シャガラが足を止めると、従者が駆け寄ってくる。下馬した私たちは入城した。
煌々と明かりが灯された壮麗な城の奥へ通される。
城内の奥まった区域は主と花嫁が生活するための居室が連なっていた。
私の手を引いていた春馬は、その手を侍女に預ける。慇懃な侍女たちに囲まれ、湯殿へ向かった。
胸にはひとつの予感が芽生えている。
もしかして今夜が、本当の初夜になるかもしれない……。
春馬は私を好きだと言ってくれた。でも私はまだ、彼に想いを打ち明けていない。
褥で事に及ぶ前に告げるのは、なんだか唐突すぎる気がする。どうして夕焼けを見たときに言えなかったのだろう。
石造りの湯船の中で身じろぎすると、ちゃぷんと湯が波打った。
すると春馬が髪に挿してくれた桃色の花が、はらりと落ちて湯に浮かぶ。
花を両手ですくい上げると、唇に寄せた。まるで彼の分身であるかのように、花弁にくちづける。
まだ唇には、雄々しい唇の感触が残っていた。
キスされたときは陶然として、胸がいっぱいになった。あの感覚が恋なのだ。私は、彼に惹かれている……。
――春馬と、結ばれたい。
彼を想う胸のときめきが、星のごとく煌めいた。それは初めての感情で、心が甘く浮き立つ。
けれど、春馬はどうなのだろう。初夜での私の様子から、契りを結ぶのはまだ早いと考えているかもしれない。それに城に迎えたばかりの花嫁が結ばれたいと求めるなんて、礼儀知らずだと叱られてしまいそうだ。
湯船からあがると、百花繚乱が描かれた豪奢な真紅の着物をまとい、床まで垂れる繻子の帯を緩く締められる。乾かした黒髪が、さらりと着物に舞った。
侍女に連れられて、初めての寝所へ赴く。
最奥の重厚な扉の前で「花嫁さまのお支度が調いました」と小さく侍女が声をかけ、扉が開かれた。
どきどきと鼓動が高鳴る。
室内に踏み出すと、薄衣の几帳に囲まれた寝台があった。それを蝋燭の灯火がほんのり浮かび上がらせている。
屋敷と似た造りの寝所にどこか安堵を覚えつつ、春馬の姿を目で探す。
すると、蝋燭が灯された燭台の陰に座る彼を見つけた。立てた片膝を浴衣から覗かせ、物憂げな格好で窓辺にもたれている。考えごとでもあるのか、碧色の双眸は外を眺めていた。
こちらに目を向けないことに、かすかな憂いが胸に落ちたが、今日はずっと騎乗して手綱を操っていたので疲れているのだろう。初夜のことで煩わせてはいけない。
私は几帳を捲りながら、小さく声をかけた。
「先に寝るね。おやすみなさい」
「待て」
鋭い声を返され、薄衣に触れていた手がびくりと跳ねる。
「その着物は寝間着ではない。花嫁の初夜の衣装ゆえ、寝所には脱いでから入るものだ」
「あ……でも、この着物の下は……」
豪奢な着物を見下ろす。確かにこの衣装を着たまま寝ては、かさばるだろう。
けれど、着物の下にはなにも身につけていない。脱いだら全裸になってしまう。
初夜の花嫁は旦那さまに純潔を捧げるのだから、それが正しい作法なのだとわかってはいるけれど……。
繻子の帯に手をかけて迷っていると、ふと黒い影に覆われる。
驚いて顔を上げたとき、春馬はすぐそばに立っていた。
「俺が脱がせる」
決意を込めた響きが予感を本物にする。
真摯な双眸を向けてくる春馬と、視線が絡み合う。彼は私と目を合わせたまま、帯の結び目をほどいた。
怯えそうになる私の心をなだめるかのように、春馬は柔らかな声をかける。
「心配はいらない。おまえの体を優しく撫でて、愛する」
さらりと、解けた帯が床に落ちる。着物の合わせが緩み、胸元が曝された。
春馬は着物の襟に両手をかけると、そっと割り開く。
「見てもいいか」
私を見つめる碧色の双眸は切迫していた。
旦那さまが花嫁の裸を見るのに、なんの遠慮がいるというのだろうか。
けれど率直に、どうぞなんて言えなくて、私は唇を震わせる。
「恥ずかしい……から……」
見つめ合いながら、くちづけが交わされた。
触れるだけの優しいキスではなく、雄々しい唇に下唇を食まれる。
ばさりと私の肩から外された着物が滑り落ちる。
なにもまとうものがなくなった裸体を、きつく抱きしめた春馬は腕の中に閉じ込めた。
