僕は君から逃げた。
小学生の時、体育の時間。

ドッチボールの最中。
ワザとじゃないけどボールがキミの顔に当たった。結構、勢いのあるボールだった。

痛くてびっくりして顔をおさえるキミに、同級生の女の子が近寄っていく。


「影宮(かげみや)さいてー」

女の子の顔に、ボールを当てるとか。

「悠史(ゆうし)、謝れよー」

男子は、やっちまったなあと、笑い。


その子の鼻からは、血が出ていた。
気が動転していて、最低最低と同級生の女の子から言われる俺は、背中を見せて保健室は向かっているキミに謝ることが出来なかった。


さい、あくだ。
お母さんに言われてたのに。
女の子には怪我させてはいけないって。



謝ろう。「さっきはごめん」って。
そう思って放課後、3人並んで帰っている、女子3人組のあとを追いかけた。オレンジ色の夕日に向かって帰るキミに、謝ろうと思うのに。


許してくれなかったらどうしようとか。
男子である僕が女子に話しかけるのが、恥ずかしくて。

また「最低」と言われたらどうしようって思ったら、追いかけて謝ることが出来なかった。

だから、キミが絶対に聞こえない距離で呟いた。



「さっきはごめん」



聞こえてないキミは当然のように夕日で光るオレンジ色の背中を見せるだけ。


明日、謝ろう。
そう心に決めてその背中を見送った。
―――僕は、逃げたのだ。
次の日も、帰り際、その背中を追いかけた。

でも、昨日と同じことを思ってしまい謝ることが出来ず。

次の日も、次の日も。

夕日に向かって帰るキミを追いかける。


謝りたいのに、謝ることが出来ない。日を増す事に謝らなきゃって思いが強くなるのに、それに比例して、どんどん謝ることが出来なくなっていく。


―――この間は、ごめん
―――1週間前は、ごめん
―――1ヶ月前は、ごめん
―――去年は、ごめん


キミにそう言って謝ろうと思うのに。


気づけば、―――小学生の時は、ごめん。になるほど、月日が経ってしまっていた。



中学校は小学校の隣だから、帰り道は小学生の時と変わらない。僕はサッカー、キミは吹奏楽部。

校舎の外で練習しているキミに、何度も謝ろうと思った。ちょっと暇があったら、キミに分からないように見てたりもした。


「じゃあ、帰るわ」


帰りは、キミに会わせて出来るだけ帰るようにした。オレンジ色の夕日が沈みかけているそこに向かっているキミの背中を見ながら。いつでも謝れるように。


それでも僕は、謝れない。


恥ずかしいより、もう、今更感が勝っていて。



キミは、覚えているだろうか。

気づけば、中学3年生。
この3年間、キミと同じクラスになる事は無かった。それに部活も違う。だから、会話をすることもなく。

別々の高校に行けば、もう、会えないかもしれない。喋ることさえ、出来ないかもしれない。


このまま、学校を卒業すれば…。


もし、次に会うのが、同窓会とか何年も何年も先の話だとしたら。謝れるのは10年後になるかもしれない⋯。


いや、もしかすると、もう一生会えないかもしれない。


―――そんな思いを抱えていれば、中学3年生の、夏は過ぎていた。




部活も引退し、沈んでいない夕日を見つめる。

いつも、逃げてるまま。小学校の時と変わらない僕は、もう、そのオレンジ色の夕日を見るのも嫌になっていた。






イラついて、イラついたから。
こんな自分に、イラついて。





誰もいない、教室。
部活を引退した同級生の3年は、もう帰っていて。


キミの教室に入り、キミの、机に、シャーペンを握って書いた。





〝ごめん〟




たった、3文字の言葉。




もう暗い空の中とぼとぼと帰る僕は、なんとも言えない感情に襲われた。


やっぱり、書かない方が、良かった。

僕だって、分かるかな。

いや、分からないだろう。

何年も、前の話。


それに、〝ごめん〟だけ。



やっぱり、あの文字は朝早く行って消そうと思っていたのに、見事に寝坊して走って学校に行く僕は、最後までダメなやつで。


ギリギリ、朝のホームルームに間に合い、はあはあと息切れしながら席に着く。足が速くて良かったと思って荷物をドサッと置いた時、鞄の下に何かがあった、ような気がして。



鞄の位置をずらし、そこにある文字を見れば、今でさえ息が荒いのに。
呼吸が、止まるかと思った。



〝いいよ〟



僕の、机。

僕の机なのに。


小さい文字で書かれたそれは、それは―――⋯



小学生の時からキミの事が好きだった。

だからこそ、やってしまったと、嫌われてしまったと、そう思っていた。



いつも、夕日に向かって帰るキミの事を見つめていた。
けど、それはもう、やめよう。

一緒の位置で、一緒に並んで、キミと夕日に向かって歩いて帰りたい。


だから、

校門で、キミを待って、小学生の時以来、目が会った瞬間―――⋯



「高梨(たかなし)、一緒に帰らない?」



僕の頬が、夕日のように、染まっているような気がした。