥ずかしいだけで、写真がいいかどうか、考えられなくなっっちゃうじゃん。

 私は落ち着こうと、次の写真を見た。

 そしたら、祐保の写真だった。

 うわあ。なんか眠そうな顔。

 これ何時撮ったんだろう。あれだ、これ体育祭の待ち時間の写真じゃん。

「僕ダルそうだね」

 祐保が笑った。

 私は、ダルそうな祐保と、笑ってる祐保を見比べた。

「これ、選定済みに移動!」

「ええ⁈ なんで?」

「祐保の素顔」

「いやだから僕しかうつってないからなおさらいらないよ」

「いいの」

 これは私のアルバム係の権力によって決まったことだもん。

 我ながら横暴な権力の使い方。

 でもほらさ、今のとかで、私が祐保の事悪く思ってなくて、たまにキツい口調になる私が悪いだけって伝わるかもしれないじゃん。

 伝わるよね……?

 祐保を見ると、さっさと次の写真を見ていた。

「それはねー不採用かな」

「まあ違う学年の人も結構写ってるしね」

「うん」



 そんなこんなで時間が過ぎて、もう夕方になった。

 そろそろ私たちの作業場であるカフェも追い出されそう。

 そしてそろそろ、作業も終わりそうであった。

「ねえ、夕飯食べない?」

「いいよ」

「どこで食べたい?」

「どこでも」

「私もどこでもだけど。でも、たくさんたべたいな」

「わかる」

 ああ……祐保は同意してくれたけど、ほんと私、正直な思い言わなくていいところで、普通に言っちゃうしね。

 なんなの。たくさんたべたいなって。

 幼稚園児がファミレスではしゃいでるみたい。恥ずかしいよお。



 そして結局私と祐保が夕飯を食べに来たところは、駅前の中華料理屋さんだった。

 チャーハンと麻婆豆腐を頼んだだけで、もうすでに食べきれるか怪しい量が出て来る……ことが隣のお客さんを見てわかった。

 麻婆豆腐は辛そうだったから回鍋肉にした。量もメニューの写真的には少なそうだったし。

 祐保は「辛そう」とつぶやいて麻婆豆腐を頼んでいた。

 辛いの好きなんだ。

 料理を待っている間、少し思い出話をした。

 私と祐保はさっきまで写真を見まくってたから、多分人一倍、色々な出来事を思い出している。

 だからか、それとも少し私と祐保が仲良くなれたからか、話ははずんでいた。

 そんな中、私は、さりげなく言ってみた。

「ねえ、祐保ってさ、この高校生の間に好きな人とかできた?」

「え……微妙」

 微妙って何?

 え、好きかどうか微妙ってこと?

 いやそれしかないよね。

 え、それ誰なの?

 ふつういなかったらいないよ~っていうよね。

 だから絶対誰かいるってことだよ。

「え、その人になんか……なんというか……告白とかすんの?」

「まあ。まだいいのかな……」

「え、あ、そうなんだ」

 でも関西行くんだよね。

 ほとんどの人は東京にいるんだけど、大丈夫なのかな。

 わ、私みたいに近くに住む人なら大丈夫だけどね!

 え、だから期待しちゃうんだってば。ばかなの?