煌々と明かりが灯された壮麗な城の奥へ通される。
城内の奥まった区域は主と花嫁が生活するための居室が連なっていた。
私の手を引いていた春馬は、その手を侍女に預ける。慇懃な侍女たちに囲まれ、湯殿へ向かった。
胸にはひとつの予感が芽生えている。
もしかして今夜が、本当の初夜になるかもしれない……。
春馬は私を好きだと言ってくれた。でも私はまだ、彼に想いを打ち明けていない。
褥で事に及ぶ前に告げるのは、なんだか唐突すぎる気がする。どうして夕焼けを見たときに言えなかったのだろう。
石造りの湯船の中で身じろぎすると、ちゃぷんと湯が波打った。
すると春馬が髪に挿してくれた桃色の花が、はらりと落ちて湯に浮かぶ。
花を両手ですくい上げると、唇に寄せた。まるで彼の分身であるかのように、花弁にくちづける。
まだ唇には、雄々しい唇の感触が残っていた。
キスされたときは陶然として、胸がいっぱいになった。あの感覚が恋なのだ。私は、彼に惹かれている……。
――春馬と、結ばれたい。
彼を想う胸のときめきが、星のごとく煌めいた。それは初めての感情で、心が甘く浮き立つ。
けれど、春馬はどうなのだろう。初夜での私の様子から、契りを結ぶのはまだ早いと考えているかもしれない。それに城に迎えたばかりの花嫁が結ばれたいと求めるなんて、礼儀知らずだと叱られてしまいそうだ。
湯船からあがると、百花繚乱が描かれた豪奢な真紅の着物をまとい、床まで垂れる繻子の帯を緩く締められる。乾かした黒髪が、さらりと着物に舞った。
侍女に連れられて、初めての寝所へ赴く。
最奥の重厚な扉の前で「花嫁さまのお支度が調いました」と小さく侍女が声をかけ、扉が開かれた。
どきどきと鼓動が高鳴る。
室内に踏み出すと、薄衣の几帳に囲まれた寝台があった。それを蝋燭の灯火がほんのり浮かび上がらせている。
屋敷と似た造りの寝所にどこか安堵を覚えつつ、春馬の姿を目で探す。
すると、蝋燭が灯された燭台の陰に座る彼を見つけた。立てた片膝を浴衣から覗かせ、物憂げな格好で窓辺にもたれている。考えごとでもあるのか、碧色の双眸は外を眺めていた。
こちらに目を向けないことに、かすかな憂いが胸に落ちたが、今日はずっと騎乗して手綱を操っていたので疲れているのだろう。初夜のことで煩わせてはいけない。
私は几帳を捲りながら、小さく声をかけた。
「先に寝るね。おやすみなさい」
「待て」
鋭い声を返され、薄衣に触れていた手がびくりと跳ねる。
「その着物は寝間着ではない。花嫁の初夜の衣装ゆえ、寝所には脱いでから入るものだ」
「あ……でも、この着物の下は……」
豪奢な着物を見下ろす。確かにこの衣装を着たまま寝ては、かさばるだろう。
けれど、着物の下にはなにも身につけていない。脱いだら全裸になってしまう。
初夜の花嫁は旦那さまに純潔を捧げるのだから、それが正しい作法なのだとわかってはいるけれど……。
繻子の帯に手をかけて迷っていると、ふと黒い影に覆われる。
驚いて顔を上げたとき、春馬はすぐそばに立っていた。
「俺が脱がせる」
決意を込めた響きが予感を本物にする。
真摯な双眸を向けてくる春馬と、視線が絡み合う。彼は私と目を合わせたまま、帯の結び目をほどいた。
怯えそうになる私の心をなだめるかのように、春馬は柔らかな声をかける。
「心配はいらない。おまえの体を優しく撫でて、愛する」
さらりと、解けた帯が床に落ちる。着物の合わせが緩み、胸元が曝された。
春馬は着物の襟に両手をかけると、そっと割り開く。
「見てもいいか」
私を見つめる碧色の双眸は切迫していた。
旦那さまが花嫁の裸を見るのに、なんの遠慮がいるというのだろうか。
けれど率直に、どうぞなんて言えなくて、私は唇を震わせる。
「恥ずかしい……から……」
見つめ合いながら、くちづけが交わされた。
触れるだけの優しいキスではなく、雄々しい唇に下唇を食まれる。
ばさりと私の肩から外された着物が滑り落ちる。
なにもまとうものがなくなった裸体を、きつく抱きしめた春馬は腕の中に閉じ込めた。