「意味がわかりかねますね、鬼山課長。先ほどは賞賛したのに用がないときは引っ込めだなんて、パワハラじゃありませんか?」
「難しい言葉を知っているじゃないか。貴様こそ、あかりへのしつこい誘いかけはもはやセクハラだろう」
「そんな単語をよくご存じですね。そういえば星野さんと鬼山課長は交際していなかったのに、突然の授かり婚をしただとか噂で聞きましたけど。どうやって幸せな結婚を手に入れたのか、間男の僕に教えてほしいですねえ」
性悪イケメンたちの辛辣な応酬は留まるところを知らない。
ふたりに挟まれた私は冷や汗をかき通しである。
少し離れたところで見学している男性社員の玉木さんが、遠慮のない野次を飛ばした。
「性悪イケメン同士の諍いが、また勃発しましたね。いつ終わるんですかぁ~?」
それは私の台詞なんですけども。
見てないで助けてほしいが、華奢な体格の玉木さんはふたりの争いが始まると私を盾にするので期待できない。
見渡すと、いつの間にか部署内のみんながデスクの周りに集まっていた。朝礼が続行していると勘違いされてはいないだろうか。
だが鬼神たちは意に介さない。
「教えてやろうではないか。幸せな夫婦の邪魔をせず、ほかの女を捜せ。それが貴様のためだ」
「僕なら鬼山課長よりもっと星野さんを幸せにしてあげる自信がありますよ。課長がほかの女にしたらいかがですか?」
浮気を推奨して堂々と略奪愛を掲げる羅刹に、柊夜さんは眼鏡の奥の双眸を光らせた。
瞳が黒く見えるよう、社内では特殊加工の眼鏡をかけているのだが、怒りに滾った柊夜さんの瞳は焔のごとく輝いている。
「その口を縫ってほしいようだな」
「僕はいつでも再戦を受けて立ちます」
鬼上司である課長とエリートの神宮寺さんを止められる勇者はおらず、みんなは成り行きを見守っている。さわらぬ鬼に祟りなしというわけである。正しい判断だ。
このままでは業務に支障をきたす。その前にふたりの正体がバレてしまいかねないので、私は勇気を振り絞り、ふたりを制した。
「あの、おふたりの仲がいいのはもう充分にわかりましたから、そろそろ仕事に……」
ところがふたりの鬼神から、ぎろりとにらまれてしまう。さらに身を寄せてくるので、双方の厚い胸板に挟まれてしまい、息苦しい。圧迫感がすごい。
「俺は神宮寺と交流を深めたいわけではない。これはきみを守るための話し合いだ」
「星野さんは黙っていてよ。鬼神……貴人としてのプライドというものがあるからね。負けを認めるのは死ぬことと同じさ」
非常に危うい。一般的な社会人でいられなくなる危険性があるので、続きはせめて家に帰ってからやってほしい。
そのとき、華やかな巻き毛をかき上げた本田さんが、気怠げに声をかけた。
「ちょっとぉ、鬼山課長に神宮寺さん。鬼みたいな図体でデスクを占領しないでくれます? ここにいる絶世の美女が席に座れないんですけど」
三人で密集しているので、隣の本田さんのデスクにまで柊夜さんの体がはみ出していた。
先輩の本田さんは、過去には柊夜さんに告白してフラれ、神宮寺さんからは目を向けられなかったという経緯がある。よって最近の本田さんは社外に活路を見出そうとしているらしい。
本田さんの発言内容には真しか含まれていない。
柊夜さんと羅刹から、すっと熱気が引いた。
「すまない、本田さん。少々熱くなりすぎたようだ。仕事の邪魔をするつもりはなかった」
眼鏡のブリッジを押し上げた柊夜さんが冷静に弁明する。羅刹はスマートな所作で本田さんの椅子を引いた。
「ごめんね、本田さん。さあ、席にどうぞ」
「あら、ありがとう。おふたりも、ご自分の席に戻ってくださいね」
無言で散っていく鬼神ふたりを見送り、私も着席する。
見守っていた社員たちは「もう終わりかぁ」「本田さんが最強だね」などと晴れやかな顔でつぶやきながら、それぞれのデスクに戻っていった。
鬼山課長と神宮寺刹那の対決は、もはや恒例行事と化している。
私は微妙な笑みを浮かべつつ、助け船を出してくれた本田さんに礼を述べた。
「ありがとうございました、本田さん」
「どういたしまして。星野さんも大変ね」
性悪イケメンたちをねじ伏せた本田さんの破壊力に感嘆する。
ひと息ついたとき、ふと奥の席に座っている女性の姿が目に入った。
陰鬱な表情でひたすらパソコンを凝視している。みんなはこの騒ぎを見学していたけれど、彼女はいっさい目を向けず、迷惑そうですらあった。
