器に盛った根菜の煮物は美味しそうに艶めいている。春馬は和風が好みのようなので、あえて煮物を選んでみた。
食べたときに喜んでくれる顔を想像して、頬を綻ばせる。
用意された夕食の膳に、私が作った煮物の器も入れてもらう。それから厨房を出て、食事をする座敷に向かった。
脱いだエプロンを隠して座敷の障子を開くと、すでに座していた春馬はこちらに冷たい目を向けた。
だがなにも言わない。
「遅れて、ごめんなさい」
「席に着け」
厨房で煮物を作っていたことは、彼が食べてから明かそうと思い、座敷に入った。
宴会ができそうなほどの広い座敷に膳が運ばれて食事をするというのが、日頃の光景だ。ぽつんとふたりきりで向かい合わせに正座するのは、なんだか息が詰まりそうになる。
でも煮物を食べたら、きっと喜んでくれる。そうしたら会話も弾むはず。
どきどきしながら、膳が運ばれるのを待つ。
やがて入室した使用人が、ふたりの前に黒塗りの膳を置く。数々の艶やかな料理が入った器の中に、私が作った煮物がある。もちろん、春馬の膳にも。
彼は膳を見下ろしているが、まだ気づかないようだ。
綺麗に見えるよう慎重に盛ったので、調理人が作った料理と比較しても遜色ない出来になったのではないだろうか。きちんと扇形に並んでいる絹さやに、誇らしい気持ちが胸にあふれる。
「では、いただこう」
「いただきます」
手を合わせ、挨拶をしてから箸を取る。
緊張をにじませた私は、上目で春馬の様子をうかがった。
初めに吸い物の椀を手にした彼は、黙々と食事を続ける。
やがて、煮物に箸がつけられた。
私の胸の鼓動は最高潮に達する。
だが、ニンジンを口に含んだ春馬は眉根を寄せた。
もう一口、今度はレンコンを食べて咀嚼する。カタリと音をさせて、彼は箸を置いた。
給仕のため控えていた使用人に言いつける。
「この煮物を作った調理人は誰だ。味が薄い!」
その叱責に愕然とした。
春馬の味の好みに合わなかったのだ。私が自分好みの薄味に仕上げてしまったせいだ。
平伏した使用人は戸惑った顔を私に向ける。主人の怒りを買うのは使用人にしておいたほうがよいのか、それとも事実を告げるべきなのか、彼女は迷っているのだ。
他人のせいにしてはいけない。
私はまっすぐに春馬へ向けて言葉を発した。
「煮物を作ったのは、私よ」
「……なんだと? なぜそんなことをする」
「春馬に、喜んでほしかったの。でも口に合わなかったようで、ごめんなさい」
がっかりして項垂れる。
喜ばせようと思ったのに、私が至らなかったばかりに、逆に怒らせてしまった。
無表情でこちらを見据えていた春馬は、軽く手を振る。平伏していた使用人は指示を受け、素早く座敷を出ていった。
「食事を用意するのは使用人の仕事だ。おまえは花嫁なのだから、厨房に出入りして彼らの仕事を奪ってはいけない」
「はい……」
厳しい声をかけられて、頭を垂れる。私のしたことは配慮に欠ける行為だったのだ。
落胆のあまり、涙がこぼれ落ちそうになる。鼻の奥がつんとして痛い。
指先で眦を拭っていると、春馬は和らげた声を発した。
「声を荒らげて悪かった。いつもと味が異なるので驚いたのだ」
「ん……」
唇が震えて言葉が出てこない。かろうじて頷きを返した。
「凜が、俺のために作ってくれたのだな。ありがたく、いただこう」
春馬は箸を取ると、黙々と煮物を口に運ぶ。
私はもう食べる気になれなくて、艶めいた絹さやを悲しげに見つめる。
「……美味しくないなら、無理に食べなくていいわ」
「不味いなどと言っていない。確かに薄味だが、美味いぞ」
そう言った春馬は煮物をすべて平らげた。
食事を終えると、入浴する気になれず、縁側に腰を下ろす。
入浴したら、寝室に行かなくてはならなくなる。また死体の真似事を朝まで続けるのは苦痛だった。
