「雷地は、風天を助けたかったのよ。彼は悠だけでなく、つがいのあなたも守りたかったんだわ」
 つがいであるふたりは、いわば夫婦という関係だ。いつも一緒にいるふたりには、夫婦としての絆があるはずだった。
 けれど風天には悲しみの色が見えなかった。
 さらりと石の粉じんが、風に煽られて舞い散っていく。
 柊夜さんは膝をつき、かつて雷地だったかけらたちを風にさらわれないよう、てのひらで覆った。
「すまない、風天。俺の至らなさで雷地を失ってしまった」
「夜叉さまが謝るなど、もったいないことでございます。わたくしども鬼神のしもべは主のために死してこそ、役目を全うしたという証ですから」
 悠は私の腕から下りると、父親と同じように石のかけらに手をかざす。
 小さな手から、ふわりとした光が発せられた。
 だが、冷たい石は回復しない。治癒の手であっても、完全に滅した者には効かないのだ。それは雷地が死んでしまったことを、無情に表していた。
「あうー……」
「もう一度、おまえたちと同じ石からしもべを生み出そう。そのしもべを、風天の新たなつがいとする」
 柊夜さんの提案に、風天は金色の目を伏せた。
「それはけっこうでございます。たとえ似ていても、そのしもべは雷地ではありませんから。……ですがもし、雷地を別の形でよみがえらせるのだとしたら、彼には人間に生まれ変わってほしいです」
「人間に? なぜだ」
「あるとき雷地は天を見上げて、『現世に暮らす人間は石に戻ることがないのです』と話していました。もしかしたら雷地は、人間に憧れていたのかもしれません」
「なるほど。おまえたちは現世に行ったことがなかったな……」
 そのときの雷地は見たことのない世界に憧れを抱いたのかもしれない。自分も人間になれたならと、ふと思ったのかもしれない。
 できるなら、雷地の願いを叶えてあげたい。
 けれど、人間に生まれ変わるといっても、どうやって……。
 すっと進み出た凜が、石のかけらを両手ですくい上げた。
 彼女のてのひらから、砂のごとくさらさらとこぼれ落ち、最後に小さな光が残る。
 まるで命の核のようなその光を、凜は天に捧げた。
 すると、ふわりと光は空へ昇っていく。
 曇天の隙間から、陽の光が射し込んだ。
 私たちは瓦礫の中で、光の階段を上っていく雷地の命のかけらを、静かに見上げていた。
 小さな光が、神世の空の向こうに消えて見えなくなるまで。