ヤシャネコの言い分に納得したらしいコマは怒りを収めると、リビングの窓辺に近づいた。コツコツとくちばしで硝子を突くので、窓を開けてみる。
するとコマは近くの電線へ飛んで「ピピ、ピュイピュイ」と、こちらに向かって話しかける。そうしてから今度は室内に戻り電線を見上げ、羽を広げてジャンプした。喜びを表しているように見える。最後にベランダへ下り、床をくちばしで突くような真似をした。
つぶらな黒い瞳をきらきらさせたコマは、達成感に包まれている。
どうしよう。今の行動がなにを意味するのか、まったくわからない……。
小さな脚で近づいてきたコマは、ぴょんと私の膝に乗った。わかって当然だという圧を感じる。ヤシャネコはというと、すでに後ずさりしている。
冷や汗をにじませていると、いつの間にか帰宅していた柊夜さんがリビングに現れた。彼が眼鏡を外すと、夜叉の証である真紅の双眸が現れる。
「なるほど。そういうことか」
端麗な美貌に雄の猛々しさをにじませる柊夜さんは、漆黒の髪と切れ上がった涼しげな眦が印象的な美丈夫だ。背が高く、すらりとした体躯には漆黒のスーツがよく似合う。
鬼上司だけれど仕事ができるので、非の打ち所のない社内随一のイケメンと謳われていた。
しかも結婚したら、家事も育児もこなしてくれるパーフェクトなパパであった。
が、完璧なイケメンなど存在しないのだと、結婚後に私は気づかされた。
柊夜さんは異常なほどの執着心で私に迫り、しつこく愛情を確認してくる。ベッドに入っても『愛している』と延々と聞かされて、なかなか眠らせてくれない。おかげで寝不足になり困っている。
おそらく柊夜さんは鬼神ゆえの孤独を抱えていたので、その分の反動が私への愛情として噴出しているのではないかなと思う。
柊夜さんの寂しさに共感して、できるだけ応えてあげたいと考えている……けれど毎日のことなので、さすがにうんざりしてくるのは否めない。深すぎる愛で溺れそう。
「柊夜さん。コマがなんて言いたいのか、わかったんですか?」
執念深い夜叉の旦那さまが、今は救いの神のごとく輝いて見えた。
ネクタイのノットに手をかけてゆるめた柊夜さんは、口元に笑みを刷く。
「こうだろう。『話しかけてきた鳥と友達になりたいので、きっかけを作りたいからベランダに餌を置いてくれ。そして出入りできるよう窓も開けておけ』どうだ、コマ?」
「ピ」
コマは重々しく、ひと声だけ鳴いた。正解のようだ。
「さすがですね。全然わかりませんでした……」
「コマも鳥の友達が欲しい年頃なのだろう。よくスズメが電線にとまっているのを窓から眺めているからな」
そう言った柊夜さんはキッチンへ赴き、米粒を入れた小さな陶器の器を持ってきた。
目を輝かせた悠はバンザイをして、「あうー」と声をあげる。自分が器を置きたいようだ。
柊夜さんから器を受け取った悠は、ことりとそれをベランダに置いた。
コマを肩にとまらせてかがみ、スズメの来訪を待っている。さらにヤシャネコも寄り添い、ともに空を見上げている。
私と柊夜さんは水を差さず、室内から見守った。
「私たちが外出している間、コマは留守番をしているので寂しいのかもしれませんね」
「コマも保育園に行ったらどうだ。ヤシャネコだけに任せる理由はないだろう」
「あっ……それなんですけど、先生にヤシャネコの存在が気づかれそうなんです。悠がヤシャネコがいるのを隠せないんですよね。どうしたら、あやかしのことは秘密だと悠に伝えられるでしょうか」
「そうだな……」
漆黒のジャケットを脱いだ柊夜さんは、自然な仕草で私の肩を引き寄せた。ともにソファに腰を下ろすと、彼はさも当然のごとく頤をすくい上げ、ちゅっと唇を啄む。
突然のキスに頬が朱に染まってしまう。
柊夜さんはなんの前触れもなくキスしてくることがよくあるのだけれど、いつまでたっても慣れない。ここで照れて文句を言ったり、唇を尖らせたりすると、さらにその口を塞がれてしまうので注意が必要だ。
唇を引き結んだ私は、ぱちぱちと瞬きをして柊夜さんの意見を待ち受けた。
すると、そんな私の様子を間近から見つめた彼は、ふいに瞼にくちづけを落とす。
薄くて柔らかい瞼に押し当てられる唇の熱さに、ぞくりと体が疼いた。
「しゅ、柊夜さん……ちょっと、待ってください」
「待てというのは、このままか?」
瞼に唇を押しつけたまま話すので、より彼の唇の質感を肌で感じた。ぎゅっと目をつむったまま、瞼を開けられなくなってしまう。
「違います……。目が開けられないので唇を離してもらっていいですか」
そう訴えると、柊夜さんは少し唇を離した。
だが彼の真紅の双眸は、ひたりと私を見据えている。まるで獲物を捕捉した肉食獣のよう。
