映画なので作り物だとわかっていなさそうである。冷静に指摘する春馬をどこか微笑ましく思うけれど、怖くて顔を上げられない。
「どうした。見ないのか?」
「怖くて見れないの……」
「あの男はおまえを襲ってはこないぞ。映画は、ただの作り物だ」
 ふっと笑った春馬に言い返してやりたいのだけれど、また鋭い悲鳴が聞こえたので首を竦める。
 そのとき、ぐいと肩を引き寄せられた。
 春馬の強靱な肩に触れ、どきんと心臓が跳ねる。
 私の肩に腕を回した彼は空いたほうの手で、肘掛けを掴んでいた私の手をしっかり握る。
「こうしていれば、怖くないか?」
「……うん」
 体が密着した緊張で、どきどきと鼓動が駆けてしまう。
 彼の手はやはり冷たいのだけれど、心強さを覚えた私の胸は温まった。

 上映が終わり、シアターを出る観客とともに私たちも退館する。
 春馬は満足げな表情を浮かべていた。私はといえば、映画の恐怖と春馬に抱きしめられていた緊張とで、げっそりしている。
「面白いものだ。なかなかに楽しめた」
「……よかったね」
 春馬はあれから私の手を離さず、今は恋人のように自然につながれていた。
 まだ私が怖がっていると思ったのだろうか。それとも……守ろうとしてくれているのか。
 彼と手をつなぐのは、心地よかった。大きなてのひらに包まれる感触が安堵をもたらす。
「このあとは、お茶を飲むのだな。凜は震えてばかりいたから温かいお茶で体を温めるとよい」
「震えていたのは確かだけどね。春馬は恐怖で震えるなんてこと、あるの?」
「記憶の限りは思い当たらないが。凜は俺を魂の入っていない石像だとでも思っているようだな。先ほども不思議そうに顔を近づけてきていた」
「だって息をしてるのかと思って……。座ると、ぴくりとも動かないんだもの」
 咎めるような碧色の双眸が向けられたが、春馬の口元は緩んでいた。
「無駄な動きをしないだけだ。油断して顔を近づけると、接吻するぞ」
 悪戯めいた笑みを浮かべた春馬は身をかがめ、精悍な顔を傾ける。
 キスしてやろうと挑発する動きに、どきんと心臓が跳ねた。
「もう! 冗談はやめてよ。道端なんだから、人が見てるわ。恥ずかしいじゃない」
 知らず声が弾んでしまう。
 春馬と過ごすのは楽しくて、心がときめいて、自然な笑みがこぼれた。
「見せてやればいい。俺はおまえを愛しいと思っていることを、世界のすべてに表明したい」
「大げさなんだから」
 ふたりで笑い合いながら、ふと春馬の発言を反芻する。
 私を、愛しいと思っている……?
 それは告白だろうか。
 かぁっと頬が朱に染まり、どきどきと鼓動が高鳴ってしまう。
 デートはまるで魔法のようだ。きっと話の流れの冗談だろうとは思うけれど、あんなにぎこちなかった私たちがこうして笑い合い、楽しい気分になれるのだから。
 この煌めく胸の高鳴りが、恋のかけら……?
 意識してしまうと、さらにつながれた手から伝わる春馬の体温が気になってしまう。
 赤くなった顔を見られたくなくて、うつむいた。
 春馬はこちらをうかがっていたが、ふと路上の人だかりに顔を上げる。
「あれはなんの集まりか」
「えっと……アイスを買っているのよ。店内に入らなくても窓口で買って、歩きながら食べられるの」
 キャンピングカーを改造した窓口から、若い女子がコーンに盛られたアイスクリームを受け取っていた。周辺では購入した人々が美味しそうにアイスを舐めている。
 春馬は煌めいた目でアイスクリーム屋を見ていた。
「ぜひ、食べてみたい。凜も、ともに食べよう」
「そうね」
 彼に手を引かれて窓口へ赴く。
 春馬は懐から複数枚の万札を取り出してトレイに載せるので、店員は目を丸くした。慌てて私は一枚のみを残し、ほかの札を春馬の手に戻す。
「一枚だけで足りるわよ!」
「ほう。安価なのだな」
「味はどれにする? バニラとかチョコレートとか……いろいろあるんだけど」
「凜と同じものを」
 きりりと表情を引き締めて告げる春馬を、店員は笑いをこらえて見ている。どこの御曹司かと思われているのかもしれない。