私は放り出されている舵を手にすると、舟を漕いで移動させた。船頭は片隅で震えている。
位置を変えると、階段の上にある広場が城壁の隙間から見えた。
泥人が殺到するそこに、悠の姿を見つける。
「悠――……!」
必死に呼びかけるが、泥人の呻き声にかき消される。
かがんでいる悠を守るように、風天と雷地が両腕を広げて立っていた。泥人は襲いかかろうと手を伸ばすが、見えない壁に遮られて広場に踏み込めない。
どうやら夜叉の結界と、ふたりの妖力のおかげで侵入を防いでいるようだ。
安堵の息をこぼしたとき、不敵な笑みを見せる薜茘多が柊夜さんの行く手に立ち塞がる。
「ようやく来たか、夜叉。随分と遅かったな」
「どういうつもりだ、薜茘多。俺の城を攻撃した報いを受ける覚悟はできているのだろうな」
「ほざけ! 貴様には苦渋を舐めさせられてばかりだ。裏切り者の分際で帝釈天に娘を献上し、さらなる地位を手に入れるだと? そんな横暴が許せるか!」
白銀の髪を振り乱した薜茘多は牙を剥く。
対峙した柊夜さんは、鋭い双眸で餓鬼の頭領をにらむ。
「横暴なのは、そちらのほうだ。今すぐに撤退しろ。さもなくば、八部鬼衆の椅子がひとつ空くことになる」
「なんだとぉ……貴様は俺を誰だと思っている。俺が夜叉一族を消し去ってくれるわ!」
ふたりの鬼神は拳を繰り出し、激しく殴り合う。
地が揺れ、咆哮が轟く。
鬼神たちの戦いのさなか、風天と雷地は結界を死守している。
結界に弾かれた泥人が砕け散り、その肉塊を踏みつけて新たな泥人がまた押し寄せる。積み上げられた泥濘が結界をゆがませた。両手を広げているふたりの体が、ぶるぶると震えている。
「雷地……わたくしは、もはや耐えきれません」
「……風天、諦めてはなりません。わたしどもの、使命を、最後まで、果たすのです」
雷地が掠れた声で言い切った、その瞬間――。
辺り一帯に破裂音が鳴り響く。
弾けた青白い破片が飛散した。
「結界が、破られた――⁉」
愕然とした私は、とっさに舵を切る。
柊夜さんは薜茘多と戦っており、子どもたちのもとへ駆けつけられない。私が悠たちを助けないと。
「ピィ――!」
コマの悲痛な鳴き声が響く。
お腹の子を守ると約束したのだから、行ってはいけない。でも向かったとしても、とても間に合わない。絶望が胸を占め、涙があふれそうになる。
結界が破壊され、広場に踏み込んだ無数の泥人が子どもたちに襲いかかった。
「悠さま!」
羽衣を翻した風天が悠に覆い被さり、その身を守る。
泥人の凶器にも似た腕が振り上げられた。
ふたりの前に毅然と立ちはだかった雷地は、腕を広げる。
ガシャン……。
重い石が砕ける音が無情に鳴り響いた。
そこには、粉々に割れた石のかけらが散らばっていた。
「ら、雷地――!」
私の叫びが混沌とした戦場を突き抜ける。
絶望の中、薜茘多が哄笑を轟かせた。
「ざまをみろ。泥人よ、夜叉の子も肉片にしてしまえ」
「貴様……!」
怒りを漲らせた柊夜さんは薜茘多の腕を掴み上げる。強かに巨躯を石床に打ちつけた。
轟音とともに薜茘多が呻く。だが悠のもとへ駆け寄ろうとする柊夜さんに、足払いがかけられた。
かろうじて転倒をこらえた柊夜さんだが、体勢を崩してしまう。そこへ身を起こした薜茘多が拳を叩きつけた。
鬼神の苛烈な戦いは終わらない。私は必死に舟を漕いだ。もう少しで城に到達する。
そのとき、城壁から飛び移ってきた泥人が船縁を掴んだ。
「あっ……!」
いけない。敵の侵入を許してしまった。
衝撃で舟はぐらぐらと揺れる。泥人に腕を掴まれ、恐ろしい腕力で引っ張られる。
「は、離して!」
