「バニラをふたつください……」
 微苦笑しながら私が注文して、盛られたアイスをそれぞれ受け取る。
 左右逆の手でアイスのコーンを持った私たちは、空いたほうの手が何気なく惹かれ合い、相手の手を探した。触れた手と手は、再びつながれる。
 こうしていると、恋人同士のようだった。
 ぶらりと街路を歩きながら、春馬はアイスにかぶりついた。鋭い牙が陽の光に煌めく。
 私はその獰猛な牙を、とても美しいと思った。
「ふむ……。こうして食べるのも存外に趣があるものだ」
「買い食いしたのは初めてなの?」
「そうだな。捧げられた供物を立ったまま食べるという行為は記憶にあるが、自ら貨幣を支払ったのは初めてだ」
 私の脳裏には、信者が捧げた生贄を貪る鬼神という、絵画のような光景が浮かんだ。まさに伝説の世界だ。
 もしかして、その供物は人間の女性だったりして……。
 私の想像でしかないのに面白くない気分になり、春馬を真似てアイスにかぶりつく。
 彼はなにか言いたげに、こちらへ眼差しを注いだ。
「凜……」
 なぜ唇を尖らせているのかと、問いたいのだろう。
 じろりと春馬をにらみつける。
「その供物というのはもしかして、生贄の花嫁なの?」
 瞬きをひとつした春馬は、ゆっくり顔を近づけてくる。
「生贄の花嫁を、喰ってしまうぞ」
 低い声音が鼓膜を甘く揺さぶる。彼の碧色の瞳に魅入られるように、私は息を詰めた。
 だが、ぺろりと鼻の頭を舐められる。
「……えっ?」
「アイスが鼻についていたぞ」
 事も無げに言った春馬は自らの唇を舌で舐め上げる。
 鼻にアイスをつけながら唇を尖らせていたのかと思うと、羞恥に見舞われた。
「もう……恥ずかしい」
 笑いながら春馬は残ったアイスにかぶりつく。
「供物とは果物だ。俺が唇を寄せて舌で舐める花嫁は、おまえだけだ」
 恥ずかしい台詞を往来で堂々と言うので、頬が火照ってしまう。舐められた鼻の頭が、じんと熱を持ったように感じた。
 けれど嬉しくて、胸が軽やかに弾む。
 春馬は、私だけが花嫁だと言ってくれたから。
 ともに笑みを浮かべた私たちは、街に溶け込んでいった。