目を見開いた、そのとき。
「きゃあっ!」
勢いよく噴き上がった水に、体が弾き飛ばされる。轟音とともに湧き出た水流が、瞬く間に奔流をくぼみに行き渡らせた。
「凜!」
こちらに駆けてきた春馬が水流に呑み込まれる。私はもがきながら必死に手を伸ばした。
けれど押し流されてしまい、届かない。ふたりは引き離されてしまう。
溺れる――。
水に呑まれてしまうと思った刹那。
しっかりと私の体が抱えられた。顔を水面に出し、息を継ぐ。
「ぷはっ……」
「無事か⁉ 息をしろ!」
間近から必死な形相でうかがう春馬が目に映る。いつも平淡な彼が感情を昂ぶらせるなんて、意外だった。
「大丈夫よ。こんなに水があふれるなんて思わなかったから、驚いただけ」
「そうか……よかった」
安堵の息を吐いた春馬に抱えられて、岸辺まで泳ぐ。水から上がると、ずぶ濡れの服は水滴をしたたらせ、水溜まりを作った。
それが透明な水だったことに、ほっとする。
見渡すと、陽射しのもとに清涼な湖が広がっていた。先ほど見た荒れ地はもうどこにもない。水が満ちるとこんなにも景色が変わるのだ。
「服を乾かそう。脱げ」
事も無げに告げた春馬は、ばさりと上着を脱いだ。彼は自らの服を木の枝にかけている。
あっさり脱げと言われても困る……。
かといって、このままで帰るわけにもいかない。脱いだ服を絞るくらいはしないと。
まごついていると、ズボンも枝に干した春馬は下穿きのみの姿でこちらを向いた。
「どうした。干してやるから服を脱げ」
「何度も脱げって言われても困るから!」
「なにも裸を見せろなどと言っているわけではないぞ」
「当たり前でしょ! あっちを向いていて」
嘆息した春馬は顔を背けると、木の根元に腰を下ろした。
彼が湖面を眺めているのを確認して、脱いだ衣服の水を絞る。下着姿になった私の素肌を、風が吹き抜けていった。
まったくもう……デリカシーがないんだから。
せっかくだから乾かそうと、チュニックとカプリパンツを春馬の大きな服の隣に干す。
そうしてから、春馬と同じ木の根元に腰を下ろした。彼から見えない角度の位置だ。
ちらりと目を向けると、剛健な肩と濡れた亜麻色の髪が見えた。
湖は陽の光を反射して、きらきらと煌めいている。シャガラが首を垂らし、美味しそうに水を飲んでいた。
低い声音が、ぽつりとかけられる。
「以前の泉より、とても大きな水場になった。よみがえらせたばかりか湖にしてしまうとは、驚きの能力だな」
「あ……」
春馬に、命を再生する能力を見られてしまった。
やはりかつての泉とは風景が異なるらしい。飲める水のようだが、水質も変わったかもしれない。
気味が悪いと思われただろうか。彼が鬼神であっても、奇特に見えることに変わりはない。
この能力は私のコンプレックスの源だった。
せめて兄のように純粋な治癒能力だったなら、生き物の怪我を回復させるなど成功が目に見えてわかるのに。私のものは、わけのわからない魔術を施したように見えて、畏怖を抱かせてしまう。
「命を再生する能力なの……。でも、もとの形とは違ったものに変化してしまって、うまくいかなくて。夜叉の血族でも、異端なのかな。気味が悪いよね……」
「気味悪くなどないぞ。卑下することなどない」
「えっ?」
きっぱりと言い切った春馬を振り返る。彼は大樹の向こう側で泰然と座していた。
「稀有ゆえに疎まれることもあるかもしれぬが、それは真の価値を知ろうとしないからだ。あれを見よ」
春馬が指差した方向には、枝から降り立った小鳥がいた。先ほどの小鳥が戻ってきて、水を飲んでいるのだ。そのあとに続き、ほかの鳥たちも湖畔に集まってきている。
「鳥たちは凜のおかげだとは気づかぬまま、水を飲んでいるかもしれぬ。だが凜が湖をよみがえらせなければ、水を得られず死していただろう。おまえの能力と行いは、とても価値あるものなのだ」
