【7】

「これはもうちょっとお塩を多めにした方がいいのよ、煮込んでると水分が増えるから」

「おお、そうなのか。君と料理をすると勉強になる」

 二人はまた召使たちに無理を言って、厨房で一緒に料理をしていた。

「勉強しなくたって、私が作れるからいいのに」

「いや、私が作れないと意味がないんだ。君のために私がしてやれることはとても少ない、できることはなるべく沢山してやれるようになっておきたいんだ」

 そう微笑む男につられるように、女も笑顔を浮かべた。

 我々の仕事がなくなってしまいますよ、と嘆く召使たちだったが、言うほど嫌そうではなかった。楽しそうに料理をしている二人を見ると、周りも幸せな気持ちにさせられた。

 この城への〝幽閉の延長〟を望んだ女だったが、今度はお客様待遇を断った。私にも何かさせてほしい、と色々と出来ることを探していた。

 部屋を回って本棚を整理したり、花壇の世話を手伝ったり、こうして一緒に料理を作ったり。今はまだ大したことはできないけれど、少しずつこの場所と城の皆に馴染んでいった。

「魔王様ー、花壇の水やりはどういたしますかー?」

 厨房にひょっこり顔を出してきた召使の一人がそう尋ねる。厨房を出て仕事がなくなってしまったので、庭の掃除をしているようだった。

「今日は後で雑草を抜こうと思っていたんだ。その後に私が水をあげるよ」

 力が弱く擬態の上手くない召使たちは、城内ではいつも魔物の姿むき出しで歩いている。女が城を自由に歩き出してすぐの頃は、鉢合ってしまうたび慌てて人間の姿に擬態していたものだった。

 しかし女は最初こそ驚いたものの気味悪がることはなく、「無理しないで」と色んな召使たちに笑いかけていた。そして今や全く魔物の姿に抵抗はないようで、皆とのびのび過ごしている。

 力の強い魔王と双子竜だけはずっと人間の擬態を保ち続けていたが、感極まったり驚いたり、力のバランスが極端に崩れると一瞬本来の姿に戻ってしまうようだった。

 女がそれを知ったのは、双子竜のために甘いお菓子を作ってあげた時。今まで食べたことのない美味しさに興奮して、二人は竜の姿に戻って部屋中を飛び回ったのだった。

 そしてその二人が厨房に駆け込んでくる。

「お二人ともっ、僕に味見をさせてください!」

「わたくしが先でございます」

 我先にと小さな背を伸ばす二人に、男は困ったように笑った。お菓子の一件以来、二人はすっかり女の料理のとりこだ。

「味見といっておきながら、君たちはほとんど全部食べてしまうだろう」

 同じくクスクスと笑う女が、男にこう提案する。

「じゃああなたが味を見て。自分で出来るようになりたいんでしょ?」

 ああ、と女に向き直ると、男の目の前にはスプーンが差し出されていた。それは自分がつかむにはあまりに距離が近すぎたし、女もにこにこ笑っている。

 男は女の意図を理解した。

「はい、あーん」

 男はあまりの恥ずかしさに興奮し、一瞬擬態が解けてしまった。

 それを見た周りの家来たちは何事かとびっくりしていたが、女だけはクスッと楽しげに笑っていて、背伸びをしてそのまま男の口にスプーンを運ぶ。

 温かく優しい味が口に広がるとなんとか気持ちが落ち着けられたようで、再び人間の擬態に戻った。

「おいしい?」

 女が小首をかしげて笑顔で尋ねてくる。

 男はなんとか心を鎮めて、ゆっくりうなずいた。

「とてもおいしい……」




<終わり>