縁側からは庭園を彩る植栽が見渡せた。
食べたときに喜んでくれる顔を想像して、頬を綻ばせる。
用意された夕食の膳に、私が作った煮物の器も入れてもらう。それから厨房を出て、食事をする座敷に向かった。
脱いだエプロンを隠して座敷の障子を開くと、すでに座していた春馬はこちらに冷たい目を向けた。
だがなにも言わない。
「遅れて、ごめんなさい」
「席に着け」
厨房で煮物を作っていたことは、彼が食べてから明かそうと思い、座敷に入った。
宴会ができそうなほどの広い座敷に膳が運ばれて食事をするというのが、日頃の光景だ。ぽつんとふたりきりで向かい合わせに正座するのは、なんだか息が詰まりそうになる。
でも煮物を食べたら、きっと喜んでくれる。そうしたら会話も弾むはず。
どきどきしながら、膳が運ばれるのを待つ。
やがて入室した使用人が、ふたりの前に黒塗りの膳を置く。数々の艶やかな料理が入った器の中に、私が作った煮物がある。もちろん、春馬の膳にも。
彼は膳を見下ろしているが、まだ気づかないようだ。
綺麗に見えるよう慎重に盛ったので、調理人が作った料理と比較しても遜色ない出来になったのではないだろうか。きちんと扇形に並んでいる絹さやに、誇らしい気持ちが胸にあふれる。
「では、いただこう」
「いただきます」
手を合わせ、挨拶をしてから箸を取る。
緊張をにじませた私は、上目で春馬の様子をうかがった。
初めに吸い物の椀を手にした彼は、黙々と食事を続ける。
やがて、煮物に箸がつけられた。
私の胸の鼓動は最高潮に達する。
だが、ニンジンを口に含んだ春馬は眉根を寄せた。
もう一口、今度はレンコンを食べて咀嚼する。カタリと音をさせて、彼は箸を置いた。
給仕のため控えていた使用人に言いつける。
「この煮物を作った調理人は誰だ。味が薄い!」
その叱責に愕然とした。
春馬の味の好みに合わなかったのだ。私が自分好みの薄味に仕上げてしまったせいだ。
平伏した使用人は戸惑った顔を私に向ける。主人の怒りを買うのは使用人にしておいたほうがよいのか、それとも事実を告げるべきなのか、彼女は迷っているのだ。
他人のせいにしてはいけない。
私はまっすぐに春馬へ向けて言葉を発した。
「煮物を作ったのは、私よ」
「……なんだと? なぜそんなことをする」
「春馬に、喜んでほしかったの。でも口に合わなかったようで、ごめんなさい」
がっかりして項垂れる。
喜ばせようと思ったのに、私が至らなかったばかりに、逆に怒らせてしまった。
無表情でこちらを見据えていた春馬は、軽く手を振る。平伏していた使用人は指示を受け、素早く座敷を出ていった。
「食事を用意するのは使用人の仕事だ。おまえは花嫁なのだから、厨房に出入りして彼らの仕事を奪ってはいけない」
「はい……」
厳しい声をかけられて、頭を垂れる。私のしたことは配慮に欠ける行為だったのだ。
落胆のあまり、涙がこぼれ落ちそうになる。鼻の奥がつんとして痛い。
指先で眦を拭っていると、春馬は和らげた声を発した。
「声を荒らげて悪かった。いつもと味が異なるので驚いたのだ」
「ん……」
唇が震えて言葉が出てこない。かろうじて頷きを返した。
「凜が、俺のために作ってくれたのだな。ありがたく、いただこう」
春馬は箸を取ると、黙々と煮物を口に運ぶ。
私はもう食べる気になれなくて、艶めいた絹さやを悲しげに見つめる。
「……美味しくないなら、無理に食べなくていいわ」
「不味いなどと言っていない。確かに薄味だが、美味いぞ」
そう言った春馬は煮物をすべて平らげた。
食事を終えると、入浴する気になれず、縁側に腰を下ろす。
入浴したら、寝室に行かなくてはならなくなる。また死体の真似事を朝まで続けるのは苦痛だった。
縁側からは庭園を彩る植栽が見渡せた。