 私がばかなんでした。
 

 私がばかだと自覚しているうちに、料理が来た。

 どうしようかな。食べ終わったくらいにさ、もう告白しちゃおうかなって。

 いやーでもさすがにそれは急すぎて戸惑われておしまいかな。

 それかすぐに断られちゃうか。

 どっちにしろやだな。

 私は考えた。

 そういう雰囲気にまた、話を持っていくしかない。

「なんかさ、私……」

 あ、だめだ。思いつかない。

 もう少し頭の中で考えてからにしよう。

 でもそうすると、もうご飯の時間が終わっちゃう。

 だって祐保。もう半分くらい麻婆豆腐食べてるし。

 私がゆっくり食べるしかないね、もう。

 ちょびちょび回鍋肉を味わう作戦に出た私。

 やばい。あからさまにゆっくり食べすぎてるかな。

「なんか、いろいろとさ、ありがとう」

 そんな時、祐保が私に話しかけてきた。

「え、あ、ありがとうって……」

「あ、いやなんかさ、なんというか……なんとなく、一緒になること多かったから。あの修学旅行の時から」

「あ、ああ……」

 それは結構私から係とか班とか一緒になっちゃうようにしてるからね。

「なんか、でも僕と、愛梨って結構タイプ違う気がして、だから、なんか……いやそれでも結構意外と僕は楽しかったんだけど、なんかいやだったらごめんっていう感じ……」

「はあ」

 私はなるべくかわいらしくため息をついたのに、全然可愛くならなかった。

 でも、もういいかな。だってさ、そう、祐保の言う通りで。

 私は、いつもクラスの輪で楽しく過ごせて、可愛くておしゃれで、そしてかっこいい男子に恋をしてっていう生活を目指していたし、実現しつつあった。

 けど、ぼんやりと実現しているだけ。

 だから、自分の立ち位置を気にせず、誰かをゆっくり見れたのって、祐保が初めてだった。

 その経験が、なんかやみつきというわけじゃないけど、なんか気持ちいいというか、たまにそうしていたくて、常にそういう場所を確保しておきたくて。

 だけど、それってすごく難しいから。

 私は、祐保意外にそういう人を見つけられなかったし、あんまり見つけたいとも思わなかった。

「私も、いやじゃないというか、うん、まったくいやじゃないから、一緒にいろいろしてきたわけだから。本気出せば係だって委員会だってなんだって交代で来たわけだもん」

 そう、初めて祐保と行動を共にした、あの修学旅行の時、始め、私がしようとしてしまっていたように。

 祐保から離れることはできた。けどいたってことは。つまりはべつにいいってこと。それを通り越してもいいってこと。

 それを、祐保は気づいてるのかな。

 だけど……そっか。

 逆に祐保だって私から離れることはできたはずなんだよね。

 だから……どうなんだろう。

 祐保にとって、好きか微妙かもしれない、まだ好きと言わなくていいかもしれない、その相手は。

 私じゃないと、やだなあ。

 結局心の中でわがままみたいな感想になった私は、ひとりでに笑っちゃった。

 そして祐保を見れば、祐保は不思議そうな顔をしていたけど、うれしそうでもあった。

 そっか、そう言えば、私なんて言ったかといえば。

 そしてその私の台詞で、祐保がうれしそうなら。

 もう伝えていいじゃんというか、伝えよう。その方がいいよね。

 私はすごい勢いで完食した。残りの回鍋肉とご飯を。そしてお皿には何も残ってない。

 そして私の隠した気持ちも、もう残ってないようにしなきゃね。

「ねえ」

「あはい」

「いやじゃないっていうか、私、好きだから」

「……」

「ああああああぁだから好きなの好きってことなの分かりますか伝わりましたか好きなんですねはい!」

 何この謎台詞……。

「ま、まじか」

 めっちゃビビってるよ祐保。私が変なこと言ったから。ていうか変なリズムすぎて中身伝わってないんじゃない? 大丈夫かな……。

「……」

 無言になるしか無理な私。

 そして祐保は口を開いた。

「まじか。あ、僕もさ、なんというか好きだった、結構前からだと思うけど」

「そうなの?」

 なんか素直に驚かなかった素振りな声が出た。

 あはは。やっぱ期待してたわ私。

 だからいいよね。

 ほらほら、卒業したちょっぴり後になっちゃったけど。告白するにはなんかキリが悪かったかもしれないけど。

 でももうすぐ大学生なんだし、両想いなんだし。

 初デートの時間、今から過ごしに行きたいな。

 夜の街並みはそろそろ遅い時間に差し掛かるかもしれないけど、でもまだどこか行けるでしょきっと。

 だから、私は言った。

「て、てつないで、どっかいこ?」