「善見城でのことを考えているのか」
「ええ……。真実は明らかになったけれど、これでよかったのかという迷いもあるの」
「帝釈天さまが謝罪するなど、これまでなら考えられぬことだ。それだけおまえたちふたりを重宝しているという表れだろう」
もし祖母の死がなければ、この政略結婚も存在しなかったかもしれない。それも含めて、善見城で祖父と兄の考えを聞いたことにより、私が背負うべきものの重大性を改めて感じた。
私は夜叉姫として、神世の和平を婚姻により保たなければならない。そうしなければ祖母の死が、無駄になってしまうのだ。
私が、神世の和平をつなぐ架け橋になる……。
そんな重大な役目を負えるのだろうか。能力にも自信が持てず、花嫁としての責務も未だに果たせていないというのに。
「……ごめんなさい。おじいちゃんと兄さんが、あなたに指図するようなことを言って」
「なにも問題ない。それだけ、凜の身を案じているのだ。家族とはそういうものだろう」
春馬の声に寂しげな響きが混じる。
これまでの彼は孤独だったのだ。でも、これからは、私が春馬と新たな家庭を築いていけるはず。
「私の家族は……これからは、春馬だわ」
「……そうか。そのように言ってもらえると、俺は救われる。だが気負わずともよい。凜は俺の花嫁になったとしても、やはり夜叉姫なのだから」
春馬は夜叉姫としての私を認めてくれた。
ずっと、自分の存在価値を見出せなかった。生まれ持った特殊な能力により、友人がひとりもいない孤独の中で、居場所を探し続けていた。
政略結婚も、無能な夜叉姫の押しつけどころのように思えて窮屈だった。許嫁にも拒絶されるのだろうと思い込んでいた。
でも、春馬と接することで、わだかまりは溶けていった。
私から受け入れる気持ちが大切だった……。
春馬のそばにいたい。彼の花嫁として受け入れられたい。だからこそ、春馬のすべてを受けとめようと心を開けた。
「私……政略結婚は夜叉姫としての義務だとか、自分はそのための道具かもしれないとか、いろいろ考えてしまうんだけど……あなたのことを思うと、心が温まって、優しくなれるの。私はただ、あなたが好きだから結ばれたい。それだけではいけないのかしら」
ぎゅっと、春馬は腕に力を込めて抱きしめる。
「俺も、好きだ。おまえと契りたい。それは無論、夫としての義務ではない。凜を政略のための道具として見たことなどない。凜の優しい心に惹かれたのだ」
その言葉が心の奥深いところにまで染み込んでいく。
これまでの懊悩がほろりと溶けると、あとには彼への愛しさだけが胸に残った。
背後から回された強靱な腕に触れたとき、亜麻色の髪が頬をくすぐる。
雄々しい唇がすぐそばにあるのを知り、とくんと鼓動が甘く弾む。
瞼を閉じると、優しいキスが降ってきた。
交わされたくちづけは甘美な夜の始まりを告げる。
けれど、春馬は着物を脱がさなかった。
互いの唇が離れ、目を瞬かせたときにはもう、私の体は強靱な腕にすくい上げられていた。
寝台に運ばれ、純白の褥にそっと押し倒される。
すると春馬は自らの帯を解き、潔く着物を肩から剥がした。
ばさりと脱ぎ捨てられた着物を目で追う。剛健な肉体を直視するのは恥ずかしくて、とてもできなかった。
覆い被さってきた春馬が、そっと耳元に囁く。
「愛らしいおまえのすべてを、俺のものにしたい」
しゅるりと繻子の帯が解かれる衣擦れの音が鳴る。
彼の想いに応えたい。
私は胸の奥に秘めていた恋心を解放して、彼を求めた。
「春馬が、好き……」
「俺もだ。好きだ」
「あなたとひとつになりたい」
「ああ……俺もだ」
異なる色の瞳で見つめ合い、想いを確かめ合う。
春馬は私の言葉のひとつひとつを丁寧にすくい上げてくれた。
朱の着物がはだけられ、素肌を重ねる。逞しい体が密着する心地よさに陶然として、淡い吐息がこぼれた。
強張りの解けた体は彼の濃密な愛撫に高められていく。
やがて春馬の中心がゆっくりと、けれど獰猛に私の胎内に侵入する。
こらえきれずにこぼれた吐息を呑み込むように、彼は何度も唇を重ねた。
体の中に、愛しい人の存在を感じる。
私の眦からひとしずくの涙が伝った。
きつく抱きしめられ、それに応えて腕を回し、彼の背に縋りつく。
「私たち……ひとつになれたの?」
「そうだ。痛いか……?」
春馬は舌を這わせ、眦の涙を舐め取る。ぴたりと体を重ねた私たちは、すぐにくちづけられる近さにいた。その幸福が、こんなにも胸を締めつける。
「ううん……嬉しいの。幸せで、涙がこぼれるの」
思いの丈があふれて言葉に変わる。すると、春馬は顔中にくちづけを降らせた。
ゆっくりと胎内を愛される。彼の脈動を縋りついた指先と、荒々しい呼気でも感じて、たまらない愛しさが湧いた。
ふたりの昂ぶる鼓動が重なり合う。身を震わせながら、彼のすべてを受けとめた。
「愛している。生涯、大切にする」
真摯な誓いの言葉が、唇へのキスとともに、深く胸に刻み込まれる。
春馬は抱きしめた腕を、夜が明けるまで、ほどかなかった。