「そうかしら……」
「きゃあっ!」
勢いよく噴き上がった水に、体が弾き飛ばされる。轟音とともに湧き出た水流が、瞬く間に奔流をくぼみに行き渡らせた。
「凜!」
こちらに駆けてきた春馬が水流に呑み込まれる。私はもがきながら必死に手を伸ばした。
けれど押し流されてしまい、届かない。ふたりは引き離されてしまう。
溺れる――。
水に呑まれてしまうと思った刹那。
しっかりと私の体が抱えられた。顔を水面に出し、息を継ぐ。
「ぷはっ……」
「無事か⁉ 息をしろ!」
間近から必死な形相でうかがう春馬が目に映る。いつも平淡な彼が感情を昂ぶらせるなんて、意外だった。
「大丈夫よ。こんなに水があふれるなんて思わなかったから、驚いただけ」
「そうか……よかった」
安堵の息を吐いた春馬に抱えられて、岸辺まで泳ぐ。水から上がると、ずぶ濡れの服は水滴をしたたらせ、水溜まりを作った。
それが透明な水だったことに、ほっとする。
見渡すと、陽射しのもとに清涼な湖が広がっていた。先ほど見た荒れ地はもうどこにもない。水が満ちるとこんなにも景色が変わるのだ。
「服を乾かそう。脱げ」
事も無げに告げた春馬は、ばさりと上着を脱いだ。彼は自らの服を木の枝にかけている。
あっさり脱げと言われても困る……。
かといって、このままで帰るわけにもいかない。脱いだ服を絞るくらいはしないと。
まごついていると、ズボンも枝に干した春馬は下穿きのみの姿でこちらを向いた。
「どうした。干してやるから服を脱げ」
「何度も脱げって言われても困るから!」
「なにも裸を見せろなどと言っているわけではないぞ」
「当たり前でしょ! あっちを向いていて」
嘆息した春馬は顔を背けると、木の根元に腰を下ろした。
彼が湖面を眺めているのを確認して、脱いだ衣服の水を絞る。下着姿になった私の素肌を、風が吹き抜けていった。
まったくもう……デリカシーがないんだから。
せっかくだから乾かそうと、チュニックとカプリパンツを春馬の大きな服の隣に干す。
そうしてから、春馬と同じ木の根元に腰を下ろした。彼から見えない角度の位置だ。
ちらりと目を向けると、剛健な肩と濡れた亜麻色の髪が見えた。
湖は陽の光を反射して、きらきらと煌めいている。シャガラが首を垂らし、美味しそうに水を飲んでいた。
低い声音が、ぽつりとかけられる。
「以前の泉より、とても大きな水場になった。よみがえらせたばかりか湖にしてしまうとは、驚きの能力だな」
「あ……」
春馬に、命を再生する能力を見られてしまった。
やはりかつての泉とは風景が異なるらしい。飲める水のようだが、水質も変わったかもしれない。
気味が悪いと思われただろうか。彼が鬼神であっても、奇特に見えることに変わりはない。
この能力は私のコンプレックスの源だった。
せめて兄のように純粋な治癒能力だったなら、生き物の怪我を回復させるなど成功が目に見えてわかるのに。私のものは、わけのわからない魔術を施したように見えて、畏怖を抱かせてしまう。
「命を再生する能力なの……。でも、もとの形とは違ったものに変化してしまって、うまくいかなくて。夜叉の血族でも、異端なのかな。気味が悪いよね……」
「気味悪くなどないぞ。卑下することなどない」
「えっ?」
きっぱりと言い切った春馬を振り返る。彼は大樹の向こう側で泰然と座していた。
「稀有ゆえに疎まれることもあるかもしれぬが、それは真の価値を知ろうとしないからだ。あれを見よ」
春馬が指差した方向には、枝から降り立った小鳥がいた。先ほどの小鳥が戻ってきて、水を飲んでいるのだ。そのあとに続き、ほかの鳥たちも湖畔に集まってきている。
「鳥たちは凜のおかげだとは気づかぬまま、水を飲んでいるかもしれぬ。だが凜が湖をよみがえらせなければ、水を得られず死していただろう。おまえの能力と行いは、とても価値あるものなのだ」
「そうかしら……」