叫んだそのとき、眩い光が発せられる。
位置を変えると、階段の上にある広場が城壁の隙間から見えた。
泥人が殺到するそこに、悠の姿を見つける。
「悠――……!」
必死に呼びかけるが、泥人の呻き声にかき消される。
かがんでいる悠を守るように、風天と雷地が両腕を広げて立っていた。泥人は襲いかかろうと手を伸ばすが、見えない壁に遮られて広場に踏み込めない。
どうやら夜叉の結界と、ふたりの妖力のおかげで侵入を防いでいるようだ。
安堵の息をこぼしたとき、不敵な笑みを見せる薜茘多が柊夜さんの行く手に立ち塞がる。
「ようやく来たか、夜叉。随分と遅かったな」
「どういうつもりだ、薜茘多。俺の城を攻撃した報いを受ける覚悟はできているのだろうな」
「ほざけ! 貴様には苦渋を舐めさせられてばかりだ。裏切り者の分際で帝釈天に娘を献上し、さらなる地位を手に入れるだと? そんな横暴が許せるか!」
白銀の髪を振り乱した薜茘多は牙を剥く。
対峙した柊夜さんは、鋭い双眸で餓鬼の頭領をにらむ。
「横暴なのは、そちらのほうだ。今すぐに撤退しろ。さもなくば、八部鬼衆の椅子がひとつ空くことになる」
「なんだとぉ……貴様は俺を誰だと思っている。俺が夜叉一族を消し去ってくれるわ!」
ふたりの鬼神は拳を繰り出し、激しく殴り合う。
地が揺れ、咆哮が轟く。
鬼神たちの戦いのさなか、風天と雷地は結界を死守している。
結界に弾かれた泥人が砕け散り、その肉塊を踏みつけて新たな泥人がまた押し寄せる。積み上げられた泥濘が結界をゆがませた。両手を広げているふたりの体が、ぶるぶると震えている。
「雷地……わたくしは、もはや耐えきれません」
「……風天、諦めてはなりません。わたしどもの、使命を、最後まで、果たすのです」
雷地が掠れた声で言い切った、その瞬間――。
辺り一帯に破裂音が鳴り響く。
弾けた青白い破片が飛散した。
「結界が、破られた――⁉」
愕然とした私は、とっさに舵を切る。
柊夜さんは薜茘多と戦っており、子どもたちのもとへ駆けつけられない。私が悠たちを助けないと。
「ピィ――!」
コマの悲痛な鳴き声が響く。
お腹の子を守ると約束したのだから、行ってはいけない。でも向かったとしても、とても間に合わない。絶望が胸を占め、涙があふれそうになる。
結界が破壊され、広場に踏み込んだ無数の泥人が子どもたちに襲いかかった。
「悠さま!」
羽衣を翻した風天が悠に覆い被さり、その身を守る。
泥人の凶器にも似た腕が振り上げられた。
ふたりの前に毅然と立ちはだかった雷地は、腕を広げる。
ガシャン……。
重い石が砕ける音が無情に鳴り響いた。
そこには、粉々に割れた石のかけらが散らばっていた。
「ら、雷地――!」
私の叫びが混沌とした戦場を突き抜ける。
絶望の中、薜茘多が哄笑を轟かせた。
「ざまをみろ。泥人よ、夜叉の子も肉片にしてしまえ」
「貴様……!」
怒りを漲らせた柊夜さんは薜茘多の腕を掴み上げる。強かに巨躯を石床に打ちつけた。
轟音とともに薜茘多が呻く。だが悠のもとへ駆け寄ろうとする柊夜さんに、足払いがかけられた。
かろうじて転倒をこらえた柊夜さんだが、体勢を崩してしまう。そこへ身を起こした薜茘多が拳を叩きつけた。
鬼神の苛烈な戦いは終わらない。私は必死に舟を漕いだ。もう少しで城に到達する。
そのとき、城壁から飛び移ってきた泥人が船縁を掴んだ。
「あっ……!」
いけない。敵の侵入を許してしまった。
衝撃で舟はぐらぐらと揺れる。泥人に腕を掴まれ、恐ろしい腕力で引っ張られる。
「は、離して!」
叫んだそのとき、眩い光が発せられる。