「瞬きをしているから、そこにキスしてほしいという合図なのかと思ったのだが」
するとコマは近くの電線へ飛んで「ピピ、ピュイピュイ」と、こちらに向かって話しかける。そうしてから今度は室内に戻り電線を見上げ、羽を広げてジャンプした。喜びを表しているように見える。最後にベランダへ下り、床をくちばしで突くような真似をした。
つぶらな黒い瞳をきらきらさせたコマは、達成感に包まれている。
どうしよう。今の行動がなにを意味するのか、まったくわからない……。
小さな脚で近づいてきたコマは、ぴょんと私の膝に乗った。わかって当然だという圧を感じる。ヤシャネコはというと、すでに後ずさりしている。
冷や汗をにじませていると、いつの間にか帰宅していた柊夜さんがリビングに現れた。彼が眼鏡を外すと、夜叉の証である真紅の双眸が現れる。
「なるほど。そういうことか」
端麗な美貌に雄の猛々しさをにじませる柊夜さんは、漆黒の髪と切れ上がった涼しげな眦が印象的な美丈夫だ。背が高く、すらりとした体躯には漆黒のスーツがよく似合う。
鬼上司だけれど仕事ができるので、非の打ち所のない社内随一のイケメンと謳われていた。
しかも結婚したら、家事も育児もこなしてくれるパーフェクトなパパであった。
が、完璧なイケメンなど存在しないのだと、結婚後に私は気づかされた。
柊夜さんは異常なほどの執着心で私に迫り、しつこく愛情を確認してくる。ベッドに入っても『愛している』と延々と聞かされて、なかなか眠らせてくれない。おかげで寝不足になり困っている。
おそらく柊夜さんは鬼神ゆえの孤独を抱えていたので、その分の反動が私への愛情として噴出しているのではないかなと思う。
柊夜さんの寂しさに共感して、できるだけ応えてあげたいと考えている……けれど毎日のことなので、さすがにうんざりしてくるのは否めない。深すぎる愛で溺れそう。
「柊夜さん。コマがなんて言いたいのか、わかったんですか?」
執念深い夜叉の旦那さまが、今は救いの神のごとく輝いて見えた。
ネクタイのノットに手をかけてゆるめた柊夜さんは、口元に笑みを刷く。
「こうだろう。『話しかけてきた鳥と友達になりたいので、きっかけを作りたいからベランダに餌を置いてくれ。そして出入りできるよう窓も開けておけ』どうだ、コマ?」
「ピ」
コマは重々しく、ひと声だけ鳴いた。正解のようだ。
「さすがですね。全然わかりませんでした……」
「コマも鳥の友達が欲しい年頃なのだろう。よくスズメが電線にとまっているのを窓から眺めているからな」
そう言った柊夜さんはキッチンへ赴き、米粒を入れた小さな陶器の器を持ってきた。
目を輝かせた悠はバンザイをして、「あうー」と声をあげる。自分が器を置きたいようだ。
柊夜さんから器を受け取った悠は、ことりとそれをベランダに置いた。
コマを肩にとまらせてかがみ、スズメの来訪を待っている。さらにヤシャネコも寄り添い、ともに空を見上げている。
私と柊夜さんは水を差さず、室内から見守った。
「私たちが外出している間、コマは留守番をしているので寂しいのかもしれませんね」
「コマも保育園に行ったらどうだ。ヤシャネコだけに任せる理由はないだろう」
「あっ……それなんですけど、先生にヤシャネコの存在が気づかれそうなんです。悠がヤシャネコがいるのを隠せないんですよね。どうしたら、あやかしのことは秘密だと悠に伝えられるでしょうか」
「そうだな……」
漆黒のジャケットを脱いだ柊夜さんは、自然な仕草で私の肩を引き寄せた。ともにソファに腰を下ろすと、彼はさも当然のごとく頤をすくい上げ、ちゅっと唇を啄む。
突然のキスに頬が朱に染まってしまう。
柊夜さんはなんの前触れもなくキスしてくることがよくあるのだけれど、いつまでたっても慣れない。ここで照れて文句を言ったり、唇を尖らせたりすると、さらにその口を塞がれてしまうので注意が必要だ。
唇を引き結んだ私は、ぱちぱちと瞬きをして柊夜さんの意見を待ち受けた。
すると、そんな私の様子を間近から見つめた彼は、ふいに瞼にくちづけを落とす。
薄くて柔らかい瞼に押し当てられる唇の熱さに、ぞくりと体が疼いた。
「しゅ、柊夜さん……ちょっと、待ってください」
「待てというのは、このままか?」
瞼に唇を押しつけたまま話すので、より彼の唇の質感を肌で感じた。ぎゅっと目をつむったまま、瞼を開けられなくなってしまう。
「違います……。目が開けられないので唇を離してもらっていいですか」
そう訴えると、柊夜さんは少し唇を離した。
だが彼の真紅の双眸は、ひたりと私を見据えている。まるで獲物を捕捉した肉食獣のよう。
「瞬きをしているから、そこにキスしてほしいという合図なのかと思ったのだが」