「難しい言葉を知っているじゃないか。貴様こそ、あかりへのしつこい誘いかけはもはやセクハラだろう」
「そんな単語をよくご存じですね。そういえば星野さんと鬼山課長は交際していなかったのに、突然の授かり婚をしただとか噂で聞きましたけど。どうやって幸せな結婚を手に入れたのか、間男の僕に教えてほしいですねえ」
性悪イケメンたちの辛辣な応酬は留まるところを知らない。
ふたりに挟まれた私は冷や汗をかき通しである。
少し離れたところで見学している男性社員の玉木さんが、遠慮のない野次を飛ばした。
「性悪イケメン同士の諍いが、また勃発しましたね。いつ終わるんですかぁ~?」
それは私の台詞なんですけども。
見てないで助けてほしいが、華奢な体格の玉木さんはふたりの争いが始まると私を盾にするので期待できない。
見渡すと、いつの間にか部署内のみんながデスクの周りに集まっていた。朝礼が続行していると勘違いされてはいないだろうか。
だが鬼神たちは意に介さない。
「教えてやろうではないか。幸せな夫婦の邪魔をせず、ほかの女を捜せ。それが貴様のためだ」
「僕なら鬼山課長よりもっと星野さんを幸せにしてあげる自信がありますよ。課長がほかの女にしたらいかがですか?」
浮気を推奨して堂々と略奪愛を掲げる羅刹に、柊夜さんは眼鏡の奥の双眸を光らせた。
瞳が黒く見えるよう、社内では特殊加工の眼鏡をかけているのだが、怒りに滾った柊夜さんの瞳は焔のごとく輝いている。
「その口を縫ってほしいようだな」
「僕はいつでも再戦を受けて立ちます」
鬼上司である課長とエリートの神宮寺さんを止められる勇者はおらず、みんなは成り行きを見守っている。さわらぬ鬼に祟りなしというわけである。正しい判断だ。
このままでは業務に支障をきたす。その前にふたりの正体がバレてしまいかねないので、私は勇気を振り絞り、ふたりを制した。
「あの、おふたりの仲がいいのはもう充分にわかりましたから、そろそろ仕事に……」
ところがふたりの鬼神から、ぎろりとにらまれてしまう。さらに身を寄せてくるので、双方の厚い胸板に挟まれてしまい、息苦しい。圧迫感がすごい。
「俺は神宮寺と交流を深めたいわけではない。これはきみを守るための話し合いだ」
「星野さんは黙っていてよ。鬼神……貴人としてのプライドというものがあるからね。負けを認めるのは死ぬことと同じさ」
非常に危うい。一般的な社会人でいられなくなる危険性があるので、続きはせめて家に帰ってからやってほしい。
そのとき、華やかな巻き毛をかき上げた本田さんが、気怠げに声をかけた。
「ちょっとぉ、鬼山課長に神宮寺さん。鬼みたいな図体でデスクを占領しないでくれます? ここにいる絶世の美女が席に座れないんですけど」
三人で密集しているので、隣の本田さんのデスクにまで柊夜さんの体がはみ出していた。
先輩の本田さんは、過去には柊夜さんに告白してフラれ、神宮寺さんからは目を向けられなかったという経緯がある。よって最近の本田さんは社外に活路を見出そうとしているらしい。
本田さんの発言内容には真しか含まれていない。
柊夜さんと羅刹から、すっと熱気が引いた。
「すまない、本田さん。少々熱くなりすぎたようだ。仕事の邪魔をするつもりはなかった」
眼鏡のブリッジを押し上げた柊夜さんが冷静に弁明する。羅刹はスマートな所作で本田さんの椅子を引いた。
「ごめんね、本田さん。さあ、席にどうぞ」
「あら、ありがとう。おふたりも、ご自分の席に戻ってくださいね」
無言で散っていく鬼神ふたりを見送り、私も着席する。
見守っていた社員たちは「もう終わりかぁ」「本田さんが最強だね」などと晴れやかな顔でつぶやきながら、それぞれのデスクに戻っていった。
鬼山課長と神宮寺刹那の対決は、もはや恒例行事と化している。
私は微妙な笑みを浮かべつつ、助け船を出してくれた本田さんに礼を述べた。
「ありがとうございました、本田さん」
「どういたしまして。星野さんも大変ね」
性悪イケメンたちをねじ伏せた本田さんの破壊力に感嘆する。
ひと息ついたとき、ふと奥の席に座っている女性の姿が目に入った。
陰鬱な表情でひたすらパソコンを凝視している。みんなはこの騒ぎを見学していたけれど、彼女はいっさい目を向けず、迷惑そうですらあった。