「ええ……。真実は明らかになったけれど、これでよかったのかという迷いもあるの」
「帝釈天さまが謝罪するなど、これまでなら考えられぬことだ。それだけおまえたちふたりを重宝しているという表れだろう」
もし祖母の死がなければ、この政略結婚も存在しなかったかもしれない。それも含めて、善見城で祖父と兄の考えを聞いたことにより、私が背負うべきものの重大性を改めて感じた。
私は夜叉姫として、神世の和平を婚姻により保たなければならない。そうしなければ祖母の死が、無駄になってしまうのだ。
私が、神世の和平をつなぐ架け橋になる……。
そんな重大な役目を負えるのだろうか。能力にも自信が持てず、花嫁としての責務も未だに果たせていないというのに。
「……ごめんなさい。おじいちゃんと兄さんが、あなたに指図するようなことを言って」
「なにも問題ない。それだけ、凜の身を案じているのだ。家族とはそういうものだろう」
春馬の声に寂しげな響きが混じる。
これまでの彼は孤独だったのだ。でも、これからは、私が春馬と新たな家庭を築いていけるはず。
「私の家族は……これからは、春馬だわ」
「……そうか。そのように言ってもらえると、俺は救われる。だが気負わずともよい。凜は俺の花嫁になったとしても、やはり夜叉姫なのだから」
春馬は夜叉姫としての私を認めてくれた。
ずっと、自分の存在価値を見出せなかった。生まれ持った特殊な能力により、友人がひとりもいない孤独の中で、居場所を探し続けていた。
政略結婚も、無能な夜叉姫の押しつけどころのように思えて窮屈だった。許嫁にも拒絶されるのだろうと思い込んでいた。
でも、春馬と接することで、わだかまりは溶けていった。
私から受け入れる気持ちが大切だった……。
春馬のそばにいたい。彼の花嫁として受け入れられたい。だからこそ、春馬のすべてを受けとめようと心を開けた。
「私……政略結婚は夜叉姫としての義務だとか、自分はそのための道具かもしれないとか、いろいろ考えてしまうんだけど……あなたのことを思うと、心が温まって、優しくなれるの。私はただ、あなたが好きだから結ばれたい。それだけではいけないのかしら」
ぎゅっと、春馬は腕に力を込めて抱きしめる。
「俺も、好きだ。おまえと契りたい。それは無論、夫としての義務ではない。凜を政略のための道具として見たことなどない。凜の優しい心に惹かれたのだ」
その言葉が心の奥深いところにまで染み込んでいく。
これまでの懊悩がほろりと溶けると、あとには彼への愛しさだけが胸に残った。
背後から回された強靱な腕に触れたとき、亜麻色の髪が頬をくすぐる。
雄々しい唇がすぐそばにあるのを知り、とくんと鼓動が甘く弾む。
瞼を閉じると、優しいキスが降ってきた。
交わされたくちづけは甘美な夜の始まりを告げる。
けれど、春馬は着物を脱がさなかった。
互いの唇が離れ、目を瞬かせたときにはもう、私の体は強靱な腕にすくい上げられていた。
寝台に運ばれ、純白の褥にそっと押し倒される。
すると春馬は自らの帯を解き、潔く着物を肩から剥がした。
ばさりと脱ぎ捨てられた着物を目で追う。剛健な肉体を直視するのは恥ずかしくて、とてもできなかった。
覆い被さってきた春馬が、そっと耳元に囁く。
「愛らしいおまえのすべてを、俺のものにしたい」
しゅるりと繻子の帯が解かれる衣擦れの音が鳴る。
彼の想いに応えたい。
私は胸の奥に秘めていた恋心を解放して、彼を求めた。
「春馬が、好き……」
「俺もだ。好きだ」
「あなたとひとつになりたい」
「ああ……俺もだ」
異なる色の瞳で見つめ合い、想いを確かめ合う。
春馬は私の言葉のひとつひとつを丁寧にすくい上げてくれた。
朱の着物がはだけられ、素肌を重ねる。逞しい体が密着する心地よさに陶然として、淡い吐息がこぼれた。
強張りの解けた体は彼の濃密な愛撫に高められていく。
やがて春馬の中心がゆっくりと、けれど獰猛に私の胎内に侵入する。
こらえきれずにこぼれた吐息を呑み込むように、彼は何度も唇を重ねた。
体の中に、愛しい人の存在を感じる。
私の眦からひとしずくの涙が伝った。
きつく抱きしめられ、それに応えて腕を回し、彼の背に縋りつく。
「私たち……ひとつになれたの?」
「そうだ。痛いか……?」
春馬は舌を這わせ、眦の涙を舐め取る。ぴたりと体を重ねた私たちは、すぐにくちづけられる近さにいた。その幸福が、こんなにも胸を締めつける。
「ううん……嬉しいの。幸せで、涙がこぼれるの」
思いの丈があふれて言葉に変わる。すると、春馬は顔中にくちづけを降らせた。
ゆっくりと胎内を愛される。彼の脈動を縋りついた指先と、荒々しい呼気でも感じて、たまらない愛しさが湧いた。
ふたりの昂ぶる鼓動が重なり合う。身を震わせながら、彼のすべてを受けとめた。
「愛している。生涯、大切にする」
真摯な誓いの言葉が、唇へのキスとともに、深く胸に刻み込まれる。
春馬は抱きしめた腕を、夜が明けるまで、ほどかなかった。