瞼を開けると、心地よい気怠さを覚えた。裸の体には強靱な腕が絡みついている。横に顔を向けると、安らかな寝息を立てる春馬の寝顔がある。
 もはや、この目覚めにもすっかり慣れてしまった。
 本当の初夜を迎えた私たちは、身も心も結ばれた。
 ところがその日を境に春馬は私を褥から出さないようになり、昼も夜も夫婦の契りを交わされる。以来、現世には戻らず、ずっと神世の居城にいた。
 彼は滾る欲望をこれまで相当抑えていたのだと知らされるが、ひと月が経過しても鎮まる気配はなかった。
 そっと寝台から出ようと足を下ろすと、すぐさま伸びてきた大きな手に胴を掴まれる。
「どこへ行く。逃がさないぞ」
「もう。朝ごはんくらい食べさせてよ」
「ここへ運ばせる。俺が食べさせてやるから、寝台を出るな」
「あのときは、こぼして大変なことになったわね……。テーブルで食べればいいじゃない」
 軽快な応酬を交わしているうちに、搦め捕られて褥に引きずり込まれる。
 再び私を抱きすくめた春馬は、悪戯めいた碧色の目を向けた。
「おまえを腕の中にずっと閉じ込めて愛したい。少しでも離れていると、羽が生えて逃げてしまわないか心配になる」
「そんなことあるわけないでしょ。顔を洗うと、魚になって逃げると言うし、春馬は本当に心配性なんだから」
(いと)しいのだ。肌を触れ合わせていたい」
 頬ずりをされて、彼の体温と肌の感触に愛しさが沸き上がる。困ったふりをしながらも、逞しい肩に手を回した。
 執着心の強い春馬は私を溺愛して離さない。大切にされて甘やかしてもらうのは心地よくて、つい睦み合いながら長い時間を過ごしてしまう。
「食事の前に、接吻しよう。俺の唇を()め」
 頤をすくい上げられ、しっとりと雄々しい唇が重ね合わされる。
 そっと互いの唇を食んで、吸い上げた。
 きゅんと胸が甘く引き絞られるような感覚に陶然として、強靱な背中に縋りつく。
 キスの合間に、春馬は低い声で囁いた。
「好きだ」
「私も……好き」
「甘い唇だ。もう少し、いいか」
「うん……」
 くちづけながら褥に沈んだ私たちは手と手を取り合い、指を絡めてつなぐ。
 心も体も結ばれることに、至上の幸福を得られた。

 やがて、ようやく褥から出て着物をまとうと、用意された朝食を別室の円卓で取る。
 その最中に、春馬の側近が慇懃に話しかけてきた。
「お食事中に失礼いたします。主のお耳に入れたいことがございます」
「なんだ」
 立ち上がった春馬は少し離れた窓辺で側近とやり取りをしていた。領地内で揉め事があり、鬼神である春馬の介入を必要としていると漏れ聞こえてきた。秘密の話でもないようだが、歓迎できる内容ではないので、春馬は眉をひそめている。
 側近を下がらせた春馬は再び円卓に着いた。
「出かける用事ができた。危険はないが、念のため凜は城で待っていろ」
「わかったわ」
 頷いた私は、春馬とともに朝食を終える。
 城門前で彼を見送るとき、寂しさが胸を衝いた。
 それが顔に出ていたのだろう。シャガラに騎乗する前に、春馬はこちらを振り向く。
「夕刻には帰ってくる。それまで、ゆるりとしていろ」
 ためらいもなく私の肩を引き寄せると、唇にくちづける。
 ここは褥ではなく、周りには側近や従者もいるというのに。
 かぁっと頬を火照らせた私は、春馬の胸を押し戻した。とはいえ、びくともしないけれど。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「ああ。行ってくる」
 微笑みを交わすと、愛しさが込み上げてくる。
 春馬は私の黒髪を、さらりと撫でると名残惜しげに手を離した。そうしてから手綱を掴み、華麗に足を跳ね上げてシャガラに跨がる。
 手を振って、春馬の出立を見送る。振り返った春馬も、軽く手を上げてくれた。やがて従者を連れた彼の背中が見えなくなる。
 私は幸せの絶頂にいた。
 だが頂点にいるということは、そこから下りるものであると説くかのように、空に黒い点を見つける。